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令和5年(行ケ)第10078号「オーディオコントローラ、超音波スピーカ、オーディオシステム、及びプログラム」事件

名称:「オーディオコントローラ、超音波スピーカ、オーディオシステム、及びプログラム」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和5年(行ケ)第10078号 判決日:令和7年4月24日
判決:請求棄却
特許法38条、123条1項2号、123条1項6号
キーワード:発明者の認定、冒認出願、共同出願違反
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/070/094070_hanrei.pdf

[概要]
被告が特許出願を行った発明について、発明の特徴的部分の認定、及び当該特徴的部分の完成に対する原告の関与を詳細に検討した結果、原告は真の発明者および共同発明者ではないと判断された事例。

[本件発明]
少なくとも1つの超音波スピーカであって、且つ、複数の超音波トランスデューサを備える超音波スピーカ、及び、音源と接続可能なオーディオコントローラであって、
前記音源からオーディオ信号を入力する手段を備え、
前記オーディオ信号に基づいて、各超音波トランスデューサを個別に制御するための制御信号を生成し、且つ、少なくとも1つの焦点位置で集束する位相差を有する超音波を各超音波トランスデューサが放射するように、前記制御信号を、各超音波トランスデューサに出力する制御手段を備える、
オーディオコントローラ。

[主な争点]
冒認に係る判断の誤り(取消事由1)
共同出願違反に係る判断の誤り(取消事由2)

