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令和6年(行ケ)第10100号「車両シートに取り付けるためのチャイルドセーフティシート又はベビーキャリア及びそのようなシートのためのサイドインパクトバー」事件 審決(無効・不成立)取消請求事件

名称:「車両シートに取り付けるためのチャイルドセーフティシート又はベビーキャリア及びそのようなシートのためのサイドインパクトバー」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和6年(行ケ)第10100号 判決日:令和7年10月8日
判決:審決取消
特許法134条の2第1項ただし書2号
キーワード:誤訳の訂正
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94701.pdf

[概要]
ドイツ語原文の「linear」を「直線的」と翻訳していた明細書の記載を「直接的」とする訂正は、誤訳の訂正に当たらず訂正は認められるべきではないとして、訂正を認め無効審判請求を不成立とした審決を取り消した事例。

[訂正前の特許請求の範囲]
【請求項1】
車両のシートに取り付けるための、子供又は乳児用のチャイルドセーフティシートであって、
子供又は乳児を支持する支持部と、
前記支持部のための構造要素としてのシートシェルと、
前記シートシェルの外側で前記シートシェルに取り付けられる側面衝突保護部と、
を有し、
前記支持部は前記シートシェルの内側にあり、
前記側面衝突保護部は、前記シートシェルの前記外側から突出する方向に所定の幅の中に位置する休止位置から、前記所定の幅の外に位置する機能位置に、及び前記機能位置から前記休止位置に移動可能であり、
前記側面衝突保護部は、前記チャイルドセーフティシートが前記車両の前記シートに取付けられた状態において、前記車両の側部から前記チャイルドセーフティシートに伝わる横からの力が前記シートシェルに導かれるように、配置される、
チャイルドセーフティシート。

[訂正後の特許請求の範囲]
【請求項1】
車両のシートに取り付けるための、子供又は乳児用のチャイルドセーフティシートであって、
子供又は乳児を支持する支持部と、
前記支持部のための構造要素としてのシートシェルと、
前記支持部にではなく、前記シートシェルの外側で前記シートシェルに取り付けられる側面衝突保護部と、
を有し、
前記支持部は前記シートシェルの内側にあり、
前記側面衝突保護部は、前記シートシェルの前記外側から突出する方向に前記チャイルドセーフティシートの所定の幅の中に位置する休止位置から、前記チャイルドセーフティシートの前記所定の幅の外に位置する機能位置に、及び前記機能位置から前記休止位置に移動可能であり、
前記側面衝突保護部は、力方向転換装置として、前記チャイルドセーフティシートが前記車両の前記シートに取付けられた状態において、前記車両の側部から前記チャイルドセーフティシートに伝わる横からの力を子供の体に直接的に伝達するのではなく前記シートシェルに導くように、配置される、
チャイルドセーフティシート。

[主な争点]
本件訂正についての訂正要件の判断の誤り(取消事由2)

