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令和6年(行ケ)第10086号「車両誘導システム」事件

名称:「車両誘導システム」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和6年(行ケ)第10086号 判決日:令和7年9月8日
判決:請求認容
特許法44条2項
キーワード:分割要件違反
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94684.pdf

[概要]
第4世代当初明細書等の必須構成を第5世代分割出願において無限定にして上位概念化したことが新たな技術的事項の導入にあたると判断され、出願日の遡及が否定された結果、分割要件違反を前提とした新規性欠如の無効理由が成り立たないとした審決を取り消した事例。

[本件発明1]
有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに設置されている、ETC車専用出入口から出入りをする車両を誘導するシステムであって、
前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに出入りをする車両を検知する第1の検知手段と、
前記第1の検知手段に対応して設置された第1の遮断機と、
車両に搭載されたETC車載器とデータを通信する通信手段と、
前記通信手段によって受信したデータを認識して、ETCによる料金徴収が可能か判定する判定手段と、
前記判定手段により判定した結果に従って、ETCによる料金徴収が可能な車両を、ETCゲートを通って前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアに入る、または前記有料道路料金所、サービスエリア又はパーキングエリアから出るルートへ通じる第1のレーンへ誘導し、ETCによる料金徴収が不可能な車両を、再度前記ETC車専用出入口手前へ戻るルート又は一般車用出入口に通じる第2のレーンへ誘導する誘導手段と、を備え、
前記誘導手段は、前記第1のレーンに設けられた第2の遮断機と、前記第2のレーンに設けられた第3の遮断機と、を含み、
さらに、前記第2の遮断機を通過した車両を検知する第2の検知手段と、前記第3の遮断機を通過した車両を検知する第3の検知手段と、を備え、
前記第1の検知手段により車両の進入が検知された場合、前記車両が通過した後に、前記第1の遮断機を下ろし、前記第2の検知手段により車両の通過が検知された場合、前記車両が通過した後に、前記第2の遮断機を下ろすことを特徴とする車両誘導システム。

[主な争点]
分割要件違反を前提とする新規性判断の誤り(取消事由1)

