IP case studies判例研究

令和5年(行ケ)第10132号「地盤固結材および地盤改良工法」事件

名称:「地盤固結材および地盤改良工法」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10132号 判決日:令和6年10月30日
判決:決定取消
特許法29条第2項
キーワード:進歩性
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/495/093495_hanrei.pdf

[概要]
主引用発明と副引用例は、同じ技術分野の文献ではあるものの、主引用発明と副引用例とでは固結の原理が異なるため、これらの文献に基づき、容易に発明できたものではないと判断され、本件発明の進歩性を否定した特許取消決定が取り消された事例。

[訂正後の特許請求の範囲]
【請求項1】
モル比が1.68~2.31の範囲にある水ガラスとブレーン値が4000cm2/g~200005cm2/gの微粒子スラグを有効成分とする地盤固結材を地盤に注入して地盤を固結する地盤改良工法であって、
該地盤固結材は以下の組成、
1.水ガラス
1)水ガラスのモル比:1.68~2.31
2)水ガラスの配合液中のSiO2含有量:2.9~11.7w/v%
3)水ガラス配合量(40L~160L)/400L
2.微粒子スラグと地盤固結材としての懸濁液400L当りの配合量
1)微粒子スラグ:ブレーン値4000~20000cm2/g、平均粒径2μm~10μm
2)配合量(50kg~150kg)/400L
からなり、
該地盤固結材の流動性は、(1)浸透性を保持する過程と、(2)その後急激に浸透性が低下して疑塑性状態になる過程と、(3)その後疑塑性状態を保持する過程と、(4)疑塑性が失われて固結状態になる過程とからなり、
該地盤固結材は、浸透性を経て、疑塑性を呈する1次ゲル化と、疑塑性を経て、静止して後、固化する2次ゲル化を呈するものであり、該地盤固結材の地盤への注入は、先行する浸透性を保持する地盤固結材が疑塑性に到った領域を後続する浸透性を保持する地盤固結材が乗り越えるか破ることを繰り返して注入領域を拡大して、注入完了後固化する過程を経るものとし、1次ゲル化に到る時間以上の時間をかけて所定量地盤に注入し、注入完了後固化することを特徴とする地盤改良工法。
ただし、上記において、
1)疑塑性とは、土粒子間浸透する浸透性を有する状態から、急激に流動性が低下する1次ゲル化の後、土粒子間浸透はしないが、攪拌すれば流動性を有する状態を保持するが最終的に攪拌しても流動性が回復しなくなる2次ゲル化までの流動性をいう。
2)1次ゲル化とは、土粒子間浸透する浸透性を有する状態から、急激に流動性が低下し、Pロート法でPロートにゲルが付着しはじめる状態となることをいう。1次ゲル化に到るまでの時間を1次ゲルタイム(GT1)という。
3)2次ゲル化とは、1次ゲル化後疑塑性を呈して、粘性は低下するか、低下しないままか、やや増加するか、低下しても、その粘性はPロート法で1次ゲル化までの粘性以上、並びに粘度計で1次ゲル化までの粘度以上であって、攪拌を停止した後は流動性が回復しない固化した状態となることをいう。1次ゲル化後、2次ゲル化を呈するまでの時間を2次ゲルタイム(GT2)という。

[取消事由]
取消事由1(引用発明に基づく本件訂正発明1の進歩性の判断の誤り)

