IP case studies判例研究

令和2年(ネ)第10042号「車両誘導システム」事件

名称:「車両誘導システム」事件
損害賠償請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和2年(ネ)第10042号 判決日:令和4年7月6日
判決:原判決変更
特許法70条
キーワード:構成要件充足性
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/286/091286_hanrei.pdf
[概要]
「逆走車の走行を許さず、或いは先行車と後続車の衝突を回避し得る」という本件発明の課題及び作用効果において、「逆走車」には、「正規ルートで進入したが、バック走行する車両」のみならず、「料金不払などを目的として、ETC車用レーンの出口や離脱レーンの出口から遡ってETC車用レーンに逆進入する車両」も含まれるとして、被控訴人(原審被告)システムが本件発明の技術的範囲に属する、と判断した事例。
[特許請求の範囲]
[本件発明1]
A1 有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに設置されている、ETC車専用出入口から出入りをする車両を誘導するシステムであって、
B1 前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに出入りをする車両を検知する第1の検知手段と、
C1 前記第1の検知手段に対応して設置された第1の遮断機と、
D1 車両に搭載されたETC車載器とデータを通信する通信手段と、
E1 前記通信手段によって受信したデータを認識して、ETCによる料金徴収が可能か判定する判定手段と、
F1 前記判定手段により判定した結果に従って、ETCによる料金徴収が可能な車両を、ETCゲートを通って前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに入る、または前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアから出るルートへ通じる第1のレーンへ誘導し、ETCによる料金徴収が不可能な車両を、再度前記ETC車専用出入口手前へ戻るルート又は一般車用出入口に通じる第2のレーンへ誘導する誘導手段と、を備え、
G1 前記誘導手段は、前記第1のレーンに設けられた第2の遮断機と、前記第2のレーンに設けられた第3の遮断機と、を含み、
H1 さらに、前記第2の遮断機を通過した車両を検知する第2の検知手段と、前記第3の遮断機を通過した車両を検知する第3の検知手段と、を備え、
I1 前記第1の検知手段により車両の進入が検知された場合、前記車両が通過した後に、前記第1の遮断機を下ろし、前記第2の検知手段により車両の通過が検知された場合、前記車両が通過した後に、前記第2の遮断機を下ろすことを特徴とする
J1 車両誘導システム。
※本件発明2は、省略。構成要件B2、C2及びD2は、それぞれ構成要件B1、C1及びD1と同じ。
[主な争点]
「第1の検知手段」及び「第1の遮断機」と、「通信手段」との位置関係に関する、構成要件B1、C1、D1、B2、C2、D2への充足性(争点1-イ)
[原審]
従来技術を踏まえた本件各発明における技術的課題の1つとして、車両の逆走を許さず後続の車両と衝突するおそれを防止するというものがあり、本件各発明は、これを解決できる構成を採用したものであることが認められ、そうである以上、少なくともその「第1の遮断機」は、料金所等のETC車用レーンに進入した車両が、「通信手段」とのやりとりの結果ETC車用レーンから離脱させるべき車両と判定される可能性に備えて、「通信手段」よりもETCレーンの入口側に位置して、車両の進入が検知された場合にはこれが下りることにより、進入した車両のバック走行を止める構成であることが必要というべきである。すなわち、「第1の遮断機」との構成は、本件各発明の課題解決原理(技術的思想)に照らして検討するときは、「通信手段」よりもETCレーンの入口側に位置することが必要というべきであり、料金所等への車両の進入が検知された場合に、その遮断機を下ろすことにより、目標とする進路への通行を止められた車両のバック走行及び後続車との衝突防止を図ることができる点に、その技術的意義があるものというべきである。
しかして、被告各システムにおいては、第1の遮断機(発進制御機①)は、通信手段(路側無線装置③)の先に配置されており、かかる被告各システムの構成によっては、目標とする進路への通行を止められた車両のバック走行及び後続車との衝突防止を図ることはできない。
以上によれば、被告各システムは、本件各発明の「第1の検知手段」及び「第1の遮断機」と、「通信手段」との位置関係に関する、構成要件B1、C1、D1、B2、C2、D2をいずれも充足しないものというほかない。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『ア(ア) 本件各発明の特許請求の範囲の記載は、原判決別紙の特許公報(特許第6159845号及び特許第5769141号)の該当部分記載のとおりであり、「第1の検知手段」については、有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに出入りをする車両を検知することや、「第1の遮断機」が「第1の検知手段」に対応して設置されたこと、「第1の検知手段」により車両の進入が検知された場合、前記車両が通過した後に、第1の遮断機を下ろす旨の記載があるのみであって、それ以上に、「第1の遮断機」、「第1の検知手段」及び「通信手段」が設置される位置関係を特定する記載はないから、それぞれが設置される位置関係によって構成要件該当性が左右されるものではないというべきである。