[裁判所の判断]
『1 取消事由1(分割要件違反を前提とする新規性判断の誤り)について
(1)はじめに
分割出願は、原出願の時にしたものとみなされるところ(特許法44条2項本文)、そのためには、分割出願に係る発明が、原出願の出願当初の明細書等に記載された事項の範囲内であることを要する。具体的には、当業者にとって、原出願の出願当初の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、分割出願に係る発明が、新たな技術的事項を導入するものでないことを要する。
・・・(略)・・・
(2)第5世代分割出願に係る発明
ア 第5世代分割出願の特許請求の範囲の記載(平成28年2月4日付け手続補正書による補正後のもの。甲2の5)は、別紙2(第5世代分割出願の特許請求の範囲)のとおりである(以下、これら請求項1~3に記載された発明を併せて「第5世代各発明」という。)。
イ 上記の特許請求の範囲の記載によると、第5世代各発明は、いずれも、ETC専用の入口料金所、出口料金所又はその双方を有するスマートインターチェンジであって、当該料金所が設けられるレーン(以下「本レーン」という。)及び本レーンから分岐して車両が戻るレーン(以下「分岐レーン」という。)からなる三叉路型レーン、三叉路型レーンの分岐前の1か所と分岐した先の左右2か所に設けられた遮断機並びに三叉路型レーンの分岐前の本レーンに設けられた車両検知装置をその構成に含み、車両検知装置により車両が検知されることを契機として、分岐した先の左右2か所に設けられた遮断機のいずれかのみを開くものとして記載されている。
他方、第5世代各発明では、少なくとも、①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合がいかなる場合であるか(第4世代当初明細書等の【請求項1】「路側アンテナと車載器と間で通信不能又は通信不可が発生したとき」)や、②車両を戻すべき場合に当たるか否かをETCシステムの無線通信により判定すること(同【請求項3】「前記路側アンテナは、車載器との間で無線通信可能か否かを判定するためのゲート前アンテナと入口情報及び料金情報の送受信を行なうETCアンテナとを有している」のような事項)が、発明特定事項として記載されていない。
ウ したがって、第5世代各発明においては、①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合についての限定がなく、②戻す対象となる車両を判定する方法についての限定もないということになる。
(3)第4世代当初明細書等の記載
・・・(略)・・・第4世代当初明細書等には、渋滞や後続車との衝突の危険という課題を解決するため、ETCを利用できない車両をETC車専用レーンから離脱させる車両誘導システムの発明において、具体的な課題解決手段として、①ETCを利用できない車両がETC車専用レーンに進入した場合に、当該車両を、分岐レーンを走行させて戻すという事項、及び、②戻す対象となる車両は、ETC車載器と路側アンテナとの無線通信が可能か否かにより判定するという事項がそれぞれ記載されていると認められる。そして、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合しても、他に、分岐レーンを走行させて車両を戻す場合や、戻す対象となる車両を判定する方法を開示し、又は示唆する記載はないから、上記①及び②の事項は、第4世代当初明細書等に開示された発明において、課題解決のために必要不可欠な構成であるというべきである。
(4)新たな技術的事項の導入について
上記(3)イのとおり、第4世代当初明細書等には、車両誘導システムの発明において、①ETCを利用できない車両がETC車専用レーンに進入した場合に、当該車両を、分岐レーンを走行させて戻すという事項、及び、②戻す対象となる車両は、ETC車載器と路側アンテナとの無線通信が可能か否かにより判定するという事項が、必要不可欠な構成として記載されていると認められる。すなわち、第4世代当初明細書等には、上記①及び②を必須の構成としない技術思想は、開示されていないというべきである。
これに対し、上記(2)ウのとおり、第5世代各発明は、一般道路から有料道路のパーキングエリア若しくはサービスエリアに向かう入口側のレーンの途中から分岐する一般道路に戻るレーン、又は有料道路のパーキングエリア若しくはサービスエリアから一般道に向かう出口側のレーンの途中から分岐するパーキングエリア若しくはサービスエリアに戻るレーンを設けた三叉路型レーンにおいて、分岐した先の左右2か所の遮断機の開閉に関して、判定手段を特定しないことで、ETCシステムの路側アンテナと車載器との間の無線通信の不能又は不可が発生しているかの判定を伴うことに限らない任意の基準・方法によって、遮断機の一方は閉じたままで他方が開いて、本レーンをそのまま走行するか、分岐レーンに進むかを誘導するという新たな技術的事項を導入するものであり、①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合についての限定がなく、②戻す対象となる車両を判定する方法についての限定もないのであるから、これら2点の構成において、第4世代明細書等に記載された必須の構成を、無限定に上位概念化させていることとなる。
したがって、第5世代各発明は、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものというべきである。
(5)被告の主張について
ア 被告は、第5世代発明1について、第4世代当初明細書等に記載された発明の中から、車両検知装置と遮断機とを利用して、車両を入口側レーンをそのまま走行させるか戻り路に戻すかのいずれかに誘導するようにした誘導手段に関する発明のみを取り出して記載したものであると主張する。
しかし、車両検知装置と遮断機を利用して、車両を入口側レーンをそのまま走行させるか戻り路に戻すかのいずれかに誘導するようにした誘導手段の発明というのであれば、車両検知装置と遮断機とを連関させるべく、検知した車両をいずれのレーンに誘導するかを決定する手段・方法がなければ誘導手段として機能し得ないところ、前記(3)イのとおり、第4世代当初明細書等には、検知した車両をいずれのレーンに誘導するかを決定する手段・方法としては、ETC車載器と路側アンテナとの無線通信が可能か否かを判定する方法しか記載されていないのであるから、第4世代当初明細書等から、検知した車両をいずれのレーンに誘導するかを決定する手段・方法を特定することなく、車両検知装置と遮断機とを利用して車両をいずれかのレーンに誘導するようにした誘導手段の発明を取り出すことは、第4世代当初明細書等に記載された技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものといわざるを得ない。
なお、被告は、当初出願の発明が第1及び第2工程からなる製造方法である場合に、第1工程のみの発明と補正することは、新規事項の追加に当たらないから、本件において、第4世代当初明細書等に記載された発明のうち下流側の構成のみを分割出願することは、新規事項の追加に当たらないとも主張する。
しかし、第4世代当初明細書に記載されているのは、次の【図5】にみられるような処理フロー、すなわち車両検知装置による車両の検知、ゲート前アンテナとETC車載器との通信、ETC料金徴収の可否の判定、車両誘導装置による誘導、遮断機の開閉といった処理が順を追って行われ、全体としてその目的を達する車両誘導システムであって、その主要な処理(【図5】を例にすると、S04、S06、S07)を省略したものは、誘導手段として機能し得ないのであるから、中間生成物を得る第1工程と、最終生成物を得る第2工程からなる物の製造方法の発明と当然に同視して、下流側の構成のみを分割出願することが許容されるということはできない。
したがって、被告の主張は採用することができない。
・・・(略)・・・
(6)小括
以上のとおり、第5世代各発明は、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものであるから、第5世代分割出願は、特許法44条2項本文の適用を受けることができず、その出願日は、現実の出願日である平成26年12月2日となる。そうすると、第7世代の分割出願に当たる本件出願の出願日も、平成26年12月2日までしか遡及し得ないこととなる。
そして、平成26年12月2日より前に日本国内において頒布された甲9(最初の原出願の公開特許公報である特開2006-79580号公報)の【請求項6】、【0031】~【0053】、【図3】、【図4】、【図6】及び【図7】には、有料道路料金所に設置されているETC車専用出入口から出入りをする車両を誘導するシステムにおいて、判定手段により判定した結果に従って、ETCによる料金徴収が可能な車両を、ETCゲートを通って前記有料道路料金所に入る、又は前記有料道路料金所から出るルートへ通じるレーンへ誘導し、ETCによる料金徴収が不可能な車両を、再度前記ETC車専用出入口手前へ戻るルート又は一般車用出入口に通じるレーンへ誘導する誘導手段が記載されており、本件発明1及び2それぞれの構成を含む、有料道路料金所に設置された車両誘導システムの構成が記載されており、また、同【0063】~【0065】には、同じ構成の車両誘導システムをサービスエリア又はパーキングエリアに設置できることが記載されている。そうすると、本件各発明は、いずれも、甲9に記載された発明であって、特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、無効理由1には理由があり、これを成り立たないとした本件審決には取り消すべき違法がある。』