[本件決定の理由の要旨]
本件発明1、2、4~7は、いずれも、甲1発明及び甲5、6、9の記載事項に基づいて当業者が容易に発明できたものである。

[裁判所の判断]
『イ 以上を踏まえ、相違点について検討する。
前記(2)ウ、(3)アのとおり、甲1文献には、本件訂正発明1の地盤固結材と同じ組成による固結体を得るための地盤注入用薬液が記載されているものの、地盤改良工法における1次ゲル化時間の定義やその機能効果等の説明、注入の手順・条件等は一切記載されていない。そこで、当該地盤固結材を使用した地盤改良工法における本件訂正発明1の構成に係る当該地盤固結材の注入の条件について、各文献の記載事項等から、本件特許の出願当時、当業者が容易に想到し得たか否かが問題となる。
前記第4の2のとおり、本件訂正発明1及び引用発明の地盤改良工法で使用される地盤固結材は、水ガラスと微粒子スラグを有効成分とする懸濁液(懸濁型グラウト)であり、固結の原理は、「低モル比シリカ溶液中のアルカリ分が微粒子スラグの潜在水硬性を刺激して固化するとともに、低モル比シリカ溶液のシリカ分が微粒子スラグのカルシウム分と反応してゲル化するため、土砂中においてスラグによる固結部分の間をシリカのゲルが連結することにより一体化した固結体が形成される」というスラグの水硬性によるものである。他方、甲5文献、甲6文献及び甲9文献に記載されている地盤固結材は、「活性複合シリカコロイド」(甲5)、「溶液型活性シリカグラウト」(甲6)又は「耐久シリカグラウト」(甲9)(溶液型グラウト)であり、その固結の原理は、注入液が「土粒子間浸透するにつれ、土との接触部のpHが中性方向に移行するとともにゲル化が進行」(甲5)する、「注入された酸性の薬液は土中のアルカリ分と反応して、ほぼ中性になると固結が始まる」(甲6)という地盤のpHによるものであり、本件訂正発明1及び引用発明の地盤固結材とは固結の原理を異にする。
また、地盤改良工法の注入の条件について、甲5文献、甲6文献及び甲9文献は、・・・(略)・・・マグマアクション法を説明している。しかし、当該マグマアクション法は、あくまでも酸性の薬液が土中のアルカリ分と反応して固結する場合の注入の条件について述べたものであって、薬液中のスラグの水硬性により固結する本件訂正発明1及び引用発明の地盤固結材の注入の条件として当然に妥当するものということはできない。固結の原理が異なる以上、同じ地盤改良の技術分野であるからといって、同じ注入条件で大径の高強度固結体を形成するという課題を実現することができるとは直ちにいうことはできないからである。甲5文献、甲6文献及び甲9文献中にも、マグマアクション法を、固結の原理を異にする懸濁型グラウトに適用し得ることを示唆するような記載等は見られないから、当業者において、引用発明及びこれらの文献から、本件訂正発明1及び引用発明の懸濁型グラウトの特性(1次ゲル化、疑塑性、2次ゲル化)に応じた注入条件を容易に想到することはできないというべきである。
なお、前記のとおり、甲9文献の請求項26、27「注入管理方法」は、「シリカを含有してゲル化を伴う懸濁型グラウト」(甲9【0210】)を使用することも想定しており、マグマアクション法(甲9【0079】)により浸透固結する、請求項8の「耐久シリカグラウト」をも含む構成となっている。しかしながら、甲9文献は、「懸濁型グラウト」を使用し得る条件として「不均質な地盤条件下で或いは地下水の流動性の影響下」(甲9【0084】)又は「逸脱しやすい地盤や空隙の大きい地盤」(甲9【0085】)などと言及するにとどまり、上記「シリカを含有してゲル化を伴う懸濁型グラウト」が、どのような原理で固化するのか、「1次ゲル化」「疑塑性」「2次ゲル化」の経過により固化するのかの記載は見当たらない。請求項8の構成を含む請求項26、27の「懸濁型グラウト」においても、マグマアクション法との関係性は明らかとはいえず、上記記載をもって、甲9文献の注入条件等を懸濁型グラウトに適用し得ることを示唆するものと解することはできない。
ウ・・・(略)・・・前記のとおり、地盤固結材として使用される本件訂正発明1の懸濁型グラウトと甲5文献、甲6文献及び甲9文献の溶液型グラウトは、固結の原理を異にしており、薬液のゲル化時間も、溶液型グラウトの場合には土中のアルカリ分により左右されるのに対し、懸濁型グラウトの場合には、専ら薬液自体の成分により決まることになるはずであるから、「ゲルタイム」と「1次ゲル化に到る時間」とが同等であるとか、引用発明の地盤固結材の地盤への注入を土中ゲル化時間以上の時間をかけて行えば、本件訂正発明1の特定事項に至るなどということはできないというべきである。よって、被告の上記主張を採用することはできない。
被告は、本件訂正発明1と甲5文献、甲6文献及び甲9文献の技術事項における固化に至る原理は「ゲル化しかかった状態」の時に後続の地盤固結材がそれを乗り越えながら注入領域を拡大し固結するという原理、メカニズムは同じであるなどと主張する。しかしながら、溶液型グラウトが注入先の地盤のpHにより固結するのに対し、懸濁型グラウトはグラウト自体のスラグの水硬化により固結するのであり、本件各訂正発明は、これを前提にして、従来技術では懸濁型注入材で大径の固結体を形成することが困難であったという課題を解決するものである。結果的に大径の高強度固結体を形成するプロセスの現象面及びこれを実現するための薬液の注入条件が類似することになったとしても、それぞれの薬液の特性に応じたゲル化や注入領域の拡大、固化のメカニズムの内容は同じではないというべきであるから、被告の主張を採用することはできない。
被告は、甲5文献、甲6文献及び甲9文献から、当業者は、前記のマグマアクションのメカニズムを理解することができる上、甲9文献には、溶液型グラウトと懸濁型グラウトとは、同様に用い得るものとされているから、懸濁型グラウトに係る発明である引用発明においても、ゲル化時間以上の注入を続けることでマグマアクションを生じさせることは、当業者が容易になし得たことであるなどと主張する。しかしながら、前記のとおり、甲9文献において、溶液型グラウトに関する注入条件等の技術事項を、懸濁型グラウトに適用することができることを示唆する記載があるものと解することはできず、被告の主張は前提を欠くといわざるを得ない。』

[コメント]
本判決では、進歩性を否定していた異議決定が、固結の原理が異なることを理由に取り消されている。より具体的には、被告は、固化に至る原理は、スラグの水硬性か、地盤のpHか、で異なるだけで、「ゲル化しかかった状態」の時に後続の地盤固結材がそれを乗り越えながら注入領域を拡大し固結するという原理、メカニズムは同じである、と判断していた。しかしながら、裁判所では、本件各訂正発明は、グラウト自体のスラグの水硬化により固結する懸濁型グラウトを前提にして、従来技術では懸濁型注入材で大径の固結体を形成することが困難であったという課題を解決するものであって、それぞれの薬液の特性に応じたゲル化や注入領域の拡大、固化のメカニズムの内容は同じではないというべきである、として、被告の主張を不採用としている。拒絶理由通知書においては、技術分野が同じである文献を組み合わせて進歩性を否定されることが散見されるが、そのような拒絶理由を受けた際の反論の一つとして参考になる事例である。
以上

(担当弁理士:千葉 美奈子)

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