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令和4年(行ケ)第10064号「微細結晶」事件

名称:「微細結晶」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和4年(行ケ)第10064号 判決日:令和5年7月13日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:周知課題、動機づけ
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/206/092206_hanrei.pdf

[概要]
引用文献に記載されない2つの周知・自明の課題(薬物の溶解性、安定性向上)を解決し得る複数の周知技術(平均粒径、結晶化度)が存在する場合、複数の周知技術の中から、一方の課題の解決を妨げる可能性がある周知技術をあえて採用することは動機付けられないと判断して、進歩性が肯定された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
0.5~20μmの平均粒径を有し、結晶化度が40%以上である
【化1】

で表される(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオンの微細結晶。

[審決]
1 相違点
(相違点1)本件発明1は、平均粒径が0.5~20μmの微細結晶であると特定しているのに対して、甲1結晶発明は、平均粒径及び微細結晶であることの特定がない点
(相違点2)本件発明1は、結晶化度が40%以上であると特定しているのに対して、甲1結晶発明は、結晶化度の特定がない点

2 本件各発明が解決しようとする課題
溶解性、安定性、バイオアベイラビリティ、医薬製剤中の分散性等が良好な化合物1の結晶およびその結晶を含む固体医薬製剤」の提供

3 動機づけ
甲1は、キサンチン骨格を有し、強力でかつ特異性の高いA2拮抗作用を有する優れたパーキンソン氏病治療剤の提供を課題とするものであり、溶解性、安定性、バイオアベイラビリティ、医薬製剤中の分散性等の向上といった課題は見いだせず、甲1には、化合物1の結晶の粒径の記載もないため、化合物1の結晶の粒径の検討に至る動機付けはない。
甲1、甲2等の文献において、化合物1の結晶の粒径を検討したとしても、甲1には、結晶化度についての記載も示唆もないことから、化合物1の結晶を、結晶化度が40%以上かつ0.5~20μmであるものとする動機付けは見いだせない。