[裁判所の判断]
『2 本件発明の特徴的部分について
(1) 発明者とは、当該発明における技術的思想の創作、とりわけ従前の技術的課題の解決手段に係る発明の特徴的部分の完成に現実に関与した者、すなわち当該発明の特徴的部分を当業者が実施することができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与した者を指すものと解される。
(2) しかるところ、本件特許の特許請求の範囲の記載及び前記1(1)の本件明細書の記載によれば、本件発明の課題は、複数のスピーカから構成され、各スピーカをリスナの周囲に配置する必要があるオーディオシステムにおいて、例えば、リスナの背後にスピーカを設置することができないときは、このようなオーディオシステムを利用することができなくなる等といった使用環境による制約を取り除くことである。
前記1(2)、(3)によれば、可聴音の音波形に沿って変調した超音波(搬送波)が空気中を伝わると可聴音を発生させる(自己復調)という現象を利用した、複数の超音波トランスデューサを備える超音波スピーカ(パラメトリックスピーカ)自体は、本件特許の出願日(平成29年10月3日)、さらには原告が本件試作機の開発を受注した平成27年5月、被告がAらにおいて本件発明を完成させたと主張する平成25年1月ころにおいても、周知の技術であったと認められる。
本件発明1は、このような周知の技術を前提に、特許請求の範囲に記載されたオーディオコントローラにより、任意に定めることができる焦点位置(【0113】)のリスナに音を届けることを可能にし、前記課題を解決するものである。すなわち、特許請求の範囲のうち、オーディオコントローラが「オーディオ信号に基づいて、各超音波トランスデューサを個別に制御するための制御信号を生成し、且つ、少なくとも1つの焦点位置で集束する位相差を有する超音波を各超音波トランスデューサが放射するように、前記制御信号を、各超音波トランスデューサに出力する制御手段を備える」という部分は、本件発明の課題を解決する発明の特徴的部分であると認められる。
・・・(略)・・・
(3) これに対し、原告は、本件発明の特徴的部分は、
① 複数の超音波スピーカについて、任意の超音波の焦点位置と各超音波トランスデューサとの距離を算出し、当該距離に応じて、焦点位置で超音波が集束するように各超音波トランスデューサの駆動タイミング(位相差)を制御する信号を生成し(原告特徴的部分①)、
② 各超音波トランデューサからオーディオ信号に基づいた所望の信号波形(信号値)を表した同じ波形の超音波を当該駆動タイミング(位相差)で放射すること(原告特徴的部分②)
であり、予備的に、特許請求の範囲の記載を前提としても、
③ 少なくとも1つの焦点位置で『同じ波形が揃う』位相差を有する超音波を各超音波トランスデューサが放射するように、制御信号を、各超音波トランスデューサに出力する制御手段を備えること(予備的特徴的部分)
であって、これらを備えなければ、任意の焦点位置で可聴音を発生させることはできない旨主張するので、以下検討する。
ア 原告特徴的部分①について
複数の各超音波トランスデューサが放射する超音波を1つの(特定の)焦点位置で集束させるためには、前提として、特定の焦点位置と各超音波トランスデューサの距離及びその差を計算する必要があることは、別紙「超音波から可聴音が聴こえるようにする仕組み」の2に記載されているとおりである。また、超音波トランスデューサの各振動子を個別に制御して振動のタイミングを遅延させることによって位相制御を実現し、位相制御によって集束超音波を放出する技術(本件位相制御技術)は、平成27年5月以前に公知となっていた技術であると認められる(甲105、125、129)。そうすると、焦点位置と各超音波トランスデューサの「距離及びその差」に基づいた計算を行うこと自体は、「少なくとも1つの焦点位置で集束する位相差を有する超音波を各超音波トランスデューサが放射するように、前記制御信号を、各超音波トランスデューサに出力する制御手段」が当然に備えることが通常想定されるものであり、本件発明1の特徴的部分であるということはできない。
・・・(略)・・・
イ 原告特徴的部分②及び予備的特徴的部分について
(ア) 原告特徴的部分②は、各超音波トランスデューサの位相制御は、超音波(搬送波)の周期のみではなく、可聴音に自己復調するよう変調した後の波形(以下、便宜上「可聴音の波形」という。)が焦点位置で集束するような位相差で放射することをいうものであり、予備的特徴的部分は、実質的に同内容を主張するものである。
そこで、焦点位置で可聴音を発生させるため、同じ可聴音の波形が焦点位置で集束する必要があるか否かについて検討する。
・・・(略)・・・
(エ) 以上を総合すると、超音波(搬送波)の周期の位相制御のみを行い、可聴音の波形が焦点位置で集束するような位相制御を行わないことによる影響の程度は、焦点との距離、超音波スピーカの大きさ、超音波トランスデューサの個数及び変調される可聴音の周波数によって異なるものであるが、可聴音の波形のずれは、被告が挙げた例において、焦点距離200㎜の場合に最大でも1万分の1秒(超音波の波長の4周期分)というわずかなものにすぎない上、多数の超音波トランスデューサから放射されて自己復調される可聴音の波形は、多くが揃ったものとなるか、ごくわずかなずれにとどまる場合が多いと考えられるから、一部の周波数成分が打ち消しあったり、可聴音の波形の位相制御を行った場合より音量が小さくなることはあっても、完全に打ち消しあうことはなく、可聴音を発生させること自体は可能であると認められる。
・・・(略)・・・
(4) 以上のとおり、本件発明の特徴的部分に関する原告の主張は、いずれも採用することができず、本件発明の特徴的部分は、前記(2)のとおり、「オーディオ信号に基づいて、各超音波トランスデューサを個別に制御するための制御信号を生成し、且つ、少なくとも1つの焦点位置で集束する位相差を有する超音波を各超音波トランスデューサが放射するように、前記制御信号を、各超音波トランスデューサに出力する制御手段を備える」部分であると認められる。
3 本件発明の発明者について
・・・(略)・・・
そして、A及びBが開発した本件実験機は、少なくとも「オーディオ信号に基づいて、」とある部分以外の本件発明の特徴的部分を備えるものであり(前記(2)イ)、さらに、1023Hz以下の範囲(1Hz刻み)で変調された矩形波の可聴音(初期のテレビゲームの電子音のような音)という制約はあるものの、任意の焦点位置において可聴音を発生させることができるものであったと認められる(前記(2)オ)。
イ これに対し、原告は、1023Hz以下の範囲(1Hz刻み)で変調された矩形波の可聴音を発生させるだけでは、一般的なオーディオ音源の周波数帯の可聴音を発生させるものとはいえず、オーディオ環境の制約を取り除くという本件発明の課題を解決できない旨主張する。
しかし、本件発明は、特許請求の範囲の記載や本件明細書の記載をみても、発生させる可聴音の音域や音質を特定するものではない。「オーディオ信号に基づいて、」との部分から、一般的なオーディオ音源の周波数帯に対応することができることを要すると解するとしても、前記1(2)、(3)によれば、可聴音の音波形に変調させた超音波の自己復調現象を利用したパラメトリックスピーカーは周知の技術であり、製品としても実用化されていたと認められるから、超音波を一般的なオーディオ音源の可聴音の音波形に変調すること自体は、当業者であれば実施することができるものであったと認められる(なお、AやBは、研究者としての知識は有していたが、実際の製品を開発・製造する当業者ではなく、だからこそ原告に本件試作機開発を依頼している(甲129、乙26、証人B))。
さらに、一般的なパラメトリックスピーカーと異なり、焦点位置で集束する超音波から可聴音を発生させるという点を考慮するとしても、そのために必要な技術事項として原告が主張するのは、可聴音の波形が焦点位置で集束するような位相差で放射し、焦点位置で可聴音の波形を揃えること(原告特徴的部分②、予備的特徴的部分)である。そして、この構成がなくとも可聴音を発生させることは可能であり、当該構成自体は本件発明の特徴的部分に当たらないことは、既に述べたとおりである。
したがって、本件実験機で発生することができる可聴音が1023Hz以下の範囲(1Hz刻み)で変調された矩形波の可聴音であったという点を考慮しても、本件発明の特徴的部分は当業者が実施することができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されており、本件発明は完成していたと認められる。
ウ 原告は、Aらにおいて本件発明が完成したと認識していたのであれば、本件特許が平成29年10月3日に至ってようやく出願されたことや、原告に本件試作機開発を依頼する前に出願しなかったことは不自然である旨主張する。
しかし、発明が完成した後に特許出願をするか否か、するとしていつ出願するかについては、多くの考慮すべき事情があると考えられるから、原告が主張する事情は、本件発明の完成時期の認定を左右するものとまではいえない。
エ 確かに、関係証拠及び弁論の全趣旨によれば、Cら原告関係者が、変調方式をAM変調とするかPWM変調とするかについての試験と検討、マイコンボードやFPGA基盤の評価と選定、発熱・共鳴音対策、基盤・回路の設計、必要なソフトウェアの作成(位相制御のプログラムを除く。)等を、独自に行ったことは認められ(甲21~39、原告代表者C本人)、本件試作機の音質や音域は、本件実験機よりも改良されていることが認められる(Bも、陳述書において、本件実験機は音質が高いとはいえないという課題を有していることを認め(乙26・8頁)、「本件実験機は、あくまでも本件位相制御技術を「音」の分野に適用した結果を実験的に確認することを目的とするものであることから、市販の機材・部品・回路を組み合わせ、また、実験に必要最小限のプログラムをA氏及び私が書き上げて、製作しました。大学に所属する若手研究者が低予算で実験機を製作するというのは、そういうものです。本件実験機は、それにより音楽を楽しんだりするものではありません。」(甲129・11頁)と述べている。)。
しかし、本件試作機が備える前記(3)アの各機能のうち、可聴音の波形が焦点位置で集束するような位相差で放射し、焦点位置で可聴音の波形を揃える機能(同(ウ))は、可聴音の音質を向上させるものではあっても、本件発明の技術的課題は、使用環境の制約の除去であって、可聴音の音質の向上ではないから、本件試作機の当該機能は本件発明の特徴的部分に当たるものではない。その余の点も、本件発明の特徴的部分を実施する場合における具体的・客観的な態様の一つにすぎず、その内容に応じ、本件発明とは別の課題を解決したものということができることがあるとしても、本件発明の課題を解決したということはできない。すなわち、本件試作機の各機能は、本件実験機の開発によって、本件発明の特徴的部分は当業者が実施することができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成され、本件発明が完成していたとの前記認定を左右するものではない。
オ 以上によれば、Cらは、本件発明の特徴的部分を当業者が実施することができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成した者ということはできず、本件発明の発明者(共同発明者)ではないと認められる。
他方、本件発明に係る特許公報(甲1)には、Aらが発明者として記載されているところ、前記認定及び弁論の全趣旨によれば、本件発明の発明者はAらであると認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
4 結論
以上のとおり、本件特許には、原告の主張する冒認も、共同出願違反もないと認められるから、本件審決の判断に誤りがあるとは認められず、原告主張の取消事由は、いずれも理由がないことになる。』

