IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和5年(行ケ)第10091号「バリア性積層体」事件
名称:「バリア性積層体」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10091号 判決日:令和6年4月22日
判決:決定取消
特許法29条2項
キーワード:動機付け、技術的意義、一体、用途
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/977/092977_hanrei.pdf
[概要]
本件発明は、主引用発明、副引用例に記載事項、及び、周知技術に基づき容易に発明できたものではないと判断され、本件発明の進歩性を否定した特許取消決定が取り消された事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】
多層基材と、蒸着膜と、前記蒸着膜上に設けられたバリアコート層とを備えるバリア性積層体であって、
前記多層基材は、少なくともポリプロピレン樹脂層と表面コート層とを備え、
前記ポリプロピレン樹脂層は、延伸処理が施されており、
前記表面コート層が、極性基を有する樹脂材料を含み、
前記蒸着膜は、前記多層基材の表面コート層上に設けられており、
前記蒸着膜が、無機酸化物からなり、
前記バリアコート層が、金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であるか、または、金属アルコキシドと、水溶性高分子と、シランカップリング剤との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であり、
前記ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が、0.90以上1.60以下であることを特徴とする、ボイルまたはレトルト用バリア性積層体。
[取消事由]
取消事由1(甲3発明に基づく本件発明1の進歩性の判断の誤り)
[本件決定の理由の要旨]
本件発明1~16は、いずれも、甲3発明(又は甲3発明の2)、甲4記載事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものである。
[本件発明1と甲3発明との主な相違点]
(相違点1-2)本件発明1は、「前記ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が、0.90以上1.60以下である」のに対して、甲3発明は「該有機無機ハイブリッドバリア層は、X線光電子分光分析法によるアトミックパーセントの分析において、炭素と酸素と珪素が、それぞれ15~50%、30~65%、5~30%の割合で存在することが確認される」点。
(相違点1-3)本件発明1は、用途が「ボイルまたはレトルト用」であるのに対して、甲3発明は「食品等の包装材料として使用可能」なものである点。
[裁判所の判断]
『2 取消事由1(甲3発明に基づく本件発明1の進歩性の判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(2)相違点の容易想到性についての判断の誤りについて
ア 原告は、本件決定が相違点1-1から同1-3までを関連付けずに判断している点が誤りであると主張するところ、当裁判所は、相違点1-1はともかく、少なくとも相違点1-2と相違点1-3は一体として検討する必要があると判断する。その理由は、以下のとおりである。
本件発明の内容は前記第2の2のとおりであって、ポリプロピレンフィルムと蒸着膜との間に、密着性に優れた極性基を有する樹脂材料を含む表面コート層を備えることにより、層間の剥離を防止し、また、シランカップリング剤とともに用いられる場合も含め金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物からなるバリアコート層を蒸着膜上に設けることで、蒸着膜のクラック発生をも防止し、さらには、ボイル又はレトルト処理が行われる場合であってもガスバリア性の低下の抑制が図られるように、バリアコート層表面の珪素原子と炭素原子との割合を特定の範囲にしたものであって、高いガスバリア性を有するボイル又はレトルト用バリア性積層体を提供するという技術的意義を有するといえる。そして、本件明細書によれば、珪素原子と炭素原子の比(Si/C)の上限は、バリア性積層体を屈曲させてもガスバリア性の低下を抑制できるという観点から定められ、下限は、バリア性積層体を加熱してもガスバリア性の低下を抑制できるという観点から定められているのであるから(【0076】、表5~表7)、ボイル又はレトルト用であるか否かに係る相違点1-3と、珪素原子と炭素原子の比の数値範囲に係る相違点1-2は、一体として検討されるべきものである。
イ 以上を前提に、相違点1-2と相違点1-3に係る容易想到性につき一括して判断するに、まず、本件決定が副引用例とする甲4には、別紙6の記載があり、ここから本件決定の認定に係る甲4記載事項(別紙4の1(2))を認定できることについては争いがない。
甲4は、電気製品等の機器の消費エネルギーを削減するための真空断熱材用外包材等に関するもので、外包材により形成された袋体内に芯材を配置し、上記芯材が配置された袋体の内部を減圧して真空状態とし、上記袋体の端部を熱溶着して密封し、上記袋体内部を真空状態とすることにより、気体の対流が遮断されるため、真空断熱材は高い断熱性能を発揮することができるというものである(【0001】~【0003】)。
甲4記載事項は、第1フィルム(金属酸化物リン酸層付きフィルム。第1樹脂基材と金属酸化物リン酸層から成る。)、オーバーコート層付きフィルム(樹脂基板、無機層、オーバーコート層から成る。)、熱溶着可能なフィルムから構成される真空断熱材用外包材のうち、オーバーコート層付きフィルムの中のオーバーコート層及び無機層をもとに抽出されたものである。
