IP case studies判例研究

令和5年(行ケ)第10056号「ワクチンアジュバントの製造の間の親水性濾過」事件

名称:「ワクチンアジュバントの製造の間の親水性濾過」事件
審決(無効不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10056号 判決日:令和6年3月25日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定、相違点の認定、相違点の判断
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/860/092860_hanrei.pdf

[概要]
優先日当時の当業者は引用発明及び周知技術に基づいて当該特許発明と当該引用発明との相違点に係る当該特許発明の構成に容易に想到し得、かつ、当該特許発明が奏する効果は当該特許発明の構成が奏するものとして当該当業者が予測することのできないもの又は当該構成から当該当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであったとは認められないとして、本件発明の進歩性を肯定した審決が取り消された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
スクアレン含有水中油型エマルジョンを製造するための方法であって、該方法は、
(i)第1の平均油滴サイズを有する第1のエマルジョンを提供する工程;
(ii)該第1のエマルジョンを微小流動化して、該第1の平均油滴サイズより小さな第2の平均油滴サイズを有する第2のエマルジョンを形成する工程;および
(iii)該第2のエマルジョンを、0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用して、濾過し、それによって、スクアレン含有水中油型エマルジョンを提供する工程、
を包含する、方法。

[審決]
1 相違点1に係る本件発明1の構成の容易想到性について
・・・(略)・・・
そして、甲11には、甲11発明1に係る方法において、0.22μmの滅菌濾過膜を用いた濾過に代え、又は当該濾過に加え、本件各要件を併せ満たす親水性二重層PES膜(フィルタ)を使用することについては、何ら具体的な記載又は示唆がされていない。・・・(略)・・・
この点に関し、本件各要件を併せ満たす親水性二重層PES濾過膜の例として、「Sartopore®2」(以下「本件製品」という。)は、丙4(甲15)(Sartorius社が2007年に発行した製品カタログ)の記載にみられるように、本件優先日前から市販されており、当業者にとって周知であったとはいえるものの、丙4において、甲11発明1に係るMF59C.1のようなスクアレン含有水中油型エマルジョンを滅菌濾過対象とすることの記載又は示唆がみられるわけでもない。

