IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和5年(行ケ)第10098号「衣料用洗浄剤組成物」事件
名称:「衣料用洗浄剤組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10098号 判決日:令和6年5月14日
判決:審決取消
条文:特許法第29条第1項第3号、同条第2項
キーワード:新規性、進歩性、周知技術
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/047/093047_hanrei.pdf
[概要]
本件発明1において、(G)成分で天然アルコール由来の炭化水素と特定したことについて、格別の技術的意義があるとは認められず、引用発明及び技術常識に基づき相違点に係る構成を導くことは当然に想起するものである等として、新規性、進歩性を肯定していた審決が取り消された事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】
(A)成分:アニオン界面活性剤(但し、炭素数10~20の脂肪酸塩を除く)と、
(B)成分:4,4’-ジクロロ-2-ヒドロキシジフェニルエーテルを含むフェノール型抗菌剤と、
(C)成分:下記式(c1)で表される化合物を含むアミノカルボン酸型キレート剤0.02~1.5質量%と、
(G)成分としてノニオン界面活性剤を含み、
(G)成分の含有量が、衣料用洗浄剤組成物の総質量に対し、20~40質量%であり、
(G)成分が、
下記一般式(I)又は(II)で表される少なくとも1種であり、
R2-C(=O)O-[(EO)s/(PO)t]-(EO)u-R3 ・・・(I)
R4-O-[(EO)v/(PO)w]-(EO)x-H ・・・(II)
(式(I)中、R2は炭素数7~22の炭化水素基であり、R3は炭素数1~6のアルキル基であり、sはEOの平均繰り返し数を表し、6~20の数であり、tはPOの平均繰り返し数を表し、0~6の数であり、uはEOの平均繰り返し数を表し、0~20の数であり、EOはオキシエチレン基を表し、POはオキシプロピレン基を表す。
式(II)中、R4は炭素数12及び14の天然アルコール由来の炭化水素であり、v、xは、それぞれ独立にEOの平均繰り返し数を表す数で、v+xは3~20であり、POはオキシプロピレン基を表し、wはPOの平均繰り返し数を表し、wは0~6である。)
(A)成分/(C)成分で表される質量比(A/C比)が10~100である衣料用洗浄剤組成物(但し、クエン酸二水素銀を含有する組成物を除く)。
【化1】
(MOOC)(A-(CH2)n-CHA)CH-N(CH2-COOM)2・・・(c1)
式(c1)中、Aは、それぞれ独立してH、OHまたはCOOMであり、Mは、それぞれ独立してH、Na、K、NH4またはアルカノールアミンであり、nは0~5の整数である。
[審決]
審決では、本件発明は、甲1に記載された発明ではなく、本件発明は、甲1発明及び甲2ないし6の記載に基づいて出願前に当業者が容易に発明することができたものとはいえないとして、新規性、進歩性が肯定された。
[主な取消事由]
1.取消事由1(本件各発明の甲1発明に対する新規性の判断の誤り)
2.取消事由2(本件各発明の甲1発明に対する進歩性の判断の誤り)
[裁判所の判断]
『2 取消事由1(本件各発明の甲1発明に対する新規性の判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(2) 相違点2について
・・・(略)・・・
イ 本件発明1の(G)成分と甲1発明のNI(7EO)との対比
本件発明1のノニオン界面活性剤である(G)成分のうち、一般式(II)「R4-O-[(EO)v/(PO)w]-(EO)x-H」で表される化合物におけるR4は、「炭素数12及び炭素数14の天然アルコール由来の炭化水素」であるとされているが、これは、上記アの技術常識によれば、炭素数12及び炭素数14の直鎖の炭化水素であることを意味するものと認められる。そうすると、炭素数が奇数であるか、又は分枝鎖を有する炭化水素基は、上記R4に該当せず、このような炭化水素基を有する化合物は、一般式(II)で表される化合物から除外されるものと認められる。
