IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和6年(行ケ)第10043号「弾塑性履歴型ダンパ」事件
名称:「弾塑性履歴型ダンパ」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和6年(行ケ)第10043号 判決日:令和7年3月12日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:動機付け、阻害要因
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/912/093912_hanrei.pdf
[概要]
主引用発明は一方向からの荷重を想定しているため、副引用発明における複数方向の配置を適用する動機付けはなく、加えて、主引用発明に副引用発明の配置を適用すると、少なくとも一方の金属薄板は荷重が面内方向に入力されない配置となることから阻害要因が存在するとして、容易想到性が否定された事例。
[本件訂正発明1](構成要件の各符号は判決文別紙1に記載のものを踏襲した。)
【請求項1】
(A)建物及び/又は建造物に適用可能な弾塑性履歴型ダンパであって、
(B)一対の第一補強部と、
(C)前記一対の第一補強部を連結し、互いの向きを異ならせて設けられた板状の一対の剪断部と、
(K)前記一対の剪断部は、連結部を介して一連に設けられ、
(D)前記一対の第一補強部の両端間にそれぞれ接続した一対のプレートとを備え、
(E)前記剪断部は、前記第一補強部に対して傾斜を成し、
(F)前記第一補強部は、前記剪断部に、該第一補強部と該剪断部とのなす角が鋭角となるように形成され、
(G)前記剪断部は、入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行うことを特徴とする
(H)弾塑性履歴型ダンパ。
[主な争点]
無効理由1:甲1発明を主引用発明として、甲2に記載された構成及び甲3に例示された選択的事項に基づいてする請求項1、3、6、7、8及び10に係る発明の進歩性の欠如について。
無効理由2~4については、省略する。
[審決の理由の要旨](抜粋)
本件審決が認定した甲1発明と本件訂正発明1との一致点・相違点
『イ 本件訂正発明1と甲1発明との対比
本件審決が認定した本件訂正発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。
(一致点)建物及び/又は建造物に適用可能な弾塑性履歴型ダンパであって、
一対の第一補強部と、
前記一対の第一補強部を連結した板状の一対の剪断部と、
前記一対の剪断部は、連結部を介して一連に設けられ、
前記一対の第一補強部の両端間にそれぞれ接続した一対のプレートとを備え、
前記剪断部は、前記第一補強部に対して傾斜を成し、
前記剪断部は、入力により荷重を受けたときに、変形してエネルギー吸収を行う弾塑性履歴型ダンパ。
(相違点1)連結部を介して一連に設けられる板状の一対の剪断部について、本件訂正発明1は、互いの向きを異ならせて設けられたものであるのに対し、甲1発明は、金属薄板2が2枚、直列に備えられている点。
(相違点2)第一補強部は、剪断部に、第一補強部と剪断部とのなす角を、本件訂正発明1は、鋭角になるように形成されるのに対し、甲1発明は、金属薄板2と枠3とは直交している点。』
[裁判所の判断]
本件訂正発明1と甲1発明との対比
『本件訂正発明1、本件明細書及び甲1によると、本件訂正発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、前記第2の3(2)イに記載のとおりであると認められる。』
相違点1に係る構成の容易想到性
『ア 甲1発明の金属薄板2の技術的意義
甲1によると、「本発明のエネルギー吸収部材においては、図1及び図2に示す矢印方向に荷重が作用する。」(甲1の【0038】)との記載があり、図1及び図2に示された構成によると、甲1に記載のエネルギー吸収部材は、建築物の架構の構面に沿って荷重が作用することを前提として、そのような荷重が面内方向に入力されるように金属薄板を配置することで、地震などによるエネルギーを吸収するものであると認められる。この理解は、甲1の【0046】、図17及び図18において、金属薄板2を複数枚備える構成例において、それらの金属薄板2が面内方向を一致させる向きで配置されていることからも裏付けられる(甲1の【0046】、図17及び図18)。』
『イ 甲2発明
甲2によると、甲2には次の発明(甲2発明)が記載されていると認められる。
「パネル部11、載荷部材12、及び荷重伝達抑制手段20を備えた、橋梁上部構造と橋梁下部構造との間に設置されるせん断パネル型ダンパー10であって、
パネル部11は、極低降伏比鋼により形成された板状部材であって、
パネル部11の橋梁下部構造102への固定構造は、パネル部11の下辺と橋梁下部構造102の上面との間に連結板等を設け、この連結板等を介して、パネル部11と橋梁下部構造102とを間接的に固定しており、
ブロック状の載荷部材12は、その側面12aがパネル部11の側辺11bの上方と対向するように、橋梁上部構造105の下面に設けられており、
