IP case studies判例研究

平成 24 年(行ケ)10052 号「光沢黒色系の包装用容器」事件

名称:「光沢黒色系の包装用容器」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 24 年(行ケ)10052 号 判決日:平成 25 年 1 月 31 日
判決:請求棄却(審決維持)
特許法36条6項1号、36条4項1号
キーワード:実施可能要件、サポート要件
[概要]
本件は、被告の請求に基づき原告の本件特許を無効とした審決の取消訴訟であり、争点は、
実施可能要件及びサポート要件の充足性の有無である。
[本件発明2の内容]
カーボンを0.3重量%から10重量%含有するポリエチレンテレフタレートを主成分と
する固有粘度が0.55以上のシートからなり、前記シートの熱分析器の測定された昇温結
晶化温度が128度以上、且つ、結晶化熱量が20mJ/mg以上のシート層と、前記シー
ト層の少なくとも一方に層の厚みが5μm以上のポリエチレンテレフタレートを主成分とす
る外層のシートを用いた多層の光沢黒色系の包装用容器。
[審決の内容]
本件発明2で特定される昇温結晶化温度(128度以上)及び結晶化熱量(20mJ/m
g以上)は、外層とともに多層シートを構成するシート層が有する物性値であって、かつ、
包装用容器を形成する前における状態での物性値であるのに対して、実施例1、2、3にお
ける昇温結晶化温度(130、132、136)及び結晶化熱量(25、31、33)は、
包装用容器に形作られた後の多層シートの物性値であるから、両者は、シート層が有する物
性値か多層シートが有する物性値かの点の他に、包装用容器を形成する前の物性値か包装用
容器に形作られた後の物性値かの点においても相違する。当事者双方の提出に係る実験結果
を記載した証拠によれば、容器に成形する前と容器に成形した後で昇温結晶化温度及び結晶
化熱量を比較した場合、これらは低下する場合もあれば、ほとんど変わらない場合もあるの
であって、包装用容器を形成する前における状態で、昇温結晶化温度が128度以上、結晶
化熱量が20mJ/mg以上あったとしても、包装用容器に形作られた後は、昇温結晶化温
度が128度を下回ったり、結晶化熱量が20mJ/mgを下回る場合があり、所望の効果
が得られない上記比較例1、2と同程度の物性値になる場合があるといわざるを得ない。そ
して、このように一定の結果が得られないのは、容器に成形する際の成形方法や温度、時間
等の成形条件が異なるためと考えられるところ、本件明細書には、容器への成形前後で同等
な昇温結晶化温度及び結晶化熱量が得られるために必要な条件が記載されていない。したが
って、本件発明2のように、容器に成形する前のシート層の昇温結晶化温度を128度以上、
結晶化熱量を20mJ/mg以上とすることによって、「優れた光沢の外観を有する黒色系の
包装用容器を得る」との課題が解決できることは、発明の詳細な説明によって裏付けられて
いるとはいえず、本件発明2の実施例が本件明細書に記載されているとはいえない。
[裁判所の判断]
本件発明2の特許請求の範囲において、昇温結晶化温度が128度以上、かつ、結晶化熱
量が20mJ/mg以上という数値範囲は、いずれもシート層、すなわち、容器成形前の状
態における物性値を規定したものと認められる。これに対し、本件明細書においては、上記
1で認定したとおり、昇温結晶化温度及び結晶化熱量の数値は、いずれも容器成形後の容器
切り出し片を対象として測定されたものであり、明細書において、特許請求の範囲に記載さ
れた容器成形前のシート層に関する記載は認められない。
本件発明2が本件明細書に記載されている、あるいは、本件発明2の「光沢」黒色系容器
が本件明細書に実施可能に記載されているというためには、昇温結晶化温度及び結晶化熱量
の物性値について、容器成形前のシート層と容器成形後の容器切り出し片との間で、当業者
が通常採用する条件であればこれらの物性値が不変であるか、当業者が通常なし得る操作に
よりこれらの物性値の変化を正確に制御し得るか、あるいは、これらの物性値が変化しない
ような成形方法や条件が本件明細書に記載される必要があるというべきである。
そこで検討するに、PETを主成分とするシートから容器を成形するには、本件明細書の
段落【0013】にも記載されるように、一般的に熱成形法が用いられるところ、原告提出
に係る実験結果報告書には、成形前後で昇温結晶化温度及び結晶化熱量の物性値が全く変化
しないものもある。これに対し、原告提出に係る実験結果報告書であっても、成形前後で結
晶化熱量が1mJ/mg低下するものや、昇温結晶化温度が1度上昇し、結晶化熱量も2m
J/mg上昇するものもあるし、被告提出に係る実験結果報告書には、成形前後で、昇温結
晶化温度が5度以上低下、結晶化熱量も5mJ/mg以上低下するものが複数記載されてい
る。
これらの記載を総合すると、成形前後で昇温結晶化温度及び結晶化熱量の物性値がほとん
ど変化しない場合もあれば、成形後に大きく低下する場合もあると認めるのが相当であり、
当業者が通常採用する成形条件の下において、これらの物性値が不変であるとは認められな
い。これに加えて、加熱時間が長くなるほどこれらの物性値がより大きく低下することを示
す実験結果報告書の記載や、容器深さが深くなるほどこれらの物性値がより大きく低下する
傾向を示す実験結果報告書の記載に照らすと、成形温度のみならず、成形時間や延伸の程度
によっても、上記の物性値は変化するものと認められるのであって、当業者であっても、そ
れらの物性値の変化を正確に予測したり、制御したりすることは容易ではないと認められる。
さらに、上記の物性値が変化しないような成形方法や条件について、本件明細書には記載も
示唆も認めない。
以上のとおりであるから、本件発明2は、技術常識を参酌しても、発明の詳細な説明によ
りサポートされているとは認められず、特許法36条6項1号の要件を満たさない。
また、本件明細書に、成形条件による上記の物性値の制御について記載や示唆がないこと
からすると、当業者といえども、本件発明2に係る光沢黒色系の包装用容器を製造すること
は容易ではないというべきであるから、本件発明2は、平成14年法律第24号による改正
前の特許法36条4項の要件を満たさない。
[コメント]
本件は、特許請求の範囲に記載のものと、実施例にて課題が解決できることが証明された
ものとが対応していないことに起因して、サポート要件違反および実施可能要件違反が指摘
された事例であり、特許無効の判断はやむを得ないものと考える。発明者の欲する発明と、
実施例の結果とが対応していない場面も多くあるが、明細書作成にあたる弁理士は、その場
合、実施例の再考および追加データの取得などを促し、特許請求の範囲の記載に対応した実
施例とする必要がある。

平成 24 年(行ケ)10052 号「光沢黒色系の包装用容器」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