IP case studies判例研究

令和4年(行ケ)第10012号等「接触操作型入力装置」事件

名称:「接触操作型入力装置」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和4年(行ケ)第10012号等 判決日:令和5年2月16日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:相違点の判断、周知技術
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/805/091805_hanrei.pdf

[概要]
磁気テープの走行方向や走行速度を制御するための甲1発明のタッチパネルと、走行方向や走行速度という要素を含まない位置データを入力する装置に関する周知技術1とは、制御する対象が異なるし、たとえ両者が共通の構成を有するとしても、甲1発明において、周知技術1を適用することが容易であるとはいえないとして、本件発明の進歩性を肯定した審決を維持した事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
A 指先でなぞるように操作されるための所定の幅を有する連続したリング状に予め特定された軌跡上に連続してタッチ位置検出センサーが配置され、前記軌跡に沿って移動する接触点を一次元座標上の位置データとして検出するタッチ位置検知手段と、
B 接点のオンまたはオフを行うプッシュスイッチ手段とを有し、
C 前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡に沿って、前記プッシュスイッチ手段の接点が、前記連続して配置されるタッチ位置検出センサーとは別個に配置されているとともに、前記接点のオンまたはオフの状態が、前記タッチ位置検出センサーが検知しうる接触圧力よりも大きな力で保持されており、かつ、
D 前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡上における前記タッチ位置検出センサーに対する接触圧力よりも大きな接触圧力での押下により、前記プッシュスイッチ手段の接点のオンまたはオフが行われる
E ことを特徴とする接触操作型入力装置。

[審決]
1 本件発明と甲1発明との相違点
(1) 相違点1―1
「タッチ位置検知手段」が検出する「位置データ」が、本件特許発明1では、「一次元座標上の」ものであるのに対し、甲1発明において検出される「位置デー夕Dp」は、一次元座標上のものとは特定されていない点。
(2) 相違点1-2
本件特許発明1は、「接点のオンまたはオフを行うプッシュスイッチ手段」を有すること(構成要件B)、「前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡に沿って、前記プッシュスイッチ手段の接点が、前記連続して配置されるタッチ位置検出センサーとは別個に配置されているとともに、前記接点のオンまたはオフの状態が、前記タッチ位置検出センサーが検知しうる接触圧力よりも大きな力で保持されて」いること(構成要件C)、及び「前記タッチ位置検知手段におけるタッチ位置検出センサーが連続して配置される前記軌跡上における前記タッチ位置検出センサーに対する接触圧力よりも大きな接触圧力での押下により、前記プッシュスイッチ手段の接点のオンまたはオフが行われる」こと(構成要件D)との構成を備えるのに対し、甲1発明は、これらの構成を備えない点。

2 相違点1-2の判断
相違点1-2については、接触点を一次元又は二次元座標上の位置データとして検出するタッチ位置検知手段(タッチパネル)の下にプッシュスイッチ手段を配置した構造が周知技術(以下「周知技術1」という。)として認定できる。
しかし、甲1発明におけるタッチパネルは、回動接触操作の方向と速度が、磁気テープTの走行方向及び走行速度という物理量の制御に使用されるものであるのに対し、上記周知技術のタッチパネルは、移動方向と移動速度を伴う回動接触操作のためのものではなく、また、検出した位置データが、他の物理量の制御に使用されることも予定されていない。
両者は、上位概念化すれば、接触操作により入力を行うための手段である点において共通するものの、操作の態様も、検出した位置データの使用形態も異なるため、実質的に別の技術分野に属するものであり、過大に上位概念化した上で組み合わせを試みることは許されない。
仮に組み合わせたとしても、構成要件Cの「前記軌跡に沿って、前記プッシュスイッチ手段の接点が、前記連続して配置されるタッチ位置検出センサーとは別個に配置されている」との構成には到達しない。