ウ 本件決定は、甲3発明に、甲4記載事項のオーバーコート層における炭素原子に対する珪素原子の比率を適用するものである。
しかし、甲4記載事項は、前提とする積層構造が、甲3発明と異なる上、以下のとおり、甲4は、甲3発明とは技術分野が共通するものとはいい難く、さらに、相違点1-3に係る構成(ボイル又はレトルト用)を開示又は示唆するものでもない。すなわち、甲4は、高温高湿な環境においても長期間断熱性能を維持することができる真空断熱材用外包材等の提供を目的とするものであるが(【0008】)、高温多湿な「環境」を想定するにとどまり、物を入れて積極的に加熱殺菌処理をする行為であるレトルトやボイル・・・(略)・・・を想定しているとはおよそ考えられず、実際、甲4には、レトルトやボイルを前提とする記載はない。
その上、甲3の【0044】には・・・(略)・・・炭素が少なすぎると膜質が脆くなることが示唆されているのに対し、甲4の【0111】には・・・(略)・・・金属原子に対して炭素原子の数が過剰に多くなるとオーバーコート層の脆性が大きくなって、ガスバリア性の低下につながる旨の記載があるところ、これは、上記甲3の【0044】の記載と正反対の内容である。
そうすると、当業者において、甲3発明の食品包装材料についてボイル又はレトルト用途とすることを想起したとしても、甲4におけるオーバーコート層を構成する原子における金属原子の比率は加熱によってもガスバリア性が維持されるかどうかとは関わりのないものであること、甲4には、炭素原子と金属原子の比率と、膜質の脆性について、甲3と正反対の記載があることに鑑みても、甲3発明とは技術分野も積層構造も異なる真空断熱材用外包材に関する甲4の積層体の中から、オーバーコート層付きフィルムの中のオーバーコート層及び無機層に関する記載に着目した上、オーバーコート層における炭素原子に対する金属原子の比率(金属原子数/炭素原子数)を参酌して、甲3発明に適用する動機付けを導くには無理があるというほかなく、本件決定の判断には誤りがある。
エ 被告は、Si/Cの数値範囲に特段の技術的意義はなく、層構成に係る共通の技術について「Si/C」を用いて数値範囲を検討することが甲4にあるとおり公知であることを併せると、甲3発明において甲4記載事項を参考にして、相違点1-2に係る本件発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得た旨主張する。
被告が、Si/Cの数値範囲に特段の技術的意義はないと主張する根拠は、①本件発明1の発明特定事項が「バリアコート層が、金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であるか、または、金属アルコキシドと、水溶性高分子と、シランカップリング剤との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜」と択一的なものになっており、シランカップリング剤には珪素が含まれるにもかかわらず、本件明細書上効果が確認されているのはシランカップリング剤を含むバリアコート層だけであるという点、②本件発明1の数値範囲は甲3から簡単に算出でき、甲4にも同数値範囲内のものが例示されているという点にある。
しかし、上記①についていえば、シランカップリング剤が珪素を含むというような一般論だけで、シランカップを含むものであるバリアコート層の効果に係る【表4】~【表7】の結果、及びSi/Cの数値範囲の効果に係る【表5】~【表7】が、シランカップ剤を含まないバリアコート層について技術的意義がないとは直ちにいえないし、そもそも、技術的意義が裏付けられているかどうかと、構成が容易想到といえるかどうかの問題は直結するものではない。
また、上記②についていえば、甲3発明の「X線光電子分光分析法」の分析における「炭素と酸素と珪素が、それぞれ15~50%、30~65%、5~30%の割合で存在すること」から、珪素原子と炭素原子の比(Si/C)は、0.1以上、2以下と算出することができ、この数値範囲は、本件発明1の数値範囲である「0.90以上1.60以下」を包含するからといって、炭素と酸素と珪素の数値範囲で一定の技術的意義を示している甲3の記載から、炭素と珪素だけを抽出すべき合理的な理由、技術的な必然性は認められない。
甲4の表1には、30質量部(Si/C比率1.58)、38.5質量部(同比率1.25)及び50質量部(同比率1.03)という、本件発明1の数値範囲内のものが開示されているが、同表では膜特性は示されておらず、このSi/C比率で、本件発明1の数値範囲外の他の質量部より優れていることが示されているわけでもないから、当業者が当該数値に着目するともいえない。
そして、甲3とは「層構成に係る発明である」という程度の共通性しかない甲4に「Si/C」を用いて数値範囲を検討することが記載されていたからといって、当業者において甲4記載事項を参考にして相違点1-2、相違点1-3に係る構成とすることが容易に想到できるとはいえない。
(3)結論
以上によれば、相違点1-1の容易想到性及び顕著な作用効果について判断するまでもなく、本件発明1は甲3発明に基づいて容易に発明することができたとはいえないから、取消事由1には理由がある。』
[コメント]
特許庁は特許異議申立の審理において、本件発明1の発明の構成ごとに、主引用発明との一致点と相違点を認定し、相違点ごとに、容易想到性を判断した。一方、裁判所は、発明の構成に関して、関連性のある相違点については、一体として、容易想到性を判断すべきとした点は、興味深い。また、主引用発明と副引用例における数値範囲の方向性が、一方が大きくする方向、他方が小さくする方向の場合、方向性が異なる(正反対)ため、これらを組み合わせることにつき、明確な動機付けはないと判断した点は、審査等の段階において、特許性を主張する点で有用である。
以上
(担当弁理士:西﨑 嘉一)
令和5年(行ケ)第10091号「バリア性積層体」事件
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