IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成25年(行ケ)第10234号「カーボンナノチューブを使用した基板製品の製造方法」事件
名称:「カーボンナノチューブを使用した基板製品の製造方法」事件
拒絶審決取消請求事件
知的財産高等裁判所第1部:平成25年(行ケ)第10234号 判決日:平成26年11月2
7日
判決:請求認容(拒絶審決の取消)
特許法29条2項
キーワード:進歩性、阻害要因
[事件の経緯]
相違点の判断の誤りについて、刊行物1発明に刊行物3発明を適用することには阻害要因があ
るため、刊行物1発明に刊行物3発明を適用して相違点1に係る本願発明の構成とすることを当
業者が容易に想到し得るとした審決の判断には誤りがあると判断された事案。
[請求項1]
基板製品を製造する方法であって,
基板を提供するステップと,
該基板の表面にカーボンナノチューブの懸濁液を塗布し,前記基板の表面にカーボンナノチュー
ブ層を形成するステップであって,該カーボンナノチューブ層は複数のカーボンナノチューブ相
互が絡み合う不織布状態であり,且つ,該カーボンナノチューブ層は実質的に無定形炭素を含ま
ない,ステップと,
前記カーボンナノチューブの不織布状態から実質的に全ての溶剤を除去するステップと,
所定のパターンに従って前記カーボンナノチューブ層の一部を選択的に除去し,製品を製造する
ステップと,を含むことを特徴とする方法。
[特許庁の判断]
[相違点1]
カーボンナノチューブ層のパターニングを,本願発明においては,基板上にカーボンナノチュ
ーブを形成した後に,「所定のパターンに従って,前記カーボンナノチューブ層の一部を選択的に
除去し」て行うのに対し,刊行物1発明においては,「基板上にパターン形成材料からなるパター
ンを形成する工程」及び「非パターン形成領域上に位置するカーボンナノチューブを除去する工
程」によって行う点。
[相違点2]省略
[争点]
取消事由1:一致点の認定の誤り
取消事由2:相違点の判断の誤り
[裁判所の判断](取消事由2、相違点1)
審決は,刊行物1発明におけるカーボンナノチューブ層のパターニング方法を刊行物3発明に
おける「カーボンナノチューブ層の形成後にカーボンナノチューブ層をリソグラフィ技術でパタ
ーニングするという方法」に変更して,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者が
容易に想到し得ることである旨判断した。
しかし,刊行物1発明は,「ナノチューブ薄膜は固着性が悪く,接触や空気の流れ(たとえば空
気掃除機)により容易に除かれるほどである。」(【0003】)ため,「適切な固着性を有し,より
有用で堅固なデバイス構造の形成を可能にするより便利で,融通のきく方法」(【0005】)を開
発することを課題とし,これを実現するため,パターン形成材料にカーボン分解材料,カーバイ
ド形成材料,低融点金属などを用いてパターン形成し,これにナノチューブを堆積させた上でア
ニールすることによって,カーボン分解,カーバイド形成又は溶融を誘発させて,固着性(「AS
TMテープ試験D3359-97で,2A又は2Bスケールを十分越える固着強度を指す。」(【0
006】【0013】))を確保するものである。
したがって,固着性の確保は刊行物1発明の必須の課題であって,刊行物1発明におけるパタ
ーニングの方法については,刊行物1発明と同程度の固着性を確保できなければ,他のパターニ
ングの方法に置き換えることはできないというべきである。そして,刊行物3発明のパターニン
グ方法におけるカーボンナノチューブの固着性についてみると,刊行物3発明は,「カーボンナノ
チューブを塗布,圧着,埋込み等の方法で合成樹脂製の支持基板12上に供給する」と記載して
いるのみであって,固着性について特段の配慮はされておらず,カーボンナノチューブ層が支持
基板12に対して,いかなる程度の固着強度を有するかも不明である。
よって,刊行物1発明に刊行物3発明を適用することには阻害要因があるから,刊行物1発明
に刊行物3発明を適用して相違点1に係る本願発明の構成とすることを当業者が容易に想到し得
るとした審決の判断には誤りがある。
被告は,刊行物3発明についても,刊行物1発明と同様に金属層の上にカーボンナノチューブ
層を形成するところ(【0060】ないし【0063】),カーボンナノチューブを「塗布」のみな
らず,「圧着」や「埋込み」等の方法で基板上に供給するものであって(【0052】),基板とカ
ーボンナノチューブとの固着性を考慮するものであると主張する。しかし,前記判示したとおり,
上記記載のみでは,どの程度の固着強度を確保できるか不明であって,上記記載があるからとい
って,刊行物1発明に刊行物3発明を適用することはできない。
また,被告は,刊行物3発明の「基板上にカーボンナノチューブ層を形成した後にパターニン
グする方法」であっても,基板の材料として刊行物1発明のパターン形成材料を用いたり,カー
ボンナノチューブ層の形成に先だって基板の表面に同材料の層を形成したりして,刊行物1発明
と同様の手法でカーボンナノチューブの固着性を確保することも十分可能であって,刊行物3発
明においても基板表面の状態やナノチューブとの接触状態を選択すること等により基板とカーボ
ンナノチューブとの固着性を確保する必要性は認識されており,具体的な固着強度は当業者が適
宜に設定する設計的事項であるというべきであると主張する。
しかし,刊行物1発明においては,「基板(10)はカーボンと本質的に非反応性である必要が
ある。たとえば,カーバイドを形成しないか,カーボンを分解せず,典型的な場合,少なくとも
1000℃といった比較的高い融点をもつ必要がある。」(【0008】)とされているのであるか
ら,基板の材料に刊行物1発明のパターン形成材料であるカーボン分解材料,カーバイド形成材
料又は低融点金属を用いることには阻害要因がある。また,刊行物1発明は,カーボンナノチュ
ーブの固着性の確保を重要な課題の一つとした発明であって,刊行物1発明と同程度の固着性を
有することが設計事項であると認めることはできない。したがって,被告の主張は理由がない。
以上によれば,刊行物1発明に刊行物3発明を適用することはできないので,当業者が本願発
明の相違点1に係る構成を容易に想到することができたということはできず,取消事由2(1)は理
由がある。
なお,今後の特許庁における審理のため,一言付言する。・・・本判決は,刊行物3発明を主引
用例とした場合に,本願発明の容易想到性を判断することについてまで否定するものではない。
したがって,今後の審理においては,単に刊行物1発明を主引用例とした場合の容易想到性のみ
を判断するのではなく,刊行物3発明を主引用例とした場合の容易想到性についても検討する必
要があると思われる。
[コメント]
進歩性の判断における「阻害要因の有無」について、進歩性を肯定する主張をする際に、参考
になる判決である。また、今回のように主引例以外にも近い引例がある場合には、それを主引例
として進歩性を判断した場合についても検討する必要がある。
平成25年(行ケ)第10234号「カーボンナノチューブを使用した基板製品の製造方法」事件
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