IP case studies判例研究

平成24年(行ケ)10299号「液体調味料の製造方法」事件

名称:「液体調味料の製造方法」事件
無効審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 24 年(行ケ)10299 号 判決日:平成 25 年 4 月 11 日
判決:一部請求認容
特許法 134 条の 2 第 1 項但書、同条 5 項、同 36 条 4 項1項、同 36 条 6 項 1 号
キーワード:訂正要件、実施可能要件、サポート要件
全文:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130412160743.pdf
[概要]
実施例に記載されていない事項を含む特許発明の実施可能要件及びサポート要件について
判断した事案。
[本件訂正前の本件発明の特許請求の範囲の記載]
【請求項1】
工程(A):生醤油を含む調味液と血圧降下作用を有する物質とを混合する工程と、
工程(B):工程(A)の後に生醤油を含む調味液と血圧降下作用を有する物質との混合物
をその中心温度が60~90℃になるように加熱処理する工程
を行うことを含む液体調味料の製造方法
※請求項 2-9 省略
[訂正後の本件発明の特許請求の範囲の記載]
【請求項1】
工程(A):生醤油を含む調味液と、コーヒー豆抽出物、及びアンジオテンシン変換阻害活
性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質とを混合する
工程と、
工程(B):工程(A)の後に生醤油を含む調味液と、コーヒー豆抽出物、及びアンジオテ
ンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する
物質との混合物をその中心温度が60~90℃になるように加熱処理する工程
を行うことを含む液体調味料の製造方法
※請求項 2-9 省略
[争点]
1.訂正要件の認定の誤り(取消事由1)
2.実施可能要件に係る認定判断の誤り(取消事由2)
3.サポート要件に係る認定判断の誤り(取消事由3)
[裁判所の判断]
1. 訂正要件の認定の誤り(取消事由1)
原告は、本件明細書にはアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチド(ACE阻害ペ
プチド)を用いる場合の実施例がない以上、当業者であっても技術的事項を導き出すことが
できないから、本件訂正による特許請求の範囲の請求項1及び2に係る訂正が新規事項の追
加に該当し、本件発明と類似する出願の審査においても同様の判断が示されていると主張す
る。
しかしながら、ACE阻害ペプチドは、本件明細書に血圧降下作用を有する物質として記
載されており、かつ、このことは、本件出願日当時の当業者の技術常識であったものと認め
られるから、本件訂正による特許請求の範囲の請求項1及び2に係る訂正のうちACE阻害
ペプチドに係る部分は、いずれも、当業者によって、明細書又は図面の全ての記載を総合す
ることにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないもので
あるといえるのであって、訂正の要件との関係では、ACE阻害ペプチドの実施例がないか
らといって、明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものでなくなるというも
のではない。また、本件における訂正の適否は、本件発明及び本件明細書の記載に基づいて
すれば足り、他の特許出願における拒絶理由通知書の有無等が本件における判断を左右する
ものでないことは、明らかである。
2.実施可能要件に係る認定判断の誤り(取消事由2)
原告は、本件発明はACE阻害ペプチドの由来や配合量等によって液体調味料の風味に大
きな変化をもたらす可能性があり、かつ、血圧降下作用を示すとは限らないばかりか、風味
変化と血圧降下作用を有する物質の配合量とが相反関係にある以上、ACE阻害ペプチドを
使用する場合についての実施例が発明の詳細な説明に記載されていない限り、実施可能要件
を満たさないと主張する。
しかしながら、本件明細書に本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載があり、
かつ、当業者が本件発明9を製造することができる以上、本件発明は、実施可能であるとい
うことができるのであって、原告の上記主張は、サポート要件に関するものとして考慮する
余地はあるものの、実施可能要件との関係では、その根拠を欠くものというべきである。
3.サポート要件に係る認定判断の誤り(取消事由3)
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の
記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳
細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解
決できると認識できる範囲内のものであるか否か、あるいは、その記載や示唆がなくとも当
業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のもので
あるか否かを検討して判断すべきものである。
・「コーヒー豆抽出物」について
そこで、本件明細書について、その発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課
題を上記のとおり解決できると認識できるものであるか否かを検討すると、そこには、前記
イに記載の物質のうちコーヒー豆抽出物を本件発明における血圧降下作用を有する物質とし
て液体調味料に混合して加熱処理した場合(本件発明1~9)に、液体調味料の風味変化を
改善し、もって本件発明の課題を解決できることが実施例をもって記載されているから、こ
