IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成26年(行ケ)第10186号「エラストマー糸を含有する弾性生地の丸編」事件
名称:「エラストマー糸を含有する弾性生地の丸編」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成26年(行ケ)第10186号、判決日:平成27年6月25日
判決:請求棄却
特許法:29条2項
キーワード:相違点の認定の誤り、進歩性、顕著な効果
[概要]
(1)審決は,本願発明は,引用文献記載の発明(引用発明)及び引用文献記載の従来技術に基づ
いて,当業者が容易に発明をすることができたものである,と判断した(進歩性なし)。
(2)審決が認定した本件発明と引用発明の一致点及び相違点は,次のとおり。
一致点:「丸編弾性シングルジャージー生地の製造方法であって,
裸スパンデックス糸であるエラストマー材料を提供するステップと,
紡績糸,連続フィラメント糸,およびそれらの組合せからなる群から選択される少なくとも1
つの硬質糸を提供するステップと,
前記エラストマー材料と前記少なくとも1つの硬質糸とを添え糸編みするステップと,
すべての編み方向に前記添え糸編みされたエラストマー材料および少なくとも1つ硬質糸を丸
編して,丸編弾性シングルジャージー生地を形成するステップであって,前記丸編弾性シングル
ジャージー生地を形成するために編成される場合,前記エラストマー材料が,その元の長さの2.
5倍以下に延伸されるように,前記エラストマー材料の供給が制御される,ステップとを含むこ
とを特徴とする方法。」である点。
相違点:本願発明の裸スパンデックス糸が「44~156デシテックス」であるのに対し,引
用発明の裸スパンデックス糸は「17~33デシテックス」である点。
[主な争点]
取消事由1:相違点の認定の誤り
取消事由2:相違点の判断の誤り
[原告の主張]
取消事由1:本願発明の裸スパンデックス糸は,その元の長さの2.5倍以下に延伸されるの
に対し,引用発明の裸スパンデックス糸は,その元の長さの2倍以下で延伸される点で,本願発
明は引用発明と明らかに相違するにもかかわらず,審決は,この点を看過した。
取消事由2:引用文献の実施例1は,44デシテックスの裸スパンデックス糸を2.7倍に延
伸した例であるが,その経糸×緯糸の収縮率は,7.4×5.7となっている。この点に関し,
明細書には,「また収縮は,長さ方向に7%を超えた。これらの値は商業的な目標を越えており」
(甲5【0067】)と記載され,収縮率が7%を超えた場合には,商業的に許容できないもの
であることが記載されている(甲5・表2,【0067】)。同様に,実施例5は,22デシテ
ックスの裸スパンデックスを2.2倍に延伸した例であるが,その経糸×緯糸の収縮率は,16.
1×0.7となっており,これも商業的に許容できない収縮率であった(甲5・表2)。
そうすると,かかる記載に接した当業者であれば,少なくとも22~44デシテックスの裸ス
パンデックス糸において,2倍を超えて延伸した場合は,商業的に許容される収縮率が得られな
いと予期するものと判断するのが相当である。
また,2.5倍以下に延伸した丸編弾性シングルジャージー生地において,33デシテックス以
下の場合と,44デシテックス以上の場合において,その効果が格別相違することは,本願明細
書の実施例等に記載されている。
[裁判所の判断]
『取消事由1について
本願発明の延伸率は2.5倍以下であり,引用発明の延伸率は2倍以下であり,ともに上限を
定めていないから,延伸率の値自体を比較すると,引用発明の範囲である2倍以下は,必ず2.