他方、甲1発明に含まれるノニオン界面活性剤は「R-(OCH2CH2)nOH(RはC12からC15のアルキル鎖、n=7)」であるNI(7EO)である。このNI(7EO)の構造式は、本件発明1の(G)成分の一般式(II)においてw=0、v+xが7とした場合と、「R」と「R4」との違いを除き、構造式としては共通する(「EO」(オキシエチレン基)は「‐CH2CH2O‐」である(甲10、37)。)。
しかし、甲1発明のNI(7EO)における「RはC12からC15のアルキル鎖」はその文言以上の特定はなく、炭素数が奇数(13又は15)であるか、又は分枝鎖の炭化水素基を除外するものとは認められず、天然アルコール由来のものに限定されるとは認められない。
そうすると、上記アの技術常識からすれば、当業者は、甲1発明のアルキル基「R」につき、「C12からC15のアルキル鎖」として、偶数の炭素からなる直鎖の炭化水素基を有する天然アルコール由来のものと、炭素数が奇数であるか、又は分枝鎖の炭化水素基を有する合成アルコール由来のものの両方を利用できると認識するものといえる。
以上によれば、相違点2は実質的な相違点であるというべきであり、これが形式的な相違点にすぎないとは認められない。
・・・(略)・・・
(5) 以上によれば、本件発明1と甲1発明との相違点1ないし3のいずれも、実質的な相違点であるといえるから、本件発明1と甲1発明が同一であるとは認められない。』
『3 取消事由2(本件各発明の甲1発明に対する進歩性の判断の誤り)について
(1) 相違点2について
ア 相違点2に係る技術常識について
前記2(2)のとおり、甲10、11及び14によれば、AE(アルコールエトキシレート)におけるアルキル基について、一般の洗剤に含まれるものはアルキル基がC12ないしC15であるものを主体としていることが本件出願日当時の技術常識であったと認められるが、さらに、甲10によれば、近年は油脂由来(天然物由来)の高級アルコール(天然アルコール)と石油由来の高級アルコール(合成アルコール)の価格差が少なくなり、天然油脂由来の高級アルコールが多く用いられるようになってきたことも、本件出願日当時の技術常識であったことが認められる。
また、甲36(別紙3「文献の記載」5)、甲37(別紙3「文献の記載」6)には、それぞれ別紙3「文献の記載」5及び6のとおりの記載が存在し、これらの記載からも、AE(アルコールエトキシレート)における炭素数が12ないし15のアルキル基の原料として、天然アルコールが用いられていることが、本件出願日当時の技術常識であったことが認められる。
以上によれば、従前から、洗剤に用いるAE(アルコールエトキシレート)は、C12ないし15(炭素数12~15)のアルキル基を有するものが主体であって、そのC12ないし15のアルキル基の原料として、油脂由来の偶数の炭素からなる直鎖の炭化水素基を有する天然アルコール(炭素数12及び14の直鎖アルコール)が、石油由来の合成アルコールと同様に、一般に用いられており、特に近年は、価格差が少なくなったことなどから、天然アルコール(炭素数12及び14の直鎖アルコール)が多く用いられるようになってきたことが、本件出願日当時の技術常識であったと認められる。
他方、天然アルコール由来の炭化水素と合成アルコール由来の炭化水素とで、いずれか一方が他方よりも衣料用洗浄剤の組成物に適しているとの技術常識があったとは認められない。
イ 本件発明1における(G)成分の技術的意義について
本件明細書の段落【0026】は、(A)成分以外の界面活性剤を(G)成分と称することとしているが、段落【0008】は、「本発明の衣料用洗浄剤組成物は、以下の(A)成分、(B)成分及び(C)成分を含有する組成物である。」と記載し、同段落では(G)成分は本件各発明の衣料用洗浄剤に必須の組成物とは位置付けられていない。また、段落【0026】の記載によれば、(G)成分は、(A)成分ないし(C)成分のほかに「含んでいてもよい」とされる他の成分の一つとして位置付けられているにすぎない。
