IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和4年(行ケ)第10127号等「セレコキシブ組成物」事件
名称:「セレコキシブ組成物」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和4年(行ケ)第10127号等 判決日:令和6年3月18日
判決:審決取消
特許法36条6項2号、同条同項1号、行政事件訴訟法33条1項
キーワード:明確性、サポート要件、判決の拘束力
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/858/092858_hanrei.pdf
[概要]
「ピンミルのような衝撃式ミル」の範囲が明らかでなく、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するというセレコキシブ粒子の製造方法は、当業者が理解できるように本件明細書等に記載されているとはいえないから、本件訂正発明は明確であるとはいえないとして審決が取り消され、また、サポート要件の適合性について、前訴判決の拘束力を前提としても、サポート要件違反は認められないと一応判断が示された事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】
一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み、一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物であって、
セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、
粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μmである粒子サイズの分布を有し、
ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む
製薬組成物。
[主な争点]
取消事由2:サポート要件に関する判断の誤り
取消事由3:明確性要件に関する判断の誤り
[裁判所の判断]
『2 取消事由3(明確性要件に関する判断の誤り)について
(1) 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得ることから、特許を受けようとする発明が明確であることを求めるものである。その充足性の判断は、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から行うのが相当である。
・・・(略)・・・
(4) 次に、本件ピンミル構成の意味するところ(例示か限定か)を検討するに、「ピンミルのような衝撃式ミル」との特許請求の範囲の文言自体に着目して考えた場合、①ピンミルは単なる例示であって衝撃式ミル全般を意味するという理解、②衝撃式ミルに含まれるミルのうち、ピンミルと類似又は同等の特性を有する衝撃式ミルを意味するという理解のいずれにも解する余地があり、特許請求の範囲の記載のみから一義的に確定することはできない。
そこで、本件明細書の記載を参照するに、本件明細書の【0024】には、「セレコキシブと賦形剤とを混合するに先立ち、ピンミル(pin mill)のような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕させて、本発明の組成物を作製することは、改善された生物学的利用能を提供するに際して効果的であるだけでなく、かかる混合若しくはブレンド中のセレコキシブ結晶の凝集特性と関連する問題を克服するに際しても有益であることを発見した。ピンミルを利用して粉砕されたセレコキシブは、未粉砕のセレコキシブ又は液体エネルギーミルのような他のタイプのミルを利用して粉砕されたセレコキシブよりは凝集力は小さく、ブレンド中にセレコキシブ粒子の二次集合体には容易に凝集しない。減少した凝集力により、ブレンド均一性の程度が高くなり、このことはカプセル及び錠剤のような単位投与形態の調合において、非常に重要である。これは、調合用の他の製薬化合物を調合する際のエアージェットミルのような液体エネルギーミルの有用性に予期せぬ結果をもたらす。特定の理論に拘束されることなく、衝撃粉砕により長い針状からより均一な結晶形へ、セレコキシブの結晶形態を変質させ、ブレンド目的により適するようになるが、長い針状の結晶はエアージェットミルでは残存する傾向が高いと仮定される。」との記載が、【0135】には、「セレコキシブは先ず粉砕される若しくは所望の粒子サイズに微細化される。さまざまな粉砕機若しくは破砕機が利用することが可能であるが、セレコキシブのピンミリングのような衝撃粉砕により、他のタイプの粉砕と比較して、最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせる」との記載がある。
以上の記載に上記(3)の解釈を併せて考えると、本件ピンミル構成は、被告が主張(第3の3(6)ア)するように、本件訂正発明に係る薬剤組成物の含むセレコキシブ粒子が、ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子に見られるのと同様の、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上した構造、特性を有するものであることを特定する構成であって、したがって、「ピンミルのような衝撃式ミル」とは、ピンミルに限定されるものではなく、上記のような構造、特性を有するセレコキシブ粒子が得られる衝撃式ミルがこれに含まれ得るものと理解するのが相当である。
(5) 以上を前提に、本件ピンミル構成を含む本件訂正発明の特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たすかどうかを検討する。
ア 衝撃式粉砕機に分類される粉砕機としては、本件審決も認定しているとおり、多種多様なものがある・・(略)・・・ところ、上記(4)で示したクレーム解釈によると、衝撃式粉砕機によって粉砕されたセレコキシブ粒子を含む薬剤組成物であっても、本件特許の技術的範囲に属するものと属しないものがあることになるが、本件明細書に接した当業者において、「ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子に見られるのと同様の、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上した構造、特性を有するセレコキシブ粒子」を製造できる衝撃式粉砕機がいかなるものかを理解できるとは到底認められない。・・・(略)・・・
