IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和5年(行ケ)第10053号「ペリクル膜、ペリクル枠体、ペリクル、その製造方法、露光原版、露光装置、半導体装置の製造方法」事件
名称:「ペリクル膜、ペリクル枠体、ペリクル、その製造方法、露光原版、露光装置、半導体装置の製造方法」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10053号 判決日:令和6年6月24日
判決:決定取消
特許法29条1項3号、29条2項
キーワード:一致点、相違点、新規性、進歩性
判決文: https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/155/093155_hanrei.pdf
[概要]
引用発明1のCNTバンドルが面内配向の特性を有しているからといって、RB0.4以上事項を当然に満たすと判断することはできず、引用文献1には、RBの数値を特定する記載や示唆もなく、技術常識であったということもできないから、RB0.4以上事項に容易に想到することができたとは言えないと判断され、本件発明の新規性、進歩性を肯定した事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】
1A 支持枠の開口部に張設される露光用ペリクル膜であって、前記ペリクル膜は、厚さが200nm以下であり、前記ペリクル膜は、カーボンナノチューブシートの自立膜であり、
1B 前記カーボンナノチューブシートは複数のカーボンナノチューブから形成されるバンドルを備え、前記バンドルは径が100nm以下であり、
1C 前記カーボンナノチューブシート中で前記バンドルが面内配向しており、
1D 下記条件式(1)を満たし、
1G 前記カーボンナノチューブシートは、面内配向した前記バンドル同士が絡み合った網目構造を有し、
1H 前記カーボンナノチューブの径が0.8nm以上6nm以下である、
1I 露光用ペリクル膜。
(1)カーボンナノチューブシートの断面の制限視野電子線回折像において、前記カーボンナノチューブのバンドルの三角格子に由来する前記カーボンナノチューブシートの膜厚方向の、回折強度のピークとなる逆格子ベクトルにおける回折強度と、前記カーボンナノチューブシートの膜厚方向の前記ピークと重ならず、ベースラインとなる逆格子ベクトルにおける回折強度との差を、前記膜厚方向の前記ベースラインとなる逆格子ベクトルにおける前記カーボンナノチューブシートの面内方向の回折強度と、前記膜厚方向の回折強度のピークとなる逆格子ベクトルにおける前記カーボンナノチューブシートの面内方向の回折強度との差で除した比RBが0.40以上である。
[主な争点]
引用文献1を主引用例とする本件発明1、3~5の新規性の判断の誤り(取消事由1)
引用文献1を主引用例とする本件発明の進歩性の判断の誤り(取消事由2)
引用文献2を主引用例とする本件発明の進歩性の判断の誤り(取消事由3)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1 取消事由1、2について
『(3)RB0.4以上事項の有無は実質的相違点か
ア 本件決定が認定した本件発明1と引用発明1の相違点1A(別紙3「本件決定の理由」1(2)アの[相違点1A])の中には「引用発明1ではRB0.4以上事項の構成が明らかでない」点が含まれているところ、本件決定は、このRB0.4以上事項の有無に係る相違点は実質的な相違点ではないと判断した。
イ しかし、引用文献1には、RBの数値を特定する記載は一切なく、その示唆もない。また、CNT膜の面内配向性をRBによって特定すること自体も、引用文献1その他の出願時の文献に記載されていたと認めることはできず、技術常識であったということもできない。
ウ 本件決定の上記アの判断は、RBの値が、0.40以上では面内配向しており、0.40未満では面内配向していないことを表す旨の本件明細書等の記載(【0104】)から、本件発明1のRB0.4以上事項が、CNTのバンドルが面内配向していることを特定するものであり、引用発明1は面内配向しているものを想定しているから、RB0.4以上事項を満たすことになるとの理解に基づくものと解される。
しかし、本件発明1の特許請求の範囲に照らすと、CNTバンドルが面内配向しているという定性的構成(構成1C)と、RB0.4以上事項というパラメータによる定量的構成(構成1D)は独立の構成となっており、本件明細書の【0104】等の記載を踏まえても、引用発明1のCNTバンドルが面内配向の特性を有しているからといって、RB0.4以上事項を当然に満たすと判断することはできない。
・・・(略)・・・
原告ら提出に係る甲40によれば、原告らが引用文献2記載の方法で作製したCNT自立膜(サンプル1、2)ではそれぞれRBが-0.38、-0.26であったのに対し、本件発明の完成当時に製造されたCNT自立膜では1.04だったのであり、薄膜自立無秩序SWCNTシートであれば、RB0.4以上事項を満たしているともいえない。
・・・(略)・・・
(4)以上のとおりであって、本件決定には、RB0.4以上事項を含む相違点1Aが実質的なものであることを看過し、引用発明1に基づき本件発明1、3~5が新規性を欠くとした誤りがあり、取消事由1は理由がある。』
2 取消事由2について
