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審決取消訴訟等
令和6年(行ケ)第10081号「愛玩動物マッチングシステム及び愛玩動物マッチング方法」事件
名称:「愛玩動物マッチングシステム及び愛玩動物マッチング方法」事件
審決(拒絶)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和6年(行ケ)第10081号 判決日:令和7年9月29日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定、除くクレーム
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94642.pdf
[概要]
本願発明は、「引き渡し場所(動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く)」と記載された除くクレームに係る発明であるが、引用発明において、動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られると解することはできず、また、引用発明における動物の引き渡し場所を、「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」場所とすることは設計的事項にすぎないため、本願発明は進歩性がないとした審決が維持された事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】(本願発明)
譲受人がインターネットを介して愛玩動物を閲覧する閲覧手段と、
譲受人が引き渡し場所(動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く)及び日時を予約する予約手段と、
引き渡し場所(動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く)までの愛玩動物の輸送を手配する輸送調整手段とを有し、
譲受人が指定した引き渡し場所(動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く)及び日時に基づいて、愛玩動物の健康診断を手配する健康診断調整手段をさらに備える
ことを特徴とする愛玩動物マッチングシステム。
[主な争点]
引用発明の認定の誤り(取消事由1)
容易想到性の判断の誤り(取消事由3)
[裁判所の判断]
取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
『(2)ア 原告は、前記第3の1〔原告の主張〕(1)及び(2)のとおり、引用発明において、動物の引き渡し場所は、動物病院か獣医師の立ち会う場所に限られることが明らかであり、本件審決は、引用発明の認定においてこの点を認定しなかったことが誤りである旨主張する。
イ 引用文献1の【0006】は、「発明が解決しようとする課題」として、里親希望者が譲渡する動物を登録した動物病院までその動物を引き取りに行かねばならず、これがマッチングの成立を阻む要因となっていたことを挙げているが、この要因の除去は、引き渡しの場所を「譲渡する動物を登録した動物病院」以外の場所に変更することによっても可能であるといえる。また、【0006】には、動物の個体管理の技術が動物と譲受希望者とのマッチングに活用されていなかったことも、発明が解決しようとする課題として挙げるが、この課題の解決は引き渡し場所とは関係がない。したがって、引用文献1の【0006】の記載から、引用発明の動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られるとはいえない。
引用文献1の【0007】は、生体流通の新しい仕組みとして「ブリーダー直販を中心とした生体流通を動物病院基軸で構築すること」、具体的には、「マッチングに関与する獣医師又は動物病院をより柔軟に決定できる技術を提供すること」を、発明が解決しようとする課題としている。しかし、「基軸」の語は「物事の基本・中心となるもの。中軸」等の意味を有する語であり(広辞苑第七版)、「生体流通を動物病院基軸で構築する」との記載は、必ずしも引き渡し場所を動物病院とすることを意味するとは解されない。また、「マッチングに関与する獣医師又は動物病院」の記載も、必ずしも引き渡し場所をマッチングに関与する動物病院又は獣医師が立ち会う場所とすることを意味するとは解されない。したがって、引用文献1の【0007】の記載によっても、引用発明の動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られるとはいえない。
引用文献1において「課題を解決するための手段」として記載された【0008】には、引用文献1の発明が、「前記譲受希望者と前記動物とのマッチングに関与する獣医師及び動物病院の少なくとも一方を決定する決定手段」を提供するとの記載があるが、上記【0007】と同様、マッチングに関与する獣医師又は動物病院が存在することは、動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られることを意味するとは解されない。