[争点]
本件発明1と引用発明との相違点に係る本件発明1の構成の容易想到性の判断の誤り

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『(相違点A)
濾過工程について、本件発明1においては、「0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用して、濾過」する工程と特定されているのに対し、甲11発明(認定)においては、「(Ⅲ-1)バルクエマルジョンを窒素下で0.22μm膜に通して濾過し、大きな粒子を取り除いて、平均粒径が約150nm、1.2μm以上の粒子がml当たり0.2×106個程度であるMF59C.1アジュバントエマルジョンの50L規模のバルクを手に入れる工程、(Ⅲ-2)得られたアジュバントエマルジョンのバルクを0.22μm膜に通して滅菌濾過する工程」と特定されている点
・・・(略)・・・
エ 相違点Aに係る本件発明1の構成の容易想到性
・・・(略)・・・
(エ) 本件適用に係る動機付けの有無
a 技術分野
(a) 前記アの甲11の記載によると、甲11発明(認定)は、ワクチンアジュバントのエマルジョンを製造する技術の分野に属する発明であると認められる。他方、前記(イ)のとおり、甲65には、「導入」として、「合成ポリマーの微小多孔性膜を使用する通常のフローフィルタ等は、多種多様なバイオ医薬液体の濾過用途に広く使用され、これらのフィルタの主な目的は、製品中の細菌汚染の可能性を減らすことである」旨の記載、「濾過膜は、血液分画、血清の処理、大容量非経口剤(LVP)等の従来の製薬用途でも日常的に使用され、ここでの目標は、バイオ医薬品プロセスと同じであり、製品の細菌汚染の可能性を低減させることである」旨の記載等があり、甲65は、これらの膜を備えた具体的な製品として、本件製品に言及している。・・・(略)・・・これらによると、本件製品は、少なくとも上記の「従来の製薬」に該当すると解されるワクチンアジュバントのエマルジョンの製造にも当然に適用し得るものであると認められるから、本件周知技術は、甲11発明(認定)が属する技術分野を包む技術分野に属する技術であると認めるのが相当である。
・・・(略)・・・
b 甲11発明(認定)が有する課題
(a) 甲11には、前記アにおいて認定した箇所を含め、本件適用を動機付けるような課題の記載はみられない。しかしながら、甲20(日本ワクチン学会編「ワクチンの事典」(平成16年))の「無菌性の保証 ワクチンは通常、…無菌製造、無菌充填が行われる。」との記載、前記(イ)のとおりの甲65の記載(「プレフィルタと最終フィルタの組合せを正しく選択することで、流速、濾過時間及び全体的な濾過コストの最適なバランスが得られる」旨の記載、「膜濾過の主な目標である滅菌濾液の提供を評価する基準として、①細菌の効果的な保持がされること、②高い総処理量を有することによる濾過コストの削減がされること、③許容可能な範囲の流速による妥当な時間枠におけるバッチ全体の濾過がされることなどが挙げられる」旨の記載、「本件製品の製造業者が製造する本件製品と同種の製品のプレフィルタ層は、非常に高い処理量を実現し、10インチエレメント当たりの有効濾過面積を30%以上向上させ、0.2μmの最終フィルタ層は、本件製品の組合せと同じで、信頼性の高い細菌保持を提供する」旨の記載等)に加え、甲11発明(認定)と本件周知技術とがその属する技術分野を共通にすること(前記a)に照らすと、ワクチンアジュバントのエマルジョンの製造に用いられる濾過膜については、その品質を向上させるため、①細菌を効果的に保持すること、②総処理量が大きいこと及び③流速が妥当なものであることが求められているものと認められる。
・・・(略)・・・
c 本件課題の解決手段
(a) 前記(ア)のとおりの丙4の記載(「本件製品のフィルタカートリッジは、現存する滅菌フィルタカートリッジのいずれと比較しても優れた特性を持ち、広範囲の化学的適合性、高耐熱性、高処理量、高流速の特性を全て備えている」旨の記載、「本件製品のカートリッジは、0.45μm膜を用いた「組み込み予備濾過」による分画濾過のため、非常に高い総処理能力を持ち合わせている。ポリエーテルスルホン膜の非対称的孔構造は、低い圧力下で、高い流速を提供する」旨の記載、「本件製品のフィルタカートリッジは、HIMAやASTM F-838-83ガイドラインに従う滅菌グレードのフィルタエレメントとして十分検証されている」旨の記載、95%閉塞時における総処理量において本件製品が最も優れている旨のグラフ等)、前記(イ)のとおりの甲65の記載(「本件製品の製造業者が製造する本件製品と同種の製品の0.2μmの最終フィルタ層は、本件製品の0.45μm/0.2μmの組合せと同じで、信頼性の高い細菌保持を提供する」旨の記載等)及び弁論の全趣旨によると、本件製品が備える親水性異質二重層ポリエーテルスルホン膜をワクチンアジュバントのエマルジョンの製造(濾過)に用いることにより、本件課題をいずれも解決することができるものと認めるのが相当である。
・・・(略)・・・
(オ) 本件適用に係る阻害要因の有無
しかしながら、前記(イ)c(a)のとおり、甲65には、「膜の実際の孔径よりも大きい粒子や微生物は、効果的に除去される。」との記載があり、孔サイズが0.45μmである本件周知技術の予備濾過膜を採用した場合であっても、径が1.2μmを超える大きな粒子を十分に除去し、もって、安定性を有するエマルジョンのバルクを得ることができるものと認められる。
・・・(略)・・・
当該②及び③の課題の解決のためには、目詰まりの防止等の観点から、適当な範囲で膜の孔サイズを大きくすることも十分に考え得ることであるから、・・・(略)・・・以上のとおりであるから、本件周知技術における予備濾過膜の孔サイズが0.45μmであることは、本件適用に係る阻害要因ではない。
オ 本件発明1が奏する効果
・・・(略)・・・
しかしながら、本件明細書の実施例4の【表3】中の回収率の低いものとして比較対象となる膜の材質や孔サイズは本件明細書中では十分に開示されておらず、仮に事後的に甲36において示された材質や孔サイズを前提としたとしても、例えば、フィルタ2とフィルタ7を比較すると、同じ孔サイズの場合、最終フィルタの材質がPESであるものよりもPVDFであるものの方が回収率が高くなっているなど、これらのデータだけでは、参加人の主張する顕著な回収率が本件発明1に係る親水性二重層ポリエーテルスルホン膜の効果によるものであるとの証明がされているとはいえない。それのみならず、前記エ(ア)のとおりの丙4の記載・・・(略)・・・によると、本件製品を用いて50L程度のエマルジョンを濾過した場合、膜の詰まりの程度が低く抑えられ、本件明細書に記載された程度の高い回収率を実現し得ることは、本件優先日当時の当業者にとって容易に理解し得たものと認めるのが相当である』

[コメント]
審決では、本願発明に係る構成要件である「親水性二重層PES膜(フィルタ)」を従来技術のフィルタに替えて使用することについて、主引用文献には、何ら具体的な記載又は示唆がされていないといった理由のみで、主引用発明と周知技術との動機付けが否定され、論理付けも否定されたことから進歩性が肯定された。しかしながら、本来であれば、特許・実用新案審査基準 第III部 第2章 第2節に記載されている通り、進歩性の判断は「先行技術に基づいて、当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理の構築(論理付け)ができるか否かを検討することにより行う」べきであり、論理付けのための主な要素の一つとして挙げられる主引用発明に副引用発明を適用する、又は周知技術を考慮する動機付けは、「(1)技術分野の関連性、(2)課題の共通性、(3)作用・機能の共通性、(4)引用発明の内容中の示唆」といった観点からの動機付けとなり得る観点を総合考慮して判断されるべきであって、今回の審決の判断の様に、上記(1)から(4)のいずれか一つの観点に着目すれば、動機付けがあるといえるか否かを常に判断できるわけではないことに留意すべきである。
以上
(担当弁理士:水谷 歩)

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