IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和7年(行ケ)第10023号「熱可塑性樹脂組成物とそれを用いた樹脂成形品および偏光子保護フィルムならびに樹脂成形品の製造方法」事件
名称:「熱可塑性樹脂組成物とそれを用いた樹脂成形品および偏光子保護フィルムならびに樹脂成形品の製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和7年(行ケ)第10023号 判決日:令和8年4月16日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け、効果の予測可能性
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-95902.pdf
[概要]
甲1発明における紫外線吸収剤として甲2記載の化合物が適している旨の甲1の記載に基づき、甲1発明に甲2を適用した際には甲1発明のフィルムの3要件を全て満たすものとなるか否かという、フィルムによって奏される効果を確認・検討することが動機付けられるといえ、本件発明1の実施例では紫外線吸収剤が一例のみであり、どのような紫外線吸収剤あっても本件発明1の効果が得られるかが明らかでないから本件発明1が当業者の予測し得ない効果を奏しているとは認められないとして、特許無効審判請求を不成立とした審決が取り消された事例。
[特許請求の範囲]
【請求項1】
ラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造、N-置換マレイミド構造および無水マレイン酸構造から選ばれる少なくとも1種の環構造を主鎖に有する熱可塑性アクリル樹脂と、ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤と、を含み、
110℃以上のガラス転移温度を有する熱可塑性樹脂組成物。
ここで、前記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格は、トリアジンと、トリアジンに結合した3つのヒドロキシフェニル基とからなる骨格((2-ヒドロキシフェニル)-1,3,5-トリアジン骨格)である。
[主な争点]
取消事由2(本件審決の認定した引用発明に基づく進歩性判断(相違点に関する判断)の誤り)について
取消事由3(本件発明の効果に関する判断の誤り)について
[裁判所の判断]
『3 取消事由2(本件審決の認定した引用発明に基づく進歩性判断(相違点に関する判断)の誤り)について
・・・(略)・・・
⑶ 甲1発明Aに甲2の紫外線吸収剤を適用することの動機付けの有無について
ア(ア) 前記⑵のとおり、甲1の段落[0027]に甲2の公表特許公報が挙げられている。そして、その記載は、「上記紫外線吸収剤としては、例えば、本発明に適した任意の紫外線吸収剤を選択できる。例えば、特開2001-72782号公報や特表2002-543265号公報に記載の紫外線吸収剤が挙げられる。」というものである。この記載によれば、甲1には、甲2に記載されている紫外線吸収剤を甲1の偏光子保護フィルムに用いることの示唆があり、かつ、甲2に記載されている紫外線吸収剤を「本発明に適した・・・紫外線吸収剤」と記載しているということができる。
・・・(略)・・・
(ウ)・・・(略)・・・甲1発明Aは、該樹脂組成物を厚さ80μmの偏光子保護フィルムに成形した場合に、この偏光子保護フィルムが要件aないしcを満たすものとなる、すなわち、該偏光子保護フィルムの厚み80μmにおける380nmでの光線透過率が30%以下であり、該偏光子保護フィルムのTgと該紫外線吸収剤を含まない以外は該偏光子保護フィルムと同じフィルムのTgの差が3℃以内、厚み80μmにおけるYIが1.3以下となる、樹脂組成物である。そうすると、仮に、ある紫外線吸収剤について、これを用いて樹脂組成物を製造し、この樹脂組成物から偏光子保護フィルムを作製した場合に、当該偏光子保護フィルムが要件aないしcの全てを同時に満たすことがないと当業者が認識するものであれば、当業者はこの紫外線吸収剤を甲1発明Aに適用することの動機付けを持たないということができる。
しかし、上記のとおり、甲1において、甲2に記載されている紫外線吸収剤を「本発明に適した・・・紫外線吸収剤」とする記載があり、かつ、甲2において・・・(略)・・・化合物K、Pを含む4種類が好ましいとされ、化合物K、Oについて紫外線の吸収能が高いことが理解されるとの事情の下においては、当業者は、甲2に記載されたトリアジン系紫外線吸収剤である化合物K、O、Pについて、これらの紫外線吸収剤のいずれかを甲1発明Aに適用した場合、要件aないしcの全てを満たす可能性があると認識し、当業者がこれらの紫外線吸収剤を甲1発明Aに適用する動機付けがあると認められる。
・・・(略)・・・
イ 本件審決は、・・・(略)・・・②甲2には、甲2に記載される紫外線吸収剤が甲1に「適した」ものであることや、甲2に記載される紫外線吸収剤が甲1の要件a~cを同時に満たすものであることを当業者が認識するような記載や示唆はなく、甲2には、甲2に記載されている紫外線吸収剤のいずれかを選択して甲1発明Aに適用する動機付けがない(同(イ))・・・(略)・・・と判断している。
・・・(略)・・・
②については、甲2において甲2に記載された紫外線吸収剤が甲1に記載された発明に適したものであるとの記載がないとしても、甲1の段落[0027]に上記趣旨の記載が存在することは前記ア(ア)のとおりである。また、前記ア(イ)のとおりの内容が甲2において開示されていることからすれば、当業者は、甲2に記載された紫外線吸収剤である化合物K、O、Pについて、これを用いて樹脂組成物を製造し、この樹脂組成物から偏光子保護フィルムを作製した場合に、当該偏光子保護フィルムが要件aないしcの全てを同時に満たす可能性があると認識し、これらの紫外線吸収剤を甲1発明Aにおける紫外線吸収剤として適用し、その場合に得られる樹脂組成物を用いて作製されるフィルムが実際に要件aないしcを満たすものとなるか否かという、フィルムによって奏される効果について確認・検討することが動機付けられるといえるのであって、要件aないしcを確実に同時に満たすものであると認識して初めて動機付けがあることになるとは解されない。』
