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令和3年(行ケ)第10051号「光子活性化ゲルでコーティングされた頭蓋内ステントおよび塞栓コイル」事件

名称:「光子活性化ゲルでコーティングされた頭蓋内ステントおよび塞栓コイル」事件
審決(拒絶)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和3年(行ケ)第10051号 判決日:令和4年2月10日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:発明の認定、容易想到性
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/914/090914_hanrei.pdf
[概要]
 原告が物の発明について特許請求の範囲に記載のない経時的要素を含めて認定すべきとして主張したものの、裁判所は最高裁判決を引用しつつ、特許請求の範囲の記載に基づいてその記載のとおりに本件補正発明の有する技術的事項を一義的に明確に理解することができるから、本件補正発明に関する審決の判断に誤りはないとして、原告の請求が棄却された事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】
A「頭蓋内ステントであって、
B 近位端部と、
C 遠位端部と、
D 前記近位端部と前記遠位端部との間に伸びるチューブ状の側壁と、
E 前記側壁の少なくとも一部を覆うパッチであって、前記パッチが、頭蓋内動脈瘤の頸部を通る血流を迂回させることが可能である、パッチと、
F 前記頭蓋内動脈瘤の空洞を埋めるように構成された塞栓コイルと、
G 前記パッチに、または前記パッチの境界線に沿って配置された第1の放射線不透過マーカーと、
H 前記塞栓コイル上に配置された第2の放射線不透過マーカーと、
I を備える、
J 頭蓋内ステント。」
[原告の主張]
 本件補正発明は、次のとおり、本件請求項1の内容に構成要件Kを付加して認定すべきである。したがって、本件補正発明について、本件請求項1の記載どおり認定した本件審決の判断には誤りがある。
A「頭蓋内ステントであって、
B 近位端部と、
C 遠位端部と、
D 前記近位端部と前記遠位端部との間に伸びるチューブ状の側壁と、
E 前記側壁の少なくとも一部を覆うパッチであって、前記パッチが、頭蓋内動脈瘤の頸部を通る血流を迂回させることが可能である、パッチと、
F 前記頭蓋内動脈瘤の空洞を埋めるように構成された塞栓コイルと、
G 前記パッチに、または前記パッチの境界線に沿って配置された第1の放射線不透過マーカーと、
H 前記塞栓コイル上に配置された第2の放射線不透過マーカーと、
I を備え、
K 前記パッチ及び前記塞栓コイルは前記頭蓋内ステントが頭蓋内に送達される前に前記頭蓋内ステントに備えられている、
J 頭蓋内ステント。」
 本件補正発明は、物の発明であって方法の発明ではないから、パッチ及び塞栓コイルについては、頭蓋内において初めて頭蓋内ステントに備えられるものと解釈するのではなく、頭蓋内に送達される前に備えられているものと解釈するのが、文言解釈として通常である。本件補正発明は、「前記塞栓コイルは前記頭蓋内ステントが頭蓋内に送達された後に前記頭蓋内ステントに備えられる、」との構成も含むこととなる。しかしながら、本件補正発明をこのように認定すると、医師によって当該発明を実施する医療行為が特許権の侵害となる可能性がある上、当該発明が産業上の利用可能性の要件を満たさないとした場合に多くの医療機器の特許発明に同様の無効理由が存在することになりかねない。これらの問題点について妥当な結論を得るためには、本件補正発明について、少なくとも構成要件Kを付加して認定すべきである。
[争点]
 独立特許要件(本件補正発明の甲1発明に対する進歩性)の判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『イ(ア) そこで検討するに、特許出願に係る発明の要旨の認定は、特段の事情がない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないところ(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照)、本件補正発明は物の発明であって、本件請求項1は、単に頭蓋内ステントがパッチ及び塞栓コイルを「備える」と規定するのみであり、その記載上、経時的要素を含むものではなく、いつの時点で頭蓋内ステントがパッチ及び塞栓コイルを備えるかが特定されていないことは明らかであるから、本件請求項1は、その特許請求の範囲の記載に基づいてその記載のとおりに本件補正発明の有する技術的事項を一義的に明確に理解することができるものである。