引用文献1の【0025】には、「本願の発明者らは、・・・生体を引き渡す場を動物病院(獣医師)とすることで現状の課題を解決する一つの方策を提示したい、という思いから本願発明の着想に至った。」との記載があるが、一つの方策を提示する着想に至るまでの発明者の心情に関して記載したものにすぎず、引用文献1に記載された発明の具体的な構成を特定した記載とは認められないから、【0025】の記載から、引用発明における動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られるとは解されない。
引用文献1の【0026】には、引き渡し時に獣医師が介在することや、動物病院(獣医師)を基軸とした引き渡しの記載が存在する。しかし、「介在」の語は、「両者の間に他のものがはさまってあること。」を意味するものであり(広辞苑第七版)、引き渡し時に獣医師が介在するとは、引用文献1の他の段落の記載の内容も考慮すれば、引き渡しに獣医師が関与することを意味するものと解され、引き渡しの際に獣医師が必ず立ち会うことを意味するとは解されない。動物病院(獣医師)を基軸とした引き渡しとの記載も、前記【0007】と同様、動物の引き渡し場所を動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限定するものとは解されない。そして、【0026】に記載のある、適切な情報の新規飼主への伝達、かかりつけ動物病院と生体情報との紐付け、生体管理の徹底とマイクロチップ番号の適切な登録等は、引き渡しに獣医師が関与すれば足りるといえ、引き渡しの場所を動物病院又は獣医師が立ち会う場所にしなければ実現しないものであるとは認められない。
引用文献1の【0029】以下に記載された構成は、あくまで引用文献1に記載された発明の実施形態の一例であり(【0073】)、【0029】以下の構成において、引き渡し場所を動物病院又は獣医師が立ち会う場所とする記載があるとしても、そのことをもって、引用発明において引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られると解することはできない。
【0073】以下に記載された変形例の記載には、「上述の実施形態において、例えば、動物が獣医師から譲受希望者に引き渡された後、マッチングサーバ20が譲受希望者にワクチンの案内及び検診の案内等を送ってもよい。」との記載はあるが(【0076】)、変形例において行ってもよいことの例示の記載にすぎない上、獣医師が直接譲受希望者に動物を引き渡すことを要する旨の記載ではないから、この記載をもって、変形例では動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られるとは解されない。また、変形例も、引用発明1に記載された発明の実施形態の一例にすぎないといえる。
引用文献1の請求項の記載には、「マッチングに関与する獣医師及び動物病院」との記載(【請求項1】、【請求項9】)、及び「マッチングに関与する獣医師又は動物病院」(【請求項7】)との記載があるが、この記載から、引用発明における動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られると解されないことは、上記【0007】と同様である。
そして、他に、引用文献1に、引用発明における動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られると解すべき根拠となる記載があるとは認められない。
・・・(略)・・・
エ 以上によれば、引用文献1の記載から、引用文献1に記載された発明において、動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られると解することはできず、本件審決が、引用発明について、動物の引き渡し場所が動物病院か獣医師の立ち会う場所に限られると認定しなかったことが誤りであると解することはできない。
原告の前記第3の1〔原告の主張〕(1)及び(2)の主張は、前記イ及びウの説示に照らし、採用することができない。
・・・(略)・・・
以上によれば、引用発明が「マッチングに関与する獣医師又は動物病院として、動物の引き渡し場所となる獣医師又は動物病院の少なくとも一方を決定し、あるいは、譲受者端末50から、複数の候補の中から選択された一の獣医師又は動物病院の識別情報を受信し、受信された識別情報により示される獣医師又は動物病院を決定する」との構成を有すると認定したことが誤りであるとは認められず、原告の上記主張は採用することができない。
(4) その他、引用文献1の記載に基づき、引用発明を前記第2の3(2)アのとおりであるとした本件審決の認定に誤りがあるとは認められない。
(5) 取消事由1に関する結論
以上によれば、本件審決における引用発明の認定に誤りがあるとは認められず、取消事由1には理由がない。』
取消事由3(容易想到性の判断の誤り)について
『(1) 予約手段における「引き渡し場所」についての容易想到性の判断の誤り(相違点1関係)について
ア 原告は、前記第3の3〔原告の主張〕(1)のとおり、引用発明において、引き渡し場所が「獣医師又は動物病院の少なくとも一方」となっていることは、引用発明の技術思想の根幹をなすものであり、引用発明の課題を解決するための必須の要件であるとした上で、引用発明の引き渡し場所を、「獣医師又は動物病院の少なくとも一方」から、動物病院及び獣医師が立ち会う場所以外の場所に変更することは、引用発明の技術思想の根幹をなし、引用発明の課題を解決するための必須の要件を変更することとなり、引用発明の技術思想に反するものであるから、動機付けはなく、むしろ阻害要因があると主張する。
