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令和5年(行ケ)第10040号「トレーニング器具」事件

名称:「トレーニング器具」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10040号 判決日:令和5年11月16日
判決:請求棄却
特許法29条1項3号、特許法29条2項
キーワード:本願発明の認定、引用発明の認定、適用阻害
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/505/092505_hanrei.pdf

[概要]
本件発明が甲1文献において甲1発明の部材のひとつとして開示されている、との原告の主張に対して、甲1発明は、各部材が不可分一体となった発明であり、各部材同士を取り外すことには阻害要因すらあるとして、本件発明の新規性及び進歩性を肯定した審決が維持された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
ほぼ並行状で相対向している一対の第1グリップ部と、該第1グリップ部それぞれの両端部同士を接続し、第1グリップ部相互の間隔に比し狭くしてほぼ並行状に相対向している一対の第2グリップ部とによって全体を平面からみてほぼ横長矩形枠を呈した一体のループ状に形成して成り、第1グリップ部は直線状もしくは緩やかな曲線状に形成され、第2グリップ部は正面からみて弓形に湾曲され、中央部分が相互に近接するように平面からみて矩形枠の内方に向かってやや窄まり状に形成されていることを特徴とするトレーニング器具。

[審決]
1 本件発明と甲1発明との相違点
(1) 相違点1
本件発明1は、「第2グリップ部」が、「正面からみて弓形に湾曲され」ているのに対し、甲1発明のバー及びハンドルアセンブリの「並列バーセグメント32、34」及び2個の互いに対向するハンドル延長部の各々の「2つの予備把持領域18、20」は、側面視で台形状である点。
(2) 相違点1の判断
甲1発明の「バー及びハンドルアセンブリ」は、「側面視で台形状」であって、円弧形状とはいえないのであるから、本件発明1の「正面からみて弓形に湾曲され」た「第2グリップ部」に相当し得ない。
原告は、甲1に記載された発明につき、これを錘40を備えないバー10とした上、本件発明1は新規性がない旨主張する。しかし、甲1に記載された上腕三頭筋運動具は、錘40があって初めて運動具として機能するものであり、錘40と一体不可分のものであるから、そもそも、錘40を除外したバー10は、上腕三頭筋運動具の一部であって、甲1においては、バー10のみで運動具として用いることを想定していない。よって、原告の主張は、前提において誤認したものであり、採用し得ない。
したがって、本件発明1は、甲1発明から当業者が容易に発明できたものとすることはできないし、甲1発明、甲2技術事項、甲3技術事項、及び甲4技術事項から当業者が容易に発明できたものとすることはできない。

2 本件発明と甲2発明との相違点
(1) 相違点2
本件発明1は、「中央部分が相互に近接するように平面からみて矩形枠の内方に向かってやや窄まり状に形成されている」であるのに対し、甲2技術事項は、部材がはしご状に取り付けたものであって、平行である点。
(2) 相違点2の判断
甲2には、はしご状の部材を窄まり状とすることは記載も示唆もされていないから、本件発明1は、甲2技術事項から当業者が容易に発明できたものとすることはできない。
甲2技術事項は、部材をはしご状に取り付けただけのものであって、重りを取り付けることを想定しているものではないから、当然、甲1発明の重量支持プラットフォーム26を備えることも想定していない。甲2技術事項において、平行なはしご状の部材を窄まり状にする動機付けは見当たらない。よって、本件発明1は、甲2技術事項から当業者が容易に発明できたものとすることはできないし、また、甲2技術事項及び甲1発明から当業者が容易に発明できたものとすることはできない。

[主な争点]
取消事由1(甲1記載の発明を主引用発明とする新規性についての判断の誤り)
取消事由2(甲1記載の発明を主引用発明とする進歩性についての判断の誤り)
取消事由3(甲2技術事項を主引用発明とする進歩性についての判断の誤り(相違点2についての判断の誤り))

[裁判所の判断]
2 取消事由1(甲1記載の発明を主引用発明とする新規性欠如についての判断の誤り)について
『事案に鑑み、被告が主張する相違点3(注記:本件発明1は、支持及びクランプアセンブリを備えないのに対し、甲1発明は、これを備える点)の存否から検討する。
(3) 原告の主張について
ア 原告は、甲1には、甲1発明のほか、引用発明としてバー10も記載されていると主張する。
しかしながら、前記(1)のとおり、甲1には、①従来のバーベル機材及びダンベル機材において、比較的長いバーを有する装置はバランスをとることが困難であり、錘を使用しない装置は本格的なボディビルダーに対しては限定的な有効性しか有しないとの欠点や、三頭筋を働かせるのに使用されるほとんどの器具が手のひらを上に向けることを必要とするが、このようなタイプのハンド・ポジションは、特に重い錘を持ち上げながら肘を内側で維持することを困難にするとの欠点があったこと、②甲1記載の発明は、三頭筋のエクササイズをするためのウエイトリフティング装置を提供することにより従来技術の短所を解消するものであり、バランスをとることの問題を有意に低減する中央に位置する錘プレート固定手段を有し、複数のハンド・ポジション及び間隔を可能にする三頭筋伸展装置を開示するものであること、③装置は、バー及びハンドルアセンブリと支持及びクランプアセンブリである2つの主要構成要素を有すること、④・・・(略)・・・バー10は、中央に位置する重量支持プラットフォーム26に固定されること、⑤重量支持プラットフォーム26のバー10への取付けは、・・・(略)・・・溶接によって達成されること、⑥・・・(略)・・・ことが記載されている。これらの記載によると、甲1記載の発明において、重量支持プラットフォーム26を含む支持及びクランプアセンブリは、バー10を含むバー及びハンドルアセンブリと共に装置の主要構成要素であり、バー10は、溶接等の方法により重量支持プラットフォーム26に固定され、重量支持プラットフォーム26等と物理的に一体であることが前提となっているといえる。・・・(略)・・・そして、バー10のみが独立してウエイトリフティング・エクササイズにおける運動器具としての作用効果を奏することにつき、甲1には記載も示唆もない。・・・(略)・・・
(4) 相違点3の存否について
前記(2)及び(3)のとおり、甲1に記載された引用発明は、本件審決が認定した甲1発明である。本件発明1と甲1発明とを対比すると、両者の間には、少なくとも被告が主張する相違点3が存在するものと認められる。なお、原告は、本件発明1の構成が全て甲1発明に包含されるとして、本件発明1と本件審決が認定した甲1発明とを対比しても、両者の間に相違点はないと主張するが、前記(3)のとおり、三頭筋運動器具の発明に関する甲1の記載から、その部材の一つにすぎないバー10のみを抽出し、これを独立した運動器具の発明であると解することができない以上、甲1発明は、支持及びクランプアセンブリとバー10とが不可分一体となった発明であるとみざるを得ず、したがって、本件発明1と甲1発明との間の相違点として被告が主張する相違点3を捨象することはできない。・・・(略)・・・したがって、本件各発明が新規性を欠くとはいえない旨の本件審決の判断は、結論において相当であるから、当該判断の誤りをいう取消事由1は理由がない。』

