IP case studies判例研究

令和7年(行ケ)第10037号「断面画像検出装置」事件

名称:「断面画像検出装置」事件
審決(無効・不成立)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和7年(行ケ)第10037号 判決日:令和8年2月18日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:相違点の認定、容易の容易
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-95580.pdf

[概要]
進歩性の判断における本件発明と引用発明の対比は特許請求の範囲に記載された本件発明の構成に基づいて行うべきであり、原告が主張するように相違点を認定することはできないため、相違点の構成に想到するために複数の段階(いわゆる「容易の容易」の論理)を要するとして本件発明の進歩性を肯定した審決が維持された事例。

[特許請求の範囲]
【請求項1】
A ディスプレイ上に表示された歯列を含む上顎部及び/又は下顎部の3次元撮影画像上に、歯科用インプラントを任意に位置決めすることで、基準軸としての歯科用インプラント長軸を含む所定の平面領域の画像を生成する断面画像検出装置であって、
B1 前記歯科用インプラントは、前記ディスプレイ上を移動させることで任意に位置決められ、
B2 該歯科用インプラントが任意に位置決めされると前記平面領域も位置決められ、
C また、前記歯科用インプラントは、上顎部及び/又は下顎部の座標系を固定した状態で任意の方向に傾斜させることができ、
D 且つ前記平面領域は前記歯科用インプラントとともに傾斜させることができ、
E 前記平面領域は前記歯科用インプラント長軸を中心に、軸周りに回転させることができる、ことを特徴とする
F 断面画像検出装置。

[審決]
1 本件発明1と甲1発明との相違点
(1) 相違点1-1(構成要件A)
ディスプレイ上に表示され、位置決めされる歯科人工物の画像オブジェクトが、本件発明1では歯科用インプラントのものであるのに対し、甲1発明では患者の欠損歯に装着された放射線用ステントに挿入されたチタン製マーカの仮想的マーカである点。
(2) 相違点1-6(構成要件E)
構成要件Eについて、本件発明1の構成要件E「前記平面領域は前記歯科用インプラント長軸を中心に、軸周りに回転させることができる」ことに相当または対応する構成を甲1発明は備えない点。

2 相違点1―6の判断
本件発明1と甲1発明とは、相違点1-1として、歯科人工物の画像オブジェクトが、患者の欠損歯に装着された放射線用ステントに挿入されたチタン製マーカの仮想的マーカであるのか、歯科用インプラント(の画像オブジェクト)であるのかについても相違しているから、甲1発明に対し甲7に記載された任意の軸周りの回転断面を作成する技術を適用して本件発明1の構成に至るためには、歯科用人工物の画像オブジェクトとして、仮想的マーカを歯科用インプラント(の画像オブジェクト)に変更することに想到し、さらに、甲7記載の技術的事項を該歯科用インプラント(の画像オブジェクト)に適用して、その軸周りに平面領域を回転させるようにすることに想到するとの、2つの段階を要するものである。このように、主引用発明から複数の段階を経て相違点に係る構成に想到することは、当業者であっても、格別の努力を要するといえ、当業者にとって容易になし得たこととはいえない。