[裁判所の判断]
『2 本件訂正に関する事情
・・・(略)・・・
ア 訂正事項7
(ア) 本件訂正の訂正事項7(本件審決第2の1⑺、別紙1審決書(写し)5頁22行目ないし6頁5行目)は、本件明細書等の段落【0008】を訂正するものであり、本件訂正前の同段落の記載は、以下のとおりである。
「これに関連して、本発明の重要な態様は、伝達又は力又はエネルギが子供の体に直接衝撃を与えないが、代わりに子供の体から離れて及びシートシェルに導かれるような方法でシートシェルに取り付けられる側面衝突保護部にある。このように、側面衝突保護部は、一例として、クラッシュゾーンとして、また力伝達装置としても働き、衝突の場合、発生し得る横からの力を子供の側部から直線的に離れて、子供の体に入る代わりに、導き且つ減衰させる特徴を示す。非常に有利には、これは、チャイルドセーフティシートの子供に衝撃を与えるエネルギを減少させるのに役立つので、子供の怪我のリスクは、現在知られているチャイルドセーフティシートに比べて大幅に減少する。」
訂正事項7は、上記記載を、以下のとおりに訂正するとするものである。
「これに関連して、本発明の重要な態様は、伝達又は力又はエネルギが子供の体に直接衝撃を与えないが、代わりに子供の体から離れて及びシートシェルに導かれるような方法でシートシェルに取り付けられる側面衝突保護部にある。このように、側面衝突保護部は、一例として、クラッシュゾーンとして、また力方向転換装置としても働き、衝突の際に発生し得る横からの力を子供の体に直接的に伝達するのではなく、子供の体のそばを通り過ぎて、減衰特性を有するシートシェル内に導く。非常に有利には、これは、チャイルドセーフティシートの子供に衝撃を与えるエネルギを減少させるの5 に役立つので、子供の怪我のリスクは、現在知られているチャイルドセーフティシートに比べて大幅に減少する。」
(イ) 被告は、本件訂正請求書(甲51)において、明細書の【0008】についての訂正事項7に係る訂正についての原文の記載は、「Auf diese Weise dient der Seitenaufprallschutz zum einen als Knautschzone und darüber hinaus als Kraftumlenkvorrichtung, die bei einem Unfall etwaig auftretende Seitenkräfte nicht linear auf den Körper des Kindes, sondern linear am Körper des Kindes vorbei in die Sitzschale einleitet, die ihrerseits Dämpfungseigenschaften aufweist.」の部分(原
文(WO2013/189819)の3頁9ないし13行目。以下、「本件該当原文」という。)であるとし、同記載によれば、「側面衝突保護部は、一例として、クラッシュゾーンとして、また力方向転換装置としても働き、衝突の際に発生し得る横からの力を子供の体に直接的に伝達するのではなく、子供の体のそばを通り過ぎて、減衰特性を有するシートシェル内に導く。」旨が明らかであるとしていた(甲51、15ないし16頁)。なお、被告は、本件審決においても、同趣旨の主張をしていた(本件審決第2の2(2)、別紙1審決書(写し)7頁下から5行目ないし9頁9行目)。
3 原告の主張する取消事由2についての検討
・・・(略)・・・
誤訳の訂正を目的とする訂正は、平成6年法律第116号による特許法の改正において、外国語を日本語に翻訳する過程での誤訳があった場合に、外国語による記載内容をもとに誤訳を訂正することができないと発明の適切な保護が図れないとされる問題を解消するため、新たに導入された外国語書面出願制度(特許法36条の2)において、特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更しないこと等を条件として認められたものであり、外国語特許出願についても同様に認められたものである。
このように、誤訳の訂正を目的とする訂正を認めた趣旨に照らすと、誤訳の訂正とは、翻訳により生じた記載上の誤りを、原文の記載内容をもとに訂正するものをいい、その他特許法134条の2第9項で準用される同法126条5項、同条6項等の訂正要件を満たすものに限り、許されるものと解される。
この点につき、特許庁作成の審判便覧の訂正要件の項においても、「『誤訳の訂正』とは、翻訳により外国語書面における意味とは異なる意味を有するものとなった記載(誤訳)を、外国語書面における意味を表す記載に訂正することをいう。」ものであって、「誤訳の訂正が認められるためには、設定登録時(既に確定した訂正がある場合は、その確定時)の明細書、特許請求の範囲又は図面中の記載の意味が、外国語書面における意味とは異なることが必要である。」と記載されており、これは、上記外国語書面出願についての記載ではあるものの、外国語特許出願にも同様に当てはまるものと理解されているものと認められる(甲55、弁論の全趣旨)。
・・・(略)・・・
これらの事実を勘案すると、外国語特許出願に係る特許の無効審判請求における訂正請求において、特許法134条の2第1項ただし書2号に定める誤訳の訂正に当たるためには、①国際出願日における国際出願の明細書、(特許)請求の範囲又は図面(特許法184条の19。以下「原文」という。)の記載と、設定登録時(訂正審判による訂正があれば訂正後)の明細書、特許請求の範囲又は図面の記載の意味が、翻訳の誤り(誤訳)により異なること、②訂正後の記載は、原文の記載の意味を表すものとして、両記載の意味が一致すること、の二つの要件を満たすことが必要であると解される。
・・・(略)・・・
(2) これを本件についてみると、本件訂正に係る訂正事項7における訂正は、原文(「WO2013/189819」であることに当事者間に争いがない。)における「linear」が「直線的」と翻訳されていた本件訂正前の本件明細書等の段落【0008】の記載を、本件訂正により、誤訳の訂正を目的として「直接的」とする訂正事項を含むものであった(前記2(2)ア)。被告は、前記第3の2〔被告の主張〕(1)のとおり、上記訂正事項に関し、「直線的」という単一の訳語のみに着目し、それ自体が誤訳だったために「直接的」という訳語に訂正したものではなく、全体として意味内容が原文に忠実となることを目的としたものであると主張している。
しかしながら、辞書によれば、「linear」は、「1a)直線状の、線状の」という意味を有すると認められる(前記2(4))。そして、被告は、前件訂正請求(前記第2の1(2)イ)において、段落【0008】の上記「直線的」に係る記載を訂正の対象としていないどころか、前記2(3)のとおり、誤訳の訂正を理由とする取下みなし訂正請求の訂正事項ⅩⅡにおいて、本件該当原文(前記2(2)ア(イ))の2か所の「linear」という文言を「直線的」と訳すことを明示的に内容に含む訂正を求めており、それが原文の正しい翻訳である旨を主張していたところである。このような事情に鑑みれば、原文の「linear」という文言を明細書において「直線的」と訳した場合に、原文の記載と明細書の記載の意味が異なるとは認められない。他方、「直線」という語と「直接」という語は意味が異なるから(前記2(4))、原文の「linear」という文言を明細書において「直線的」と訳す場合には、原文の記載と明細書の記載は意味が異なり、これらが一致するとは認められない。