[コメント]
審決では、「Cらは、本件発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)を着想し、又は、その着想を具体化することに創作的に関与した者ではないから、本件発明1の発明者ということはできない。」と判断し、判決では、「Cらは、本件発明の特徴的部分を当業者が実施することができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成した者ということはできず、本件発明の発明者(共同発明者)ではないと認められる。」と判断している。審決では癌治療剤事件(令和2年(ネ)第10052号)で示された判断基準が採用され、判決では多孔質複合体事件(平成25(ネ)第10100号)などで示された判断基準が採用されている。発明の特徴的部分とは課題解決手段のことであり、どちらも同じ趣旨の判断基準であると考えられる。
原告が主張する原告特徴的部分①、原告特徴的部分②及び予備的特徴的部分は、本件発明の特徴的部分を具現化又は改良した内容であり、原告であるCらが本件発明の発明者ではないと判断した本判決は妥当であると考える。
なお、被告が試作機の製作を依頼してから特許出願に至るまでに2年以上の期間を要しているが、この間に原告が上記特徴的部分について先に出願していた場合、本件発明の特許取得が困難になっていた可能性がある。したがって、試作機の製作を第三者に依頼する前に特許出願を行うことが望ましい。また、試作機製作の依頼時に、契約において発明の帰属を明確に定めておくことが重要である。具体的には、試作過程で生じる技術的成果や改良点について、どちらの発明として取り扱うか契約書に明記することで、後の発明者認定や権利帰属に関する紛争を未然に防止することができる。
以上
(担当弁理士:冨士川 雄)

令和5年(行ケ)第10078号「オーディオコントローラ、超音波スピーカ、オーディオシステム、及びプログラム」事件

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