の場合に本件発明の課題を解決することができることが示されているといえる。
また、本件明細書の発明の詳細な説明には、血圧降下作用を有する物質がコーヒー豆抽出
物である場合の本件発明1ないし8の方法により製造された液体調味料(本件発明9)が血
圧降下作用を有するか否かについての具体的な記載が見当たらない。
しかしながら、(中略)コーヒー豆抽出物が血圧降下作用を有することは、本件優先日当時
に当業者に周知の事項であったものと認められるほか、本件明細書には、コーヒー豆抽出物
の有効成分であるクロロゲン酸類の液体調味料における含有量が加熱処理によっても変化し
ないことが記載されていることを併せ考えると、コーヒー豆抽出物を液体調味料と混合して
加熱処理をした場合に、コーヒー豆抽出物の有効成分であるクロロゲン酸類は、その活性を
失わず、加熱処理後も血圧降下作用を示すものと認められる。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、加熱処理等にもかかわらずコーヒー豆
抽出物が血圧降下作用の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料(本件発明9)及びそ
の製造方法(本件発明1~8)を実現するという作用効果について開示があるということが
できるから、(中略)、血圧降下作用を有する物質としてコーヒー豆抽出物を使用した場合の
本件発明1ないし9(特に、血圧降下作用を有する物質として専らコーヒー豆抽出物を使用
する本件発明6ないし8)については、本件明細書の発明の詳細な説明に当該課題を解決す
ることができることが示されているといえる。
・「ACE阻害ペプチド」について
本件明細書の発明の詳細な説明には、ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作
用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例の記載がない。
また、本件明細書の発明の詳細な説明には、血圧降下作用を有する物質として、ポリフェ
ノール類、ACE阻害ペプチド、交感神経抑制物質、食酢、ニコチアナミン、核酸誘導体、
醤油粕、スフィンゴ脂質等が列記されており、コーヒー豆抽出物がポリフェノール類の一種
であるクロロゲン酸類を含有しており、γ-アミノ酪酸が交感神経抑制物質の一種であるこ
とのほか、コーヒー豆抽出物又はγ-アミノ酪酸を本件発明における血圧降下作用を有する
物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合にも、液体調味料の風味変化を改善し、
本件発明の解決すべき課題を解決できることが実施例をもって記載されている。
しかるところ、本件明細書の発明の詳細な説明に列記された上記血圧降下作用を有する物
質の間には、その化学構造に何らかの共通性を見いだすことができず、その風味にも共通性
が見当たらないばかりか、発明の詳細な説明において実施例について記載のあるクロロゲン
酸類及びγ-アミノ酪酸は、いずれもACE阻害ペプチドと共通する化学構造を有するもの
ではなく、また、ACE阻害ペプチドと共通する風味を有するものでもないことに加え、上
記血圧降下作用を有する物質の風味とその血圧降下作用に関連性がないこともまた、技術常
識に照らして明らかである。以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明に、コーヒー豆
抽出物及びγ-アミノ酪酸を本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料
に混合して加熱処理した場合の実施例があり、それにより液体調味料の風味変化を改善し、
本件発明の解決すべき課題を解決できることが示されているとしても、これらは、ACE阻
害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合し加熱処
理した場合に、液体調味料の風味変化の改善という本件発明の解決すべき課題を解決できる
ことを示したことにはならない。
その他、本件明細書の発明の詳細な説明には、ACE阻害ペプチドを本件発明における血
圧降下作用を有する物質として液体調味料に混同して加熱処理をした場合に、上記課題が解
決されたことを示す記載はない以上、本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者は、血
圧降下作用を有する物質としてACE阻害ペプチドを使用した場合を包含する本件発明1な
いし5及び9が、液体調味料の風味変化の改善という課題を解決できると認識することがで
きるとはいえず、また、当業者が本件出願時の技術常識に照らして本件発明の課題を解決で
きると認識できることを認めるに足りる証拠もない。
以上によれば、血圧降下作用を有する物質として専らコーヒー豆抽出物を使用した本件発
明6ないし8は、サポート要件を満たすものといえる一方、血圧降下作用を有する物質とし
て、コーヒー豆抽出物に加えてACE阻害ペプチドを使用する場合を包含する本件発明1な
いし5及び9は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるといえるが、発明
の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決できると認識できるものではなく、また、
当業者が本件出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであ
るともいえないから、サポート要件を満たすものとはいえない。

平成24年(行ケ)10299号「液体調味料の製造方法」事件

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