IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成25年(行ケ)10089号「2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤」事件
名称:「2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成25年(行ケ)10089号 判決日:平成26年7月16日
判決:請求認容(審決取消)
特許法第29条第2項
キーワード:動機付け
[本件発明(請求項1に記載の発明)]
A;連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコース及びビタ
ミンとしてビタミンB1のみを含有し、pHが2.0~4.5に調整された輸液が収容され、
第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され、その第1室及び第2室に収容されている輸液
の一方又は両方に電解質が配合された輸液入り容器において、
B;第1室の輸液にビタミンB1として塩酸チアミン又は硝酸チアミン1.25~15.0
mg/Lを含有し、メンブランフィルターで濾過して充填し、
C;且つ第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05~0.2g/Lを含有し、
D;更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136~0.07g/Lとな
るように亜硫酸塩を含有し、メンブランフィルターで濾過して充填し、更に高圧蒸気滅菌が
施されてなり、
E;2室を開通し混合後、48時間後のビタミンB1の残存率が90%以上であることを特
徴とする脂肪乳剤を含まない2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤。
[相違点]
2:本件発明は、第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05~0.2g/Lを含有し、
更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136~0.07g/Lとなるよう
に含有させて、2室を開通し混合後、48時間後のビタミンB1の残存率が90%以上であ
ることを特定しているのに対して、引用発明では、第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.
5g/Lを含有し、連通したときに約0.136g/Lとなることのみ特定されていること。
3:本件発明は高圧蒸気滅菌を施すことを特定しているのに対して、引用発明はそのよう
な特定がない点。
[審決の判断]
2:引用例3(甲3)によれば、引用発明と同じピーエヌツイン-2号について、2室開
通後のビタミンB1の安定性は、48時間後の残存率で64.9~74.5%とされている。
ビタミンB1の残存率としては、「90%」が当業者にとって安定性維持の評価の基準と解さ
れるから、引用例3のビタミンB1の残存率は、当業者にとっても不十分なものと評価され
る。このような引用例3の記載を踏まえれば、同じピーエヌツイン-2号を使用した引用発
明の2層開通後のビタミンB1の安定性は不十分であると、当業者は理解し、その安定性を
改善しようという動機付けが生ずる。・・・引用例2の教示に従い、ビタミンB1の安定性を
考慮し、引用発明の第2室のアミノ酸製剤を、引用例2と同じような亜硫酸水素ナトリウム
の濃度が低いものとし、これによって、第1室の糖電解質輸液と第2室のアミノ酸輸液とが、
混合後48時間後のビタミンB1の残存率が90%を越えるものにすることは、当業者が容
易に想到することといえる。
3:高圧蒸気滅菌は、そもそも輸液製造の分野において滅菌手段として汎用されているも
のである上、・・・ビタミンB1を配合された可撓性の2室プラスチック容器入りの輸液製剤
に対しても適用されている手段であるから、引用発明のような輸液製剤に対して適用するこ
とは、当業者が容易になし得ることである。
[裁判所の判断]
2:引用例3は、「市販高カロリー輸液中でのソービタ®のビタミンの安定性(第4報)」と
題する論文であり、点滴中のビタミン安定化のために用いる遮光カバーの効果を検討する目
的で、2室を開通混合しマルチビタミン剤を混注したピーエヌツイン-2号中の各種ビタミ
ンの残存率を開通混合後48時間まで経時的に測定した実験結果を報告したものである。表
2には、ビタミンB1の残存率について、6時間後は遮光カバーを施しても施さなくても9
4.3~95.3%、24時間後は同様に80.5~83.6%であるのに対して、48時
間後には遮光カバーを施しても施さなくても64.9~74.5%に低下するという結果が
示され、・・・6時間目のデータをみる限り、8時間でも、表示量の90%以上保たれること
と考えられる。」との考察が示されている。審決は、引用例3の記載を踏まえれば、引用発明
のピーエヌツイン-2号の2室開通後のビタミンB1の安定性を改善する動機があると判断
した。確かに引用例3には、2室開通後48時間経過した場合には、ビタミンB1の残存率
が低下することが示されているが、それとともに、6時間経過後であれば安定性に問題はな
く、24時間経過後であっても8割程度以上が残存していることも示されている。他方、ピ
ーエヌツイン-2号は2室合計1100ミリリットル入りであって、通常これを用いた点滴
注入は、直前に第1室と第2室が開通され、その後、8~12時間程度で終了するものと認
められる。そうすると、引用例3の記載を踏まえても、引用発明の2室開通後、点滴終了後
までのビタミンB1の安定性が不十分であると当業者が認識することはない。したがって、
引用例3の記載を踏まえれば、引用発明の2室開通混合後のビタミンB1の安定性を改善す
る動機があるとの審決の判断には、誤りがある。そして、2室開通混合後のビタミンB1の
安定性確保以外に引用発明に引用例2に記載された発明を適用する動機を見出すことはでき
ないから、引用例2の開示内容について検討するまでもなく、審決の相違点2に関する判断
には誤りがある。
3:審決は、高圧蒸気滅菌は、輸液製造分野において汎用されている上に、ビタミンB1
を配合した2室容器入り輸液製剤に対しても適用されている手段であるから、引用発明に適
用することは当業者が適宜なし得ることである旨判断した。しかし、引用例1から認定され
た引用発明は、市販の2室容器入り輸液製剤であるピーエヌツイン-2号の第1室にマルチ
ビタミン剤であるネオラミン・マルチVを混注したものであるところ、引用例1は、第1室
に混注した後のビタミン類の安定性について検討した結果、医療機関等のクリーンベンチ内
で第1室にマルチビタミン剤を混注し、混注した口に専用キャップをしたピーエヌツイン-
2号を、アルミ外包装に脱酸素剤と一緒に入れポリシーラーにより閉じたものを14日分ま
で患者に交付できることを報告する論文であるから、引用例1から導き出される引用発明に
おいて、マルチビタミン剤混注後のピーエヌツイン-2号を滅菌することは予定していない
と認められる。したがって、たとえ輸液製剤を高圧蒸気滅菌することが周知であるとしても
(甲8ないし11、30)、引用発明に適用する動機付けはない。むしろ、一般にビタミン類
は熱や光によって分解されやすいという技術常識からすれば、マルチビタミン剤を混注した
後のピーエヌツイン-2号を高圧蒸気滅菌すると、ビタミン類が分解されてしまい、アシド
ーシス予防効果を充分に達し得ないことにもなりかねないから、高圧蒸気滅菌することには
阻害要因があるといえる。以上のとおり、審決の上記判断には誤りがある。
[コメント]
審決は、本願発明の進歩性を否定するために、本願と主引例との相違点が記載されている
副引例(引用例2)、かかる相違点を主引例に組み合わせるための動機付けが記載された副引
例(引用例3)、および主引例の3つの文献を組み合わせているが、こういったケースでは、
動機付けのために使用される副引例の解釈に無理があるケースが多い(つまり、進歩性主張
のための切り口が存在するケースが多い)と思われる。裁判所は動機付けのための副引例を
適切に解釈しており、進歩性主張の際の参考になると思われる。
平成25年(行ケ)10089号「2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤」事件
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