3 取消事由2(甲1記載の発明を主引用発明とする進歩性についての判断の誤り)について
『事案に鑑み、被告が主張する相違点3に係る本件発明1の構成の容易想到性から検討する。
(1) 前記2(3)において説示したとおり、・・・(略)・・・バー10は、重量支持プラットフォーム26等により形成される支持及びクランプアセンブリと物理的に一体となって作用効果を奏するものであるし、バー10が独立して運動器具としての作用効果を奏することについて、甲1には記載も示唆もないから、甲1に接した当業者にとって、甲1発明から支持及びクランプアセンブリを取り外す動機付けがあるとは認め難く、かえって、甲1発明から支持及びクランプアセンブリを取り外すことには阻害要因があるというべきである(なお、前記2(3)において説示したところに照らすと、そもそも甲1発明は、支持及びクランプアセンブリを取り外し、バー10のみで使用することをおよそ想定していない発明であるというべきである。)。したがって、当業者において、相違点3に係る本件発明1の構成に容易に想到し得たものと認めることはできない。・・・(略)・・・したがって、本件各発明が甲1発明に基づいて進歩性を欠くとはいえない旨の本件審決の判断は、結論において相当であるから、当該判断の誤りをいう取消事由2は理由がない。』

4 取消事由3(甲2技術事項を主引用発明とする進歩性についての判断の誤り(相違点2についての判断の誤り))について
『(2) 相違点2に係る本件発明1の構成の容易想到性について
前記(1)のとおりの甲2の記載によると、甲2技術事項は、外側に配置された部材3及び6のみならず、内側に配置された部材4及び5を持ち、持ち手の幅を狭くして関節の角度に変化を付け、トレーニング効果を高めて使用することが想定された器具であるといえる。このような甲2技術事項の内容に照らすと、甲2技術事項は、その中央部分を窄めることによって解決される課題を有していないといわざるを得ない。そうすると、甲2技術事項の中央部分を窄めることが設計的事項であるということはできないし、また、甲1発明の予備把持領域18及び20の窄まり形状を甲2技術事項の中央部分に適用する動機付けがあるともいえない。
原告は、当業者であれば甲2技術事項の部材4及び5が部材1及び2から抜けにくくすることを当然に考慮すると主張するが、4図から8図までを含む甲2の記載によっても、甲2技術事項において、部材4及び5が抜けてしまうのを防止するとの課題を有しているものと認めることはできず、その他、甲2技術事項がそのような課題を有しているものと認めるに足りる証拠はない。・・・(略)・・・したがって、当業者において、相違点2に係る本件発明1の構成に容易に想到し得たものと認めることはできない。・・・(略)・・・したがって、本件各発明が甲2技術事項に基づいて進歩性を欠くとはいえない旨の本件審決の判断は相当であるから、当該判断の誤りをいう取消事由3は理由がない。』

[コメント]
本判決では、甲1発明は、錘等の各部材が不可分一体となった発明であると認定され、甲1発明と本件発明1とでは、被告が主張する相違点3(本件発明1は、支持及びクランプアセンブリを備えないのに対し、甲1発明は、これを備える点)が存在すると認定された。甲1発明が、従来の錘を使用しない装置が有する課題を解決しようとする点に鑑みると、甲1発明が不可分一体の発明であり、支持及びクランプアセンブリを備えるという認定は理解できる。
一方で、本判決では、甲1の記載から部材の一つにすぎないバー10のみを抽出して、これを独立した運動器具の発明であるとは解せないと判断しているため、結論には影響しないと考えられるが、相違点3について、本件発明1が支持及びクランプアセンブリを備えないとまで認定された点については疑問が残る。
一見すると、甲1発明がいう「錘」とは形状が異なるものの、本件発明1では、トレーニング器具の一部に錘体5を設ける構成が想定されている(本件明細書の段落[0005]等)。この点も考慮すると、当該判決において、本件発明1が支持及びクランプアセンブリを備えない、とまで認定された理由は明確に理解できず、当該判決における相違点3の認定は、片手落ちの印象が否めない。
なお、別裁判において、原告は、原告商品の輸入が本件特許に係る特許権を侵害すると判断された地裁判決に対し、本件特許には無効原因があるとして控訴した。しかし、本裁判例と同様のロジックで、原告の主張は退けられ、当該控訴は棄却されている(令和5年(ネ)第10041号損害賠償請求控訴事件)。
以上
(担当弁理士:廣田 武士)

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