[主な争点]
本件発明の進歩性の判断の誤り
サポート要件についての判断の誤り(本要約では省略)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『(2) 相違点1及び2について
ア 甲1結晶発明から認識される課題について
(ア) ・・・(略)・・・甲1結晶発明自体からは、化合物1の結晶の溶解性を高めるとの課題は直ちに導かれず、その他、甲1には、当該課題についての記載ないし示唆は見られない。
しかしながら、甲4、52ないし54及び71によると、経口投与される水難溶性の薬物において、薬物の吸収性及びバイオアベイラビリティを向上させるため、その溶解性を高めることは、本件優先日当時の当業者にとって、周知の課題であったと認められるところ、甲1によると、甲1結晶発明(化合物1の結晶)は、経口投与される薬物としても使用されるものであると認められ、また、甲57及び68によると、本件優先日当時の当業者は、化合物1の結晶の溶解性が低いものと認識していたと認められる・・・(略)・・・から、甲1結晶発明に接した本件優先日当時の当業者は、甲1結晶発明(化合物1の結晶)の溶解性を高めるとの課題を認識したものと認めるのが相当である。
(イ) ・・・(略)・・・甲1結晶発明自体からは、化合物1の結晶の安定性を高めるとの課題は直ちに導かれず、その他、甲1には、当該課題についての記載ないし示唆は見られない。
しかしながら、甲5、7、9、52、61、63、71及び72並びに乙7によると、薬物の安定性・・・(略)・・・を高めることは、本件優先日当時の当業者にとって、自明の課題であったと認められるから、甲1結晶発明に接した本件優先日当時の当業者は、甲1結晶発明(化合物1の結晶)の安定性を高めるとの課題を認識したものと認めるのが相当である・・・(略)・・・。
イ 化合物1の結晶の平均粒径を小さくし、かつ、化合物1の結晶の結晶化度を大きくすることについて
(ア) 甲4、52ないし54及び61によると、・・・(略)・・・・粉砕等により結晶の粒子径を小さくすること、結晶形を不安定型又は準安定型に変えること、結晶の結晶化度を低下させることなどは、本件優先日当時の周知技術であったと認められる。
(イ) また、甲7、9、52、61、63、71及び73並びに乙7によると、薬物の安定性を高める方法として、結晶の結晶化度を高めること、遮光、湿気の遮断等を目的として薬剤に保護コーティングを形成すること、遮光を目的として遮光剤(酸化チタン)を含むコート液をコーティングすることなどは、本件優先日当時の周知技術であったと認められる。
(ウ) しかしながら、甲5、7、52、54及び61によると、本件優先日当時、非晶質の薬物の方が一般に溶解性が高いとの技術常識が存在し、そのため、水難溶性の薬物の溶解性を改善するとの目的で、かえって結晶化度を低くすることが一般に行われていたものと認められるところ、前記(ア)及び(イ)のとおり、本件優先日当時、経口投与される水難溶性の薬物の溶解性を高めるための周知技術として、結晶の粒子径を小さくすること以外の方法も存在し、また、薬物の安定性を高めるための周知技術として、結晶の結晶化度を高めること以外の方法も存在していたのであるから、化合物1の溶解性及び安定性を高めるとの課題を認識していた本件優先日当時の当業者において、化合物1の溶解性を追求するとの観点から、経口投与される水難溶性の薬物の溶解性を高めるための周知技術(結晶の粒子径を小さくするとの周知技術)を採用し、かつ、化合物1の安定性を追求するとの観点から、薬物の溶解性を低下させる結果となり得る周知技術(結晶の結晶化度を大きくするとの周知技術)をあえて採用することが容易に想到し得たことであったと認めることはできない。
(エ) ・・・(略)・・・
また、原告らは、本件優先日の当業者であれば、薬物の安定性を向上させるとの課題に基づいて結晶の結晶化度を一定の数値以上に維持することを検討しつつ、粒子の微細化等の手段により溶解度を向上させるなど、結晶の結晶化度や平均粒径といったパラメータを適宜調整することを十分に動機付けられると主張するが、上記のとおり、非晶質の薬物の方が一般に溶解性が高いとの技術常識が存在したことを考慮すると、原告らの上記主張によっても、本件優先日当時の当業者において、相反する効果を生ずる事項同士であると認識されていた、化合物1の結晶の平均粒径を小さくし、かつ、その結晶化度を大きくすることが容易に想到し得たことであったと認めることはできないといわざるを得ない(この点に関し、本件明細書には、実施例(試験例2、実施例2)として、化合物1の微細結晶Aの結晶化度が84.6%であり、粒径がD100=8.7μmである場合・・・(略)・・・においても、結晶が凝集することなく、良好な溶解性及び分散性を示したとの記載があるが、前記(2)イ(ウ)において認定した技術常識(非晶質の薬物の方が一般に溶解性が高いとの技術常識)並びに甲6及び52によって認められる技術常識(特に薬物が疎水性のものである場合には、結晶の粒子径を小さくすればするほど凝集が起こやすくなり、その有効表面積がかえって小さくなる結果、溶解性が低下することがあるとの技術常識)に照らすと、上記実施例が示す効果は、甲1結晶発明及び本件優先日当時の技術常識から予測し得なかったものといえる。)。
(3) 取消事由1についての結論
以上のとおり、化合物1の溶解性及び安定性を高めるとの甲1結晶発明の課題を認識していた本件優先日当時の当業者において、化合物1の結晶の平均粒径を相違点1の数値範囲とし、かつ、その結晶化度を相違点2の数値範囲とすることが容易に想到し得たことであったと認めることはできないから、本件発明1の進歩性についての判断の誤りをいう取消事由1は理由がない。』

[コメント]
1 特許庁は、引用文献において、本願発明の溶解性、安定性等の向上といった課題は見いだせないと判断したが、裁判所は、溶解性、安定性等の向上はそれぞれ周知、自明の課題と認定した。

2 裁判所は、(a)経口投与される水難溶性の薬物の溶解性を高めるための周知技術として、結晶の粒子径を小さくすること、(b)薬物の安定性を高めるための周知技術として、結晶の結晶化度を高めること、(c)非晶質の薬物の方が一般に溶解性が高いとの技術常識、が存在することを認定した。
そのうえで、概ね被告の主張に沿って、本件発明は複数ある薬物安定化の周知技術の中から、(c)の技術常識から溶解性を低下させる可能性がある(b)をあえて採用することを容易に想到し得たとは認められないと判断した。ある構成が容易に想到し得たと判断するには、引用文献に本件発明の課題と解決手段の記載がない以上、複数の選択肢の中からその解決手段を採用するための相応の合理性と必然性が要求されるべきであり、裁判所の判断は妥当なものと言える。
本件では、上記(c)の非晶質の薬物のほうが溶解性が高いという期待は各証拠から確信できるとしても、当業者が(a)の微細化処理を組み合わせた場合でも高い結晶化度による溶解性の低下を重要視するかは確信できない。当業者が(b)による安定化を強く期待する可能性も考慮すれば、(c)が(b)を適用する阻害要因であると認定するのは困難と思われる。
本判決によれば、実務においては、周知課題に基づいて特定の解決手段を採用する動機付けがあることを主張する場合には、他に公知の解決手段がないか、他の手段よりも優先してその解決手段を採用する事情があるか、逆に採用を妨げる事情がないかを検討すべきである。

以上
(担当弁理士:小林 隆嗣)

令和4年(行ケ)第10064号「微細結晶」事件

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