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令和4年(行ケ)第10030号「積層体」事件

名称:「積層体」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和4年(行ケ)第10030号 判決日:令和2年3月19日
判決:決定取消
特許法120条2の5第2項1号、第9項、126条5項
キーワード:特許請求の範囲の減縮、新たな技術的事項、除くクレーム
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/870/091870_hanrei.pdf

[概要]
除くクレームとする本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とし、新規事項の追加に該当せず、訂正要件を満たすものであり、これを否定した本件取消決定の判断には誤りがあり、本件取消決定の結論に影響を及ぼす可能性があると判断され、本件取消決定を取消した事例。

[特許請求の範囲]
【請求項15】
少なくとも2層を有する積層体であって、
第1の層が、2軸延伸樹脂フィルムからなり、前記2軸延伸樹脂フィルムを構成する樹脂組成物が、ジオール単位とジカルボン酸単位とからなるポリエステルを主成分として含み、添加剤をさらに含んでなり、前記ポリエステルが、前記ジオール単位がバイオマス由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸であるバイオマス由来のポリエステルと、前記ジオール単位が化石燃料由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸である化石燃料由来のポリエステルとを含んでなり、前記2軸延伸樹脂フィルム中に前記バイオマス由来のポリエステルが90質量%以下含まれ、
第2の層が、化石燃料由来の原料を含む樹脂材料からなり、且つ、バイオマス由来の原料を含む樹脂材料を含まないことを特徴とする、積層体(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)。

[決定の理由]
本件訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当せず、本件訂正は認められないとした上、訂正前の本件発明1ないし14は進歩性を欠くと判断した。

[主な争点]
1 訂正要件に関する判断の誤り(取消事由1)

[裁判所の判断]
2 取消事由1(訂正要件に関する判断の誤り)について
『(1)訂正の目的について
ア 訂正事項2は、請求項1を引用する請求項4を新たな独立項である請求項15とし、かつ、「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く。)」との事項を追加するものである。
訂正前の請求項1においては、「積層体」について、「少なくとも2層を有する積層体」と特定しているのにすぎないのであるから、ここにいう積層体には、「第1の層」、「第2の層」及びその他の任意の層からなる積層体が含まれることになるところ、「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」も層を形成するものである以上、この任意の層に該当するといえる。したがって、訂正前の請求項1における積層体は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」からなる積層体(以下「積層体A」という。)を含んでいたものである。
そうすると、訂正事項2は、「積層体A」を含む訂正前の請求項1における積層体から積層体Aを除くものといえ、このように積層体を特定したことにより、訂正前の請求項4に係る発明の技術的発明が狭まることになるのであるから、訂正事項2が特許法120条の5第2項ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかである。
イ 被告は、前記第3の1(2)アのとおり、訂正事項2は、「積層体」から、「無機酸化物の蒸着膜」及びその上の「ガスバリア性塗布膜」を「積層体」内の構成としたものを除く記載とはなっておらず、「積層体」の外に該当する「積層体」の「上」に、新たに「無機酸化物の蒸着膜」を設け、さらにその上に「ガスバリア性塗布膜」を設けたものを除くとする記載となっているから、「積層体」の範囲自体を減縮していない旨主張する。しかし、本件発明は、「第1の層」及び「第2の層」で完結した積層体を特定事項とするものではなく、特許を受けようとする発明を、「第1の層」及び「第2の層」を有する全ての積層体とするいわゆるオープンクレームに該当するものであるから、権利範囲に含まれる具体的層構成を特定するに当たり、積層体の内外を形式的に区別しても意味がない(「第1の層」及び「第2の層」の外部の層も全て、本件発明における積層体の構成要素となる。)。そして、前記アのとおり、訂正事項2における「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」の具体的な内容は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」を備えた積層体であるから、結局、積層体Aと区別できないものである。したがって、訂正事項2は訂正前の積層体から積層体Aを除く訂正であり、「積層体」の範囲を減縮していることになる。
また、被告は、本件訂正事項2のような「除くクレーム」とする訂正は、第三者に明細書等の記載に関して誤解を与える可能性があり、不測の不利益を及ぼす蓋然性が高いものというべきである旨主張する。しかし、被告主張のような懸念が仮にあったとしても、それは、訂正後の請求項につき、明確性要件やサポート要件等の適合性を巡って検討されるべき問題というべきであるから、いずれにしても、本件事案において、この点をもって直ちに訂正を認めない理由とすることは相当でない。
ウ 以上のとおりであるから、訂正事項2が特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たらないとした本件取消決定の判断には誤りがある。・・・(略)・・・』