[コメント]
審決では「第5世代発明1は、上記検知手段等やタイミングを特定しなくても上記誘導手段として機能することは明らかであるから、これらを特定する事項が記載されていないことをもって、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。」と判断したのに対し、判決では「第4世代当初明細書等から、検知した車両をいずれのレーンに誘導するかを決定する手段・方法を特定することなく、車両検知装置と遮断機とを利用して車両をいずれかのレーンに誘導するようにした誘導手段の発明を取り出すことは、第4世代当初明細書等に記載された技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものといわざるを得ない。」と判断している。
審査基準第IV部第2章3.3.1(1)bには「例えば、削除する事項が発明による課題の解決には関係がなく、任意の付加的な事項であることが当初明細書等の記載から明らかである場合には、この補正により新たな技術上の意義が追加されない場合が多い。」と記載されている。本判決は、審査基準で示す新たな技術的事項の導入に関する考え方と整合する判断である。
特許出願の分割の際、課題を解決するための構成を削除して上位概念化する場合には、新たな技術的事項を導入にならないよう注意が必要である。将来的に分割出願する可能性がある場合は、削除する可能性がある構成が発明の課題を解決するための必須構成ではなく、任意の付加的な構成であることを明確にしておくことが、分割要件違反を回避するために有効であると考える。
なお、変更した内容が新規事項に該当するか否かは、特許・実用新案審査ハンドブックの附属書Aである「新規事項を追加する補正に関する事例集」が参考になる。

以上
(担当弁理士:冨士川 雄)

令和6年(行ケ)第10086号「車両誘導システム」事件

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