そうすると、訂正事項7(前記2(2)ア)においては、訂正前の本件明細書等の「直線的」の意味が、翻訳の誤りにより原文の「linear」の意味と異なるものということはできないから、上記(1)の要件の①を満たすものといえない上に、訂正後の記載が原文の記載の意味を表すものと一致するものともいえないから、同要件の②も満たさない。
以上によれば、訂正事項7の訂正前の「直線的」との記載の原文は「linear」であるところ、これを「直接的」の誤訳であるとして、その訂正を求めることは、誤訳の訂正の要件を充足せず、訂正事項7は特許法134条の2第1項ただし書き2号に定める誤訳の訂正には当たらないと認められる。(なお、本件明細書等の段落【0008】には、本件訂正に係る「直接」の語のほかに、本件訂正と関連しない部分に「子供の体に直接衝撃を与えない」との記載があり、この部分の「直接」に該当する部分の原文は、「unmittelbar」である。また、被告が本件訂正請求書で訂正事項3及び訂正事項5について参照した(前記2(2)イ(イ)、同ウ(イ))段落【0019】に2か所ある「直接」の語、すなわち「子供に直接影響を及ぼす」と「子供への直接のエネルギ伝達」の「直接」は、いずれも「unmittelbar(e)」が原文であり、これらはいずれも本件訂正の対象となっていなかった。このように原文(WO2013/189819)の「unmittelbar(e)」を「直接(的)」、「linear」を「直線的」と訳していたものとして本件明細書等の記載は整合が取れていたものである。)。
・・・(略)・・・
イ 本件審決は、訂正事項7が適法であることを示す箇所において、本件明細書等の段落【0019】の記載を参酌する旨説示し、被告は、本件訂正請求書において、訂正事項7の訂正の理由について、上記説示と同じ主張をしていた(前記2(2)ア(ウ))。・・・(略)・・・
しかし、特許法134条の2第1項ただし書2号に定める誤訳の訂正に当たるための要件は、前記(1)の①及び②であり、明細書の記載の訂正が誤訳の訂正に当たるか否かを判断するために必要なのは、訂正の対象となっている当該記載部分に該当する原文の記載部分の意味、訂正前の当該記載部分の意味及び訂正後の当該記載部分の意味であって、訂正の対象となっている当該記載部分以外の明細書の記載を参照する余地は基本的にないというべきであるし、訂正事項7が上記の要件①、②を満たすかどうかを判断するために、訂正の対象となっている当該記載部分以外に段落【0019】を参酌しなければならない特段の理由はない。本件明細書等の段落【0019】の記載の故に、本件該当原文に2か所ある「linear」の語が、「直線的」というその語の意味を離れて解釈される理由もない。したがって、本件審決及び被告の本件訂正請求書(甲51)が訂正事項7の訂正の根拠として参酌する本件明細書等の段落【0019】の記載は、そもそも参照すべきものではないと解される。
・・・(略)・・・
(4) 加えて、訂正事項7は、被告の主張によれば、同訂正に係る「力方向転換装置」との関係で「直接的」と訂正することを意図するものであるところ、本件訂正前の「直線的」は、異なる構成間での力の伝わり方、即ち力の方向を規定するものであり、力の方向に係る装置(本件訂正前の「力伝達装置」。なお、取下げみなし訂正においては「力偏向装置」、本件訂正においては「力方向転換装置」。)と関連するものと理解できるところ、これを「直接的」と訂正することは、前記2(4)の「直接」の意味にも鑑みると、力の伝達経路の形態に関するものとして、力の伝達の態様に関する記載を追加するものと解される。
すなわち、本件訂正前の段落【0008】に記載された「力伝達装置」(原文の記載は「Kraftumlenkvorrichtung」)は、子供の体に向かう力の方向をシートシェルに導く方向とすること、即ち、同装置が存することにより、力の伝達方向が異なることをいうものと解され、これに従い、同段落には、「子供の側部から直線的に離れて、子供の体に入る代わりに、導き且つ減衰させる」と記載されていたところ、これを「子供の体に直接的に伝達するのではなく前記シートシェルに導く」と訂正するのは、力の方向についての記載を力の伝達の態様に関する記載へと変えるものである。
そのため、当該部分の表現を「直線的」とするのと「直接的」とするのでは、概念が異なるものであって、誤訳の訂正には当たらないほか、本件審決は否定しているものの(本件審決第2の2(9)、別紙1審決書(写し)12頁6ないし8行目)、実質上特許請求の範囲を拡張ないし変更するものにも当たり得る(特許法134条の2第9項の準用する同法126条6項)(ただし、特許法134条の2第9項の準用する同法126条6項の判断手法については後記5(2)参照)。
・・・(略)・・・
4 被告の主張について
被告は、前記第3の2〔被告の主張〕⑴及び⑵のとおり、本件訂正事項について、翻訳文の全体として意味内容がより原文に忠実となることを目的としたものであり、この意味での誤訳の訂正である旨、具体的には、本件発明の「力方向転換装置」は、衝突の際に発生し得る横からの力を子供の体にそのまま伝えるのではなく、シートシェルに導くように力の方向を変えるように機能するものであって、かかる機能を明確に特定するためには、「衝突の場合、発生し得
る横からの力を子供の側部から直線的に離れて、子供の体に入る代わりに、」と翻訳するよりも、「衝突の際に発生し得る横からの力を子供の体に直接的に伝達するのではなく、子供の体のそばを通り過ぎて、」と翻訳した方が、前後の文脈とも整合し、意味内容がより正確で、原文に忠実になる旨を主張する。
しかし、被告の主張する上記内容は、原文に記載された事項ではなく、原文の記載に照らして被告が解釈した内容というほかない。しかも、被告は、取下げみなし訂正請求においては、前記2(3)のとおりの、上記とは全く異なる内容を、原文に記載された内容であると主張していたものである。
そうすると、本件訂正事項は、原文の記載と異なる翻訳による誤りを訂正するものではなく、被告の現時点での解釈に沿うように訂正すること目的としたものといえ、誤訳の訂正として許容されるものとはいえない。また、被告が主張するような、訂正前の「直線的」とした場合には意味内容が不明瞭であり、訂正後の「直接的」とすることで明確で原文に忠実となるといえる事情も認められない。
なお、被告主張のように、誤訳を訂正した際に、一部の文言に対して原文とは異なる意味の翻訳を採用しなければ、全体として意味内容が不明瞭となるとするのであれば、それは取りも直さず原文の記載自体に問題があることを意味し、そのような問題を解消する訂正は、翻訳の問題により生じる誤りを訂正することを目的とする誤訳の訂正の趣旨に沿うものとはいえない。
したがって、被告の上記主張は採用することができない。

