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令和4年(行ケ)第10111号「車両ドアのベルトラインモール」事件

名称:「車両ドアのベルトラインモール」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和4年(行ケ)第10111号 判決日:令和5年7月25日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/217/092217_hanrei.pdf

[概要]
本件発明1の「ほぼ水平に」という相違点1の構成について何らかの技術的意義があるとは認められず、しかも、甲1発明1の「やや下方に」について何らかの技術的意義があるとは認められないため、甲1発明1を相違点1の構成に変更することが設計的事項にすぎないというべきと判断され、また、相違点3の構成が甲1の図面のみから読み取ることは困難であり、図面から認定した審決における甲1発明1の構成では、甲1発明1の機能が阻害することになるため、審決における甲1発明1の構成の認定が誤りであり、相違点3が実質的な相違点ではないと判断され、本件発明1の進歩性を肯定した審決が取り消された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
車両ドアに装着されるベルトラインモールであって、
ベルトラインモールはドアガラス昇降部からドアフレームの表面にわたって延在するモール本体部と、
当該モール本体部の上部から内側下方に折り返したステップ断面形状部を有し、
前記ステップ断面形状部は、ドアガラスに摺接する水切りリップを有するとともに前記モール本体部の上部から下に向けて折り返した縦フランジ部と、当該縦フランジ部の下部から内側方向にほぼ水平に延びる段差部と、前記段差部の端部より下側に延在させた引掛けフランジ部を有し、
前記ドアガラス昇降部はモール本体部と引掛けフランジ部とでドアのアウタパネルの上縁部に挟持装着され、
前記ドアフレームの表面に位置する端部側の部分は前記縦フランジ部が残るように前記水切りリップ、前記段差部及び引掛けフランジ部を切除してあり、前記端部はエンドキャップを取り付けることができる断面剛性を有していることを特徴とするベルトラインモール。

[審決]
1 本件発明1と甲1発明1との対比
(1)相違点1
「縦フランジ部の下部から内側方向に延びる段差部」に関して、本件発明1においては、縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平に」延びる段差部であるのに対して、甲1発明1においては、縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向に「やや下方に」延びる段差部である点。

(2)相違点3
「前記ベルトラインモールはドアのパネルに装着され」に関して、本件発明1においては、「前記ドアガラス昇降部はモール本体部と引掛けフランジ部とでドアのアウタパネルの上縁部に挟持」装着されているのに対して、甲1発明1においては、「前記ベルトモールディングMは、車体側のドアパネルPに押込んで取付けられ」ている点。

2 相違点の容易想到性の判断
(1)相違点1について
甲1発明1の「段差部」は、「縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向にやや下方に延びる」ものである。「ほぼ水平」が「およそ水平」、「だいたい水平」を意味するものと理解すると、このような甲1発明1の縦フランジ部の段差部を「ほぼ水平」ということはできないから、相違点1は実質的な相違点である。
甲1発明1において、「やや下方に延びる段差部」を「ほぼ水平に延びる段差部」とする理由はなく、ベルトラインモールにおいて、「ほぼ水平に延びる段差部」を有する構成とすることは、本件特許出願前に周知の技術でもない。  上記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項は、当業者が容易に想到できたものではない。

(2)相違点3について
甲1発明1における「前記ベルトモールディングMは、車体側のドアパネルPに押込んで取付けられ」は、「車体側のドアパネルP」である車体側パネル(ドアパネルP)にモールディングMをネジ止めすることで取り付けられているものであるから、本件発明1の「挟持装着」に相当するものではない。
甲1発明1における「前記ベルトモールディングMは、車体側のドアパネルPに押込んで取付けられ」との事項により、「外表面部被覆部と頂部被覆部と「基部被覆部の段差部の端部より下側に延在させた部分」とでドアのアウタパネルの上縁部に挟持装着されている」ものを自明に導くことはできない。  したがって、相違点3に係る本件発明1の発明特定事項は、当業者が容易に想到できたものではない。

[主な争点]
1 本件発明1に係る相違点1の進歩性判断の誤り(取消事由1)
2 甲1発明1の認定並びに本件発明1に係る一致点及び相違点3の認定の誤り(取消事由3)
3 本件発明1に係る相違点3の進歩性判断の誤り(取消事由4)
※取消事由2、5及び6は、省略

