IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成24年(行ケ)10241号「医療用ゴム栓組成物」事件
名称:「医療用ゴム栓組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 24 年(行ケ)10241 号 判決日:平成 25 年 3 月 21 日
判決 : 請求認容
特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定 、技術的課題の対比
判決全文:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130327100837.pdf
[概要]
「補正発明(審判請求における補正後の請求項1に係る発明)は、引用発明に基づいて当
業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法29条2項の規定により、特
許出願の際独立して特許を受けることができない。」という審決が取り消された事案。
[補正発明の特許請求の範囲]
質量平均分子量が30万~50万であるスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロッ
ク共重合体(SEBS)100質量部に対して、軟化剤160~200質量部、ポリプロピ
レン15~40質量部を配合した組成物であって、該組成物のJIS K 6253Aに規定
する硬さが30~45であることを特徴とする医療用ゴム栓組成物。(下線部:補正箇所)
[審決の理由の要点]
1.審決が認定した引用発明
重量平均分子量が20万~40万であるSEBS100部に対して、パラフィン系オイル
50~300部、ポリオレフィン樹脂10~50部を配合した組成物であって、該組成物の
JIS(DURO)のA硬度が20~70である医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の
針刺部分。
2.相違点
(相違点1)SEBSの質量平均分子量が、補正発明は「30万~50万」であるのに対し
引用発明は「20万~40万」である点。
(相違点2)ポリオレフィンが、補正発明は「ポリプロピレン」に限定しているのに対し、
引用発明ではそのような限定がない点。
(相違点3)SEBS100質量部に対する軟化剤とポリオレフィンの配合量が、補正発明
はそれぞれ、160~200質量部、15~40質量部であるのに対し、引用発明は、それ
ぞれ50~300質量部、10~50質量部である点。
(相違点4)JIS K 6253Aに規定する硬さが、補正発明は、30~45であるのに
対し、引用発明は20~70である点。
3.相違点1~4について
(相違点1)高分子材料の平均分子量が、その材料の物性値に影響することは当業者にとっ
て自明であり、所望の性質を得るため、その分子量を適宜選択することは、数値範囲の最適
化のための当業者の通常の創作能力の発揮である。数値限定条件範囲において、格別に顕著
かつ臨界的に優れた作用・効果を奏するものともいえない。
(相違点2)刊行物1にも、ポリプロピレンを配合することが記載されており、ポリオレフ
ィンとしてポリプロピレンを選択することは、当業者であれば容易に想到し得る事項である。
(相違点3)軟化剤の配合量、ポリオレフィンの配合量が、得られる組成物の硬さを調整す
るものであることは当業者にとって自明であり、その硬さが針の保持性、針刺性、液漏れ性
に影響することも当業者にとっては自明であり、最適な硬さの組成物を得るため、軟化剤と
ポリオレフィンの配合量を適宜選択することは、数値範囲の最適化のための当業者の通常の
創作能力の発揮である。また、数値限定条件範囲において、格別に顕著かつ臨界的に優れた
作用・効果を奏するものともいえない。
(相違点4)硬さが、補正発明や引用発明のような医療用ゴム栓組成物の針の保持性、針刺
性、液漏れ性に影響することは当業者にとって自明であり、その硬さ範囲を最適な数値に設
定することは、最適化のための当業者の通常の創作能力の発揮である。また、数値限定条件
範囲において、補正発明が、格別に顕著かつ臨界的に優れた作用・効果を奏するものともい
えない。そして、補正発明による効果も、引用発明から当業者が予測し得た程度のものであ
って、格別のものとはいえない。
[裁判所の判断]
1.刊行物1から認定すべき発明について
刊行物1に記載された発明の構成は、針刺部分を射出成形金型のキャビティ内に隙間を有
して載置し、止栓本体の材料を射出成形金型と針刺部分とで区画された隙間を除いたキャビ
ティに射出して成形した針刺し止栓であるところ、この針刺し止栓の針刺部分が補正発明に
係る医療用ゴム栓組成物に相当する。そして、補正発明は、医療用ゴム栓組成物について、
その組成と組成物の硬さを発明特定事項とするものであるから、刊行物1において補正発明
と対比すべき発明は、刊行物1に記載された技術的事項から、針刺部分の組成及びその硬さ
について抽出した「重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体
の水素添加物であって前記共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上
であるベースポリマー100部に対して、パラフィン系オイルを50~300部、及びポリ
オレフィン樹脂を10~50部配合した組成物であって、当該組成物のJIS(DURO)
のA硬度が20~70である針刺し止栓の針刺部分組成物」となる。審決が認定した引用発
