IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
令和7年(行ケ)第10074号「切削ツールを処理する方法及び切削ツール」事件
名称:「切削ツールを処理する方法及び切削ツール」事件
審決(拒絶)取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和7年(行ケ)第10074号 判決日:令和8年3月26日
判決:請求棄却
関連条文:特許法17条の2第5項
キーワード:補正要件
判決文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-95834.pdf
[概要]
拒絶査定不服審判の請求と同時になされた補正の内容が、特許法17条の2第5項各号のいずれにも該当しておらず、これを理由として当該補正を却下した審決は妥当であると判断された事例。
[本願発明]
焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する方法であって、前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ、前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる、方法。
[本願補正発明]
焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する方法であって、
前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱することと、
加熱された前記切削ツールにショットピーニングを行うことを含む、方法。
[主な争点]
取消事由1 補正要件に係る判断の誤り
取消事由4 引用発明1に基づく本願発明の新規性ないし進歩性の判断の誤り及び手続違背
[裁判所の判断]
『1 取消事由1(補正要件に係る判断の誤り)について
(1)本件補正に至る経緯は以下のとおりである。
令和3年2月25日に提出された翻訳文(甲5)における本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は、「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する方法であって、前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にて、好ましくは、200℃以上の温度にて、より好ましくは、200℃及び450℃の間の温度にて、ショットピーニングが行われる、方法。」とするものであったところ、本件拒絶理由通知(甲7)は、「理由1」として、法36条6項2号(明確性要件)違反の拒絶理由を通知した。
すなわち、本件拒絶理由通知は、「理由1について」として、「請求項1-19 請求項1の『好ましくは』との記載に関し、『好ましくは』よりも後ろの記載部分が、発明を特定するために必要な事項であるのかが、明確でない。請求項3-4、8、15の『好ましくは』に関しても同様。よって、請求項1-19に係る発明は明確でない。」とした。なお、本件拒絶理由通知においては、その他にも、引用文献1等が示され、「理由2」として新規性欠如の、「理由3」として進歩性欠如の拒絶理由がそれぞれ通知された。
原告は、これに対し、令和5年5月15日提出の手続補正書(甲9)において、特許請求の範囲の記載の全文を補正し、その補正後の請求項1ないし30において、前記「好ましくは」との語を削除した。
しかし、令和5年9月6日付け拒絶査定(甲8)において、本件拒絶理由通知記載の理由2及び3(すなわち新規性及び進歩性)によって、本願は拒絶すべきものとされた。
原告は、前記第2の1のとおり、令和6年1月12日に不服の審判請求をすると同時に、本件補正を行った。
(2)原告は、本件補正は明りょうでない記載の釈明に該当し、法17条の2第5項4号の目的要件を満たし適法である旨主張するので検討する。
法17条の2第5項4号は、「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」と規定しており、「明りょうでない記載の釈明」を目的とする補正は、審査官が拒絶理由中で特許請求の範囲が明りょうでない旨を指摘した事項について、その記載を明りょうにする補正を行う場合に限られている。これは、拒絶理由通知で指摘していなかった事項について「明りょうでない記載の釈明」を名目に補正がされることによって、既に審査・審理した部分が補正されて、新たな拒絶理由が生じることを防止するために、「明りょうでない記載の釈明」は最後の拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限定される趣旨と解される。
これを本件についてみると、本件補正は、拒絶査定不服審判の請求と同時になされたものであるところ、拒絶査定の結論及び理由は、本件拒絶理由通知に記載された理由2(新規性欠如)及び理由3(進歩性欠如)により拒絶をすべきというものであって、その拒絶の理由において、本件補正前の請求項1(本願発明)の記載が明りょうでない旨の指摘等はされていない。
そうすると、本件補正は、法17条の2第5項4号の括弧書きに規定する拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてなされたものではないから、同号の要件を満たさない。
(3)引き続き、本件補正が明りょうでない記載の釈明に当たるか否かにつき検討する。
法17条の2第5項4号にいう「明りょうでない記載」とは、それ自体意味の明らかでない記載など、記載上不備が生じている記載であって、特に特許請求の範囲について「明りょうでない記載」とは、請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうである場合、請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じている場合、又は請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうである場合等をいい、その「釈明」とは、記載の不明りょうさを正してその記載本来の意味内容を明らかにすることをいうものと解される。
以上を前提として本願発明に「明りょうでない記載」があるか否かについて検討すると、本願発明は、前記第2の2(1)のとおり「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する方法であって、前記切削ツール(1)に、100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ、前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる、方法。」とするものであり、これによれば、