『(1)本件決定が認定した本件発明1と引用発明1との相違点1A及び本件発明6と引用発明1との相違点6AにはRB0.4以上事項の有無が含まれるところ、引用文献1には、RBの数値を特定する記載は一切なく、その示唆もないこと、CNT膜の面内配向性をRBによって特定すること自体も、引用文献1その他の出願時の文献に記載されていたと認めることはできず、技術常識であったということもできないこと、薄膜自立無秩序SWCNTシートであれば通常RB0.4以上事項を満たしているとの被告の主張が採用できないことは前述のとおりである。
(2)そうすると、他に副引用例が提出されているわけでもない本件において、当業者が相違点1Aに係る本件発明1の構成又は相違点6Aに係る本件発明6の構成を容易に想到することができたとはいえず、引用発明1に基づき本件発明1及び本件発明6の進歩性を否定した本件決定の判断には誤りがある。』
3 取消事由3について
『(2) 以上を前提に、引用発明2の認定の誤り、相違点の認定の誤りについて検討する。
・・・(略)・・・
上記(1)カによれば、引用文献2記載の放熱体は、「光学製品」等の他の物品で発した熱を「配向単層カーボンナノチューブ・バルク構造体」が放熱するものであり(37頁28行~38頁1行)、ここでいう「光学製品」と「配向単層カーボンナノチューブ・バルク構造体」は別個の物品である。
ところが、本件決定は、引用発明2を、「配向単層カーボンナノチューブ・バルク構造体を用いた光学製品である放熱シート」とし、「配向単層カーボンナノチューブ・バルク構造体」自体が「光学製品」であるという前提で引用発明2の認定をしており、同認定は誤りである。
そして、この誤った認定は、相違点2A及び相違点2H(引用発明2は「配向単層カーボンナノチューブ・バルク構造体を用いた光学製品である放熱シート」であるとの点)の認定にもそのまま反映されている。
この認定の誤りは、引用発明2の技術分野、基本的な技術的意義に関わってくるものであって、決定の結論に影響を及ぼすものである。
(3) 次に、容易想到性の判断について検討する。
ア 相違点2A及び相違点2Hについて
引用文献2に記載された発明においては、熱を発生する物品(光学製品等)と、その熱を放熱する「放熱体」とが別個のものとして存在する。一方、本件発明1における「カーボンナノチューブシートの自立膜」である「ペリクル膜」は、引用文献2でいう「熱を発生する物品(光学製品等)」であり「放熱体」に該当するものではない。
したがって、引用発明2における「配向単層カーボンナノチューブ・バルク構造体」を「放熱体」に該当しないペリクル膜として適用するということは、引用文献2の記載から離れた適用であり、論理付けが成立しない。また、引用文献2にはペリクル膜の例示はなく、その示唆もない。
よって、引用発明2について相違点2Aに係る本件発明1の構成とすること、相違点2Hに係る本件発明6の構成とすることは、当業者が容易になし得たことではない。
イ 相違点2D及び相違点2Gについて
引用文献2の「配向単層カーボンナノチューブ・バルク構造体」は、垂直に起立した複数のCNTの集合体からなるものである(上記(1)イ、オ)。
したがって、当該構造体におけるCNT同士がバンドルを形成したとしても、バンドル自体が絡み合いを有し、その結果「網目構造」を形成するという形態に至ることは想定されていない。
仮にバンドル同士が絡み合い「網目構造」を有する状態に至ったとすれば、そのような状態の構造は、もはや「配向単層カーボンナノチューブ・バルク構造体」ではなくなり、垂直配向した単層カーボンナノチューブのバルク構造体を得るという引用文献2記載の課題にも反するから、そのような適用には阻害要因が存在する。
(4) 以上のとおりであって、本件決定は引用発明2及び相違点2Aの認定、相違点2A及び相違点2H並びに相違点2D及び相違点2Gの容易想到性の判断に誤りがあるから、引用発明2に基づき本件発明1及び本件発明6の進歩性を否定した本件決定の判断には誤りがある。』
[コメント]
本件明細書の【0104】の記載は、「RBの値が、0.40以上では面内配向しており、0.40未満では面内配向していないことを表す。」である。この記載は、0.40を境にして、RB0.40以上は面内配向している、0.40未満では面内配向していないことを断言している。従って、実際はどうかはさておき、本件明細書上、請求項1に記載されている「前記バンドルが面内配向しており」と「比RBが0.40以上」は、全く同じことを意味しているようにも読める。原告は、『本件発明1は、「前記カーボンナノチューブシート中で前記バンドルが面内配向しており」との構成(構成1C)に加え、「下記条件式(1)を満たし」としてRBが0.40以上であるとし、面内配向が高度であることをRBの値により特定しているのである(構成1D)。』と主張している。仮に、請求項1が「比RBが0.50以上」のように、0.4よりも大きい値で規定されているのであれば、面内配向されている中でも、その面内配向が高度であることをRBの値により特定しているとの主張は理解できるが、請求項1の記載は「比RBが0.40以上」であり、【0104】の記載からすると、面内配向していることしか特定されておらず、高度であることまで特定しているようには見えない。
以上から、被告(特許庁)が、RB0.4以上が面内配向していることを特定するものと理解し、面内配向しているものの、RBの記載のない引用文献1と実質的な相違点にならないとした点は、妥当ではないとまではいえないと考える。
原告は、面内配向したものであってもRB0.4以上を満たすとは限らないことを示す実験結果(甲40)を提出しており、本判決は、この甲40により、面内配向していることをもってRB0.4以上と理解することができない、との結論が導かれたように思われる。
(担当弁理士:奥田 茂樹)
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