『4 取消事由3(本件発明の効果に関する判断の誤り)について
・・・(略)・・・
本件発明1の効果が予測できないものであるかについては、本件優先日当時、本件発明1の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から検討すべきである(最高裁平成30年(行ヒ)第69号令和元年8月27日第三小法廷判決・裁判集民事262号51頁参照)。
⑵ 濁度変化量について
ア 本件審決は、本件発明1の効果の中でも特に、フィルムからブリードアウトした紫外線吸収剤の量の程度を示す濁度変化量が「0」(零)であることは、甲1及び甲2の記載事項から、当業者が予測し得たものではなく、甲4の記載からも予測し得ないものであると判断した(前記第2の4⑵ウ)。
・・・(略)・・・
ウ 本件審決は、濁度変化量がゼロであることを含め、本件明細書の実施例における紫外線吸収剤CGL777MPAによって示される効果は、比較例との対比から、前記相違点に係る本件発明1の紫外線吸収剤を採用したことによって奏されたものといえるとした・・・(略)・・・。
しかし、上記イのとおり、実施例1ないし5は、紫外線吸収剤としてCGL777MPAという同一・特定のものを用いている。
本件発明1は、・・・(略)・・・紫外線吸収剤として、ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤を含むものとされ・・・(略)・・・る。この本件発明1における紫外線吸収剤の記載は、CGL777MPAに限られるものではなく、様々な種類のものを含み得るものである。そして、実施例1ないし5で用いられたCGL777MPAは、その主成分の分子量が958と、本件発明1で用い得る紫外線吸収剤の分子量の下限値700と大きく乖離したものとなっている。この下限値は、むしろ、比較例1及び2の紫外線吸収剤の分子量659並びに比較例4の紫外線吸収剤の分子量676に近接している。
以上の事情によれば、本件発明1において使用する紫外線吸収剤が「ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤であって、上記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格が本件ヒドロキシフェニルトリアジン骨格であるもの」であればどのようなものであっても、この紫外線吸収剤を含む本件発明1の樹脂組成物を成形して得られたフィルムの濁度変化量が実施例1ないし5と同じくゼロになるか否かは、実施例1ないし5及び比較例1ないし5に係る濁度変化量の試験結果からは明らかでないということができる。
・・・(略)・・・
エ 上記ウの説示に照らせば、濁度変化量に関し、本件発明1が、本件優先日当時、本件発明1の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかった効果を奏しているとは認められない。』
[コメント]
裁判所は、甲1発明Aに甲2の紫外線吸収剤を適用することの動機付けについて、甲1の段落[0027]に甲2の公表特許公報が挙げられていることを挙げ、甲1には、甲2に記載の紫外線吸収剤を甲1の偏光子保護フィルムに用いることの示唆があり、かつ、甲2の紫外線吸収剤を「本発明に適した・・・紫外線吸収剤」と記載しているということができるとして、両者の組み合わせに動機付けがあると認定した。主引例に副引例の紫外線吸収剤が好適である旨の記載がある以上、当該組み合わせを否定する主張が認められないことには首肯し得る。
審決が、甲2には、甲2の紫外線吸収剤が甲1に適していることや、甲2の紫外線吸収剤が甲1の要件a~cを同時に満たすことを当業者が認識するような記載や示唆がないとしている点について、裁判所は、先の甲1における甲2の記載に照らし、当業者は、甲2の紫外線吸収剤を用いると甲1発明の要件aないしcの全てを同時に満たす可能性があると認識し、甲1発明Aに適用して作製されるフィルムが実際に要件aないしcを満たすものとなるか否かという、フィルムによって奏される効果について確認・検討することが動機付けられるといえるのであって、要件aないしcを確実に同時に満たすものであると認識して初めて動機付けがあることになるとは解されないとし、審決の判断を否定した。主引用発明において複数の相違点が認められ副引例に示唆がない場合には、いきおい副引例の組み合わせの動機付けがないものと判断しがちである。裁判所の判断は、主引例における副引例の記載を踏まえつつ、副引例の要素が主引用発明の対象構成を満たす可能性の存在からその効果を確認・検討しようとすることが動機付けられることを指摘している点で一考の余地がある。
効果の予測困難性について、裁判所は、本件発明1の実施例での効果の実証が1態様のみに過ぎないことを理由に否定している。サポート要件違反の場合にも頻繁に指摘される事項であり、時間等の制約で実施例の数が限られる際には可能な限りメカニズムの記載を盛り込む等の対応をしておきたいところである。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)
令和7年(行ケ)第10023号「熱可塑性樹脂組成物とそれを用いた樹脂成形品および偏光子保護フィルムならびに樹脂成形品の製造方法」事件
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