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令和6年(行ケ)第10002号「土木工事用不織布およびその製造方法」事件

名称:「土木工事用不織布およびその製造方法」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和6年(行ケ)第10002号 判決日:令和6年5月23日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:技術常識、動機付け、阻害要因
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/103/093103_hanrei.pdf

[概要]
原告の公然実施品に基づく進歩性違反の主張につき、出願日当時における技術常識や土木工事用不織布製品の存在に照らし、本件発明の課題を認定して本件発明の構成とする動機付けがあったとして、本件発明の進歩性を肯定した審決が取り消された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
ニードルパンチ方式で製造されたたておよびよこの伸び率が150%以上である土木工事用不織布であって、
不織布の繊維原料が白色繊維と、
前記白色繊維と同一繊維を特定色彩の顔料で着色した着色繊維との混合物からなり、
前記白色繊維および着色繊維が化学繊維であり、
前記着色繊維がカーボンブラック製の顔料を含んだ黒色系の色彩を呈し、
不織布本体が白色繊維と着色繊維の混合した鼠色系の色彩を有し、かつ不織布本体の外表面に斑模様を形成していることを特徴とする、
土木工事用不織布。
【請求項2】
前記着色繊維の混合量が重量比で10~90%の範囲であることを特徴とする、請求項1に記載の土木工事用不織布。

[審決]
1 本件発明2と原告の製品である合成繊維不織布「ニードキーパー NK-800Z」(以下「800Z製品」という。)との対比
〔相違点2〕(以下、単に「相違点2」という。)
本件発明2は、「前記着色繊維の混合量が重量比で10~90%の範囲である」のに対して、800Z製品は、「白色繊維と黒色繊維の比率が白色:92.5%、黒色:7.5%であ」る点。

2 相違点2の判断
『800Z製品は、一定の品質を保って製造されるものであるところ、白色繊維と黒色繊維の比率を変えるような設計変更をすることは、通常行わない。
また、甲22の記載によると、800Z製品の製品仕様では、「綿色」「ホワイト」の綿の「混率」が「95」%、「綿色」「ブラック」の綿の「混率」が「5」%とされており、・・・(略)・・・製品仕様の5%を中心に大小の値が測定されることが技術常識であるところ、800Z製品において、黒色繊維の混率を7.5%から更に高める動機はないし、製品仕様の5%を、桁の異なる10%以上とすることには阻害要因があるといえる。』

