IP case studies判例研究

平成24年(行ケ)第10148号「脳シチジンレベル上昇用組成物」事件

名称:「脳シチジンレベル上昇用組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所第2部:
判決: 請求棄却
特許法第36条第 4 項
キーワード:薬理データの必要性
全文:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130214095415.pdf
[概要]
脳シチジンレベルを上昇させる経口投与薬として使用する、ウリジンおよびコリンを含む組成
物のクレームに対して、2つの化合物を投与した場合の薬理結果を裏付けるデータの記載がない
ことを理由に、実施可能要件を満たさない、とした審決の判断が維持された事例
[特許請求の範囲]
請求項7.処方した人の脳シチジンレベルを上昇させる経口投与薬として使用する、(a)ウリジ
ン、ウリジン塩、リン酸ウリジン又はアシル化ウリジン化合物と、(b)コリン及びコリン塩から
選択される化合物と、を含む組成物。
[主な争点(取消事由)]
(1)実施可能要件を満たさないとした判断の誤りはあるか。-アレチネズミにウリジンを経口
投与し、シチジンとウリジンの脳レベルを測定し、ウリジンが脳において直ちにシチジンに変換
されるというデータが明細書に開示されている中で、2つの化合物を投与した場合のデータが欠
如していることを理由に実施可能要件を満たさないとすることの是否。
(2)実施可能要件と進歩性の要件を混同しているか。
(3)当業者の技術水準を過小評価しているか。
[審決]
明細書中において、ウリジン単独で投与した結果については、ウリジンとシチジンの相対的比
率として示されている。
しかしながら、脳のシチジンレベルが上昇することにより、いかなる疾病が治療されるのか、
シチジンレベルと治療効果との間にいかなる関係があるのかについては、何ら記載されていない。
また、「コリンベースの化合物がウリジン又はウリジンソースと共力的に作用する化合物として想
定されている」と記載されているが、確認できる試験結果はない。両化合物の共力作用を確認で
きる薬理試験結果が記載されていない以上、本願発明の医薬をいかなる疾患に対して用いるのか、
それぞれの投与量をどの程度とすべきかについての指針は全く示されていないというべきで、実
施可能要件を満たさない。」
[裁判所の判断]
(1)(a)ウリジンと(b)コリンの 2 成分を組み合わせた組成物が人の脳シチジンレベルを上昇
させる薬理作用を示す経口投与用医薬の発明であり、実施可能要件を満たす為には、薬理試験の
結果により有効成分がその属性を有していることを実証するか、合理的説明の必要がある。
本願明細書には、アレチネズミに(a)を単独で経口投与した場合に、脳におけるシチジンのレベ
ルが上昇したことが記載されているが、(a)と(b)を組み合わせて使用した場合に、脳のシチ
ジンレベルが上昇したことを示す実験結果も(b)単独の実験結果も示されていない。また、(b)
単独で投与した場合に、脳のシチジンレベルを上昇させる技術常識もなかった。従って、実施可
能要件を満たさない。
(2)前提を欠く。
(3)原告提示の文献甲19~21は、本件出願後に公開された学術論文であり、原告指摘の内
容は、本件出願の優先日前の技術常識や技術水準についてのものということはできない。
[コメント]
薬理データが当初明細書にない場合に、実施可能要件を満たさないことが示された判決であり、
他の類似の判決と同様に、当初明細書における薬理データが、実施可能要件を満たす為に必要で
あることが確認できる(サポート要件については、必ずしも薬理データが必要でないとの判決あ
り(cf.知財高裁平成 21 年(行ケ)第 10033 号、知財高裁平成 21 年(行ケ)10134 号))。
また本願発明の事情として、ウリジン単独での医薬用途を企図したクレームがあったが、ウリ
ジンを含有する神経系の障害の治療に用いる医薬組成物は出願当初に公知であった。既知の用途
における作用機序を発見したという学術的な意義はあるとしても、医薬発明としての新たな用途
に直接結びつかないために保護対象にならない点も留意すべきである。

平成24年(行ケ)第10148号「脳シチジンレベル上昇用組成物」事件

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