IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成26年(行ケ)第10132号 「硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物」事件
名称:「硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 26 年(行ケ)第 10132 号 判決日:平成 27 年 3 月 26 日
判決:請求認容(審決取消)
特許法 29 条 2 項
キーワード:引用発明の認定,容易想到性,阻害事由
[概要]
被告らの「硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物およびそれを用いた硬質医療用部品」に関
する特許(本件発明)に対して,原告が無効審判を請求したところ,棄却審決(特許維持)を
受けたため,これに不服のある原告が訴訟を提起し、審決が取り消された事例である。
[本件発明(本件請求項1)]
塩化ビニル系樹脂100重量部に対して,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及
びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1種以上の可塑剤を1重量部以上15重量部
以下配合してなる組成物であって,JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが,3
5°以上の硬質であることを特徴とする硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。
[審決が認定した相違点]
(相違点1):本件発明1は,「硬質医療用」と規定しているのに対し,甲1発明は,具体的
用途として「血液バッグならびに医療用チューブ」の製造に使用される半硬質と規定してい
るのみで「硬質医療用」との規定を有していない点。(相違点2):省略。
[裁判所の判断]
<裁判所が認定した相違点>
(相違点1’):本件発明1は,「硬質医療用」と規定しているのに対し,甲1’発明は,「半
硬質ポリ塩化ビニル樹脂組成物」であって,「典型的には,パイプ,幾つかのワイヤおよび
ケーブルコーティング,床タイル,ブラインド,フィルム,血液バッグならびに医療用チュ
ーブの製造用」である点。(相違点2:)省略。
<取消事由2(甲1発明の進歩性判断の誤り)について>
本件審決は,本件発明1と甲1発明の2つの相違点のうち,相違点1の容易想到性を否定
し,相違点2の容易想到性については検討することなく,本件発明1の進歩性を認める旨の
判断をした。しかし,以下のとおり,本件審決の相違点1の容易想到性に係る判断には誤り
があるから,本件審決を取り消すのが相当である。
(1)相違点1’について
ア 容易想到性について
まず,硬質塩化ビニル系樹脂を,硬質医療用として使用することについては・・・それぞ
れ記載されているように,従来から硬質塩化ビニル系樹脂によって各種医療用部品が製造さ
れてきていることは本件出願日当時の技術常識である。
そして,前記のとおり,甲3及び甲5においては,10~15重量部の範囲の可塑剤を配
合する塩化ビニル樹脂を硬質医療用に用いているのであるから,当業者として甲1’発明を
硬質医療用に適用することは容易であるといえる。
もっとも・・・本件発明の用途は「硬質医療用」であって・・・具体的に「注射器,チュ
ーブ連結部材,分岐バルブ,速度調節部品など」が例示され・・・これらは高度に滅菌され
る必要性から,主にエチレンオキサイドガスによる滅菌がされていたが,残存エチレンオキ
サイドガスの発がん性のため,高圧蒸気滅菌に移行しているものの滅菌作業に多大な手間と
時間がかかり,滅菌作業の迅速化のため導入されたγ線滅菌や電子線滅菌といった放射線滅
菌では部品の変色という問題が知られていたことから・・・本件発明は,可塑剤としてシク
ロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤及びアルキルスルホン酸系可塑剤から選択される1
種以上を用いることにより,放射線滅菌による変色を著しく低減し,溶出性に優れた硬質医
療用部品を提供するものであること・・・が認められる。
そして,証拠(甲3・・・)及び弁論の全趣旨によれば,本件出願日当時,医療用部品を
硬質塩化ビニル系樹脂で製造することが行われていたものの,γ線等の放射線で滅菌すると
変色するという問題点が広く認識されており,防止のための添加剤等が開発されていたこと
が認められる。しかし,前記甲3・・・は,いずれも請求項において,甲5では「γ線への
暴露により滅菌された」と記載され,放射線滅菌が必須とされており,また,甲3では「耐
放射線性に優れた」・・・とそれぞれ記載されているのに対し,本件発明1の特許請求の範
囲は・・・請求項中に放射線滅菌されることが必須であると特定されたり,耐放射線性に優
れたといった記載がされているものでもない。そして,本件発明1に係る硬質医療用部品に
ついて,必ず放射線滅菌されなければならないものではなく,手間と時間の問題があるとは
いえ,・・・高圧蒸気滅菌という安全で変色の問題が特にない滅菌法が従来から行われてい
る方法によることも可能であることからすると,上記の問題点は甲1’発明を硬質医療用に
用いることについて阻害事由になるとはいえない。
イ 被告らの主張について
(ア)・・・また,本件発明1の特許請求の範囲の請求項1では放射線滅菌されることが
必須であると特定されているものではないから,放射線滅菌による変色を抑制することを本
件発明1に特有の効果であるということはできない。したがって,本件発明1には放射線滅
菌した際の変色が抑制されるという顕著な作用効果がある旨の被告らの上記主張は,本件発
明の特許請求の範囲に基づかない主張であり理由がない。
(イ) 被告らは,甲1には,塩化ビニル系樹脂100重量部に対してシクロヘキサンポリカ
ルボン酸エステル可塑剤を10~40重量部含有させて半硬質樹脂とするが,紫外線安定性
を向上させるため,可塑剤の添加量を多くし,可塑剤組成物を20~100重量部含有させ
ることが記載されており,本件発明1の可塑剤の含有量1~15重量部とは乖離した方向で
紫外線安定性の効果を発揮させているから,紫外線安定性の向上を意図する場合,甲1の塩
化ビニル系樹脂組成物を,シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を1~15重量部用
いた「硬質医療用」にすることについては阻害要因がある旨主張する。
しかし・・・甲1に記載された20~100重量部という可塑剤配合量は,特に日光に曝
される環境下でのポリ塩化ビニル製材料の長寿命化の観点で記載されたものである。そし
て・・・塩化ビニル系樹脂の硬度が可塑剤の配合量によって「硬質」,「半硬質」,「軟質」
と区分されていることから明らかなように(甲3,25~28),可塑剤の配合量が塩化ビ
ニル系樹脂組成物の硬度を左右することは本件出願日当時の技術常識であって,当業者であ
れば,樹脂組成物に求められる紫外線安定性と硬度との兼ね合いで,可塑剤の配合量を適宜
調節することは容易であるというべきである。
以上
[コメント]
本判決では、引用発明(甲1)の用途認定について、甲1に列記された用途を、典型的な
例示にすぎないと判断し、例示に限定解釈することなく、進歩性を判断している。また、被
告は、甲1は紫外線安定性の向上のため、本件発明の可塑剤の配合量と重複しないことが必
要であり、硬質医療用途と甲1発明を結びつけることには阻害事由があることを主張したが、
本判決では、出願日当時の技術常識に照らし、本件発明に容易想到できるとしており、異議
申立等を請求する際には、出願時の技術常識も踏まえて、主張することが重要となる。
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