IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成25年(行ケ)第10216号「フッ素置換オレフィンを含有する組成物」事件
名称:「フッ素置換オレフィンを含有する組成物」事件(審決取消請求事件:無効審判)
東京高裁第3部:平成25年(行ケ)第10216号 判決日:平成26年6月26日
判決:請求棄却(特許無効審決を維持)
特許法第29条第2項
キーワード:進歩性、相違点、周知、課題
[概要]
審査段階では、本願発明と主引例との相違点が副引例から容易想到でないことを主張する
ことにより拒絶理由を解消して特許登録されたが、無効審判では前記相違点を示す、新たな
副引例が示されて、前記相違点が容易であるとされて進歩性を否定する無効審決がなされ、
取消訴訟においても維持された。
[特許請求の範囲](請求項1)
化学式(II)
【化1】
(式中,各々のRは独立にF,またはHであり,
R’は(CR 2 ) n Yであり,
YはCF 3 であり,
nは0であり,かつ,
不飽和な末端炭素上のRの少なくとも1つはHであり,残るRのうち少なくとも1つはFで
ある) の少なくとも1つの化合物と,ポリオールエステル及びポリアルキレングリコールか
ら選択される少なくとも1つの潤滑剤とを含む熱移動組成物。
<甲1との一致点と相違点>
一致点:化学式(II)の化合物である1,3,3,3-テトラフルオロ-1-プロペン
(HFO-1234ze)又は2,3,3,3-テトラフルオロ-1-プロペン(HFO-1234yf)と潤
滑剤とを含む熱移動組成物である点。
相違点:本件発明は,潤滑剤が「ポリオールエステル(PAG)又はポリアルキレングリコ
ール(POE)から選択される少なくとも1つの潤滑剤」と特定されているのに対し,甲1で
は潤滑剤が特定されたものではない点。
[争点]
<取消事由1>:甲1発明の認定の誤り。甲1文献は潤滑剤との組合せの観点ではC 3 H m F n
で示される化合物という上位概念しか開示しておらず,個別の化合物を開示しているわけで
はないし,潤滑剤といかなる個別の化合物との組合せも開示していない。
<取消事由2>:予想外かつ顕著な効果の看過。本件発明が HFO-1234ze 及び HFO-1234yf
を PAG 又は POE と組み合わせることにより,優れた混和性及び安定性という当業者の予想
を超える顕著で有利な技術的効果を奏することを看過した誤りがある。
<取消事由3>:不飽和化合物に関する阻害事由の看過。毒性があると信じられていた。
[裁判所の判断]
<取消事由1>:甲1文献には,——C 3 H m F n で示される化合物からなる熱媒体が記載され,
その代表的な化合物として,HFO-1234ze を含む4つの具体的な化合物の物性が示されてい
る。—実施例5として,熱媒体として HFO-1234yf を使用することが記載されている。—-
さらに,「—–熱媒体に対して要求される一般的な特性(例えば,潤滑油との相溶性,材料に
対する非浸蝕性など)に関しても,問題はないことが確認されている。」との記載があること
から,実施例1ないし5で用いられた具体的な化合物に代表されるC 3 H m F n で示される化
合物をヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油とともに熱伝達用組成物として用いるこ
とも記載されていると認めることができる。
以上によれば,甲1には,C 3 H m F n で示される化合物からなる—-実施例1ないし5で用
いられた具体的な化合物に代表されるものである熱媒体と,ヒートポンプ用の熱媒体に用い
られる潤滑油とからなる,熱伝達用組成物—–が記載されていると認められるから,審決によ
る甲1発明の認定に誤りはない。
—-甲1文献にはC 3 H m F n で示される化合物のうち HFO-1234ze 及び HFO-1234yf を含む5
つの個別の化合物が熱媒体として開示されている—–具体的な潤滑剤の種類やこれと組み合
わせた場合の実験結果についての記載はないものの,上記5つの個別の化合物と潤滑剤とを
組み合わせることにより熱伝達用組成物として用いることができることを,実際に実験を行
うなどして確認したものであると理解することができる。
<取消事由2>:甲2には,2-トリフルオロメチル-3,3,3-トリフルオロプロペン
(HFO-1336)からなる冷媒が記載されている。—-本発明による冷媒は,PAG 系油,ポリエ
ステル系油などとの相溶性に優れている。本発明による冷媒は,熱安定性に比較的優れてい
る。」と記載されている。
甲6(甲7も同様)には,HFC 系冷媒と,PAG や POE などの潤滑剤との相溶性に関して,
—相溶性の観点から HFC 系冷媒に適合する潤滑油としては,ポリアリキレングリコール
(PAG)油,エステル(POE など)系油,—–などの合成油が開発されている。
甲6文献及び甲7文献の記載によれば,—-HFC 系の冷媒と相溶性があり組み合わせるこ
とができる潤滑剤として,PAG,エステル油(POE),PFEなどの使用が検討されてい
たこと,その結果,—–相溶性があることなどの点が明らかになっていたことが認められる。
—-HFO は,二重結合の有無の点で HFC とはその構造が異なるものの,水素,フッ素,炭
素からなり,塩素を含まない化合物である点で HFC と共通する化合物であること,甲2には,
HFO に属する点で甲1の冷媒化合物と共通する化合物である HFO-1336 を冷媒に用いる発
明が開示され,具体的な実験条件は明記されていないものの,この冷媒が PAG 及び POE の
いずれとも良好な相溶性を有することが記載されていることからすれば,当業者が,甲1に
係る HFO 系の冷媒化合物である HFO-1234ze や HFO-1234yf と組み合わせるべき潤滑剤と
して,上記のような PAG や POE との相溶性を示す HFC 系の冷媒や HFO-1336 との間で認
められた相溶性と同程度の相溶性を示す可能性がそれなりに高いことを予測し,PAG ないし
は POE を選択することは,特段の創意工夫を要することなく行うことができるといえる。
———-当業者は,これらの記載によって,同冷媒と潤滑剤との組合せが実用可能な程度の化
学的安定性を有していることを理解するということができる。
<取消事由3>:甲1、甲2の記載から、熱移動組成物へのフルオロオレフィンの使用を検討
することが阻害されるということはできない。 —-フルオロオレフィンについて,その具体
的な構造のいかんにかかわらず毒性があることを示すものではない。
[コメント]審査段階では、主引例に対する副引例の適用の困難性を主張して進歩性欠如の
理由を回避して特許される場合がある。一方、本件のように新たな副引例の示唆または副引
例の組み合わせ等により進歩性を否定する論理付がなされる場合がある(典型例と思われる)。
進歩性を否定する論理付がなされた場合は、有利な効果を主張するのが一般的である。出
願発明に近接する発明を出願当初から認識している場合には、進歩性を肯定するために有用
となる有利な効果を示すデータを、当然のことながら、出願当初より明細書中に記載してお
くことを心掛けたい。
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