IP case studies判例研究

令和5年(行ケ)第10019号「IL-4Rアンタゴニストを投与することによるアトピー性皮膚炎を処置するための方法」事件

名称:「IL-4Rアンタゴニストを投与することによるアトピー性皮膚炎を処置するための方法」事件
審決(無効不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10019号 判決日:令和6年8月7日
判決:審決維持
特許法29条2項、36条4項1号、36条6項1号
キーワード:進歩性、サポート要件、実施可能要件
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/292/093292_hanrei.pdf

[概要]
特許権者による第II相試験の治験実施計画書(引用文献)に基づいて、本件訂正発明が、試験結果をみるまでもなく当然に治療上有効であると当業者が理解するとはいえない;治療効果を実際に確認したmAb1のみならず、IL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用を有する抗IL-4Rアンタゴニスト抗体であれば、治療効果を有するであろうことを当業者は合理的に認識できる;当業者であれば、本件発明における抗体を公知の方法及びスクリーニングにより、過度の試行錯誤を要することなく製造することができ、それを投与した場合に治療効果を有することを合理的に理解できる、として、進歩性欠如、サポート要件違反及び実施可能要件違反の取消事由をいずれも認めず、特許維持の審決を維持した事例。

[特許請求の範囲](本件訂正発明)
【請求項1】 患者において中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)を処置する方法に使用するための治療上有効量の抗ヒトインターロイキン-4受容体(IL-4R)抗体またはその抗原結合断片を含む医薬組成物であって、ここで前記患者が局所コルチコステロイドまたは局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しないかまたは前記局所処置が勧められない患者である前記医薬組成物。
[主な争点]
進歩性欠如、サポート要件違反、及び実施可能要件の判断

[裁判所の判断]
『1 取消事由1(進歩性についての判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(2) 容易想到性の判断の誤りについて
・・・(略)・・・
イ しかし、本件審決が認定するアトピー性皮膚炎に関する技術常識、すなわち、アトピー性皮膚炎は、炎症の強い急性期(急性病変)ではTh2細胞が優位になるが、慢性状態(慢性病変)になるとTh1細胞優位となり、炎症部位や病期によって、Th2細胞とTh1細胞間で揺れ動く(Th1/Th2バランスが変化する)という作用機序を有することに誤りがないことは前記(1)のとおりであり、原告が主張するように「アトピー性皮膚炎がTh2/IL-4等が優勢な疾患である」という単純な理解のみに基づいて、その治療上の有効性の判断をなし得るものではない。
・・・(略)・・・
当該抗原の作用を阻害するための受容体に対する抗体(抗IL-4R抗体)が公知であったとしても、当該作用の阻害により、アトピー性皮膚炎の治療効果が可能となるとの治験までが公知になっていたわけではないから、当該抗体(抗IL-4R抗体)を実際に治験に使用して、アトピー性皮膚炎に対する効果を確認してみなければ、アトピー性皮膚炎への治療効果があるかは予測できなかったといえる。また、甲1における試験段階は第Ⅱ相試験であり、・・・(略)・・・第Ⅱ相試験(フェーズ2)から第Ⅲ相試験(フェーズ3)への移行の成功率は更に低く、30.7%(n=3,862。アレルギー疾患の場合には33%)にすぎないことが認められる。しかも、甲1に記載された情報は臨床試験のプロトコル(試験実施計画書)にすぎず、実際の試験結果については記載されていない。そうすると、甲1に記載された治験薬が、試験結果をみるまでもなく当然に治療上有効であると当業者が理解するともいえない。』
『2 取消事由2(サポート要件違反)について
・・・(略)・・・本件訂正発明の課題は、「中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)患者であって、局所コルチステロイドまたはカルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しないか又は前記局所処置が勧められない患者を処置する方法に使用するための治療上有効な医薬組成物を提供すること」であると認められる。
イ そして、当該課題を解決する手段は「治療上有効量のインターロイキン-4受容体(IL-4R)アンタゴニストを含む医薬組成物」の患者への投与(前記第2の2(2)エ)である。・・・
(略)・・・
(5) 以上の本件明細書の記載及び技術常識を総合すると、本件明細書には、①mAb1は、抗IL-4Rアンタゴニスト抗体であって、IL-4Rに結合し、IL-4のシグナルを遮断する作用を有するものであること、②mAb1が投与された本件患者では、アトピー性皮膚炎における臨床症状が改善したこと、③mAb1が投与された本件患者では、アトピー性皮膚炎のバイオマーカーであり、IL-4によって産生・分泌が誘導されることが知られているTARC及びIgEのレベルが低下したことが開示されていることから、これに接した当業者は、本件患者にmAb1を投与した際のアトピー性皮膚炎の治療効果は、mAb1のIL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用、すなわち、アンタゴニストとしての作用により発揮されるものと理解するものといえる。
そうすると、IL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用を有する抗IL-4Rアンタゴニスト抗体(本件抗体等)であれば、mAb1に限らず、本件患者に対して治療効果を有するであろうことを合理的に認識でき、前記(2)に記載した本件訂正発明の課題を解決できるとの認識が得られるものと認められる。
(6)・・・(略)・・・サポート要件の適合性につき、・・・(略)・・・どの範囲の実施例等の裏付けをもって十分とするかについては、当該課題解決の認識がいかなるロジックによって導かれるかという点を踏まえて検討されるべきであり、特許の権利範囲に比して実施例が少なすぎるといった単純な議論が妥当するものではない。
これを本件についてみるに、本件においては、①mAb1は、抗IL-4Rアンタゴニスト抗体であって、IL-4Rに結合し、IL-4のシグナルを遮断する作用を有するものであること、②mAb1が投与された本件患者では、アトピー性皮膚炎における臨床症状が改善したこと、③mAb1が投与された本件患者では、アトピー性皮膚炎のバイオマーカーであり、IL-4によって産生・分泌が誘導されることが知られているTARC及びIgEのレベルが低下したことが開示されていることから演繹的に導かれる推論として、本件患者にmAb1を投与した際のアトピー性皮膚炎の治療効果は、mAb1のIL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用、すなわち、アンタゴニストとしての作用により発揮されるものと理解されるものであって、課題を解決できると認識できる範囲が幅広い実施例から帰納的に導かれる場合とは異なる。・・・(略)・・・mAb1以外の抗IL-4Rアンタゴニスト抗体である本件抗体等(mAb1以外の32種)も同様の作用効果を有すると当業者が理解できることは明らかである。』
『3 取消事由3(実施可能要件違反)について
・・・(略)・・・ 本件抗体等は、前記のとおり抗IL-4Rアンタゴニスト抗体及びその抗原結合断片を意味し、本件明細書の実施例1においては、甲3に記載のように、「mAb1」を含む33種の抗IL-4Rアンタゴニスト抗体が取得されたことが記載されている。そして、甲3は、本件特許の出願時において公知の方法により取得した抗IL-4R抗体を、結合親和性及びhIL-4のhIL-4Rへの結合を遮断する効力についてスクリーニングすることにより、hIL-4の活性及びhIL-13の活性をブロックする抗体、すなわち抗IL-4Rアンタゴニスト抗体を得ることを開示したものである。また、実施例の記載によれば、本件患者にmAb1を投与すると、mAb1のIL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用、すなわちアンタゴニストとしての作用によりアトピー性皮膚炎治療効果を発揮することを理解することができる。
そうすると、当業者であれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、IL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用を有する抗IL-4Rアンタゴニスト抗体、すなわち本件訂正発明1における抗体を、公知の方法及びスクリーニングすることにより、過度の試行錯誤を要することなく製造することができ、それを、本件患者に対して投与した場合に治療効果を有することを合理的に理解できるものと認められる。』

