IP case studies判例研究

令和5年(行ケ)第10034号「立毛シートの製造方法」事件

名称:「立毛シートの製造方法」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10034号 判決日:令和6年3月27日
判決:審決取消
関連条文:特許法29条1項1号、123条1項2号、6号、及び同条2項
キーワード:新規性、冒認出願
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/893/092893_hanrei.pdf

[概要]
特許出願前に作成され、共有された説明書や指示書に記載された内容に基づいて、特許権に係る発明についての新規性違反が認められた事例。また、特許権に係る出願が冒認出願であることを認め、かつ、原告(無効審判請求人)が特許を受ける権利を有する者であることを確認した事例。

[請求項1]
熱可塑性繊維糸からなる一対の織物基布の間にパイル糸を織り込んで、ベルベット織組織の基材生地を製織する製織工程と、
前記パイル糸をカットして2枚の立毛シートを形成する切断工程と、
この立毛シートをスチーマーにより高温水蒸気で蒸す蒸し工程と、
前記立毛シートをヒートセッターにより形態安定化せしめるプレセット工程と、
前記立毛シートを洗浄する精練工程と、
前記立毛シートを染料により着色する染色工程と、
脱水機により前記染料を脱水する脱水工程と、
前記立毛シートを熱風で乾燥させる乾燥工程とを含んで構成されることを特徴とする立毛シートの製造方法。

