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令和5年(行ケ)第10020号「鋼管杭式桟橋」事件

名称:「鋼管杭式桟橋」事件
審決(無効・成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10020号 判決日:令和6年1月23日
判決:審決取消
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/697/092697_hanrei.pdf

[概要]
出願時の技術常識を踏まえると、本件明細書に記載された実施の形態における鋼管杭に発生する曲率は、初期断面や実施の形態2のように鋼管杭の全部の変形性能を同じものとしても、実施の形態3のように地中部の一部のみの変形性能を高めたものとしても、ほぼ同じ結果が得られるであろうことが理解できるとして、本件発明1及び2のサポート要件を満たさないとした審決が取り消された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
海底地盤に根入れされた複数の鋼管杭によって構成される鋼管杭列と、該鋼管杭列における海面上に突出した部位に構築される上部工とで構成される鋼管杭式桟橋において、
前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率φpが、φp≧4.39×10-3/Dという関係を満足するものとし、前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとしたことを特徴とする鋼管杭式桟橋。

[審決]
1 本件各発明が解決しようとする課題及び課題を解決するための手段
本件各発明が解決しようとする課題は、本件明細書の記載からすると、港湾や河川に構築される鋼管杭式桟橋において、杭の全塑性に関する要求性能を満足させる方法として、鋼管杭の板厚を上げる方法、鋼管杭の直径を大きくする方法により鋼管杭の剛性を上げ、鋼管杭式桟橋の変形量を小さくすることが考えられるが、いずれも使用鋼材重量が増加し、建設コストの増加につながるというものと認められる。
そして、本件各発明は、【0011】及び【0037】の記載からして、「杭の局所的な変形能力を上げる」ために、「鋼管杭の変形能力の指標は、全塑性モーメントMpに対応する曲率φpを用い」、「曲率が大きくなる部分にだけ、変形性能が優れる鋼管杭を用い」て、「『鋼管杭が地中部で全塑性モーメントに対応する曲率を越えない』という要求性能を満足」することにより上記の課題を解決したものと認められる。

2 本件発明1と発明の詳細な説明に記載された範囲の関係
本件発明1は、「前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率φpが、φp≧4.39×10-3/Dという関係を満足するものとし、前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとした」ことを構成として有するものである。
ここで、【0020】~【0032】には、「実施の形態1」として「曲率φpが、φp≧4.39×10-3/Dという関係を満足するもの」が記載されているが、【0037】には、「実施の形態1、実施の形態2では、鋼管杭式桟橋を構成する鋼管杭は、すべて同一の直径、板厚、変形性能のものを用いることを前提として検討してきた。これに対して実施の形態3では、曲率が大きくなる部分にだけ、変形性能が優れる鋼管杭を用いた例を説明する。」と記載されていることからすると、「実施の形態1」は、「外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分」を前記「曲率φp」の条件を満たし、「前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものと」することについて記載したものとはいえない。そして、「実施の形態3」は、曲率の条件に関して「φp≧5.65×10-3/Dを満足する」実施例が記載されているのみであり、その条件を他のものにすることについて記載も示唆もなく、技術常識ともいえない。
よって、出願時の技術常識に照らしても、本件発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから、本件発明1は、発明の詳細に記載されたものではない。