(イ) これを前提に被控訴人各システムについてみると、車両検知器②は、被控訴人各システムにおいて車両の通過を検知するものであり(ステップS105、S204)、被控訴人各システムが設置されている「サービスエリア」である佐野SAスマートICに出入りする車両を検知するものであるから、「第1の検知手段」に当たり、車両検知器②が車両の通過を検知すると発進制御機[開閉バー]①が閉じることから(ステップS105、S204)、発進制御機[開閉バー]①は「第1の検知手段」である車両検知器②に対応して設置された「第1の遮断機」に当たる。そして、車両に搭載されたETC車載器との間で無線通信を行う(ステップS103、S202)路側無線装置③が「通信手段」に当たり、路側無線装置③がETC車載器から受信したデータにより、無線通信が可能な場合と不能又は不可の場合のいずれに当たるかの判定(ステップS104、S106、S203、S205)、すなわちETCによる料金徴収が可能か判定されているといえる。
そうすると、被控訴人各システムは、構成要件B1、C1、D1、B2、C2、D2を充足する。
イ(ア) 被控訴人は、本件各発明においては、「通信手段」は、「第1の遮断機」及び「第1の検知手段」より先に配置されるべきであるところ、被控訴人各システムにおいては、路側無線装置③が発進制御機[開閉バー]①の手前に配置されていて、発進制御機[開閉バー]①の手前に停止している車両に対して無線通信を行うから、被控訴人各システムは、本件各発明の構成要件B1、C1、D1、B2、C2、D2をいずれも充足しないと主張する。
(イ) しかし、前記ア(イ)のとおり、本件特許の特許請求の範囲には、「通信手段」と「第1の遮断機」の位置関係については何ら特定されていない。
また、前記1(2)のとおり、本件各発明は、本件作用効果1(一般車がETC車用出入口に進入した場合又はETC車に対してETCシステムが正常に動作しない場合であっても、車両を安全に誘導する車両誘導システムを提供すること)を奏するものであるところ、「通信手段」がETC車載器から受信したデータにより、ETCによる料金徴収が可能か判定され、各遮断機が適切なタイミングで動くことにより車両が安全に誘導できるのであれば本件作用効果1は奏するのであって、「通信手段」がETC車載器からデータを受信するタイミングにつき、車両が第1の遮断機を通過する前後のいずれであっても、本件作用効果1を奏することが可能である。
また、本件作用効果2(ETCシステムを利用した車両誘導システムにおいて、逆走車の走行を許さず、或いは先行車と後続車の衝突を回避し得る、安全な車両誘導システムを提供すること)についてみると、本件各発明にいう「逆走車」には、料金不払などを目的として、ETC車用レーンの出口や離脱レーンの出口から遡ってETC車用レーンに逆進入する車両も含まれ、そのような「逆走車」の走行を防止することと、「通信手段」と「第1の遮断機」の位置関係とは関係がないことは明らかであるし、通信手段の位置にかかわらず、車両が第1の遮断機を通過した後に第1の遮断機を下ろすことで、後退による逆走を防止することができる。
たしかに、本件明細書には、第1の遮断機(遮断機1)及び第1の検知手段(車両検知装置2a)の先に通信手段(ゲート前アンテナ3)が位置する構成を有する例が記載されているが(【図4】)、これは実施例にすぎないというべきであって、上記に照らすと、本件各発明について、上記構成に限定して解釈すべき理由はない。
したがって、本件各発明の課題及び作用効果との関係で、「通信手段」と「第1の遮断機」の位置関係が、被控訴人が主張するように特定されるとはいえない。』
[コメント]
本件特許発明は、分割出願における特許発明であり、そして、本件特許明細書の「発明が解決しようとする課題」「課題を解決するための手段」「発明の効果」の欄には、原出願と同様の記載がされていたが、原出願の請求項1に係る発明以外の課題、目的及び効果等が記載されていた。
具体的には、原出願においては、独立請求項が請求項1、6、9、12、及び13と5つある(但し、請求項6、9、12、及び13に係る発明は、実質的に、請求項1に係る発明の下位概念となる発明)にも拘わらず、請求項1以外の独立請求項の課題、目的及び効果等も含めて記載されていた。
そして、それらの記載に基づいて、原審、控訴審のいずれも、本件特許発明の技術的範囲が狭く解釈された事案である。
控訴審では、本件特許発明の技術的範囲が狭く解釈されたものの、原審よりも、本件特許発明の技術的範囲が広く解釈されたため、結果的に、被控訴人(原審被告)システムが本件特許発明の技術的範囲に属すると判断された。
このように、特許発明が狭く解釈されないためにも、出願当初より、「発明が解決しようとする課題」「課題を解決するための手段」「発明の効果」の欄に、課題、目的及び効果等を記載する際には、あくまでも一番上位概念である発明、即ち、請求項1に係る発明に関する事項のみを記載すべきである。
本件特許発明においては、原出願の請求項1に係る発明は、単に、「路側アンテナと車載器との間で通信不能又は通信不可が発生したとき、車両が前記ETC車用レーンから離脱しえる手段を設けたこと」という構成だけを特定しているため、それに対する課題も、例えば、単に「路側アンテナと車載器との間で通信不能又は通信不可が発生したときに、車両を誘導することができる」等にすべきであったように思われる。
もちろん、それ以外の課題、目的及び効果等は、将来的に特許にするために必要になる可能性があるため、それらは、実施形態の欄に記載すべきであり、また、それらに限定されないことを明細書に明記すべきであったと思われる。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)

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