IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成25年(行ケ)10250号「ポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張積層体」事件
名称:「ポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張積層体」事件
無効審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 25 年(行ケ)10250 号 判決日:平成 27 年 4 月 28 日
判決:請求認容
特許法第 36 条第 4 項第 1 号、同第 36 条第 6 項第 1 号、
キーワード:実施可能要件、サポート要件
[概要]
原告が被告の特許について請求した無効審判の請求不成立審決について,本件発明の明細
書は実施可能要件及びサポート要件を充足するとはいえないとして,審決を取り消した事例。
[本件特許請求項 9]
パラフェニレンジアミン、4,4’-ジアミノジフェニルエーテルおよび3,4’-ジア
ミノジフェニルエーテルからなる群から選ばれる1以上の芳香族ジアミン成分と、ピロメリ
ット酸二無水物および3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物からなる
群から選ばれる1以上の酸無水物成分とを使用して製造されるポリイミドフィルムであって、
該ポリイミドフィルムが、粒子径が0.07~2.0μmである微細シリカを含み、島津製
作所製TMA-50を使用し、測定温度範囲:50~200℃、昇温速度:10℃/min
の条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数α MD が10ppm/℃以上
20ppm/℃以下の範囲にあり、前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数α TD が
3ppm/℃以上7ppm/℃以下の範囲にあり、前記微細シリカがフィルムに均一に分散
されているポリイミドフィルム。
[審決の内容の要約]
①本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明についての技術的な意義,本件発明に係る
ポリイミドフィルムを得るための一般的手段,4成分系のポリイミドフィルムについて具体
的な実施例が各々記載されていて,本件発明における複数の選択肢の一つである4成分系の
ポリイミドフィルムの発明に関しては,実施可能要件を満足していることは明らかである上,
本件発明の2成分系のポリイミドフィルムについても,発明の詳細な説明の記載及び本件原
出願時の技術常識に基づいても実施できないという具体的な理由があるとまではいえないか
ら,発明の詳細な説明は,本件発明を当業者が理解し,実施することができる程度に明確か
つ十分に記載したものであるといえ,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要
件を満足しているといえる。
②本件発明に関しての本件明細書の記載に基づき,本件原出願時における当業者の技術常識
を踏まえれば,ポリイミドフィルムを構成する樹脂組成には無関係に,ポリイミドフィルム
のTD及びMDの熱膨張係数を特定値とすることで,本件特許発明の課題を解決できると理
解できるものと認められ,2成分系を含む「パラフェニレンジアミン,4,4’-ジアミノ
ジフェニルエーテルおよび3,4’-ジアミノジフェニルエーテルからなる群から選ばれる
1以上の芳香族ジアミン成分と,ピロメリット酸二無水物および3,3’-4,4’-ジフ
ェニルテトラカルボン酸二無水物からなる群から選ばれる1以上の酸無水物成分とを使用し
て製造されるポリイミドフィルム」についての本件発明が,当業者において,本件発明の課
題を解決できると認識できるような記載があるといえるから,本件発明は,発明の詳細な説
明に記載された発明であって,サポート要件を満足しているといえる。
[裁判所の判断]
(5)ODA/PMDA,ODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについて
ア 甲8及び甲10によれば,4,4’-ODA/PMDA,4,4’-ODA/BPDA
から製造される熱イミド化によるポリイミドフィルムは,熱膨張係数が小さくなる Bifix の条
件においても,熱膨張係数の数値は,それぞれ21.6ppm/℃,45.6ppm/℃である
ことが記載されている。
また,甲13には,4,4’-ODA/PMDAから化学イミド化によるポリイミドフィ
ルムを製造した際に,延伸倍率やニップロール使用の有無等の条件を変えることにより,実
施例1~3及び比較例1~3について,別紙甲13の表の表1のとおり,平均熱膨張係数と
して27.5~40.0ppm/℃であったことが記載されている(段落【0044】,【00
47】~【0059】,【表1】)。
上記各文献に記載された熱膨張係数は,本件発明9の熱膨張係数の範囲と比べると相当程
度大きい数値である。
イ そこで,特に熱膨張係数の数値の大きい4,4’-ODA/BPDA(前記アのとおり,
甲8及び甲10によれば,Bifix の条件においても,熱膨張係数の数値は45.6ppm/℃で
ある。)の2成分系ポリイミドフィルムについて検討する。
一般に,膜厚を薄くすると熱膨張係数が小さくなることが知られているから(甲9。訳文
1頁),甲8及び甲10のような熱イミド化によるポリイミドフィルムにおいて,膜厚を薄く
することでさらに熱膨張係数を下げることが可能であるとはいえるものの,どの程度まで下
げることができるのかについて,本件明細書には具体的な指摘がされていない。
また,熱イミド化によるポリイミドフィルムの場合には,固形分量が多くなり延伸するこ
とが困難とされている(甲13の段落【0018】)。そして,甲29の実施例5のように,
約1.04倍程度の延伸が可能であるとしても,45.6ppm/℃の熱膨張係数を3~7ppm
/℃という低い数値まで下げることが可能であるとする根拠はなく,本件明細書にも何ら具
体的な指摘がない。
さらに,4,4’-ODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムを化学イミド化によ
り製造して,膜厚や延伸倍率等を調節したとしても,3~7ppm/℃という低い数値まで下