[原告の主張]
1 相違点1-6の認定の誤りについて
相違点1-6についての本件審決の認定では、構成要件Eの文言「前記平面領域は前記歯科用インプラント長軸を中心に、軸周りに回転させることができる」を形式的に引用したことによって、「歯科用インプラント長軸」という文言が相違点1-6に入り込んでしまい、既に相違点1-1として認定されている「ディスプレイ上に表示され、位置決めされる歯科人工物の画像オブジェクトが、本件発明1では歯科用インプラントのものであるのに対し、甲1発明では患者の欠損歯に装着された放射線用ステントに挿入されたチタン製マーカの仮想的マーカである点」が、相違点1-6において重複して認定されてしまっている。
しかしながら、本件特許の発明の詳細な説明の記載を参照すると、相違点1-6に係る「前記平面領域は前記歯科用インプラント長軸を中心に、軸周りに回転させることができる」との構成(構成要件E)の技術的意義は、本件特許の発明の詳細な説明の【0012】に記載された「下顎管等の神経に当接しないインプラント位置を検出することができる」という点にあると理解できる。そして、「歯科人工物の画像オブジェクト」が「歯科用インプラントの画像オブジェクト」であれ「仮想的マーカの画像オブジェクト」であれ、歯科用インプラント施術時の人工歯根の顎骨に対する挿入位置を模擬する「歯科人工物の画像オブジェクト」の軸を中心に、平面領域を軸周りに回転させることができれば、「下顎管等の神経に当接しないインプラント位置を検出することができる」という上記技術的意義は達成される。
したがって、相違点1-6について、あえて相違点1-1と重複して「前記平面領域は前記歯科用インプラント長軸を中心に、軸周りに回転させることができる」と認定すべき理由はないから、本件発明1について、構成要件Eの「前記平面領域は前記歯科用インプラント長軸を中心に、軸周りに回転させることができる」との文言を形式的に引用して認定するのではなく、一致点及び相違点1-1を含む他の相違点の認定を踏まえて、より実質的に、以下のように認定すべきである。
「f 相違点1-6(構成要件E)
本件発明1では、歯科人工物の画像オブジェクトの軸を含む画像は、歯科人工物の画像オブジェクトの軸を中心に、軸周りに回転させることができるのに対し、これに相当または対応する構成を甲1発明は備えない点。」
s
2 相違点1-6の容易想到性の判断の誤り
(1) 本件審決は、相違点1-6に係る構成はいずれの証拠にもなく、周知技術でもないとしたが、甲第3号証(別紙4参照)、甲第6号証(特開2001-51593号公報)、甲第7号証(国際公開第03/084407号)及び甲第8号証(特開2002-11000号公報)によれば、歯顎などのX線CT画像を用いた画像診断の分野において、歯軸など特定の基準軸を中心として、軸周りの様々な角度で断面画像を取得することは、本件特許出願の優先日当時において広く行われていた周知技術(本件審決179頁で定義された「周知技術2」。以下、同様に「周知技術2」という。)である。
(2)相違点1-1と相違点1-6とは互いに独立した相違点であり、前記のとおり正しく相違点1-6を認定すれば、甲1発明において相違点1-6に係る構成に想到することは複数の段階を経るものではなく、いわゆる「容易の容易」には当たらない。
仮に、相違点1-6についての本件審決の認定を前提とした場合であっても、甲1発明の適用対象を仮想的マーカの画像オブジェクトから歯科用インプラントの画像オブジェクトに変更する程度のことは、当業者が適宜なし得る設定的事項の範囲内のことにすぎない。したがって、本件審決で認定された相違点1-6に係る構成は、甲1発明に対して周知技術2を適用するに当たり、上記設定的事項を適宜採用することによって当業者が容易に想到し得たことである。このような判断手法は、いわゆる「容易の容易」に当たるものではない。
(3) 仮に、周知技術2が認められないとしても、甲1発明に甲7技術を適用して相違点1-6に係る構成とすることは、当業者が容易になし得たことである。
そもそも本件発明1や甲1発明においても、実体物である顎骨や歯牙の断面画像を表示する点では甲7技術と共通している。ここで、甲1発明と甲第7号証の記載事項とを対比すると、甲1発明では仮想的なマーカの長軸が基準軸であるのに対し、甲第7号証では基準軸が特に特定されていない任意の軸である点で異なる。しかしながら、甲第7号証で基準軸が特定されていないということは、むしろ適用対象はどのような軸でもよいと認識されるから、甲第7号証の記載事項を甲1発明に適用すれば、自ずと甲1発明で基準軸とされている仮想的なマーカの長軸の周りに断面画像を回転させることになる。
そして、当業者であれば、甲1発明における前記の自明な課題を解決するために、甲1発明に甲7技術を適用する動機付けがある。

[主な争点]
取消事由1(甲1発明に基づく進歩性判断の誤り)