しかし、原告の上記主張は、引用発明における動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られることを前提とするものであるところ、この前提とされた内容が認められないことは、前記3(2)イ、ウのとおりであるから、原告の主張はその前提を欠くものであって、採用することができない。
イ そこで、予約手段における「引き渡し場所」に関する相違が、本件審決認定の相違点1で述べられるとおり、本願発明では「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ものであるのに対し、引用発明では「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ものでないことにあることを前提に、その点の容易想到性について検討する。
引用文献1は、発明が解決しようとする課題として、里親希望者は譲渡する動物を登録した動物病院までその動物を引き取りに行かねばならず、これがマッチングの成立を阻む要因となっていたことを挙げる(【0006】)ところ、上記要因の除去は、引き渡し場所を「譲渡する動物を登録した動物病院」以外の場所に変更することによっても可能であり(前記3(2)イ)、引用文献1において発明が解決しようとする課題として他に挙げているもの(【0006】、【0007】)も、引用発明における動物の引き渡し場所を動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限定するものではなく(前記3(2)イ)、引用発明における動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られるとは解されない(前記3(2)イ、ウ)。そうすると、引用発明における動物の引き渡し場所を、「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」場所とすることは、当業者であれば適宜なし得た設計的事項にすぎない。
また、引用発明において、引き渡し場所を、特段限定のない引き渡し場所から、「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」引き渡し場所に変更することによって、システムの大きな設計変更が必要になるとは認められない。
そして、本願明細書等には、引き渡し場所から「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ことによって得られる効果について何ら記載されておらず(前記1(3)イ)、本願発明において、引き渡し場所から「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ものとした構成によって得られる効果が、当業者が予測することのできる範囲を超えた顕著なものであるとは認められない。
したがって、引用発明の、特段の限定のない引き渡し場所を、「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」場所に変更することは、当業者であれば容易に想到し得たものである。そうすると、本件審決の、予約手段における「引き渡し場所」についての容易想到性の判断に誤りはない。』
[コメント]
除くクレームは、主引用発明にとって課題解決に必要不可欠な構成を除く場合には有効であると言われる。例えば、請求項(除くクレーム)に係る発明と主引用発明との間の技術思想の相違や、主引用発明から除くクレームに係る発明に至る動機付けがなく、むしろ阻害要因がある旨を意見書で主張することによって、進歩性の拒絶理由を解消し得る。
本判決では、引用発明において、動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られると解することはできず、引用発明にとって動物病院及び獣医師が立ち会う場所で引き渡しを行うことは必須ではないと認定された。
ところで、引用文献1の【0025】の「本願の発明者らは、・・・生体を引き渡す場を動物病院(獣医師)とすることで現状の課題を解決する一つの方策を提示したい、という思いから本願発明の着想に至った。」との記載、【0029】の「マッチングが成立すると、マッチングサーバ20はマッチングに関与する獣医師又は動物病院を決定する。譲受希望者は、その獣医師の立ち会いの下、又はその動物病院において、動物の引き渡しを受ける。」との記載、【0033】の「「マッチングに関与する動物病院」とは、例えば、動物を譲受者に引き渡す場所となる動物病院をいい、「マッチングに関与する獣医師」とは動物を譲受者に引き渡す現場に立ち会う獣医師をいう。」との記載等を見ると、原告が主張するように、引用発明においては、動物の引き渡し場所が動物病院又は獣医師が立ち会う場所に限られる、と認定されてもよかったようにも思われる。
ただし、引用発明の引き渡し場所を、「獣医師又は動物病院の少なくとも一方」から、動物病院及び獣医師が立ち会う場所以外の場所に変更することは、阻害要因があるとまでは言えず、また、引き渡し場所から「動物病院及び獣医師が立ち会う場所を除く」ことによって得られる効果については、原告から主張もされていないため、本願発明は、引用発明に基づいて進歩性がないとの結論自体は妥当であると考えられる。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)
令和6年(行ケ)第10081号「愛玩動物マッチングシステム及び愛玩動物マッチング方法」事件
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