[主な争点]
取消事由3 公知公用発明による新規性、進歩性欠如
取消事由4 冒認出願ないし共同出願要件違反

[裁判所の判断]
『2 事実経緯
後掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、本件各発明等に係る経緯に関し、次の事実が認められる。
・・・(略)・・・
(4)Bは、平成元年、日本化工有限会社を退職し、有限会社新栄テキスタイルを設立した。Bは、同社においても、被告から委託を受けるなどしてベルベット織物に対する染色加工を行った。・・・(略)・・・なお、平成元年頃までにBが作成したとされるメモ(甲132の2)には、染色、脱水後の乾燥をタンブラーで行う旨の記載がある(・・・(略)・・・)
(5)Aは、平成18年、Bに声をかけ、福井県鯖江市において自営業としての新栄染色を立ち上げ、平成18年7月7日、これを株式会社(乙3)とした。Bは、同日、新栄染色の代表取締役に就任し、Aは、同年10月13日、同社の代表取締役(Bと共同代表者)に就任した。Bは、同年5月頃、シリンダードラム乾燥機及びタンブラー乾燥機を京都から運び、新栄染色に設置した。(・・・(略)・・・)
(6)新栄染色は、・・・(略)・・・平成18年又は19年頃に自社内に蒸し箱を設置して以降は、蒸し工程も行っていた。新栄染色において、Bは、染色加工業務を担当し、被告代表者であったCに対し、染色加工の具体的内容を指導するなどしていた。(・・・(略)・・・)
・・・(略)・・・
(8)新栄染色は、平成20年頃、パフ生地を生産しており、同年終わり頃には、新栄染色におけるパフ用ベルベットの染色加工は、蒸し工程の後、すぐにテンターでプレセットをするという工程が含まれていた。また、平成22年から23年にかけて、タンブラー(・・・(略)・・・)2台が増設され、平成18年5月から設置されていた同じ大きさのタンブラー1台と併せ、新栄染色には合計3台のタンブラーが設置されるようになり、乾燥工程に利用されていた。(・・・(略)・・・)
(9)被告(当時の代表者はC)は、平成22年11月25日、タイキとの間で、「購買基本契約」(甲140の2。第28条には、「基本契約、個別契約または貸与書類等により知り得た相手方の業務上の秘密事項」に関する秘密保持条項があり、同条項上「秘密事項は書面で特定されるものとする。」とされている。)を締結し、平成23年1月4日、タイキに対する納品を開始した。・・・(略)・・・、新栄染色は、タイキからの依頼により「加工工程と条件の再確認」と題する書面に、加工工程や条件を記載した平成23年10月19日付け文書(甲101の2。甲53の1の手書き文字部分を除いたもの。以下「甲53の1文書」という。)を作成した。甲53の1文書は、同月20日に、被告の大阪営業所からタイキに対しファクシミリ送信されたほか、この頃、タイキ、被告及び新栄染色の従業員ら数名に対し、守秘義務を負わせることなく配布された。タイキからは、甲53の1文書記載の工程について、条件変更の提案がされた。なお、甲53の1文書には、当時、新栄染色で行われていた工程が記載されているが、被告又はタイキが特に秘密事項として特定したとの記載はない。(・・・(略)・・・)
(10)・・・(略)・・・平成24年1月10日付けのウノテキスタイルのAから被告従業員E宛てのメモの中には、「④新栄染色…タンブラー方式はCOST高くつく為→テンター方式へ」「H24年度中旬に変更予定」との記載がされている。(甲90の1・2、100の3)
(11)平成25年頃以降、・・・(略)・・・被告代表者であったCは、新栄染色以外の業者に、染色加工を依頼することを検討するようになった。Cは、平成26年7月頃、染色工程等を記載した手書きの文書(甲2(「目録①生産工程説明書(平成26年6月17日付)」と記載された部分を除く。)、甲98写真3左頁、甲107。以下「甲2文書」という。)を作成し、守秘義務を負わせることなく丸平染色のF専務に交付し、ベルベット織りの立毛シートの製造方法を説明して、染色工程の委託を打診した。Cは、甲2文書を、守秘義務を負わせることなく、株式会社ウエマツ及びYK化工にも渡した。(・・・(略)・・・)
・・・(略)・・・
(13)Aは、平成28年9月又は10月頃、新栄染色で行っていた染色工程についての発明を、自らが支配する被告において特許出願することとし、弁理士に相談した。被告は、同年12月27日、Aを発明者として、本件特許の出願をした。(・・・(略)・・・)
(14)Cは、平成29年1月、被告代表者を辞任し、原告の顧問に就任した。(甲9)
3 取消事由3(公知公用発明による新規性欠如についての判断の誤り)について
(1)公知性
前記2を前提として検討すると、甲53の1文書は平成23年10月頃、甲2文書は平成26年7月頃に、それぞれ公知となっていたものと認められる。
(2)甲53の1文書について
ア 甲53の1文書は、ベルベット織りの立毛シートの製造工程を示すものとして交付されたものであり、別紙2のとおり、「「生機投入」→「スチームセット」→「ドライセット」→「糊抜き」→「脱水」→「染色」→「脱水」→「乾燥(ブラシ)」→「ブラシ※ブイテック様」」との工程が記載されている。
イ 「生機投入」の部分により、製織工程と切断工程が開示されているといえるかという点について争いがあるので検討するに、「生機」とは「織り上げて織機からはずしたままの織物」を意味するところ(甲114・大辞林第四版)、ベルベット織りの織り機は、織ると同時に切断も行うことから一度に2枚分が織り上がるものであって、「織り機からはずしたままの織物」は、切断後の織物であると認められるから(甲40、112)、「生機投入」との記載から、甲53の1文書を受領した当業者は、当然に、製織工程と切断工程を経た生機が投入されると理解すると認めるのが相当である。そして、・・・(略)・・・甲53の1文書の「生機投入」工程の記載により、本件各発明の製織工程と切断工程が開示されていると認められる。
ウ そして、甲53の1文書の「スチームセット」は本件各発明の「蒸し工程」に、「ドライセット」は本件各発明の「プレセット工程」に、「糊抜き」は本件各発明の「精練工程」にそれぞれ相当する(証人A〔5〕)。また、「染色」は本件各発明の「染色工程」に相当し、「染色」の次に記載された「脱水」は、真空脱水とあるから脱水機を用いたものであることが明らかであって、本件各発明の「脱水機により前記染料を脱水する脱水工程」に相当する。さらに、「乾燥(ブラシ)」はドライセッターで150℃で乾燥させるものであるから、本件各発明の「前記立毛シートを熱風で乾燥させる乾燥工程」に相当する。なお、特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載を総合しても、本件発明1の乾燥工程から、ブラシを用いるものが除外されているとは認められない。