 そうすると、本件請求項1の文言解釈としては、パッチ及び塞栓コイルが頭蓋内ステントに備えられる時期は特定されていないとみるのが自然である。
(イ) また、仮に、そのように理解することができない「特段の事情」があるとしても、本願明細書には、頭蓋内ステントがいつの時点でパッチ又は塞栓コイルを備えるかによって異なる効果を奏する旨の記載は存しないことからすれば、頭蓋内ステントがパッチ又は塞栓コイルを備える時期は、本件補正発明の技術的意義に含まれるものではないとみるのが相当である。さらに、本願明細書には、頭蓋内ステントが頭蓋内に送達された後にパッチ又は塞栓コイルを備える態様を排除する旨の記載は見当たらず、かえって、頭蓋内ステント及び塞栓コイルが頭蓋内において組み合わされる実施態様が記載されている(段落【0018】及び【0023】)。
 以上の各事情からすれば、本願明細書の記載を参酌しても、パッチ及び塞栓コイルが頭蓋内ステントに備えられる時期が特定されているとみるべき記載は存しないというべきである。
 (ウ) 以上のとおりの本件請求項1及び本願明細書の各記載内容を考慮すると、本件補正発明は、パッチ及び塞栓コイルが頭蓋内ステントに備えられる時期に関する構成を発明特定事項として含むものではないというべきである。
 そうすると、本件補正発明は、本件請求項1に記載されたとおり認定すべきであり、これに構成要件Kを付加して認定するのは相当でないというべきである。』
『(3) 原告の主張に対する判断
ア 原告は、甲1発明について、本件審決が認定した内容に加えて、塞栓デバイスが頭蓋内に送達される前には被覆材料及び塞栓物質であるコイルを有していないとの構成を認定すべきであるとして、縷々主張する(前記第3の〔原告の主張〕2)。
 しかしながら、原告が主張する上記構成は、被覆材料及び塞栓物質であるコイルが塞栓デバイスに備えられる時期をその内容とするものであり、本件補正発明に係る構成要件Kに対応する構成であるといえるところ、前記1で検討したとおり、本件補正発明は、パッチ及び塞栓コイルが頭蓋内ステントに備えられる時期に関する構成を発明特定事項として含むものではないというべきである。
 そして、一般に、進歩性判断における引用発明の認定は、出願に係る発明の発明特定事項に相当する事項を過不足なく認定すれば足り、当該発明特定事項との対応関係を離れて必要以上に限定して認定する必要はないというべきである。
 そうすると、本件補正発明と対比される甲1発明について、原告が主張する上記構成を認定する必要はないというべきである。』
[コメント]
 原告は、頭蓋内ステントがパッチ及び塞栓コイルを備える時期について、物の発明であるといえども、本件補正発明では、「頭蓋内ステントが頭蓋内に送達される前」であるのに対し、甲1発明では、「頭蓋内ステントが頭蓋内に送達される前にはそれらを有していない」と解釈すべきであるとして、本件補正発明に記載のない発明特定事項について、審決の誤りを主張した。裁判所は、最高裁判決を引用し、特許請求の範囲の記載に基づけばその技術的意義が一義的に明確に理解することができるとしつつ、本件補正発明では単に頭蓋内ステントがパッチ及び塞栓コイルを「備える」と規定するのみであり、その記載上、経時的要素を含むものではなく、いつの時点で頭蓋内ステントがパッチ及び塞栓コイルを備えるかが特定されていないことは明らかであるから、本件補正発明は、パッチ及び塞栓コイルが頭蓋内ステントに備えられる時期に関する構成を発明特定事項として含むものではないというべきであるとして原告の主張を斥けた。本件補正発明の頭蓋内ステントがパッチ及び塞栓コイルを備える「キット」ないし「システム」であると考えれば、頭蓋内への到達の有無にかかわらず、その場にパッチ及び塞栓コイルが用意された段階でそれらを「備える」状態といえるので、原告の主張には若干の無理があろう。裁判所は甲1発明の認定についても同様の考え方を行っている。
 勢い、発明者や明細書作成者は特許出願に係る発明についてよく理解しているだけに、特許請求の範囲に記載のない事項に基づいて引用発明との差異を主張しがちである。出願人と審査官との認定の不一致が生じ得る主要因の一つでもある。特許出願に係る発明の要旨の認定の段階で、構成又は効果について引用発明との何らかの差異を主張するのであれば、特許請求の範囲においてその差異をもたらす構成等を記載すべきであることを再確認させられる事案である。

以上
(担当弁理士:藤井 康輔)

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