IP case studies判例研究

令和5年(行ケ)第10093号、令和5年(行ケ)第10094号「運動障害治療剤」事件

名称:「運動障害治療剤」事件
審決(無効不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10093号(第1事件)、令和5年(行ケ)第10094号(第2事件) 判決日:令和7年2月13日
判決:審決維持
特許法29条1項、29条2項
キーワード:新規性、進歩性、引用発明の認定、相違点の判断、手続違背(審判指揮の違法)
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/801/093801_hanrei.pdf

[概要]
引用発明が医薬用途発明と認められるためには、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識できるものでなければならないとして、引用文献に記載された発明の医薬用途を肯定し、これを本件発明との一致点とした本件審決の認定には誤りがあるとされた事例(ただし、本件審決の認定の誤りは結論に影響しないとして、審決が維持された)。

[特許請求の範囲](本件訂正発明)
【請求項1】
(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、
前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、
前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、
前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、
ことを特徴とする薬剤。
[審決](筆者にて要約)
本件発明と甲3発明の一致点、相違点を以下の通り認定した:
【一致点】
アデノシンA2A受容体アンタゴニストを含有する薬剤であって、
前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、
前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、
前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。
【相違点】
本件訂正発明では、アデノシンA2A受容体アンタゴニストが、「(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン(以下、KW-6002とも称する)」であるのに対し、甲3発明では、「テオフィリン」である点。
そのうえで、パーキンソン病はプラセボ効果の影響が大きいこと、甲3の実験の詳細が不明なこと、テオフィリンによるオフ時間の減少効果がアデノシンA2A受容体アンタゴニスト作用に基づく点の確認はされていないこと、などを挙げ、甲3発明においてテオフィリンに代えて、KW-6002を採用することで、実際に、APD患者におけるウェアリング・オフ現象等のオフ時間を減少させることができたことは、本件発明の予測し得ない効果であるとし、本件発明は、甲3発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない、とした。
[主な争点]
引用発明の認定、相違点の判断