[裁判所の判断]
『(2) 相違点について
ア 相違点1
(ア) ・・・(略)・・・相違点1においては、段差部が「ほぼ水平」に延びるか「やや下方」に延びるかという点のみが問題となる。
(イ) そこで検討するに、本件明細書には、段差部が縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水平に」延びることの技術的意義についての記載はない。また、前記1(2)のとおり、本件発明は、端末の剛性に優れるベルトラインモールを提供するために、ドアフレームの表面に位置する部分は縦フランジ部を残して、水切りリップや引掛けフランジ部を切除できるようにし、モール本体部と縦フランジ部とで略C断面形状を形成しつつ断面剛性を確保したというものであり、ベルトラインモールの端末では、ドアフレームの表面に位置する部分は縦フランジ部を残して切除されるものであって、段差部も切除されるのであるから、段差部が「ほぼ水平に」に延びても「やや下方」に延びても、本件発明の作用効果に何ら影響するものではない。そうすると、段差部が「ほぼ水平に」延びるものとすることについて何らかの技術的意義があるとは認められない。
そして、甲1発明1においても、段差部が縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向(内側方向)に「やや下方に」延びることに何らかの技術的意義があるとは認められず、甲1発明1において「やや下方に」延びる段差部を「ほぼ水平に」延びるように構成することは、当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎないというべきである。
そうすると、甲2記載事項について検討するまでもなく、甲1発明1において段差部に設計的変更を加え、これを「ほぼ水平に」することは、当業者が容易に想到できたものと認めるのが相当である。
(ウ) したがって、本件審決には、相違点1に係る容易想到性の判断に誤りがある。』

『ウ 相違点3
・・・(略)・・・
(イ) そこで検討するに、甲1の発明の詳細な説明には、「ベルトモールディングは、金属ストリップ材を横断面略U字形に折曲げ成形した芯材の外表面部を合成樹脂で被着し、その片面側にガラス窓に当接するリップ部を一体に形成したもので、車体のドア上縁辺に沿って嵌着固定することにより取付けられている。その端末はドアサッシやコーナーピースと干渉するのを防ぐために一部を切欠除去しているが、この切欠を設けることにより車体パネルに嵌着係合する部分がなくなってしまうところから車体側に位置する装飾面部が車体パネルから浮き上り或いは折れ曲がつてしまう虞れがある。」(甲1の1欄23行目~2欄9行目)とあるので、モールディングは、アウタパネルの上辺に嵌着係合されているものであるが、一部を切除した端末部(端部)についてはそのままでは嵌着係合することができないものであると認められる。そして、甲1には、「本発明に係るベルトモールディングにおいては、モールディング本体の端末部長手方向を一部切欠いだフランジ部に芯金材を貫通するビス孔を形成し、そのビス孔を残存させてモールディング本体の端末部にエンドキャップを形成する合成樹脂でビス孔周辺のフランジ部も被覆することにより、タッピングスクリュー等でモールディング端末を車体側パネルにねじ止め固定できるよう構成されている。」(3欄2~10行目)、「このように構成するモールディングMは車体側パネルに取付けるには、車体側のドアパネルPにモールディングの長手方向略全長を押込んだ後に、ドアパネルPの背面側より挿入するワッシャー付きタッピングスクリュー5をフランジ部16のビス孔17に締付けることにより端末側を確りと車体側パネルにねじ止め固定することができる(第3図a、b参照)。」(4欄11~18行目)との記載があり、これらの記載からは、甲1発明1においては、端部についてはモールディング本体の一部を切欠くが、当該部分についてはアウタパネル(甲1の「車体のドア」「車体パネル」「車体側パネル」「ドアパネルP」)の上縁辺と嵌着係合することができないので、切欠いた部分のフランジ部にビス孔を形成して、アウタパネルにねじ止めにより固定するものとされているものと認められる。  そうすると、甲1発明1においては、モールディングは、端部以外の部分においては、アウタパネルの上辺に「嵌着係合」されているものであるが、前記イで認定したとおり、モールディングがアウタパネルを挟むようにして取り付けられるものと容易に理解できるから、甲1発明1の「押込んで取り付けられ」は、本件発明1の「挟持」装着と実質的に同じように、モールディングがアウタパネルの上縁辺を挟むようにして取り付けられた状態を指すものと認めるのが相当である。
そうすると、相違点3は実質的な相違点ではない。
(ウ) この点、本件審決は、甲1の第3図aについて、車体側パネル(ドアパネルP)は、モールディングMのリップ14、15に対峙する側においては、リップ14、15から離れる方向すなわち手前側にクランク状に屈曲しており、甲1発明1において、車体側パネル(ドアパネルP)にモールディングMを取り付けた状態において、車体側パネル(ドアパネルP)はモールディングMの手前側に位置するものと解されるとして、甲1発明1においては、ドアパネルPがモールディングに挟まれるものではなく、手前側に位置するものであり、モールディングMをネジ止めすることで取り付けられていると認定して、相違点3について容易想到ではないと判断し、被告も本件審決の上記認定が相当であると主張する。
しかしながら、甲1には、前記(イ)のとおりの記載があり、同各記載からは、モールディングは、端部以外の部分では、アウタパネルを挟むようにして取り付けられているものであって、ネジ止めすることで取り付けられているものではないと認められるから、本件審決の上記認定は甲1の記載に反するというほかない。
そして、甲1の第3図aは、当該図面のみから、ドアパネルPが屈曲しているか否か、また、屈曲しているとした場合に手前側と奥側のどちらに屈曲しているかを読み取ることは困難なものであるものの、甲1発明1においては、ベルトモールディングMの「基部被覆部は、昇降窓ガラスに向けて斜めに突出しガラス窓に当接する上下のリップ14、15を有する」(前記2(1)イ(イ)、第2の3(2)ア(ア)a)ものであるから、モールディングMの手前側に、ガラス窓に当接するリップ14、15が形成されているところ、モールディングMとドアパネルPの位置関係について、本件審決の認定したとおりに、ドアパネルP(アウタパネル)がモールディングMの手前側(すなわち窓ガラス側)に位置するものと仮定すると、モールディングMに形成されたリップ部と窓ガラスの間にドアパネルPが挟まれることとなって、リップ部が窓ガラスに当接することを阻害することになるから、甲1の第3図aにおいて、ドアパネルPが手前側に屈曲していると理解すべきではない。
そうすると、本件審決が、甲1発明1におけるドアパネルとモールディングの位置関係について上記のとおりに認定したことは誤りというべきである。
(エ) したがって、本件審決には、相違点3に係る判断に誤りがある。』

