IP case studies判例研究

令和6年(ネ)第10084号「遠隔操縦無人ボート」事件

名称:「遠隔操縦無人ボート」事件
損害賠償請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和6年(ネ)第10084号 判決日:令和7年6月16日
判決:控訴棄却
特許法70条1項、2項
キーワード:構成要件の充足性、技術的範囲の解釈
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94196.pdf

[概要]
複数の条件の各場合に所定の制御を行い得る機構をいずれも備えることが必要か否かについて、特許請求の範囲の文言や明細書の記載に基づき、いずれもが行われ得る機構を備えることを前提として、そのいずれかの条件が満たされた場合に所定の制御が行われるものと解釈し、侵害が成立しないと判断された事例。

[本件発明]
A 遠隔操縦装置との間で送受信される信号によってボートの走行が制御される遠隔操縦無人ボートであって、
B 人工衛星から発信されている電波を受信するGPSアンテナと、
C 前記GPSアンテナが受信した電波により現在位置を算出する現在位置算出手段と、
D 初期位置を記憶する初期位置記憶手段と、
E 推進動力を発生する推進動力源と、
F 進行方向を自在に変更する操舵装置と、
G 前記遠隔操縦装置との間で信号を送受信する第1送受信アンテナと、
H 前記推進動力源に電力の供給を行う電源と、
I 前記電源の残量を検出する残量検出装置と、
J 前記第1送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、または、前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行なわれた場合に、前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する第1制御装置と、
K を有することを特徴とする遠隔操縦無人ボート。

[主な争点]
被告製品の本件発明の技術的範囲への属否(争点1)
構成要件Jの充足性(争点1-4)

[裁判所の判断]
『ア 本件発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、「第1制御装置」(構成要件J)は、自動回帰発動条件①(「前記第1送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合」)、又は、同②(「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」)のうち、「少なくともいずれか一方の判断が行われた場合」に、本件発明の遠隔操縦無人ボートを、「前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する」ものである(いずれも構成要件J)。
構成要件Jは、その全体が、本件発明に係る遠隔操縦無人ボートが有する『第1制御装置』を説明するものであり、一艘の遠隔操縦無人ボートが備える『第1制御装置』につき、第1送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合(自動回帰発動条件①に係る判断)、及び電源の残量が半分以下になったと判断された場合(同②に係る判断)があることを前提として、それらの各判断の関係がどのようになった場合に初期位置に自動回帰させるための動作が制御されるのかについて、『少なくともいずれか一方の判断が行われた場合』に初期位置に自動回帰させるための動作が制御されることを述べたものと解されるものであって、本件発明の構成要件Jの『第1制御装置』は、自動回帰発動条件①及び②のいずれに係る判断をも行うことができる機構を備えるものであることが明らかである。
・・・(略)・・・
2 当審における控訴人の主な補充主張に対する判断
(1)控訴人は、前記第2の3(1)のとおり、本件発明の構成要件Jは、自動回帰発動条件①または②を行えるものであればこれを充足するから、被控訴人製品は、本件発明の構成要件Jを充足する旨を主張する。
しかし、補正の上で引用した原判決第3の2のとおり、被控訴人製品は上記構成要件を充足するものとはいえない。なお、本件特許出願に関し、自動回帰発動条件①又は②を別々に備える二つの発明が記載されたものでないことは、本件明細書の図8の記載(すなわち、フローチャートにおいて、所定時間内に受領信号を受信しなかった場合には自動回帰となるが、その受信を確かめた場合には、さらに電源残量が所定値以下であるか否かを確かめるステップに進むこととされ、自動回帰に至らない場合にはいずれの条件をも確かめるとされていること)からも明らかである。
したがって、控訴人の上記主張は、採用することができない。
(2)控訴人は、前記第2の3(2)のとおり、仮に被控訴人製品が、本件発明に文言上はその技術的範囲に属しないものとしても、これと均等なものとして、特許権侵害に当たる旨を主張する。
しかし、補正の上で引用した原判決第3の3のとおり、本件発明の第1制御装置を自動回帰発動条件①に係る判断と同②に係る判断のいずれをも行える機構を備えたものとしたことは、本件発明の本質的部分に含まれる発明特定事項であるといえるし、本件補正の経過に鑑みても、自動回帰発動条件②に係る電源残量を「半分以下」とするもの以外は、特許請求の範囲から意識的に除外されたものとみられるから、被控訴人製品は、均等の第1要件及び第5要件のいずれも充足しない。したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
3 控訴人はその他縷々主張するが、いずれも前記認定及び判断を左右しない。』

[コメント]
本件発明の構成要件Jが両判断機構を備えることについて、原審では、特許請求の範囲の文言では必ずしも明らかでないとし、明細書の記載を参酌して判断されたのに対し、控訴審では、特許請求の範囲の文言から明らかであると判断されており、控訴人(特許権者)に対して、より厳しい判断が示されている。
出願当初は両判断機構が別個の請求項で特定されており、元来は両判断機構を備えることを必須としていなかったことが窺い知れるため、心情的には控訴人が少なからず気の毒にも感じられる。
クレーム・ワーディングの難しさと怖さ、並びに、明細書の記載、特に課題の表現や実施形態の態様の重要さを痛感させられる事案であり、他山の石として実務に役立てたい。特許請求の範囲の文言については、多義的な解釈がされる恐れがないか、補正時だけでなく出願時から用心することを心掛けたい。
以上
(担当弁理士:椚田 泰司)

令和6年(ネ)第10084号「遠隔操縦無人ボート」事件

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