載荷部材12の側面12aとパネル部11の側辺11bとの間には、載荷部材12にかかる荷重のうち、Y方向(橋軸と垂直な方向)の荷重成分がパネル部11に伝達することを抑制する荷重伝達抑制手段20が設けられ、この荷重伝達抑制手段20は、転動体21、及びこの転動体21を保持し、パネル部11の側辺11b上方に設けられた保持部材22を備えており、載荷部材12の側面12aとパネル部11の側辺11bとの間に略球状の転動体21を転動自在に保持しており、荷重200の面外方向成分202がパネル部11に伝達されることを抑制できるため、パネル部11が面内方向にうまく変形することができ、橋梁下部構造と橋梁上部構造とを相対的に移動させるエネルギーを吸収することができるものであって、
パネル部11の側辺11bにリブ13を設けてもよく、これにより、パネル部11の面外方向の剛性が向上し、パネル部11の面外方向への変形をより抑制することができるものであり、
パネル部11とリブ13とは直交しており、
せん断パネル型ダンパーの設置位置については、
橋梁上部構造と橋梁下部構造とが平面視において二次元的に相対移動可能な橋梁支承構造の場合、設置されるせん断パネル型ダンパー10の一部は、その面内方向(下辺長手方向に同じ)がX軸方向(橋軸方向)となるように設置され、設置されるせん断パネル型ダンパー10の残りの一部は、その面内方向がY軸方向(橋軸方向と垂直な方向)となるように設置され、両せん断パネル型ダンパー10の設置位置や設置数は任意であって、
また、せん断パネル型ダンパー10の面内方向がX軸にもY軸にも向かないようにせん断パネル型ダンパー10を設置してもよい、
せん断パネル型ダンパー10。』
『ウ 甲2発明の甲1発明への適用について
上記イによると、甲2発明のせん断パネル型ダンパー10は、橋梁上部構造と橋梁下部構造とが平面視において二次元的に相対移動可能な橋梁支承構造の場合に、互いの向きを異ならせて複数設置され得るものである。これに対し、甲1発明のエネルギー吸収部材1は、建築物の架構の構面に沿って一方向から荷重が作用することを前提として、そのような荷重が面内方向に入力されるように2枚の金属薄板2を直列に配置するものであるから、甲1発明に甲2発明のせん断パネル型タンパー10の配置を適用する動機付けがない。
また、甲1発明の2枚の金属薄板2の向きを互いに異ならせるとすると、少なくとも一方の金属薄板2は荷重が面内方向に入力されない配置となるから、建築物の架構の構面に沿って荷重が面内方向に入力されることを前提とした甲1発明においてこのような構成の変更には阻害要因があるといえる。
したがって、甲1発明に甲2発明を適用することにより上記相違点1に係る本件訂正発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得たことではない。 』
『エ 原告の主張について
(ア) 原告は、橋梁等の二次元的な動きに対応させるために、建設構造物に用いられるせん断パネル型ダンパーを複数の方向に配置することは従前から知られていたから、甲1発明に甲2発明の配置を適用する動機付けが存在しないとの本件審決の判断には誤りがある旨を主張する。
しかしながら、建築物の架構の構面に沿って作用する荷重が入力されるダンパに、橋梁等の二次元的な動きに対応させるための複数方向の配置を適用する動機付けはないから、原告の主張は理由がない。
(イ) 原告は、甲1発明に甲2発明を適用した場合、2枚の金属薄板の一方には面外方向の力が加わることになるが、甲1発明の金属薄板は面外変形が許容されるのであるから、エネルギー吸収部材としてはより挙動が安定することになり、甲1発明に甲2発明を適用することに阻害事由があるどころか、逆にその機能が活かされると主張する。
しかしながら、甲1発明は、建築物の架構の構面に沿った一方向からの荷重の入力を想定するものであるところ、甲1発明が面内方向の入力による面外変形を許容しているとしても、甲1発明は、面外方向の入力によりその機能が活かされるものとは認められず、原告の主張は理由がない。
(ウ) 原告は、本件特許に係る特許権の別件侵害訴訟において、被告が「建築物に用いられる原告の製品が、複数方向の入力に対応するための本件訂正発明に係る特許権を侵害する」と主張することを前提とすると、甲1発明においても複数の入力に対応する場面があるといえることになるから、甲1発明に甲2発明を適用する動機があると主張する。
しかしながら、本件における進歩性の判断は、本件特許の出願前に当業者が甲1及び甲2の記載に基づいて本件訂正発明1を容易に発明できたかを判断するものであり、この判断は上記ウのとおりである。そして、別件侵害訴訟における被告の主張によって、甲1発明の理解が一義的に決まるものではないから、原告の主張は失当である。』
[コメント]
甲1発明が想定している課題や前提条件(建設構造物に用いられる点)を踏まえ、甲2発明の配置態様(橋梁等の二次元的な動きに対応させるために複数方向に配置すること)を組み合わせる動機はなく、それどころか、そのような構成を採用すると、当該方向に配置された薄板が面内方向に荷重が入力されないことになり前提が崩れるので阻害要因があるとして、両者の組み合わせについての容易想到性が否定された。
審決とほぼ同趣旨の判決文であり、妥当な結論であると考えられる。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)
令和6年(行ケ)第10043号「弾塑性履歴型ダンパ」事件
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