『(2)新規事項の追加の有無について
ア 仮に、本件において、異議手続で審理・判断されていない新規事項の追加の有無について審理・判断することができるとしても、訂正事項2は、新規事項を追加するものとは認められない。
すなわち、訂正が、当業者によって、明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものと解すべきところ、訂正事項2によって「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」を除外することにより、新たな技術的事項が導入されるわけではなく、新規事項が追加されるものではない。
本件発明の課題は、バイオマスエチレングリコールを用いたカーボンニュートラルなポリエステルを含む樹脂組成物からなる層を有する積層体を提供することであって、従来の化石燃料から得られる原料から製造された積層体と機械的特性等の物性面で遜色ないポリエステル樹脂フィルムの積層体を提供すること(【0008】)であるが、上記除外によってこの技術的課題に何らかの影響が及ぶものではない。
イ 被告は、前記第3の1(2)アのとおり、訂正事項2は、本件発明の課題に、引用文献の課題解決手段である「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜」を追加することで新たな技術的事項を追加し、その追加した事項を前提に、それを除くとするのであるから、新たな技術的事項を導入するものである旨主張する。
しかし、訂正事項2による除外がされて残った技術的事項には、本件訂正前と比較して何ら新しい技術的要素はないから、被告の主張は採用できない。・・・(略)・・・』

『(3)小括
前記(1)及び(2)のとおり、本件訂正は、減縮に該当し、新規事項の追加には当たらないものであり、その他に被告がるる主張する点も、上記判断を左右するに足りるものではない。そうすると、その他の点について判断するまでもなく、本件訂正は訂正要件を満たすものであり、これを否定した本件取消決定の判断には誤りがあるところ、本件取消決定では本件訂正を認めていないため、訂正後の請求項15ないし22に係る発明については、訂正の目的要件以外の要件について判断がされておらず、特許成立の可否が確定していない。
よって、上記判断の誤りが、本件取消決定の結論に影響を及ぼす可能性があることは明らかである。
したがって、原告主張の取消事由1は理由がある。』

[コメント]
「除くクレーム」とは、請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、請求項に係る発明に包含される一部の事項のみをその請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいい、「除くクレーム」が、補正(訂正)前の明細書等から導かれる技術的事項に何らかの変更を生じさせるものとはいえない、つまり、新たな技術的事項を導入するものではない場合に、許される。
今回、被告(特許庁)は、除くクレームとする本件訂正に関し、本件明細書に記載のない構成であり、先行技術文献に記載の構成を除くとする訂正について、訂正前の請求項の構成「内」について除くとする訂正に該当しないため、特許請求の範囲の減縮に該当せず、訂正要件違反であると主張した。しかし、そもそも、裁判所が指摘する通り、訂正前の請求項はオープンクレームであり、その他の構成(任意の層)を含む余地があり、前記その他の構成を含む積層体を除く本件訂正が、特許請求の範囲の減縮に該当することは明らかであり、被告の主張には無理があるとした裁判所の判断は妥当であると考える。
なお、審査・審判段階において、除くクレームとする補正(訂正)により、新規性欠如の拒絶理由を解消するだけでなく、進歩性欠如の拒絶理由に対して、主引例の請求項1をそのまま全部除き、引例の技術的思想が除かれていることを理由に、進歩性を有する旨を主張し、許容される場合がある。但し、このような場合において、除かれていない部分に、出願当時の周知技術が存在している場合には、除くクレームとする補正(訂正)では、前記拒絶理由は解消できないため、補正(訂正)を行う際には、注意が必要である(参考:令和4年(ネ)第10052号)。

以上
(担当弁理士:西﨑 嘉一)

令和4年(行ケ)第10030号「積層体」事件

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