IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成23年(行ケ)10186号「硬質塩化ビニル系樹脂管」事件
名称:「硬質塩化ビニル系樹脂管」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 23 年(行ケ)10186 号 判決日:平成 24 年 4 月 11 日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:相違点の判断,容易想到,数値限定
[概要]
原告が、被告の本件特許に対して、無効審判を請求したが認められなかったため、審決取
消訴訟を提起し、この審決の取り消しを求めたのが、本件事案である。
[本件発明]
【請求項1】
(構成A)顔料として有機系黒色顔料が添加された硬質塩化ビニル系樹脂管であって,
(構成B)3500kcal/m 2 ・日以上の日射量が存在する環境下に20日間静置さ
れた後の,下記式(1)から算出される周方向応力 σ の最大値と最小値の差 Δσ が2.
94MPa以下であることを特徴とする硬質塩化ビニル系樹脂管。
σ=[E/(1-R 2 )]・t/2・(1/r1-1/r0) (1)
E:引張弾性率 R:ポアソン比 t:肉厚 r0:切開前内半径 r1:切開後内半径
[審決の理由]
<甲4(被告が出願人)>
「塩化ビニル系樹脂に赤外線透過性がそれぞれ60%以上の油溶性青色顔料,油溶性黄色
顔料,油溶性赤色顔料を混合して黒色に調色した後,ロール混練後に熱プレス機にかけて成
形したシート状物であって,さらに,夏期高温時における成形品の熱変形を防ぐことを目的
として,紫外線安定剤を混練し,南向きの屋外曝露台上に700日の間のせ,晴天下の太陽
光線に曝して曝露した後の,シート状物の外観が白化するまでの日数は700日であったシ
ート状物。」
<本件発明と甲4発明との相違点3>
変形が防止されるために成形品が有する物性の特定方法に関し,本件発明では構成Bを採
用しているのに対し,甲4発明ではシート状物の外観が白化する迄の日数である点。
<無効理由2に係る相違点3について>
本件発明において,構成Bであることを特定したことによる技術的な意義は,日光等が照
射された場合に生じる,応力緩和に基づく管の湾曲量を客観的に特定する点にあるものと認
められる。一方,無効理由2は「本件発明は,甲4発明に,甲5等、周知の技術,及び,技
術常識を適用することで出願時当業者が容易に想到できたものである」という理由に基づく
ものであるが,甲5等には、黒色顔料に関する記載しかなく,「式(1)から算出される周
方向応力 σ の最大値と最小値の差 Δσ」から硬質塩化ビニル系樹脂管における変形を判断
する点が記載されていないことは明らかである。
そうすると,甲4発明において,「式(1)から算出される周方向応力 σ の最大値と最
小値の差 Δσ」から、硬質塩化ビニル系樹脂管における物性を特定することにより,相違点
3に係る本件発明の構成とすることが,当業者にとって容易になし得たとはいえない。
[裁判所の判断]
<判断>
<取消事由1(無効理由2に係る相違点3の判断の誤り)>
(1)審決は,本件発明と甲4発明との間の相違点3は容易想到でないと判断したが,こ
の判断は誤りであり,その理由は次のとおりである。
平成22年1月15日~同年3月11日の間,公用物件1(本件に係る出願日前に公然実
施されたもの)を,3500kcal/m 2 ・日以上の日射量が存在する環境下に20日間静
置された後の式(1)から算出される周方向応力 σ の最大値と最小値の差 Δσ は2.9
4MPa以下であったことからは,本件出願前において,公用物件1は相違点である構成B
の Δσ の値を満たすものであったと推認するのが相当である。
(2)また,公用物件2は相違点である構成Bの Δσ の値を満たすものであると推認す
ることができる。
この点,被告は,原告らにおける公用物件2の再現実験の条件(甲39)は,本件出願日
前に存在した公用物件2の製造条件を示すものではないと主張する。
しかし,再現実験は、概ね本件出願日前に存在した公用物件2の製造条件を守って行われ
たと認めるのが相当である。そうすると,本件出願時において,構成Bの Δσ の値を満た
す硬質塩化ビニル樹脂管(黒色の顔料としてカーボンブラックが使用されたもの)は存在し
ていたと認めるのが相当である。
加えて,公用物件2(本件に係る出願日前に公然実施されたもの)の再現実験が、本件出
願前の製造条件等を完全に再現したものではないとしても,証拠(甲10の3-1)によれ
ば,少なくともカーボンブラックを黒色顔料として添加した硬質塩化ビニル樹脂管で本件発
明の構成Bを満たすものが、本件出願時に存在したことは推認することができる。
(3)審決が判断するとおり,相違点1に関し,「シート状物」(甲4発明)から「管」を
想到すること,すなわち「顔料として有機系黒色顔料が添加された硬質塩化ビニル系樹脂か
らなる管」であって,「夏期高温時の環境下に20日間以上放置された後の,変形が防止さ
れる,硬質塩化ビニル系樹脂からなる管」を想到することは容易である。
そして,前記のとおり,カーボンブラックよりも有機黒色顔料の方が赤外線透過性に優れ
ており,有機黒色顔料が添加された成形体の方が,カーボンブラックが添加された成形体よ
りも太陽光線による温度上昇が少なく,残留歪の復元に起因する変形が少ないのであるから
(甲3第3欄),赤外線透過性に優れる有機顔料を含有するものである甲4発明から容易に
想到される「顔料として有機黒色顔料が添加された硬質塩化ビニル系樹脂からなる管」であ
って「夏期高温時の環境下に20日間以上放置された後の,変形が防止される,硬質塩化ビ
ニル系樹脂からなる管」が構成Bを含むものであることは,当業者にとって明らかである。
・・・・上記認定事実からすれば,本件出願日当時そのような構成が公用となっていた上,
被告の主張によれば,「2.94MPa以下」という数値限定は許容できる湾曲度を σ の
値で特定しただけのことであり,そこに格別の意義があることの説明がない以上,その構成
をもって新規性及び進歩性を判断するのは相当ではない。
<結論>
以上より,審決は,無効理由2の判断に誤りがあり、取消しを免れないから,原告ら主張
のその余の点を判断するまでもなく,原告らの請求を認容することとして,主文のとおり判
決する。
平成23年(行ケ)10186号「硬質塩化ビニル系樹脂管」事件
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