IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成25年(行ケ)第10173号「還元水の製造方法」事件
名称:「還元水の製造方法」事件(審決取消請求事件)
東京高裁第2部:平成25年(行ケ)第10173号 判決日:平成26年1月27日
判決:拒絶審決の取消(請求棄却)
特許法第29条2項
キーワード:進歩性、数値、周知事項
[概要]補正事項に基づく相違点の効果により進歩性を主張したが、明細書の記載から効果
の根拠に乏しいとされて、拒絶審決が維持された。
(補正発明:下線部が補正箇所)
【請求項1】遠赤外線放射率80%以上の金属マグネシウムと,遠赤外線放射率80%以上の
天然鉱石である麦飯石と,トルマリンと,ブラックシリカとを選択し,
これらを5mm以下の粉末または粒状物若しくはこれらをバインダーで小径のボール状に形成
した混合物とし,
該金属マグネシウムと天然鉱石との粉末または粒状物の混合物に水を接触させてpH7~8の
マイナスの還元電位を有する還元水とすることを特徴とする還元水の製造方法。
(引用発明1との相違点)
【相違点1】:補正発明では,「遠赤外線放射率80%以上の」金属マグネシウムと,「遠赤外線放
射率80%以上の」天然鉱石である「麦飯石と,」トルマリンと「,ブラックシリカと」を選択し
ているのに対して,引用発明1では,マグネシウム(金属マグネシウム)と,トルマリン(天然
鉱石であるトルマリン)とを選択しているものの,上記「」内の事項の特定がない点。
【相違点2】:補正発明では,「pH7~8の」マイナスの還元電位を有する還元水であるのに対
して,引用発明1では,「アルカリ性の」マイナスの還元電位を有する還元水である点。
【相違点3】:補正発明では,「5mm以下の」粒状物であるのに対して,引用発明1では,粒体
(粒状物)であるものの,上記「」内の事項の特定がない点。
[審決]相違点1:周知の事項である。引用発明1において,還元水を製造すると共に遠赤外線
放射により水の改質を行うものとして,金属マグネシウムとトルマリンを用いることに加えて麦
飯石とブラックシリカをも用いることは,当業者であれば容易に想起し得ることである。これを
用いて水の改質を行うことは,「遠赤外線放射率が低ければ効果(影響)が少ない」ことも考慮す
ると,当業者であれば普通に行うことであるというべきである。
相違点2:高いpH値の水を中和して飲料水基準(pH値が5.8以上8.6以下)
の飲料水を製造することは,周知の事項である。
相違点3:マイナスイオン水を製造するときの粒状物として粒径が1mm程度の粒状物を用い
ることは周知の事項である。
[争点] (1)作用効果について:補正発明は,「pH7~8のマイナスの還元電位を有する還元
水」を簡単に製造できるようにすることを課題とし,その課題を解決した顕著な効果を有する。
(2) 相違点1の判断の誤りについて:審決で引用された文献には,「金属マグネシウムと,麦飯
石と,トルマリンと,ブラックシリカとを選択」する示唆はない。この選択により,「pH7~8
のマイナスの還元電位を有する還元水」を製造できるという顕著な効果を奏する。
(3) 相違点2の判断の誤りについて:中和などの追加的な工程を必要とせず,「pH7 ~8の
マイナスの還元電位を有する還元水」を簡単に製造できるものであるから,引用発明1において,
製造されたアルカリ性のマイナスの還元電位を有する還元水を,「中和してpH7~8にする」よ
うに変更した発明は,補正発明とは異なるものである。
[裁判所の判断]
(1) 作用効果について
補正発明における「pH7~8」は,補正により,請求項1に付加された事項であるところ,
pH値については,当初明細書には,「P.Hは11~12前後が普通であるが必要に応じてP.
H7~8程度までは調整が可能であるということがこの天然鉱石還元水の特徴でもあり,従って
利用度はこの後広範囲に拡大していくものと思われる。」の記載があるのみで,当初明細書中に,
上記以外にpHについての記載はない。そして,この段落には,混合物を水と接触させるだけで
pH7~8のマイナスの還元電位を有する還元水が製造できることは記載されていない。
上記主張の論拠とする段落にはpHに関する記載はない。両明細書には,マイナスの還元電位
を有する還元水を,余計な動力を必要とせずに水と接触させるだけという簡易な方法で製造でき
ることが開示されていると見るのが自然であって,混合物を水と接触させるだけで他の工程を経
ずにpH7~8とできることについてまで述べているものとは認めることができない。
また上記段落に中和などの付加的工程の記載がないことが,そのような中和工程の不存在を示
すものと見ることはできない。そうすると,pHが11~12前後の還元水を必要に応じてpH
7~8程度まで調整が可能であるという補正明細書の記載は,中和などの付加的な工程を行うこ
とによって還元水のpHを7~8にするものを含んでいるといえる。補正発明は,常に中和など
の追加的な工程を必要とせず,混合物に水を接触させるだけでpH7~8のマイナスの還元電位
を有する還元水を簡単に製造できるとの顕著な効果を有するものとはいえない。
(2) 相違点1に関する進歩性判断について
「pH7~8のマイナスの還元電位を有する還元水」が水と接触させるだけで簡易に製造でき
るとの開示がなされているとはいえないことは,前記(1)のとおりであり,他に,金属マグネシウ
ム,麦飯石,トルマリン及びブラックシリカの選択に関する技術的意義を示す記載もない。そし
て,麦飯石,ブラックシリカについても,同様に,遠赤外線放射により水の活性化を行うことが
できるものであることは,周知であった。引用発明1のマグネシウム,トルマリンと同様に,麦
飯石,ブラックシリカについても還元水を製造することができ,かつ,遠赤外線による水の活性
化を行うものであることは,本願優先権主張日前に周知であったといえる。
補正発明において,その混合物の組成に特段の技術的意義が窺われない以上,引用発明1にお
いて,還元水を製造するとともに遠赤外線放射により水の活性化(改質)を行うものとして,相
違点1に係る補正発明の発明特定事項は,当業者であれば必要に応じて適宜なし得るものである。
(3) 相違点2に関する進歩性判断について
上記のとおり,補正発明は,中和などの付加的な工程を行うことによって,還元水のpHを7
~8にするものを含んでいると認められるから,原告らの主張は前提において誤っている。
前記のとおり,アルカリ性の水を飲料水基準にしたり,飲料水として嗜好性を高めるために,
酸性液を添加して中和し,中性の飲料水を製造することは周知であるから,引用発明1において,
アルカリ性のマイナスの還元電位を有する還元水を,飲料水基準にしたり,飲料水として嗜好性
を高めるために,還元水である飲料水を中和して,pH7~8とすることは,当業者であれば容
易に想到し得るものである。
[コメント]
補正事項(pHの限定)により引用文献との相違点を設けて、その相違点に基づく効果を主張
したが、明細書の記載から、相違点による効果が認められていない。裁判所の認定からすれば、
補正事項は新規事項のおそれもあると思われる。出願人(発明者:個人)は、当初から相違点に
基づく効果を有していることを認識していたのであれば、明細書にはその効果まで読み取ること
ができるような記載が必要になる。明細書の作成にあたっては、将来的な補正事項を考慮しなが
ら内容を検討することも肝要である。
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