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令和4年(行ケ)第10099号「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」事件

名称:「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和4年(行ケ)第10099号 判決日:令和5年7月6日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:動機付け
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/185/092185_hanrei.pdf

[概要]
引用発明において、レーザ光の集光点のZ軸方向の位置がずれによって、品質低下を生じさせると理解するとはいえず、また、加工対象物の内部に改質領域を形成する引用発明に、加工対象物の表面加工に係る周知技術をそのまま適用できるとはいえないため、引用発明に当該周知技術を適用する動機付けがないとして、本件発明の進歩性を肯定した審決が維持された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項8】(本件発明1)
(1A)第一のレーザ光を加工対象物の内部に集光点を合わせて照射し、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部に改質領域を形成するレーザ加工装置であって、
(1B)前記第1のレーザ光を前記加工対象物に向けて集光するレンズと、
(1C)前記加工対象物と前記レンズとを前記加工対象物の主面に沿って移動させる移動手段と、
(1D)前記レンズを前記主面に対して進退自在に保持する保持手段と、
(1E)前記移動手段及び前記保持手段それぞれの挙動を制御する制御手段と、を備え、
(1F)前記制御手段は前記集光点が前記加工対象物内部の所定の位置に合う状態となる初期位置に前記レンズを保持するように前記保持手段を制御し、
(1G)当該位置に前記レンズを保持した状態で前記第一のレーザ光を照射しながら、前記制御手段は前記加工対象物と前記レンズとを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して前記切断予定ラインの一端部において改質領域を形成し、
(1H)前記切断予定ラインの一端部において改質領域が形成された後に、前記制御手段は前記レンズを前記初期位置に保持した状態を解除して前記レンズと前記主面との間隔を調整しながら保持するように前記保持手段を制御し、前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して改質領域を形成する、
(1I)レーザ加工装置。

[争点]
本件発明1に係る進歩性の判断の誤り(取消事由1)