[裁判所の判断]
『(2) 相違点1-6の認定の誤りの主張について
原告は、相違点1-6について、相違点1-1との重複を排して、実質的に「歯科人工物の画像オブジェクトの軸を含む画像は、歯科人工物の画像オブジェクトの軸を中心に、軸周りに回転させることができる」と認定すべきであると主張する。
しかし、進歩性の判断における本件発明1と引用発明の対比は、特許請求の範囲に記載された本件発明1の構成に基づいて行うべきものであるところ、原告の主張する本件発明1の構成における「歯科人工物の画像オブジェクトの軸を含む画像」及び「歯科人工物の画像オブジェクトの軸」は、いずれも特許請求の範囲に記載されたものではないから、そのような事項に基づいて本件発明1の特定事項を認定し、甲1発明と構成の対比を行うことは許されない。
(3) 相違点1-6の容易想到性の判断の誤りの主張について
ア ・・・(略)・・・
しかし、前記のとおり、原告が主張する正しく認定された相違点1-6なるものは認めることができない。そうすると、相違点1-6に関して甲1発明から本件発明1に至るには、チタン製マーカの仮想的マーカを歯科用インプラントの画像オブジェクトに変更し、さらに、当該歯科用インプラント長軸を中心に、軸周りに回転させることができることが必要になるところ、このように主引用発明(甲1発明)から複数の段階を経て当該相違点に係る構成に想到することについて、当業者が格別の努力を要することなく容易に遂行し得たと認めるに足りる証拠はない。
また、原告は、甲1発明の適用対象を仮想的マーカの画像オブジェクトから歯科用インプラントの画像オブジェクトに変更する程度のことは、当業者が適宜なし得る設定的事項の範囲内のことにすぎないなどとも主張する。しかし、両画像オブジェクトは、歯科用インプラント施術時の人工歯根の顎骨に対する挿入位置を模擬する画像オブジェクトとして共通するとしても、前者は患者の欠損歯に装着された放射線用ステントに挿入されたチタン製マーカの仮想的マーカであり、後者は画像上に任意に位置決めされる単なる仮想上の画像オブジェクトにすぎないから、技術的意義の異なるものであり、前者から後者へ変更することが当業者が適宜なし得る設計的事項であるということはできない。
・・・(略)・・・
ウ また、原告は、甲1発明に甲7技術を適用しても当業者は容易に相違点1-6に係る構成に至る旨主張する。
しかし、甲第7号証には、CT画像の一般的な再構成の際の具体的な処理方法が記載されているにすぎず、撮影関心領域内に定める軸CTRをインプラントの長軸を中心軸とすることの示唆も開示も認められないから、甲1発明に甲7技術を適用しても、撮影する平面領域が歯科用インプラント長軸を中心に、軸周りに回転させることができるものになるものではない。
よって、甲1発明に甲7技術を適用するとの原告の主張も採用することができない。
・・・(略)・・・
よって、本件審決における甲1発明に基づく進歩性の判断に誤りがあるとはいえない。』

[コメント]
原告は、相違点1-6の認定において、相違点1-6が相違点1-1と重複しないよう、構成要件Eの文言を特許請求の範囲に記載されていない文言に上位概念化して認定すべきと主張した。これに対し、裁判所は、進歩性の判断における本件発明1と引用発明の対比は、特許請求の範囲に記載された本件発明1の構成に基づいて行うべきものであるとして認めなかった。特許法70条第1項には、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないと規定されている。本事例によれば、特許権の権利範囲を画定する場合だけではなく、進歩性の判断においても、特許請求の範囲の文言に基づいて引用文献との対比を行うべきであり、特許請求の範囲の文言を上位概念化することは許容されないと言える。
なお、本事例では、原告による「容易の容易」の論理を否定する主張は認めらなかったものの、「容易の容易」の論理を否定するためには、①複数の段階と認定されたそれぞれの相違点が互いに独立した相違点であること、②複数の段階と認定されたそれぞれの相違点が周知技術や単なる設計変更であることを主張可能かどうか検討する必要があると考える。
以上
(担当弁理士:小島 香奈子)

令和7年(行ケ)第10037号「断面画像検出装置」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