[裁判所の判断]
『2 取消事由(甲3を主引用例とする本件発明の進歩性の判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(2) 甲3発明の認定
上記開示によれば、甲イ3には、臨床試験をもとに、テオフィリンが進行期パーキンソン病患者において、オン時間の持続を~30%増加させ、その結果、オフ時間の持続を減少させた旨の記載がある。
・・・(略)・・・甲イ3には、本件審決が認定するとおりの甲3発明が記載されているものと認められる。
(3) 本件発明と甲3発明の一致点及び相違点
ア 甲3発明の「テオフィリン」と本件発明の「KW-6002」とは、「アデノシンA2A受容体アンタゴニスト」である限りにおいて一致する。
また、甲3発明の「L-ドーパで治療され(764±170mg/日)、L-ドーパ誘導性運動副作用であるウェアリング-オフを有する進行期パーキンソン病(APD)患者」は、本件発明の「パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」に相当する。
以上の点については本件審決が認定するとおりであり、当事者間にも争いはない。
イ 他方、本件発明は、KW-6002を含有する薬剤という、「物」の発明ではあるものの、特定の患者に投与され、当該患者における特定の症状(疾病)に適用される、医薬についての発明(医薬発明)であって、化合物などの化学物質自体の発明や、使用目的(用法)についての特定がない組成物の発明とは異なる。
このような用途発明としての本件発明と引用発明との一致点及び相違点の認定に当たっては、引用発明が用途発明として認められるか否かを吟味し、用途発明としての一致点を抽出できないときは、これを相違点として明らかにすべきである。
そして、特に医薬の分野においては、機械等の技術分野と異なり、構成(化学式等をもって特定された化学物質)から作用・効果を予測することは困難なことが多く、対象疾患に対する有効性を明らかにするための動物実験や臨床試験を行ったり、あるいは、化学物質が有している特定の作用機序が対象疾患に対する有効性と密接に関連することを理解できる実験を行うなど、時間も費用も掛かるプロセスを経て、実施可能性を検証して、初めて用途発明として完成するのが通常である。このこととの平仄から考えても、引用発明が用途発明と認められるためには、単に、引用発明に係る物質(薬剤)が、対象とする用途に使用できる可能性があるとか、有効性を期待できるとか、予備的な試験で参考程度のデータながら有望な結果が得られているといったレベルでは足りず、当該物質(薬剤)が対象用途に有用なものであることを信頼するに足るデータによる裏付けをもって開示されているなど、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識できるものでなければならないというべきである。このように解さないと、上記のようなプロセスを経て完成された実施可能性のある医薬用途発明が、実施可能性を認め難い引用発明によって、簡単に新規性、進歩性を否定されることになりかねず、その結果は不当と考えざるを得ない。
刊行物に医薬用途発明が記載されているというためには、当該医薬用途に用いることが実施可能であると当業者が理解できるように記載されている必要がある旨をいう被告の主張は、以上の趣旨をいうものとして首肯できる。
ウ ・・・(略)・・・
(ア)まず、甲イ3は、その試験が、本件明細書の実施例1で採用する「ランダム化・プラセボ対照・ダブルブラインド試験」と比べると精度が低い「オープン試験」で行われているというだけでなく、試験を完了した患者数も9名と少ない上、臨床/科学ノートの形式による全1頁での報告にすぎず、そのため、論文(フルペーパー)の形式であれば当然記載されるはずの試験の方法についての詳細な記載がなく、試験に参加した患者等におけるバイアス(投与されている薬が効くという思い込みなど)の防止が図られているか否かさえ把握することができず、また、どのようにオン・オフ時間を測定したのか等についての基本的な情報もなく、その正確さを検証することができない。・・・(略)・・・
エ 以上を前提にすると、・・・(略)・・・甲3発明の医薬用途を肯定し、これを本件発明との一致点とした本件審決の認定には誤りがあるといわざるを得ない。
オ そこで、改めて本件発明と甲3発明の一致点及び相違点を検討すると、正しくは以下のようなものとして認定すべきである。
【一致点】
アデノシンA2A受容体アンタゴニストを含有する薬剤であって、前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。
【相違点1】
本件発明は、「L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与され」る用途発明としての「薬剤」であるのに対し、甲3発明は、そのような用途発明とは認められない点。
【相違点2】
本件発明は、アデノシンA2A受容体アンタゴニストが「(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン(KW-6002)」であるのに対し、甲3発明は、アデノシンA2A受容体アンタゴニストが「テオフィリン」である点。
・・・(略)・・・
(4) 相違点の容易想到性について
上記(3)オで認定した相違点を前提に、容易想到性を以下検討する。
ア 相違点1について
・・・(略)・・・甲イ3に示される試験結果は、テオフィリンについての、進行期パーキンソン病患者におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動に対する有効性の判断をするに足りるものではない。
・・・(略)・・・本件優先日当時、・・・(略)・・・アデノシンA2A受容体の阻害作用が、L-ドーパ療法を受ける進行期パーキンソン病患者においてオフ時間を減少させる効果をもたらすという作用機序が存在することについて具体的に明らかになっておらず、また、進行期パーキンソン病患者におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動に対して治療上有効なアデノシンA2A受容体アンタゴニストは知られていなかった。
そうすると、・・・(略)・・・甲イ3からは、甲3発明の薬剤の用途を、本件発明の薬剤の用途とすることについてまで、当業者に動機付けられるとはいえない。
イ 相違点2について
・・・(略)・・・試験研究を超えて、本件発明の薬剤の用途とする上で、テオフィリンに代えてKW-6002を採用することまでは、技術常識を踏まえても、甲イ3の記載からは、当業者に動機付けられるとはいえない。
・・・(略)・・・
(5) 顕著な作用効果について
・・・(略)・・・
以上のとおり、甲イ3には、当業者においてテオフィリンを進行期パーキンソン病患者におけるオフ時間を減少させるために使用できると認識できるだけの十分な記載はなく、テオフィリンが効果を奏したとしても、アデノシンA2A受容体阻害作用によるものかも明らかでないのであって・・・(略)・・・KW-6002が、進行期パーキンソン病患者において、L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるという、本件明細書に示される効果は、甲イ3の記載及び本件優先日当時の技術常識から当業者が予測し得ない顕著な効果というべきである。
・・・(略)・・・
(6) まとめ
以上のとおりであって、本件発明を甲3発明に基づいて容易に発明することができたとは認められない。なお、上記(3)エで指摘した本件審決の認定の誤りは、結論に影響しないものということになる。』

[コメント]
本件は、アデノシンA2A受容体拮抗薬ノウアリスト(一般名:イストラデフィリン)をカバーする特許である。本医薬品は、添付文書の効能または効果の欄に「レポドパ含有製剤で治療中のパーキンソン病におけるフェアリングオフ現象の改善」と記載されている。
審決では、甲3発明にテオフィリンをL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために投与することの記載があることを一致点として認めたうえで、甲イ3発明の記載には疑わしい点があることから、本件化合物に置き換えて実際に効果が得られたことは予期できない優れた効果であるとして進歩性を満たすと判断した。
しかしながら、甲イ3発明にはアデノシンA2A受容体アンタゴニストを試験することの示唆はあるのだから、テオフィリンをウェアリング・オフ現象のオフ時間を減少させるために投与することが開示されていると認めた状態では、本件発明の化合物に置き換えて効果を確認したことを予想外の効果とする審決の認定は無理があると考えられる。この点、甲3発明に信頼するに足るデータがないとしてテオフィリンをウェアリング・オフ現象のオフ時間を減少させるために投与することの開示はないと認定した知財高裁の判断は妥当といえる。
本件では、引用発明が医薬用途発明と認められるためには、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識できるものでなければならないとされた。例えば、方法の詳細が記載されていない学会のアブストラクトの記載を引例として用途発明の進歩性が否定された場合等に、本件を引用して反論することが可能と思われる。
以上
(担当弁理士:稲井 史生)

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