IP case studies判例研究

令和4年(ワ)第9716号「5-アミノレブリン酸リン酸塩」事件

名称:「5-アミノレブリン酸リン酸塩」事件
特許権侵害差止請求事件
東京地方裁判所:令和4年(ワ)第9716号 判決日:令和5年7月28日
判決:請求認容
関連条文:特許法70条、特許法第29条第1項第3号
キーワード:構成要件充足性、引用発明の認定
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/268/092268_hanrei.pdf

[概要]
各被告製品は、原材料として5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれるアミノ酸粉末を用いるアミノ酸含有食品であり、新規な化学物質である本件発明のアミノレブリン酸リン酸塩そのものが含まれているため、本件発明の技術的範囲に属すると判断された事例。

[本件発明]
【請求項1】(本件発明1)
下記一般式(1)
HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n (1)
(式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。

[争点]
争点1 各被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか
争点2 本件発明の新規性

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 争点①(各被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか。)について
(1) 本件発明は、特許請求の範囲の記載及び前記1(2)のとおりの本件明細書記載の技術的意義からしても、従前知られていた5-アミノレブリン酸に比べて有利な効果を有する新規な化学物質の発明である。
(2) 各被告製品は、原材料として5-ALAホスフェート(5-アミノレブリン酸リン酸塩)が含まれるアミノ酸粉末を用いるアミノ酸含有食品であり(第2の1の(4))、各被告製品には、本件発明の一般式(1)のうちR1を水素原子とし、nを1とした5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれていると認められる(甲5)。すなわち、各被告製品には、新規な化学物質である本件発明のアミノレブリン酸リン酸塩そのものが含まれている。
以上によれば、各被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。
(3) 被告は、各被告製品が、アミノ酸含有食品であること、5-アミノレブリン酸リン酸塩が単離されておらず、その純度が低いことを挙げて、各被告製品が本件発明の技術的範囲に属さない旨主張する。
しかし、本件発明は新規な化学物質の発明であり、本件発明の目的は、新規な化学物質としての5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供することであって、5-アミノレブリン酸リン酸塩の純度を向上させることにあるのではない。本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩であれば、それが単離されていなくとも、また、それを含む製品においてそれが高い濃度でなくとも、発明の効果を奏するといえる。本件明細書には、実施例として、5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造例が具体的に記載され、また、製造された物質の融点、1H-NMR、13C-NMR、元素分析値、イオンクロマトグラフィーによるPO43-の含有率が同定データとして記載されているが(【0034】、【0035】)、これらの記載は、新規な化学物質の発明が特許されるために必要とされる化学物質の同定データとして記載されたものであって、そこに記載の数値等が本件発明の技術的範囲を限定する根拠となるものとは解されない。
各被告製品に本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれている本件において、被告の上記主張には理由がない。
・・・(略)・・・
(5) 以上によれば、各被告製品は本件発明の技術的範囲に属し、被告による各被告製品の製造並びに譲渡及び譲渡の申出は、特許法2条3項1号の生産並びに譲渡及び譲渡の申出に当たる。
3 争点②(本件発明の新規性)について
(1) 引用発明について
ア 本件引用例における5-ALAホスフェートの記載
第2の1(5)ア(別紙2の1)によれば、本件引用例には「非水性液体中に溶解または分散した5-アミノレブリン酸および/またはその誘導体から選択される作用物質を含有する組成物」及び「誘導体が5-ALAの塩およびエステルから選択される請求項1記載の組成物」の発明が記載されている。
また、第2の1(5)ア(別紙2の2)によれば、本件引用例の【0012】には、本件引用例の組成物が5-アミノレブリン酸の誘導体を作用物質として含有する旨、この作用物質として特に有利には「5-アミノレブリン酸またはその塩またはエステルである」旨が記載され、この「塩またはエステル」の有利な例として22種類の化合物が列挙され、その列挙された化合物の中には、5-ALAホスフェートが含まれている。
イ 5-ALAホスフェートを引用発明として認定できるか
(ア) 特許法29条1項は、同項3号の「特許出願前に」「頒布された刊行物」については特許を受けることができない旨規定する。当該規定の「刊行物」に物の発明が記載されているというためには、同刊行物に発明の構成が開示されているだけでなく、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するというべきである。
特に、当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることにとどまらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見出すことができることが必要であるというべきである。
ここで、5-ALAホスフェートは、新規の化合物であり、上記アのとおり、本件引用例には、列挙された化合物の中に5-ALAホスフェートが含まれているものの、本件引用例にその製造方法に関する記載は見当たらない(乙2)。
したがって、5-ALAホスフェートを引用発明として認定するためには、本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたといえることが必要である。
(イ)・・・(略)・・・
確かに、上記第2の1(5)イ及びエのとおり、乙16文献及び乙18文献には、甲13の1文献を引用しつつ、「ALA生産が確立されている」、「ALAの産生に成功した」、「発酵の下流では、イオン交換樹脂を使用するALA精製プロセスも確立されて」いるなどと記載されている。しかしながら、甲13の1文献には、同オのとおり、「発酵液からのALAの精製」の項において、ALAが塩基性水溶液中では非常に不安定であり、種々の検討の結果、5-アミノレブリン酸塩酸塩結晶を得るプロセスを確立することに成功した旨が記載されているにすぎない。
そうすると、乙16文献及び乙18文献においては、細菌を培養して発酵液中にALA(5-アミノレブリン酸)を産生させる技術は開示されているものの、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されていないといえる。
・・・(略)・・・
以上のとおり、乙16文献から乙18文献までにおいて、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が開示されているとはいえない。これに加え、上記第2の1(5)アのとおり、本件引用例においても「5-ALAは・・・化学的にきわめて不安定な物質である」、「5-ALAHClの酸性水溶液のみが充分に安定であると示される」と記載されていて(【0007】)、これらの事項が本件優先日当時の技術常識であったと認められることも考慮すると、本件優先日当時において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が周知であったとは認められない。
・・・(略)・・・
(ウ) 以上によれば、本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたとはいえない。
したがって、本件引用例から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできない。』
『(2) 本件発明の引用発明に対する新規性の有無
ア 本件発明と引用発明との対比
・・・(略)・・・
引用発明は、「1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」であり、本件発明のように化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩ではないから、本件発明及び引用発明は、以下の点において相違するものと認められる。
「本件発明は、『下記一般式(1)HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n (1)(式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。』であるのに対して、引用発明は『1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液』である点。」
イ 新規性の有無
上記アのとおり、本件発明と引用発明とを対比すると、両発明には相違する点があるところ、この相違点は、実質的な相違点であるというべきである。したがって、本件発明は、引用発明と一致するものとはいえないから、引用発明に対して新規性を欠くものとはいえず、本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとはいえない。』

[コメント]
新規な化学物質の発明である場合、本件発明の目的は、新規な化学物質としての当該物質を提供することにあるため、イ号製品において、当該物質が単離されていなくとも、高い濃度でなくとも発明の効果を奏し、イ号製品が本件発明の技術的範囲に属する旨が示されている。
また、引用発明の適格性については、平成21年(行ケ)第10180号等の複数の裁判例と同様の規範に従い、本件特許の無効理由を争った令和4年(行ケ)第10091号と同趣旨の判断がなされている。
以上
(担当弁理士:春名 真徳)

令和4年(ワ)第9716号「5-アミノレブリン酸リン酸塩」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