『(3) 小括
以上のとおり、本件発明1と甲1発明1との相違点のうち、相違点1及び4については、当業者が容易に想到できたというべきであり、相違点2及び3については実質的な相違点ではないから、本件発明1には甲1発明1に基づく進歩性欠如の無効理由があり、本件発明1の進歩性に係る本件審決の判断には誤りがある。
そうすると、原告の主張する本件発明1の進歩性に係る判断の誤りの取消事由(取消事由1~4)には理由がある。』

[コメント]
相違点1については、本件発明1において、相違点1の構成(「ほぼ水平」)について何らかの技術的意義があるとは認められず、また、甲1発明1において、相違点1の構成(「やや下方」)について何らかの技術的意義があるとは認められないため、甲1発明1の「やや下方」を「ほぼ水平」に変更することが設計的事項にすぎないというべきと判断された。
判決文を見る限り、被告(特許権者)の反論として、甲1発明1に、甲2発明を適用できないことについての反論は確認できたが、相違点1の構成が技術的意義を有して設計的事項ではないことについての反論は確認できなかった。
したがって、相違点1の構成に技術的意義が無いのであれば、妥当な判断だと思う。
反対に、相違点1の構成に技術的意義が有ったのであれば、被告(特許権者)は、反論すべきだったと思われる。

相違点3については、審決においては、図面から甲1発明1を認定したことに対して、本判決においては、図面からではなく、明細書の記載等から認定し、それにより、相違点3は、実質的な相違点ではないと判断した。
特許公報における図面は設計図ではなく説明図にとどまるため、本裁判例のように、例えば明細書と図面との間に矛盾がある場合には、その矛盾を指摘し、当該図面のみに基づいて、引用発明の構成を認定することは適切ではない旨を主張すべきである。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)

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