[コメント]
本件特許は、抗IL-4R抗体(一般名:デュピルマブ(dupilumab))を有効成分とする医薬品「デュピクセント(Dupixent)」(登録商標)をカバーする特許である。権利者は、出願経過において、意見書の中で、この製品が、米国食品医薬品局(FDA)から中等症から重症のアトピー性皮膚炎成人患者に対する「Breakthrough Therapy」(画期的治療薬)に指定され、優先審査の対象となり、承認されていると述べている。
本判決の進歩性の判断では、特許権者自身がFDAに提出した第II相試験の治験実施計画書を主引例とした進歩性欠如の主張は認められないとされている。本件発明と引用発明の違いは、実際に臨床試験で効果が確認できた医薬か治験に供された薬剤かのみとなっている。一見すると、動機づけはあり、予測できない顕著な効果の主張も難しく思える。しかし、判決では、本件が他の文献から導きだされる出願当時の技術常識とは異なる経路の遮断を通した疾患の治療薬であることに鑑みて、一般的な第II相試験の成功率の低さも考慮した上で、進歩性が認められている。
さらに、サポート要件については、実際に薬理効果を実証したmAb1抗体で、アトピー性皮膚炎における臨床症状が改善し、アトピー性皮膚炎のバイオマーカーも低下したことをもって、抗IL-4Rアンタゴニスト抗体(mAb1以外の32種)等も同様の作用効果を有すると当業者が理解できる、とされ、実施可能要件についても、そのような効果を有する抗体について、過度の実験を要することなく、当業者は実施できるとされた。
進歩性の判断については、本判決の出願当時の技術常識やアトピー性皮膚炎の病態の複雑さも関係しており、一般化することはできないと考えられる。
また、記載要件については、実施例と同様のメカニズムを有する物質を含む上位概念の権利(例えば配列違いの抗体を含む医薬に対する牽制の為の権利)を守る際に参考になる判決である。但し、判決文にもある通り、実施例で実証された効果によって、クレームされた上位概念に含まれる他の成分も同様の効果を有するとの結論が導かれるような場合の事例であり、その他の場合とは区別されるべきである。
以上
(担当弁理士:高山 周子)

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