[コメント]
本判決により、特許無効審判請求における訂正請求において、特許法134条の2第1項ただし書2号に定める誤訳の訂正に当たるための2つの要件(①国際出願の明細書等の記載と、設定登録時(又は訂正後)の明細書等の記載の意味が誤訳によりより異なること、②訂正後の記載は、原文の記載の意味を表すものとして、両記載の意味が一致すること)が示された。そのうえで、明細書の記載の訂正が誤訳の訂正に当たるか否かを判断するために必要なのは、訂正の対象となっている当該記載部分に該当する原文の記載部分の意味、訂正前の当該記載部分の意味及び訂正後の当該記載部分の意味であって、訂正の対象となっている当該記載部分以外の明細書の記載を参照する余地は基本的にない、と判示された。
被告は、今回問題となった「linear」(ドイツ語)が含まれる段落0008に対する訂正は、「直線的」という単一の訳語のみに着目し、それ自体が誤訳だったために「直接的」という訳語に訂正したものではなく、この訂正は、全体として意味内容がより原文に忠実となることを目的としたものであり、この意味での誤訳の訂正であると主張した。そして、訂正の根拠として、「直接的」という記載がある段落0019を挙げた。
筆者が思うに、段落0008に対する訂正は、「linear」を「直線的」と逐語訳的に訳したために技術的な意味合いが十分に伝わらなかった記載を、段落0019にある「直接的」という記載を根拠として、その意味内容に即した分かりやすい記載にするものとの印象を受ける。
本判決によれば、誤訳の訂正が認められるのは明らかな翻訳の誤り(誤訳)が生じている場合に限定されると言え、本事例のように、逐語訳的に訳されたために分かりにくかった記載を原文の記載から飛躍して分かりやすい記載に訂正することは、そもそも翻訳の誤り(誤訳)が生じておらず、誤訳の訂正として許容されないと理解できる。
以上
(担当弁理士:小島 香奈子)

令和6年(行ケ)第10100号「車両シートに取り付けるためのチャイルドセーフティシート又はベビーキャリア及びそのようなシートのためのサイドインパクトバー」事件 審決(無効・不成立)取消請求事件

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