イ そうすると、本件明細書等に加え本件出願日(明確性要件の判断の基準時)当時の技術常識を考慮しても、「ピンミルのような衝撃式ミル」の範囲が明らかでなく、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するというセレコキシブ粒子の製造方法は、当業者が理解できるように本件明細書等に記載されているとはいえないから、本件訂正発明は明確であるとはいえない。』
『3 取消事由2(サポート要件に関する判断の誤り)について
上記2のとおり、取消事由3が認められる以上、本件審決(原告らが取消しを求めている請求項に関する部分)は既に取消しを免れないものである。しかし、明確性要件違反の原因となった本件ピンミル構成は、前訴判決がサポート要件違反を肯定する判断をしたことを受けて、その瑕疵を回避するために特許請求の範囲に加えられたという本件の経過を踏まえると、本件訂正後の特許請求の範囲を前提としたサポート要件の適合性の問題(取消事由2)についても、併せて判断を示すことが適切と考えられることから、以下に当裁判所の判断を示しておくこととする。
なお、その場合、本件ピンミル構成を含む特許請求の範囲は明確性要件を欠くことが前提となるから、サポート要件の判断においても、本件ピンミル構成を発明特定事項として考慮しない前提で検討することとする。
(1) 前訴判決がサポート要件違反を認めて第1次審決を取り消したことは前述のとおりであるところ、本件においては、前訴判決の拘束力がいかなる範囲に及ぶかが問題となっているので、まずこの点を検討する。
ア 特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは、審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理を行い、審決をすることとなるが、審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから、再度の審理ないし審決には、同法33条1項の規定により、上記取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は取消判決の上記認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない(最高裁判所昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁)。
この拘束力は、行政庁が裁判所の判断に反して同一の処分を繰り返し、同一の案件が行政庁と裁判所の間を往復することを避けるためのものであり、原則として主文についてのみ生ずる既判力と異なり、判決理由中の判断であっても、主文に直結する認定判断、すなわち主要事実の認定及びその法規範への当てはめの判断にも及ぶものである。他方、判決の結論と直接関係のない傍論の説示はもとより、主要事実を確定する過程における間接事実の認定やその評価にまで及ぶものではなく、また、結論に至る推論過程を基礎づける論拠、反対主張を排斥する理由等の説示についても同様である。取消判決の理由中の説示の全てが拘束力を有するとした場合、結論に影響する意味合いや程度も様々な議論が独り歩きを始め、その解釈・適用を巡って新たな紛争を拡大させることとなり、そのような状況は、行政事件訴訟法33条1項の想定するところではないというべきである。
・・・(略)・・・
(イ) そして、前訴判決は、(a)一方で、本件明細書の【0022】、【0124】、【0135】の記載から、未調合のセレコキシブを粉砕し、「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」とした場合には、セレコキシブの生物学的利用能が改善されること、セレコキシブのピンミリングのような衝撃粉砕により、他のタイプの粉砕と比較して、最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせることを示したものといえるとしつつ、(b)他方で、①本件発明1の請求項1には、セレコキシブを微細化する具体的な方法は記載されておらず、本件発明1の「微粒子セレコキシブ」が「ピンミリングのような衝撃粉砕」により粉砕されたものに限定する旨の記載もなく、かえって、本件明細書の【0135】には、さまざまな粉砕機・破砕機が利用可能とされていること、②本件明細書の【0008】には、長く凝集した針を形成する傾向を有する結晶形態を有する未調合のセレコシブは、錠剤成形ダイでの圧縮の際に、融合して一枚岩の塊になり、他の物質とブレンドさせたときでも、セレコキシブの結晶は、他の物質から分離する傾向があり、セレコキシブ同士で凝集し、セレコキシブの不必要な大きな塊を含有する、非均一なブレンド組成物になるとの記載があること、③本件優先日当時、粉砕により溶出は改善されるが、難溶性薬物は凝集して溶解速度が遅くなることがあることが周知又は技術常識であったことを踏まえると、(C)難溶性薬物であるセレコキシブについて、「『セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下(「未満」の誤記と認められる。)』の構成とすることによりセレコキシブの生物学的利用能が改善されることを直ちに理解することはできない」(以下「説示(c)」という。)とした。
また、本件明細書には、(d)「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義や「D90」の値と生物学的利用能との関係が説明されていないことを述べた上で、(e)難溶性薬物の原薬の粒子径分布が化合物によって種々の形態を採ることに照らすと、「200μm以上の粒子の割合を制限しさえすれば、90%の粒子の粒度分布がどのようなものであっても、生物学的利用能が改善されるものと理解することはできない」(以下「説示(e)」という。)とした。そして、(f)本件明細書の例11及び例11-2の実験結果の記載は、微粉化したセレコキシブを含有する「組成物A」及び「組成物B」(これらに含まれるセレコキシブのD90粒子サイズは約30μmと推認される。)の生物学的利用能は、未粉砕、未調合のセレコキシブである「組成物F」の生物学的利用能より高いことを示しているが、「組成物A」及び「組成物B」に加湿剤として含まれるラウリル硫酸ナトリウムが、生物学的利用能の実験結果に影響した可能性が高いものと認められ、この実験結果から、本件発明1の「セレコキシブ粒子のD90が200μm未満」の数値範囲の全体にわたり、未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善するものと認識することはできないとした。