5倍以下という意味において,本願発明の数値範囲に含まれている。
しかしながら,本願発明と引用発明は,ともに,ヒートセットを不要にするという目的を達成
するために,一定の回復張力を目指して,糸のスパンデックスと延伸率という2つのパラメータ
の組合せを提示するものであるが,甲1【0096】~【0099】の実施例8,12,13,
35~37,41~43,48~51,56,57を見ると,同じスパンデックス数であっても,
収縮率が異なっている結果が出ていることからも明らかなとおり,回復張力は,糸のスパンデッ
クスだけでなく,延伸率や,共に使用される硬質糸の種類やサイズといった諸要素によって決せ
られるから,スパンデックスと延伸率は相互に関係するパラメータといえ,単純に,同一の延伸
率値が常に同一の技術的意義を有するとはいえないし,数値として重なり合っている範囲が,常
に同一の技術内容を示しているともいえない。他方,スパンデックスと延伸率の値は,同一回復
張力を前提とする限りにおいて,相互に独立したパラメータとして,設定できるわけではない。
また,延伸率とデシテックスの関係は,相互に関連するとはいえるが,それ以上の技術的関係
が明らかでない以上,重なり合いの範囲も定かではないから,本願発明と引用発明において,エ
ラストマー材料を延伸させる製法である点において一致すると認定できるとしても,延伸率の数
値の点を相違点の認定からおよそ外し,容易想到性の判断から除外することはできないというべ
きである。
したがって,被告の主張するように,単純に延伸率の値の重なりをもって,本願発明と引用発
明の一致点というべきではないが,他方,原告の主張するように,延伸率の違いをデシテックス
の値と関連しない独立した相違点として挙げることも相当ではなく,本願発明と引用発明の相違
点は,「本願発明の裸スパンデックス糸が44~156デシテックスで,その延伸率が元の長さ
の2.5倍以下であるのに対し,引用発明の裸スパンデックス糸が17~33デシテックスであ
り,その延伸率が元の長さの2倍以下である点」と認定した上で,相互に関連したパラメータの
変更の容易想到性を判断すべきである。
取消事由2について
デシテックスを大きくすることと,延伸率を大きくすることは,ともに回復張力を大きくする
作用を有するものであるから,同程度の回復張力にするためには,デシテックスを大きくした場
合には,延伸率を小さくし,逆に,延伸率を大きくした場合は,デシテックスを小さくする必要
がある。したがって,引用発明のデシテックスと延伸率を,同時に,本願発明の数値範囲まで大
きくするという動機付けや示唆は,引用発明が前提としている回復張力を前提にする限りは,当
然には生じてこないというべきである。
しかしながら,本願発明における「44~156デシテックス」という糸のサイズと,引用発
明における「17~33デシテックス」という糸のサイズとは,共に,市場で普及している20
~400デシテックスという範囲内にあり(乙2~5,弁論の全趣旨),両発明は,一般的な糸
のサイズを利用しているにすぎないから,この範囲内にある糸のサイズの変更には,格別,技術
的な意義はなく,当業者にとって,予定した収縮率等に応じて適宜設定できるものといえる。し
たがって,デシテックスの範囲を本願発明の範囲の数値まですることは,当業者が容易に想到で
きる事項である。
そこで,デシテックスの変更と同時に,延伸率を本願発明の範囲内に設定できるかについて,
検討する。まず,回復張力の大きさは,商業的に許されている収縮率に依存するものというべき
であるところ,収縮率は,衣類の種類,すなわち,生地が使用される用途に応じて,許容範囲は
異なるものであり,特に,セーターなどに使用されるゆったりとした生地においては,大きな収
縮率が許容されると解されている(弁論の全趣旨)。したがって,原告が主張し,引用発明が前
提とするように,すべての生地について,収縮率の上限値として7%が必ずしも要求されている
とはいえない。そして,大きな収縮率を想定した場合には,許容される延伸率もまた大きくなる
ことになるところ,本願発明における延伸率である2.5倍という上限値は,一般的な糸の使用
を前提とすれば,その糸の太さにかかわらず,本願出願時において特別に高い値ではない(乙5)。
現に,引用文献(甲4及び5)の実施例1で,本願発明に入るデシテックス数の44デシテック
スで,商業上許容される範囲の収縮率を実現する上で,延伸率として2.7倍を選択しているこ
とからすれば,2.7倍よりも小さい2.5倍以下という延伸率を設定することに,技術的困難
性はない。そうすると,引用発明において想定されている収縮率は,本願出願時の技術水準上,
限界値であったわけではないから,引用発明のデシテックスを大きくするのと同時に,延伸率を
大きくすること自体に阻害要因はないし,その場合における「2.5倍以下」という数値設定も,
当業者が容易になし得る程度の設計事項といえる。
したがって,上記相違点は,当業者であれば,容易に想到できるものである。
[コメント]
ある発明の課題を解決するための2つのパラメータが相互に関係する場合には、これら2つの
パラメータは相互に独立したパラメータとして引用発明と対比判断すべきでなく、これら2つの
パラメータは相互に関連したパラメータとして引用発明と対比判断すべきである。上記の場合に
おいて、仮に、2つのパラメータのうちの1つのパラメータの値が引用発明のパラメータの値と
一部重複する場合であっても、当該パラメータを引用発明との一致点とすべきではなく、2つの
パラメータを相互に関連したパラメータの変更(相違点)として引用発明からの容易想到性を判
断すべきである。
平成26年(行ケ)第10186号「エラストマー糸を含有する弾性生地の丸編」事件
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