エ そうすると、甲53の1文書に記載された工程は、本件発明1を構成する工程を全て含むものであるから、本件発明1を開示するものといえる。
・・・(略)・・・
(3)甲2文書について
・・・(略)・・・甲2文書に記載された工程について前記(2)と同様に検討すると、甲53の1文書に記載された工程と同じであり、本件発明1を開示するものであると認められる。・・・(略)・・・
(4)小括
そうすると、本件発明1は、平成23年10月頃には公然知られていたと認められるから、本件発明1に係る特許は特許法29条1項1号の規定に違反してされたものであって、特許法123条1項2号の無効理由がある。
4 取消事由4(冒認出願についての判断の誤り)について
(1)冒認出願を理由として無効審判請求をすることができるのは特許を受ける権利を有する者に限られるから(特許法123条2項、1項6号)、原告は、自らが特許を受ける権利を有する者であることを証明する必要がある。そして、原告が主張する本件各発明に係る特許を受ける権利は、Bが発明者として有していた本件各発明に係る特許を受ける権利に由来するものであるから、原告が特許を受ける権利を有する者であるといえるためには、Bが本件各発明の発明者であると認められる必要がある。
(2)ここで、発明者とは、発明の技術的思想の創作行為に現実に加担したものであって、課題の解決手段に係る発明の特徴的部分の完成に現実に関与した者をいうところ、前記1(2)によると、本件各発明の特徴的部分は、蒸し工程と乾燥工程の双方を用いることにより、高い立毛性を得ることにあり、本件発明3については、これに加えて、タンブラーを使用することでブラッシング付き乾燥機を要しないものとなったことにあると認められる。
(3)前記2(9)及び前記3(2)のとおり、本件発明1は平成23年10月までに完成していたということができる。・・・(略)・・・新栄染色では、平成21年7月当時、Bが指導した工程により染色加工が行われていたことが認められ、これに反する証拠はない。そして、・・・(略)・・・Bは、立毛シートの染色加工に関し、創意工夫を凝らして発明をするに足る十分な知見を有していたことが推認されるのであり、Bが、その陳述書(甲1の1)において、・・・(略)・・・開発の経緯及び内容を具体的に陳述していることは、これと整合するものである。
また、・・・(略)・・・Bは、遅くとも新栄染色を退職する平成21年3月よりも前に、本件各発明をいずれも完成させていたものと推認するのが相当である。
なお、被告は、Bの陳述書(甲1の1)にパイル長が2~3mmであったとあるから、Bには短いパイル長のものに係る知見しかなかったと主張するが、・・・(略)・・・上記被告の主張は、Bが本件各発明をするに必要な知見を有していたとする上記判断を左右しない。
以上を総合すると、・・・(略)・・・本件各発明の発明者がAであるとの被告の主張を採用することはできない。他にBが平成21年3月よりも前に本件各発明をいずれも完成させていた旨の前記認定を覆すに足りる主張立証はない。
(4)これに対し、・・・(略)・・・被告は、・・・(略)・・・Aの陳述書(乙8)を提出した。ところが、被告は、・・・(略)・・・主張を変更し、・・・(略)・・・Aの陳述書(乙11)を改めて提出した。この主張内容及び陳述内容の変更は、発明の課題そのものや発明の必要性、発明の創作過程に極めて大きな影響を与えるものであるから、真にAが発明者であるのであれば、単なる記憶違いなどによって上記のごとくその内容を変遷させるとはおよそ考え難い。・・・(略)・・・
さらに、被告の主張によると、・・・(略)・・・プレセットを入れることとした理由については何ら説明をしていない。・・・(略)・・・また、Aが蒸し工程について試行錯誤した内容として述べる条件は、・・・(略)・・・本件明細書の記載と合致しない。Aは、本件の審判手続の尋問において、自ら発明ノートを作成したことはないことを前提とした発言をしているが(甲74の3・135項目)、これは試行錯誤を繰り返していたはずの発明者としておよそ不自然というほかない。
被告は、本件各発明においては乾燥工程にタンブラー乾燥機を用いることが重要である旨主張する。しかし、・・・(略)・・・遅くとも、平成24年までには、ベルベット織物の製造分野において乾燥工程にタンブラー乾燥機を利用することは普通に行われていたと認めるのが相当であるから、本件各発明において創作されたものとは認められない。Aは、中和剤を用いることで精練工程の後の脱水工程を省略し、ウィンス機で精練工程と染色工程ができるようになったと証言しているが(証人A〔6頁〕)、・・・(略)・・・本件各発明とは関係のない別の発明について述べるものにすぎない。Aは、小型、大型、中型のタンブラーで試し、中型のタンブラーを用いることで目的を達成することができたとも証言しているが(証人A〔9頁〕)、・・・(略)・・・タンブラーの大きさが何らかの技術的意義を有するものであると解することができるような記載もない。
(5)したがって、本件各発明に係る発明者はBであると認めるのが相当であるから、本件の出願は冒認出願に当たり、本件特許には特許法123条1項6号の無効理由がある。また、原告は、Bから特許を受ける権利の一部について譲渡を受け(甲16)、残部はBの相続人の全員が相続放棄したことにより原告に帰属したから(甲110、111)、本件各発明に係る特許を受ける権利を有する。』

[コメント]
本件特許権に係る発明に関与すると考えられる各関係者が、企業、転職、廃業等の様々な経過を経て現在に至っているにも関わらず、記録・保存されていた手書きの資料やFAXにより送信された資料から、特許権に係る発明について新規性が欠如していることを見出している本判決は、改めて、発明を成すまでの記録等を厳密に管理することの重要性を認識させるだろう。
そして、冒認出願である点に関しても、理路整然と一貫した主張立証をする原告と、主張が二転三転する被告との間で、裁判所が経緯や各当事者の事情等を整理して、妥当な判断を導き出しているという印象である。
以上
(担当弁理士:植田 亨)

令和5年(行ケ)第10034号「立毛シートの製造方法」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