(ウ) 前訴判決は、以上を踏まえた結論として、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先日当時の技術常識から、当業者が、本件発明1に含まれる「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が200μm未満」の数値範囲の全体にわたり本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められないから、本件発明1は、サポート要件に適合するものと認めることはできないとした。
・・・(略)・・・
ウ 取消判決の拘束力の範囲に関し上記アで述べたところに従って、前訴判決の拘束力の生ずる部分を検討するに、主文に直結する認定判断(主要事実の認定及びその法規範への当てはめの判断)は、本件訂正前の特許請求の範囲及び本件明細書の記載並びに本件優先日当時の技術常識(主要事実の認定に当たる。)を前提に、本件訂正前の特許請求の範囲によって特定される発明(本件発明)が特許法36条6項1号の要件に適合しないとした判断(法規範への当てはめに当たる。)にほかならず、前訴判決中、拘束力が生ずるのは当該部分であると解される。
他方、前訴判決の判断過程では、結論に至る推論過程を基礎づける論拠として、説示(c)、(e)等の様々な理由が示されているが、その逐一について拘束力が生ずるものではないことは、上記アで述べたとおりである。
・・・(略)・・・
カ よって、前記ウのとおり、前訴判決の拘束力は、本件訂正前の特許請求の範囲及び本件明細書の記載並びに本件優先日当時の技術常識を前提に、本件訂正前の特許請求の範囲によって特定される発明(本件発明)が特許法36条6項1号の要件に適合しないとした判断について生じることを前提に、サポート要件の適合性について判断する。
(2) 特許法36条6項1号は、特許請求の範囲に記載された発明は発明の詳細な説明に実質的に裏付けられていなければならないというサポート要件を定めるところ、その適合性の判断は、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認5 識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。特に、所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明について、特許請求の範囲の記載が同号の要件に適合するか否かは、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から、当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
・・・(略)・・・
以上を総合すると、本件訂正発明1は、粒子の最大長においてD90が30μmであるセレコキシブ粒子、及び加湿剤としてのラウリル硫酸ナトリウムを含有することを特定するものであるところ、これは、①セレコキシブが長い針状の結晶形態を有することに対応するため、粉砕によって薬物の粒子径を小さくし、比表面積を増大させることにより、薬物の溶出を改善させるために、セレコキシブの粒子サイズを「D90が30μm」に減少させ、また、②セレコキシブのような難溶性薬物については、粒子径を小さくすると凝集が起こりやすくなり、有効表面積が小さくなる結果、溶解速度が遅くなるが、界面活性剤が存在すると、微粒子は凝集せずに均一に溶液中に分散され、粒子サイズが小さいほど溶出速度は大きくなることから、セレコキシブに、界面活性剤同様水に親和性を持たせる湿潤剤であるラウリル硫酸ナトリウムを含有させることとしたものである。そして、③具体的な実験結果においても、D90粒子サイズは約30μmとし、ラウリル硫酸ナトリウムを含有させたセレコキシブ組成物が、未粉砕、未調合のセレコキシブに対して優れた生物学的利用能を示しているのであるから(例11-2)、本件訂正発明1は、本件ピンミル構成を発明特定事項として考慮しなくても、本件明細書及び技術常識から、「未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善された固体の経口運搬可能なセレコキシブ粒子を含む製薬組成物を提供する」という課題を解決できると当業者が認識できる範囲の発明であるといえる。』
[コメント]
衝撃式粉砕機によって粉砕されたセレコキシブ粒子を含む薬剤組成物であっても、本件特許の技術的範囲に属するものと属しないものがあり、ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子に見られるのと同様の特定の構造、特性を有するセレコキシブ粒子を製造できる衝撃式粉砕機がいかなるものかを理解できるとは到底認められないとして、「ピンミルのような衝撃式ミル」の範囲が明らかではないため、本件訂正発明は明確であるとはいえないとした本判決は、妥当と思われる。
一方、念のために判断したサポート要件の充足性については、前訴判決の拘束力がいかなる範囲に及ぶかを検討し、この拘束力は、原則として主文についてのみ生ずる既判力と異なり、判決理由中の判断であっても、主文に直結する認定判断、すなわち主要事実の認定及びその法規範への当てはめの判断にも及ぶものであるとしているのに対し、他方、判決の結論と直接関係のない傍論の説示はもとより、主要事実を確定する過程における間接事実の認定やその評価にまで及ぶものではなく、また、結論に至る推論過程を基礎づける論拠、反対主張を排斥する理由等の説示についても同様であると説示したうえで、本件訂正発明にはサポート要件違反は認められないと判断した。サポート要件の判断には、主要事実の認定(明細書の記載及び技術常識)に基づきながらも、新規性や進歩性の判断と比較して、上記の「結論に至る推論過程を基礎づける論拠」が占めるウエイトが小さくないと思われ、この点において本事件は留意すべきであろう。
以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)
令和4年(行ケ)第10127号等「セレコキシブ組成物」事件
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