げることが可能であるとする根拠はなく,本件明細書にも何ら具体的な指摘がない。
被告は,この点について,ポリイミドフィルムについて最終的に得られる熱膨張係数は,
延伸倍率に大きく影響されるほかに,延伸に際しての,溶媒含量,温度条件,延伸速度等多
くの条件に影響され,またフィルムの厚さにも影響されることが甲9に記載されているから,
ODA/BPDAの2成分系について,甲8のデータのみに基づいて,本件発明9の熱膨張
係数の数値範囲を実現することができないと断定することはできない旨主張する。しかし,
本件明細書は,具体的に溶媒含量,温度条件,延伸速度等をどのように制御すれば熱膨張係
数が本件発明9の程度まで小さくできるのかについて具体的な指針を何ら示していない。本
来,実施可能要件の主張立証責任は出願人である被告にあるにもかかわらず,被告は,本件
発明9の熱膨張係数の範囲を充足するODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムの製
造が可能であることについて何ら具体的な主張立証をしない。
したがって,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識を考慮しても,4,4’-
ODA/BPDAの2成分系フィルムについては,本件発明9の熱膨張係数の範囲とするこ
とは,当業者が実施可能であったということはできない。
(中略)
(6)小括
以上によれば,2成分系ポリイミドフィルムのうち,少なくとも4,4’-ODA/BP
DAについては,当業者が,本件明細書及び本件優先日当時の技術常識に基づいて製造する
ことができるということはできないから,本件発明9のポリイミドフィルムは,実施が可能
ではないものを含むことになる。そうすると,本件発明1~8,10,11についても,実
施が可能ではないものを含むこととなるから,本件発明について,当業者が実施可能な程度
に明確かつ十分に発明の詳細な説明が記載されているということはできない。
したがって,本件発明は実施可能要件を充足するとはいえないから,本件審決の判断には
誤りがあり,原告主張の取消事由1は理由がある。
3 取消事由2(本件発明についてのサポート要件違反の判断の誤り)について
(1) 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載について,特許を受けようとする発明
が発明の詳細な説明に記載したものであることを要件とし,発明の詳細な説明において開示
された技術的事項と対比して広すぎる独占権の付与を排除しているのであるから,特許請求
の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説
明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された
発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる
範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時
の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検
討して判断すべきものと解される。
(2) (中略)
しかし,前記2(5)のとおり,少なくともODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルム
については,当業者が,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づき,これを
実施することができない。そうすると,上記2成分系のポリイミドフィルムの構成に係る本
件発明9は,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識によっては,当業者が本件発
明9の上記課題を解決できると認識できる範囲のものということはできず,サポート要件を
充足しないというべきである。
(3) 小括
以上によれば,2成分系ポリイミドフィルムのうち,少なくとも4,4’-ODA/BP
DAの構成に係る本件発明9については,サポート要件を充足しないというべきであるから,
本件発明9のポリイミドフィルムは,サポート要件を充足しないものを含むことになる。そ
うすると,本件発明1~8,10,11についても,サポート要件を充足しないものを含む
こととなるから,本件発明については,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記
載されたものであるということはできない。したがって,本件発明はサポート要件を充足す
るとはいえないから,本件審決の判断には誤りがあり,原告主張の取消事由2は理由がある。
[コメント]
①請求項9の『「PPD、4,4’-ODAおよび3,4’-ODAからなる群から選ばれる
1以上の芳香族ジアミン成分」と、「PMDAおよびBPDAからなる群から選ばれる1以上
の酸無水物成分」とを使用して製造されるポリイミドフィルム』は芳香族ジアミン成分及び
酸無水物成分がそれぞれ1種のみの2成分系ポリイミドフィルムも含む。しかし、本件特許
の明細書の実施例には4成分系のものしか記載されておらず、また、2成分系でも請求項9
に記載の熱膨張係数が実現できることを特許権者が立証できなかったことから実施可能要件
を満たさないとされた。化学分野では「~からなる群から選ばれる1以上の~」等のマーカ
ッシュ形式を用いることが比較的多い。マーカッシュ形式で表現される内容と、実施例及び
発明の効果の関係に留意すべきである。
②本件は実施可能要件を満たさないことを根拠にサポート要件を満たさないと判断した。サ
ポート要件に関する解釈で「薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をすること」が常
に必要であるは言えないと判断したフリバンセリン事件(平成 21 年(行ケ)第 10033 号)
との違いが興味深い。
③発明の効果を得ることができないのであれば訂正によって2成分系を(場合によっては3
成分系も)権利範囲から削除しても特許権者に特段の支障はないのではないか。
平成25年(行ケ)10250号「ポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張積層体」事件
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