[裁判所の判断]
1 本件発明1と甲1発明の相違点
『 イ 相違点
本件発明1は、「初期位置」にレンズを保持した状態で「前記切断予定ラインの一端部において改質領域が形成された後に、前記制御手段は前記レンズを前記初期位置に保持した状態を解除して前記レンズと前記主面との間隔を調整しながら保持するように前記保持手段を制御し、前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して改質領域を形成する」ことを特定しているのに対して、甲1発明は、そのような特定がされない点。』
2 容易想到性
『 ア 本件審決の認定したとおり、証拠(甲3~5)によると、周知の技術的事項1(半導体ウエハをレーザ加工する技術分野において、半導体ウエハに反りがあると加工位置に対して加工用レーザ光の焦点がずれることから、測距用レーザ光を半導体ウエハに照射し、半導体ウエハの切断予定ラインに沿った表面(主面)の変位を取得して、取得した主面の変位に基づき、加工用レーザ光のレンズと半導体ウエハの主面との間隔を調整することで、加工用レーザ光の焦点の位置を調整し、半導体ウエハの表面を加工すること)が、証拠(甲6及び7)によると、周知の技術的事項2(対象物であるシリコンウエハについて、シリコンウエハの一端部に存在する平坦ではない部分(段差部や研磨ダレ部分等)に起因して光の合焦動作が困難になることから、そのような部分において合焦動作を一時的に停止させて焦点を固定し、そのような部分を外れると合焦動作を再開することにより、光の合焦動作を改善すること)が、それぞれ周知であったものと認められる(前記第2の3(3)ア)。
イ 前記(1)イの相違点に係る構成を甲1発明において採用することが容易想到といえるか検討するに、甲1には、加工対象物の反りや、X、Y軸ステージの振動等により、レーザ光の焦点ずれが生じ得ることについての記載はなく、加えて、前記2(1)エのとおり、甲1(105頁)には「図98に示すクラック領域9は、パルスレーザ光Lの集光点を加工対象物1の厚み方向において厚みの半分の位置より表面(入射面)3に近い位置に調節して形成されたものである。クラック領域9は加工対象物1の内部中の表面3側に形成される。」「パルスレーザ光Lの集光点を加工対象物1の厚み方向において厚みの半分の位置より表面3に遠い位置に調節してクラック領域9を形成することもできる。」といった記載があり、甲1発明においては、シリコンウエハ内部の改質領域の位置は、シリコンウエハの厚み方向において厚みの半分の位置よりも表面に近い位置から、同半分の位置よりも表面に遠い位置までの、ある程度の幅をもった範囲に設定され得るものであると理解されることからすると、甲1の記載に触れた当業者が、直ちに、X、Y軸ステージの振動等の外的要因や加工対象物であるシリコンウエハの反りのために、レーザ光の集光点のZ軸方向の位置がずれ、改質領域の位置がずれることによって、シリコンウエハの割れに大きな影響を及ぼして品質低下を生じさせると理解するとはいえない。
そうすると、甲1発明において、AF制御をする動機付けがあると認めることはできない。また、周知の技術的事項1は半導体ウエハの表面の加工についてのAF制御をいうものであるところ、これが周知であるからといって、動機付けがないにもかかわらず、甲1発明のようなステルスダイシングに適用できるとはいえない。したがって、甲1発明において「前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して改質領域を形成する」構成を採用することについて、当業者が容易に想到できたと認めることはできない。
ウ(ア) 原告は、レーザ加工の技術分野において、加工時におけるレーザビームの振動やテーブルの振動などの外的要因や加工対象物の凹凸や反りが、レーザ光の焦点ずれの原因となることが知られており、高さ方向(Z軸方向)の集光点をAF制御することは当然のことであり技術常識であったから、Z軸方向のAF制御をすることは甲1に記載されているに等しく、少なくとも容易想到であると主張する。
しかしながら、甲1には、加工時に、レーザ光Lの集光点Pについて、Z軸方向の制御をすることについての記載はない。また、前記2(1)ウのとおり、甲1(2頁)には「本発明に係るレーザ加工方法によれば、加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射しかつ多光子吸収という現象を利用することにより、加工対象物の内部に改質領域を形成している。加工対象物の切断する箇所に何らかの起点があると、加工対象物を比較的小さな力で割って切断することができる。本発明に係るレーザ加工方法によれば、改質領域を起点として切断予定ラインに沿って加工対象物が割れることにより、加工対象物を切断することができる。よって、比較的小さな力で加工対象物を切断することができるので、加工対象物の表面に切断予定ラインから外れた不必要な割れを発生させることなく加工対象物の切断が可能となる。」との記載があり、同記載に照らすと、甲1発明は、加工対象物であるシリコンウエハの内部に改質領域を形成して、改質領域を起点として切断予定ラインに沿って加工対象物を割るというものである。そして、前記アのとおり、周知の技術的事項1は、半導体ウエハの表面を加工する際に、半導体ウエハに反りがあると加工位置に対して加工用レーザ光の焦点がずれることから、表面の変位に基づいてAF制御をして表面を加工するというものであるところ、シリコンウエハの内部に改質領域を形成する際に、このような半導体ウエハの表面加工に係る周知の技術的事項1をそのまま適用できるとはいえない。
(イ) 当業者が、甲1の記載から、甲1発明において、加工中の集光点AF制御が当然に採用されるものと理解するといえるには、甲1発明において、シリコンウエハの反りやX、Y軸ステージの振動により、集光点のZ軸方向の位置がずれ、その結果、改質領域が形成される位置がずれることとなり、その改質領域の位置のZ軸方向のずれに起因して割断精度が悪くなる等の品質低下の問題を生じることが明らかであり、そのために、AF制御が必要であることまでを当業者が認識することを要するものと考えられる。ところが、当業者にとって、上記のような問題が生じることが明らかであると認識できたと認めるに足りる証拠はなく、そのような技術常識は認められないところ、前記のとおり、甲1には、改質領域が形成される位置が、ある程度の幅をもった範囲に設定され得ることを示唆する記載があるから、周知の技術的事項1を考慮しても、また、甲1発明の加工対象物として、30㎛程度までの薄いシリコンウェアが対象となり得ることを考慮しても、当業者が、甲1の記載から、甲1発明において加工中の集光点のAF制御が当然に採用されると理解するとはいえない。
(ウ) 原告は甲1の「クラック領域9と表面3の距離が比較的長いと、表面3側においてクラック91の成長方向のずれが大きくなる。これにより、クラック91が電子デバイス等の形成領域に到達することがあり、この到達により電子デバイス等が損傷する。クラック領域9を表面3付近に形成すると、クラック領域9と表面3の距離が比較的短いので、クラック91の成長方向のずれを小さくできる。よって、電子デバイス等を損傷させることなく切断が可能となる。但し、表面3に近すぎる箇所にクラック領域9を形成するとクラック領域9が表面3に形成される。このため、クラック領域9そのもののランダムな形状が表面3に現れ、表面3のチッビングの原因となり、割断精度が悪くなる。」との記載(105頁15~23行)をもって、比較的厚いウエハの場合には、改質領域のZ軸方向の位置が割断精度に影響を与えるものであることが甲1に明記されていると主張するが、同記載をもって、シリコンウエハの反りやX、Y軸ステージの振動に起因する改質領域の形成される位置のZ軸方向のずれが、品質低下の問題を生じる程度のものであることが明らかとなるものではないから、上記記載部分を踏まえても、当業者が、甲1の記載から甲1発明において加工中の集光点のAF制御が当然に採用されると理解するとはいえない。
(エ) 原告は、本件明細書(【0004】)に、従来技術に加工対象物の端部においてレーザ光の集光点がずれる場合があるとの課題があると記載されていることからも、一般的なレーザ加工技術の課題として、甲1発明においても、加工中の集光点のAF制御が必要であると主張するが、本件明細書の上記記載を踏まえても、前記(イ)のとおり、当業者が、甲1発明において、加工対象物の内部に改質領域を形成するために、加工時におけるAF制御としての加工中のZ軸方向の位置の制御が必要であるとの課題を認識するとはいえない。また、原告が指摘する証拠はいずれも、加工対象物の内部に改質領域を形成する甲1発明において、加工中のZ軸方向の位置の制御が必要であることが技術常識であることを裏付けるものとはいえない。』

[コメント]
甲1発明の記載に鑑みると、改質領域の位置の深さ方向のずれが許容され得る内容であるところ、集光点のZ軸方向の位置ずれによる品質低下という課題を当業者が認識できず、周知技術を甲1発明に適用する動機がない、との判示は妥当と思われる。
また、判示では、甲1発明が、ウエハの表面ではなく内部を改質して、その改質層からウエハの表面に向けてクラックを生じさせてダイシングする技術(ステルスダイシング)に関するものであるのに対し、周知技術は、ウエハの表面に対する加工に関するものであることも、甲1発明に周知技術を適用する動機がないことを根拠の1つとされた。大きく見ると、両者はいずれもウエハをダイシングする技術に関する点で共通するものの、その手段が異なっている点が裁判所において認定されている点が興味深い。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)

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