本件発明1は、(G)成分を一般式(I)又は(II)のいずれか1種と特定しており、一般式(II)のR4を「炭素数12及び14の天然アルコール由来の炭化水素」であるとするが、本件明細書には、「R4は、直鎖又は分岐鎖であってもよい。」、「R4としては、具体的には、炭素数12~14の第2級アルコール由来のアルキル基が好ましい。」との記載はあるものの(段落【0034】)、R4として炭素数12及び14の天然アルコール由来の炭化水素が好ましいとの記載は本件明細書に存在せず、本件発明1の(G)成分の一般式(II)においてR4が炭素数12及び14の天然アルコール由来の炭化水素であるとされた理由は本件明細書の記載からは明らかでない。
また、本件明細書に記載された本件防臭効果評価では、(A)成分、(B)成分、(C)成分及び(G)成分として、それぞれ複数の組成物を調製し、各成分の組成物を様々な割合で配合して得られた実施例1ないし22及び比較例1ないし8の衣料用洗浄剤組成物が用いられている。本件防臭効果評価で用いられた(G)成分は、G-1、G-2、G-2’、G-3及びG-4の5種類であり、このうち本件発明1で特定された(G)成分に該当するものはG-2、G-2’及びG-3であるが、実施例1ないし22のうち、実施例1ないし5にはG-1ないしG-4のいずれも配合されておらず、実施例6、7及び9ないし20には、G-1が2質量%、G-2、G-2’又はG-3のいずれか2種類が合計30質量%含まれ、実施例21及び22には、G-1が1質量%、G-2及びG-3が各7.5質量%(合計15質量%)含まれている。そして、防臭効果の評価の結果をみると、G-2、G-2’又はG-3のいずれかを合計30質量%含む実施例6、7及び9ないし20が、G-1ないしG-4のいずれの成分も含まない実施例1ないし5並びにG-2及びG-3を合計15質量%含むにとどまる実施例21及び22に比べて一貫して優れた防臭効果を得られているとは認められず、実施例6、7、12などは、むしろ、実施例1ないし5、21及び22よりも防臭効果が劣る結果となっている。
以上のとおり、本件明細書の記載からは、「(A)成分以外の界面活性剤」という意味での(G)成分は、含まれていてもよいという位置付けの成分であって、重要性が高くなかったものであり、本件発明1で特定された(G)成分に該当するG-2、G-2’及びG-3についても、本件防臭効果評価において、これらの成分を用いた実施例が他の実施例に比べて優れた防臭効果を得られていないのであって、これらのことからすれば、本件発明1において、(G)成分を一般式(I)又は一般式(II)で表される少なくとも1種であるとし、一般式(II)のR4を炭素数12及び14の天然アルコール由来の炭化水素と特定したことについて、格別の技術的意義があるとは認められない。
ウ 上記ア及びイによれば、炭素数12及び14の天然アルコール由来の炭化水素が、甲1発明の「C12からC15のアルキル鎖」に包含されるものであることは当業者に明らかであり、天然アルコール由来の炭化水素と合成アルコール由来の炭化水素とで、いずれか一方が他方よりも衣料用洗浄剤の組成物に適しているとは認められず、どちらを選択するかについて格別の技術的意義があるとも認められないから、アルコールエトキシレート(AE)のC12ないし15(炭素数12~15)のアルキル鎖の原料として、近年多く用いられている、油脂由来の偶数の炭素からなる直鎖の炭化水素基を有する天然アルコール(炭素数12及び14の直鎖アルコール)を用いることは、当業者が当然に想起するものであるといえる。
・・・(略)・・・
(4) 上記(1)ないし(3)のとおり、本件発明1は、甲1発明並びに甲10、11、14、36及び37に記載された各周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項により特許を受けることができない発明であると認めるのが相当である。』
[コメント]
本判決では、新規性、進歩性を肯定していた審決が、周知技術や対象特許明細書中の記載をうまく利用して取り消されている。より具体的には、相違点について、審決では、その相違から比較的簡素に非容易想到性まで認定された様子であったが、本判決では、丁寧な主張の積み重ねにより、相違点特定の技術的意義の不存在等が採用され進歩性が否定されている。周知技術の使い方や相手方の明細書中の記載を逆手に取る点等において参考になる事例である。
以上
(担当弁理士:東田 進弘)
令和5年(行ケ)第10098号「衣料用洗浄剤組成物」事件
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