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平成 23 年(行ケ)10214 号「熱応答補正システム」事件

名称:「熱応答補正システム」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 23 年(行ケ)10214 号 判決日:平成 24 年 3 月 7 日
判決:請求容認(審決取消)
特許法第29条第2項
キーワード:進歩性,相違点及び引用例の認定
[概要]
サーマルプリンタのヘッド要素への入力エネルギの計算に関する本件発明について、引用
発明及び周知技術から進歩性がないとする審決を取り消した事例。
[本件発明]
プリントヘッド素子を含むサーマルプリンタにおいて,
(A)周囲温度と,該プリントヘッド素子に以前に提供されたエネルギと,該プリントヘッ
ド素子が印刷する予定の印刷媒体の温度とに基づいて,該プリントヘッド素子の温度を予測
するステップと,
(B)該プリントヘッド素子の該予測された温度と,該プリントヘッド素子によって印刷さ
れるべき所望の出力濃度の複数の一次元関数とに基づいて,該プリントヘッド素子に提供さ
れる入力エネルギを計算するステップと
を包含する,方法
[審判での判断]
1.相違点:プリントヘッド素子の温度の予測法が異なる。
本願発明:周囲温度 + 以前に提供されたエネルギ + 印刷媒体の温度
引用発明:周囲温度 + 以前に提供されたエネルギ
2.周知例:印刷媒体の温度に応じてサーマルヘッドへの印加エネルギを制御する。
3.審決の判断:入力エネルギを計算するための等式としてどのようなものを用いるかは、
当業者が適宜決定すべき。引用例の等式E=G(d)+S(d)Taに代えて、印刷媒体の
温度Tmも含むように拡張した本発明の等式E=G(d)+S(d)Ta’を用いて計算す
ることは当業者にとって容易。Ta’=Ta+f(Tm)。
[裁判所の判断]
<本願発明の認定>
以上のとおり,本願発明は,プリントヘッド素子を含むサーマルプリンタにおいて,周囲
温度,プリントヘッド素子に以前に提供されたエネルギ及び印刷する予定の印刷媒体の温度
に基づき,プリントヘッド素子の温度を予測し,その予測温度と所望の出力濃度に基づき,
プリントヘッド素子に提供される入力エネルギを計算するというものである(9 頁 17~21 行
目)。
<引用発明の認定>
ヘッドの周辺温度,ヘッドの熱履歴及びエネルギ履歴から予想されるヘッドの温度と所望
濃度に基づいて、ヘッド要素に供給する入力エネルギを計算する(11 頁 9~12 行目)。
<周知例1の認定>
記録紙の温度を検出しその温度に応じ印字電圧を制御することにより、最適の印字濃度を
保つ(12 頁 1~3 行目)。
<周知例2の認定>
ヘッドの蓄熱温度である検知温度T A ,インクシートの近傍の検知温度T B 及び記録紙の近
傍の検知温度T C に基づいて印加エネルギを補正する(13 頁 2~4 行目)。
<周知例3の認定>
ヘッドの温度データ,記録媒体の温度データ及び熱履歴データから作成した補正データに
従って印加パルスのパルス幅を変化させ、ヘッドの温度補償を行う(14 頁 5~7 行目)。
<相違点に係る判断>(14 頁 8 行目~)
しかしながら,本願発明は,周囲温度と,プリントヘッド素子に以前に提供されたエネル
ギと,プリントヘッド素子が印刷する予定の印刷媒体の温度とに基づいて,プリントヘッド
素子の温度を予測するステップを有するものであるが,
周知例1ないし3には,印刷媒体の温度に基づいて,サーマルヘッド(本願発明の「プリ
ントヘッド要素」に相当する。)への印加エネルギー(同様に「入力エネルギ」に相当する。)
を補正することは記載されているといっても,この補正は印刷媒体の温度に基づいて補正さ
れるべきエネルギーを計算するものであって,プリントヘッド要素の現在の温度を予測する
のに際して印刷媒体の温度を考慮することは何ら記載も示唆もされていない。
周知例1ないし3においては,印刷媒体の温度の影響を考慮して入力エネルギーを補正す
ることによって,より適正な印刷ができるようにするとの目的を達成しているのであるから,
周知例1ないし3は,プリントヘッド要素の温度を予測するために用いる要件として,印刷
媒体の温度を選択することの契機となり得るものではない。
また,引用例には,周囲温度及びプリントヘッド要素に以前に提供されたエネルギーに基
づいてプリントヘッド要素の現在の温度を予測するという引用発明を上位概念化して捉える
ことを着想させるような記載はないから,引用例にはプリントヘッド要素の温度を予測する
ことが開示又は示唆されていると解釈した上で,印刷媒体の温度もプリントヘッド要素の温
度に影響を及ぼす要素として周知であるとの事情を考慮することにより,プリントヘッド要
素の現在の温度を予測する要件として,印刷媒体の温度を採用することが容易であるという
こともできない。
[コメント]
(1)本事案の裁判所の判断は、原告及び被告の主張から見れば、特に不当な点は見あたら
ない。ただし、特許庁(被告)が、サーマルプリンタの技術常識を十分に主張できなかった
と考えられるため、引例や周知例に記載の言葉だけで判断されてしまったように思える。下
記のような事項が被告により主張され、裁判所で考慮されれば、結果が変わったかもしれな
い。
サーマルプリンタは、ヘッド温度に応じた印刷濃度が得られるもので、所望の印字濃度を得る
ための所望のヘッド温度になるように、入力エネルギーを制御することによってサーマルヘッド
の温度を制御する。周知例1~3の補正は、印刷媒体の温度がサーマルヘッドの温度に与える影
響を調整するために、入力エネルギーを補正するものである。そうすると、印刷媒体の温度はサ
ーマルヘッドの温度を予測するために用いる要件であることが記載又は示唆されているといえる。
(2)制御分野では、上記のようにパラメータが種々存在し、その関係も多岐にわたる。今回の
ように、例えばパラメータA(印刷媒体温度)によりパラメータB(ヘッド温度)が決定され、パラメ
ータB(ヘッド温度)によりパラメータC(入力エネルギ)が決定され、この関係が周知の場合、明細
書において技術常識のために、パラメータAによりパラメータCが決定されるということだけ記
載するのが通例と考えられる。この場合、本事案のように特許庁が引例の開示を十分に解釈して
主張しなければ、十分な後願排除効果が得られない可能性があると考える。

平成 23 年(行ケ)10214 号「熱応答補正システム」事件

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