[主な争点]
サポート要件についての判断の誤り

[裁判所の判断]
『(2)検討
・・・(略)・・・
カ 課題を解決できると認識できるか
・・・(略)・・・
(イ) 本件発明1及び2について
本件発明1及び2、すなわち、鋼管杭式桟橋において、鋼管杭のうち少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能につき、「曲率φp≧φp1」(本件発明1)又は「曲率φp≧φp2」(本件発明2)という関係を満足するものとし、地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能を低いものとしたものについて、本件明細書には、これをそのまま実施した実施例は記載されていない。
もっとも、本件明細書は、バイリニアモデルを前提とした地震応答解析により、杭の全塑性の要求性能を満足させられるかを照査しているところ、バイリニアモデルでは、塑性域に達するまでの弾性範囲内では、応力とひずみとの間にはヤング係数を定数とする比例関係が成り立ち(フックの法則)、構造物に一般的に用いられる構造用鋼(軟鋼)のヤング係数の値はどの鋼種でもほぼ一定値であるとの技術常識を踏まえると、本件明細書に記載された実施の形態における鋼管杭に発生する曲率は、初期断面や実施の形態2のように鋼管杭の全部の変形性能を同じものとしても、実施の形態3のように地中部の一部のみの変形性能を高めたものとしても、ほぼ同じ結果が得られるであろうことが理解できる。このことは、本件明細書に記載された初期断面(【図8】)において、鋼管杭の地上部への発生曲率が海側から順に「4.37×10-2」「3.37×10-2」「2.33×10-2」であるのに対し、実施の形態3(【図13】)における変形性能を高めていない鋼管杭の地上部への発生曲率が海側から順に「4.38×10-2」「3.41×10-2」「2.34×10-2」とほぼ一致していることや、逆に、実施の形態2及び3において、変形性能を高めたために弾性範囲内であった地中部の鋼管杭への発生曲率が「5.36×10-3」(【図11】)、「5.37×10-3」(【図12】)及び「5.35×10-3」(【図13】)とほぼ一致していることからも裏付けられる。
そうすると、本件明細書の実施の形態2及び3に関する上記記載に接した当業者は、上記技術常識に照らし、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能を「曲率φp≧φp2」という関係を満足するものとしても、杭の全塑性の要求性能を満足しつつ、地中部の他の部分の鋼管杭の変形性能を低くすることにより、建設コストの増加との課題を解決することができることを認識できるというべきである。
また、実施の形態1についても、実施の形態2とはレベル2地震動の最大加速度の条件が異なっているにすぎず、開示されている技術的思想において実施の形態2と異なるところはないから、本件明細書の記載に接した当業者は、技術常識に照らし、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能を「曲率φp≧φp1」という関係を満足するものとした場合であっても、発明の課題を解決できると認識できるものと認められる。
(3) 被告の主張について
・・・(略)・・・
ウ 被告は、本件明細書には特定の条件下(鋼管杭列の数、水深、地盤構造、鋼管杭の板厚、直径)での地震応答解析(シミュレーション)で確かめられたことが記載されるにとどまり、別の条件下においても曲率φpの数値範囲とすることで課題が解決できるとは理解できない旨主張するが、もとより鋼管杭式桟橋が設置される地盤等は様々であって、その性能照査は状況に応じた適切な方法によらねばならないものであるが、本件明細書が開示しているのは、鋼管杭のうち少なくとも陸側に対面して配置された地中部における発生曲率が大きい部分にのみ、局所的に特定の数値以上の変形性能を有する鋼管杭を用いるという技術的思想であって、これに触れた当業者は、現実に地震応答解析等の性能照査を行う場合、他の条件を加味した上で、適宜上記技術的思想を取り入れ、本件各発明の課題を解決することが可能であるから、特定の条件下での結果のみが記載されていることのみをもって、本件各発明がサポート要件を満たさないとする理由とはならないというべきである。上記主張は採用することができない。
・・・(略)・・・
(4) まとめ
以上によると、本件各発明は、いずれも本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるということができ、サポート要件を満たしているというべきである。』

[コメント]
審決においては、本件明細書には、本件発明1及び2をそのまま実施した実施例は記載されていないとして、サポート要件を満たしていないと判断された。
一方で、判決においては、出願時の技術常識を踏まえると、本件明細書に記載された実施の形態における鋼管杭に発生する曲率は、初期断面や実施の形態2のように鋼管杭の全部の変形性能を同じものとしても、実施の形態3のように地中部の一部のみの変形性能を高めたものとしても、ほぼ同じ結果が得られるであろうことが理解できるとして、サポート要件を満たすと判断された。
今回は、判決において、サポート要件を満たすと判断されたものの、明細書には、将来的に補正を予測できる実施例については、記載しておくべきである。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)

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