[主な争点]
甲1発明を主引用例とする本件特許発明1の進歩性の判断の誤り(取消事由1-1)
以下、相違点1-2の判断についてのみ記載する。

[原告らの主張]
1 相違点1-2の容易想到性の判断に誤りがあることについて
(1) 本件審決は、周知技術1について、「接触点を一次元又は二次元座標上の位置データとして検出するタッチ位置検知手段(タッチパネル)の下にプッシュスイッチ手段を配置した構造」と認定しているが、「接触点を一次元又は二次元座標上の位置データとして検出する」との認定は不要なものである。
甲4文献ないし甲9文献から、タッチ位置検出センサーの領域においてタッチ操作(接触操作)とは別種のプッシュ操作(押下操作)を行うことが可能となり、その結果、タッチ位置検出センサーの領域に追加的な機能を具備させることが可能となり、操作性が向上するという効果が生じるところ、これらはプッシュスイッチがタッチパネルの下にあるか否かの違いに由来しているものであり、タッチパネルが「接触点を一次元又は二次元座標上の位置データとして検出する」か否かとは無関係なものである。
甲1発明に、上記不要な認定を省いて、周知技術1を適用すれば、相違点1-2に係る本件特許発明の構成に達することができ、かつ、そのような適用は容易である。
(2) 仮に、周知技術1を本件審決のように認定するとしても、相違点1-2に係る本件特許発明の構成に想到することは容易である。
本件審決は、甲1発明のタッチパネル11と、周知技術1におけるタッチパネルとが、実質的には異なる技術分野に属するとした上で、引用文献に記載された発明の目的等を捨象して「過大に上位概念化した上で組み合わせを試みること」は許されないとしているが、甲1発明のタッチパネル11も接触点を一次元座標上の位置データDpとして検出するものであるので、甲4文献ないし甲9文献に基づく周知技術はそのまま甲1発明に適用可能である。また、本件特許発明であれ周知技術1であれ、タッチパネルの下にプッシュスイッチを設けることの作用効果は、文字どおりタッチパネルの下にプッシュスイッチを設けること自体に由来するものであって、プッシュスイッチの上にあるタッチパネルの形状等や操作態様等にも依存しないから、この面からも、周知技術1は、上位概念化するまでもなく甲1発明に適用可能である。
そして、当該適用は、先行技術の単なる寄せ集め又は設計変更であり、当業者にとって容易なものである。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(2) 相違点の判断について
ア 周知技術の認定について
・・・(略)・・・
以上によれば、甲4文献ないし甲9文献から、接触点を一次元又は二次元座標上の位置データとして検出するタッチ位置検知手段(タッチパネル)の下にプッシュスイッチ手段を配置した構造を、周知技術として認定することができる。
原告らは、前記第3の1(1)アのとおり、甲4文献ないし甲9文献から認定される周知技術について、「接触点を一次元又は二次元座標上の位置データとして検出する」との認定は不要なものである旨主張するが、周知技術1が、接触点を一次元(甲8文献)又は二次元(甲4文献ないし甲7文献及び甲9文献)座標上の位置データとして検出するものであることは事実であり、この点をことさら認定からはずすべき理由はない(いずれにしても、この点は本件結論を左右しない。)。したがって、原告らの上記主張は採用できない。
イ 相違点1-2の容易想到性について
(ア) 甲1発明は、前記(1)のとおり、従来の制御信号供給装置では、制御信号を継統的に発生させることができず、磁気テープに対する連続的な走行制御が行えないという課題を解決するため、接触操作面を有するとともにこれに関連して円環状に配列された複数の接触操作検出区分が設けられ、各接触操作検出区分から出力されるタッチパネルとの構成を採用し、テープ駆動系に供給される制御信号を、特殊変速再生モード状態において磁気テープを所望の一方向に、所望の速度で走行させる制御を任意の時間だけ連続的に行えるようにしたものである。
一方、周知技術1は、タッチ位置検知手段(タッチパネル)により一次元又は二次元座標上の位置データを検出することで画面上のカーソル等の位置データが設定され、プッシュスイッチ手段により当該設定された位置データが確定されて入力情報となるものと理解できる。そうすると、周知技術1は、位置データを入力する装置に関する技術であって、タッチパネルとプッシュスイッチが協働して位置データを入力する機能を果たすものであるといえる。
磁気テープの走行方向や走行速度を制御するための甲1発明のタッチパネルと、走行方向や走行速度という要素を含まない位置データを入力する装置に関する周知技術1とは、制御する対象が異なるし、たとえ両者がタッチパネルという共通の構成を有するとしても、磁気テープの制御信号供給装置である甲1発明において、位置データを入力する装置に関するものである周知技術1を適用することが容易であるとはいえない。
結局のところ、甲1発明に、周知技術1を適用できるとする原告らの主張は、実質的に異なる技術を上位概念化して適用しようとするものであり、相当でない。
(イ) 仮に、周知技術1を、タッチパネルによる選択をプッシュスイッチで確定して何らかの入力情報を生成する技術であると上位概念化して理解したとしても、甲1発明は、プッシュスイッチに割り当てるべき機能(選択を確定する機能)をそもそも有さないし、甲1文献には、タッチパネルにより磁気テープの走行方向や走行速度を連続制御することは記載されているが、タッチパネルにより選択された走行方向や走行速度を確定する操作や、当該操作に対応するボタン等の構成は記載も示唆もないから、甲1発明に、周知技術1を適用する動機付けがない。
(ウ) 原告らは、前記第3の1(1)アのとおり、甲1発明のタッチパネル11も接触点を一次元座標上の位置データDpとして検出するものであるし、本件特許発明であれ周知技術1であれ、タッチパネルの下にプッシュスイッチを設けることの作用効果は、タッチパネルの下にプッシュスイッチを設けること自体に由来するものであって、プッシュスイッチの上にあるタッチパネルの形状等や操作態様等にも依存しないから、周知技術1は、上位概念化するまでもなく甲1発明に適用可能であり、当該適用は、先行技術の単なる寄せ集め又は設計変更である旨主張する。
しかし、原告らの主張は、前記において説示した、甲1発明において選択を確定する機能がない点等を看過しているものであるし、周知技術1において、位置データを入力する機能はタッチパネルの形状や操作態様等には依存しないとしても、そのことが同周知技術におけるタッチパネルとプッシュスイッチの機能的又は作用的関連を否定する根拠とはならないし、機能的又は作用的関連が否定できない以上、周知技術1を甲1発明に適用することが単なる寄せ集め又は設計変更とはいえない。したがって、原告らの上記主張は採用できない。
(3) 小括
以上によれば、当業者が相違点1-2を容易に想到することができないとした本件審決の判断に誤りはなく、取消事由1-1は理由がない。』

[コメント]
裁判所は、磁気テープの走行方向や走行速度を制御するために使用される甲1発明のタッチパネルに、走行方向や走行速度という要素を含まない位置データを入力し、かつ、確定させる装置に関する周知技術1を適用することは、実質的に異なる技術を上位概念化して適用しようとするものであり相当ではなく、仮に、上位概念化して理解したとしても、甲1発明に、入力したものを確定する操作の必要性がないことから、周知技術1を適用する動機付けがないと判断した。本判決による判断は妥当であると考えられる。
特許審査では容易想到性の判断に周知技術が用いられることがよくある。その際、特に従属請求項では組み合わせの動機付けに関する説明が省略されることがあるが、応答の際、実質的に異なる技術を上位概念化して適用していないか、また、周知技術を適用する動機付けが十分であるかを検討することが好ましい。
以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)

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