① 処理する対象が、焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールであること、
② 上記①の切削ツールへの処理として、ショットピーニングが100℃以上の温度にて行われること、
③ 上記②のショットピーニングが、加熱された切削ツールに対して行われること、
が明確に理解できるから、請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうであるとも、その記載内容が他の記載との関係において不合理を生じているとも、発明が技術的に正確に特定されず不明りょうであるともいえず、「明りょうでない記載」が存在するものとは認められないというべきである。
次に、本件補正が「釈明」に当たるか否かについて検討すると、本願補正発明は、前記第2の2(2)のとおり、「焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールを処理する方法であって、前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱することと、加熱された前記切削ツールにショットピーニングを行うことを含む、方法。」とするものであり、これによれば、
①’処理する対象が、焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールであること、
②’上記①の切削ツールを100℃以上の温度に加熱する処理を含むこと、
③’加熱された上記②’の切削ツールにショットピーニングを行う処理を含むこと
が理解できる。
上記①と①’とは補正がされておらず同じであるから、本件補正が「釈明」に該当するというためには、②及び③の記載を、②’及び③’のように補正することによって、その記載の本来の意味内容が明らかになるものであることを要する。
しかし、本願発明の②及び③は、100℃以上の温度にて行われるショットピーニングについて、当該ショットピーニングが加熱された切削ツールに対して行われるというのであるから、切削ツールを100℃以上に加熱し当該加熱された切削ツールにショットピーニングを行うことを意味するものとして理解でき、このことは、本願補正発明の②’及び③’が、切削ツールを100℃以上の温度に加熱する処理を含むことと、加熱された当該切削ツールへの処理としてショットピーニングが行われることを含むことと意味内容は変わらない。このことは、原告が、本件補正の前後を通じて、内容に全く変化がないと主張するとおりである。そうすると、本願発明の②及び③を本願補正発明の②’及び③’とすることが、その記載の本来の意味内容を明らかにするものともいえないから、本件補正は「釈明」に当たらない。
以上によれば、本件補正は、「明りょうでない記載の釈明」を目的としたものともいえない。
(4)原告は、本件審決が本件補正は限定的減縮に該当しないとした判断は誤りであるとも主張する。
原告は、本願では切削ツールの加熱をまず方法の最初の工程にし、ショットピーニング工程をその後の工程と明示することにより、最初に挙げた加熱工程から、ショットピーニングを用いて行う加熱を除外する形を整えたのであり、切削ツールの加熱の手段から、ショットピーニングの利用可能性を排除するとの限定的減縮に当たるとする。
そもそも原告は、本件補正の前後で本願の発明の内容は変わらないと主張するものであるから、本件補正が限定的減縮に当たるとする趣旨は不明である。この点を措くとしても、本願補正発明は前記第2の2(2)のとおりであり、加熱された切削ツールにショットピーニングを行うことを含むことを特定しているにすぎず、加熱がどのような手段により行われるかを特定する記載はないから、そもそも原告の主張するような加熱手段からショットピーニングを排除することが特定されるものではない。前記(3)のとおり、本件補正の前後で発明特定事項は変わらないと解され、限定的減縮に当たるものと解される記載もない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(5)小括
上記(2)ないし(4)によれば、本件補正は法17条の2第5項4号、同項2号のいずれの要件も満たさず、不適法である。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
・・・(略)・・・
4 取消事由4(引用発明1に基づく本願発明の新規性ないし進歩性の判断の誤り及び手続違背)について
・・・(略)・・・
(2)上申書補正案発明について
ア 手続違背について
拒絶査定不服審判が請求された出願について、その明細書を補正することができる機会は、法17条の2第1項4号により審判請求と同時にするとき、並びに、法163条2項により、法162条による審査官の請求の審査(いわゆる前置審査)において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見して通知した場合及び法159条2項の規定により拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見して通知した場合に限られる。
原告は、上記法に定められた機会を利用して、本件拒絶理由通知を受けて令和5年5月15日に手続補正を行い、その後、拒絶査定不服審判の請求と同時に本件補正を行ったものであるが、令和6年4月3日作成の前置報告書(乙3)により、本件補正後の本願補正発明につき特許を受けることができない旨の審査官の報告に接し、上申書により、上申書補正案発明を提示したものである(甲11)。
この上申書による上申書補正案発明の提示は、法の予定する補正手続に則ったものではないから、審判合議体はこれを採り上げるべき義務があるとはいえない。そうすると、本件審決が上申書補正案発明に対して示した判断は、法が予定していない予備的又は付加的な判断であるといえ、このことは、本件審決においても、その判断を行う前に「上申書補正案発明は、本件審判の審理の対象ではないが、・・・以下検討する。」(13頁下から4~3行)としたとおりである。このような予備的又は付加的な判断において、新たな引用文献(引用文献2)を用いることは、何ら手続違背に当たるものではない。』
[コメント]
補正の目的、及び上申書における主張のいずれについても、審判合議体、及び裁判所の判断が妥当であると考える。本判決を確認した上でではあるが、例えば、審査官、又は審判官と補正案の確認や面接を行うことにより、一度補正内容の適法性の確認や、特許性の見解を得ることも、別に取り得た対策であったのではないだろうか。
以上
(担当弁理士:植田 亨)
令和7年(行ケ)第10074号「切削ツールを処理する方法及び切削ツール」事件
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