明における「重量平均分子量が20万~40万であるSEBS」は、上記認定の構成「重量
平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって前
記共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー」
に包含されるものではあるが、刊行物1に記載された発明が十分な液漏れ性能等の確保とい
った目的を達成するためには、止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形
されたものであることが必要と解されるのに対し、補正発明では針刺部分を撓ませることは
前提とされていないという点で技術思想が異なるものであり、このような差違を考慮しない
まま上記認定の構成に包含されるからといって、その中の特定の構成を引用発明として認定
するのは相当ではない。
2.補正発明と刊行物1に記載の構成物の対比
補正発明の医療用ゴム栓組成物は、質量平均分子量が30万~50万であるSEBSをベ
ースポリマーとする組成物であるのに対し、刊行物1における上記ベースポリマーは、重量
平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって共
役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上のものであるから、両者は少
なくともベースポリマーの成分で相違する部分がある。
3.相違点についての判断
刊行物1に記載の針刺部分組成物は、当該組成物から得た針刺部分を針の針刺方向に撓ま
せて針刺し止栓を成形することが、液漏れのない針刺し止栓を得るために必要であるのに対
し、補正発明の構成物は、ゴム栓組成物の成形物が針の針刺方向に撓ませて止栓本体と一体
化して成形されていなくとも、特許請求の範囲で特定された組成及び硬さを有するものであ
れば、使用時に液漏れを生じないものとして発明されたものである。具体的には、本願明細
書で実施例1ないし3及び比較例1ないし5として記載された8種のゴム栓組成物は、いず
れも刊行物1において補正発明と対比すべき発明に係る針刺し止栓の針刺部分の組成及び硬
さを満たすものであるところ、刊行物1の記載によれば、これら8種の組成物を使用して製
造した針刺部分は、これを針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形する構成を伴うことに
より、液漏れが生じない針刺し止栓を得ることができる。一方、本願明細書の記載によれば、
これら8種の組成物の中で、実施例として記載の3種の組成物、ひいては特許請求の範囲に
記載されたベースポリマーの種類及び分子量、軟化剤及びポリプロピレンの配合量、並びに
硬さに特定された組成物のみが、針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形する
という手法を用いなくとも、液漏れのない医療用ゴム栓を得ることができるというものであ
る。そうすると、補正発明は、当裁判所が認定した刊行物1に記載の上記組成物におけるベ
ースポリマーの種類及び分子量、軟化剤及びポリプロピレンの配合量、並びに組成物の硬さ
を特定の範囲に限定することにより、針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形
するという手法を用いなくとも、液漏れのない医療用ゴム栓を得ることができる効果を見出
したものということができる。そして、針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成
形することを液漏れのない針刺し止栓を得るために必要とする刊行物1記載の針刺部分組成
物のベースポリマーの種類及び分子量、パラフィン系オイル及びポリオレフィンの配合量、
並びに硬さの範囲の中から、針刺部分を針の針刺方向に撓ませることが不要な特定の組成を
見出すという発想は、刊行物1の記載から見出すことができず、刊行物1に記載の事項と補
正発明とでは前提とする技術的思想が異なるものである。すなわち、補正発明の構成は、前
記の技術的課題からの発想に伴うものであり、そのような発想である技術的思想が上記のと
おり刊行物1には記載も示唆もない以上、そのような発想と離れた組成物が刊行物1に記載
されているとしても、そこに、補正発明の構成が容易想到であると認めるまでの発明として
の構成が記載されているということはできない。
審決は、補正発明の技術的課題と刊行物1に記載の技術的課題の対比を誤り、補正発明と
対比すべき技術的思想がないのに刊行物1に記載の事項を漫然と抽出して補正発明と対比す
べき引用発明として認定した誤りがあり、ひいては補正発明を刊行物1に記載の引用発明か
ら容易に想到しうるものと誤って判断したものというべきである。
[コメント]
ポリマーについて、刊行物1には「重量平均分子量が20~40万」「SEBSを単独で使
用できる」と記載されているため、審決は引用発明として「重量平均分子量が20万~40
万であるSEBS」を認定したが、裁判所は「重量平均分子量で15万以上のスチレン・共
役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって前記共役ジェンがイソプレン及びブタジエ
ンから選択される1種以上であるベースポリマー」と認定した点は興味深い。
平成24年(行ケ)10241号「医療用ゴム栓組成物」事件
Contactお問合せ
メールでのお問合せ
お電話でのお問合せ