[主な争点]
本件各発明の進歩性に関する判断の誤り

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『ア 相違点2に係る技術常識について
・・・(略)・・・
上記各文献の記載によれば・・・(略)・・・不織シートにおいて、カーボンブラックが、耐候性、耐摩耗性及び遮光性の向上、光の反射による作業者への作業上の障害の防止、景観を損なうことの防止等を目的として、所望の効果が発揮できる量で、合成樹脂や繊維に添加されるものであることが、本件出願日の時点における技術常識であったと認められる。
・・・(略)・・・
イ 本件出願日当時に存在した土木工事用不織布について
証拠(甲3、16、19)によれば、港湾・埋立等の土木建設工事における吸い出し防止及び洗掘防止を目的に開発された合成繊維不織布である原告の製品「ニードキーパー」の製品カタログ(平成7年3月に作成されたもの)に、品番を「NK-500S」とする製品が掲載されていること・・・(略)・・・NK-500Sの色は灰色であって斑模様となっており、令和4年1月18日に実施された試験の結果によれば、NK-500Sの白色繊維と黒色繊維との比率(JIS L 1030-2に定められた顕微鏡法により測定したもの)は、白色が76.1%、黒色が23.9%であることが認められる。
・・・(略)・・・
また、証拠(甲16)によれば、上記港湾工事における防砂シートの現場実験において、NK-500S以外に・・・(略)・・・不織布からなる原告の製品「PX-500」も用いられたが、このうちPX-500は、NK-500Sよりも濃い色であり、濃灰色ないし黒色であること、UN-300は白色であることが認められる。
以上の事実によれば、土木工事用の防砂シート(不織布又は織布)として用いられる製品の色の濃さは一様でなく、白色の製品、灰色の斑模様の製品とともに濃灰色ないし黒色の製品も使用されていることは、本件出願日時点における技術常識であったと認められる。
ウ 本件発明2における黒色繊維の混合比率の意義について
・・・(略)・・・
本件明細書等における、白色繊維と黒色繊維の混合比率を変えた実施例1ないし7と比較例1及び2による試験によれば・・・(略)・・・本件明細書等において、黒色繊維を10%未満の割合で混合した比較例との対比は行われておらず、比較例1及び2は、全て白色繊維のもの及び全て黒色繊維のものであるから、白色繊維と黒色繊維の混合比率を、10ないし90%の範囲とした場合と、10%未満とした場合との効果の差異は、本件明細書等に記載された実施例及び比較例による試験からは明らかでない。
以上によれば、本件発明2について、黒色繊維の混合比率を高めると、①斑が形成され、これを用いて不織布の伸び率を把握することが可能となり、②光の反射を抑えて眩しさを感じにくくなり、③耐候性及び耐摩耗性が高まり、他方、黒色繊維の混合比率を高くしすぎると、全体の色が濃くなって斑を識別するのが困難になるという結果が生じるが、本件発明2において黒色繊維の混合比率を10ないし90%の範囲としたことに特段の技術的意義があるとは認められない。
エ 上記ア及びイのとおり、カーボンブラックが、耐候性、耐摩耗性及び遮光性の向上、光の反射による作業者への作業上の障害の防止、景観を損なうことの防止等を目的として、所望の効果が発揮できる量で土木工事用不織布を含む土木工事用シートに添加されているものであること、及び、土木工事用の防砂シート(不織布又は織布)として用いられる製品の色の濃さが一様でなく、白色の製品、灰色の斑模様の製品とともに濃灰色ないし黒色の製品も使用されていることが、本件出願日の時点における技術常識であったと認められ、白色繊維と黒色繊維を混合した土木工事用不織布における黒色繊維の混合比率が多様なものであると当業者が認識していたということができる。
また、上記ウのとおり、本件発明2についても、黒色繊維の混合比率を10ないし90%の範囲としたことに特段の技術的意義があるとは認められない。
そうすると、引用発明1の土木工事用不織布において、耐候性、耐摩耗性及び遮光性の向上、光の反射による作業者への作業上の障害の防止、景観を損なうことの防止、並びに不織布の伸び率測定のための斑模様の明確さを好適なものとするために、カーボンブラックにより着色した黒色繊維の比率を増減することは、当業者の設計事項にすぎないというべきである。
また、白色繊維と、カーボンブラックにより着色した黒色繊維を混合した土木工事用不織布において、黒色繊維の割合を高めれば、斑模様が濃くなって、斑点の間の距離の測定に基づく不織布の伸び率の測定が容易になるほか、耐候性、耐摩耗性及び遮光性の向上、光の反射の抑制といった効果があることが、上記のとおり本件出願日の時点における技術常識であったといえるから、黒色繊維の比率を7.5%より高める動機付けがあったということができる。
以上によれば、引用発明1について、黒色繊維の混合比率が7.5%とされているところ、これを10ないし90%の範囲とすることによって、相違点2に係る構成を導くことは、当業者が容易に想到することができたものというべきである。
オ 本件審決は、800Z製品は一定の品質を保って製造されるものであり、白色繊維と黒色繊維の比率を変えるような設計変更は通常行わないとか、800Z製品の製品仕様書(甲22)では黒色の綿の混率が5%と記載されていることを指摘した上で、製品仕様における黒色繊維の比率5%を桁の異なる10%以上にすることには阻害要因があると判断している。
しかし、800Z製品について、製品の同一性あるいはその品質を維持するために、仕様書で定められた仕様の遵守が求められるとしても、同製品を基に、仕様の一部を変更して、新たな仕様の土木工事用不織布の製品を開発、製造しようとすることは当然に行われることであって、800Z製品の仕様として黒色繊維の比率が特定の値に定められているからといって、この値を変更することに阻害要因があると認められることにはならず、800Z製品の使用における黒色繊維の比率が1桁である5%とされていることから、この比率を2桁の10%にすることに阻害要因があると解することもできない。
そして、前記ウ及びエのとおり、黒色繊維の比率を特定の割合又は特定の範囲に定めることについて特段の技術的意義があるとは認められず、かつ、カーボンブラックにより着色した黒色繊維の比率を高める動機付けがあったといえることからすれば、引用発明1について、その黒色繊維の比率を、上記仕様書に記載された数値から変更することに阻害要因があるとは認められない。』

[コメント]
原告が製造販売していた製品に基づく本件発明の進歩性違反の主張につき、裁判所は、出願日当時において、カーボンブラックによる耐候性、耐摩耗性及び遮光性の向上との作用効果があることや、色の濃淡を有する土木用不織シート製品の存在を複数認定して本件発明の黒色繊維の比率に至る動機付けがあるとし、本件発明の進歩性を肯定した審決を取り消した。
一般的に、公然実施品やそのカタログ等から本件発明の課題を読み取ることは困難であり、新規性違反の主張であるなら格別、進歩性違反の主張を行うことは特許の無効化を狙う側にとって不利であることが多いと考えられている。本件では、原告が、本件発明の一構成であるカーボンブラックによる作用効果の周知性とともに、主引用発明のもととなった原告製品以外の製品にもカーボンブラックが配合されて色の濃淡があることを丁寧に示すことで、本件発明における黒色繊維の比率の規定の容易想到性が認められることとなったことから、今後、公然実施品に基づく進歩性違反の主張を行う際の参考となる事案であるといえる。科学論文に基づく進歩性違反の主張も同様に困難であるとされているところ、出願日当時の技術常識や製品の存在の立証により突破口を開くことができるかもしれない。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)

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