IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成27年(行ケ)10119号「渋味のマスキング方法」事件
名称:「渋味のマスキング方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10119号 判決日:平成27年12月8日
判決:請求棄却
特許法36条6項2号
キーワード:発明特定事項、記載順序
[概要]
「甘味を呈さない範囲の量であって、且つ該飲料の0.0012~0.003重量%」と特定された発明と、「0.0012~0.003重量%の範囲であって、甘味を呈さない量」と特定された発明との両発明では、条件の記載順序が異なるにすぎず、記載順序の違いは、2つの条件を共に満たす範囲に影響を与えるものではないとされた事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第3938968号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2012-800076号)を請求し、原告が訂正(第1訂正)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、被告は、その取り消しを求めた。知財高裁は、被告の請求を認容し、審決を取り消した(前件判決)。原告は、同判決に対して上告受理申立を行ったが、上告受理申立不受理の決定がなされ、同判決は確定した。
その後、原告が、訂正(第2訂正)を請求したところ、特許庁が、当該特許を無効とするとの審決の予告をしたため、原告は訂正(本件訂正)を請求した。特許庁が、当該特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
[本件発明]
(第1訂正による請求項1)茶、紅茶及びコーヒーから選択される渋味を呈する飲料に、スクラロースを、該飲料の0.0012~0.003重量%の範囲であって、甘味を呈さない量用いることを特徴とする渋味のマスキング方法。
(本件訂正後の請求項1) ウーロン茶、緑茶、紅茶及びコーヒーから選択される渋味を呈する飲料に、スクラロースを、甘味を呈さない範囲の量であって、且つ該飲料の0.0012~0.003重量%用いることを特徴とする渋味のマスキング方法。
[取消事由]
1.無効理由1(明確性要件違反)に係る判断の誤り
[審決の理由の要旨]
『 (3) 明確性要件についての判断
本件訂正後の請求項1の「スクラロースを、甘味を呈さない範囲の量であって、且つ該飲料の0.0012~0.003重量%用いる」との特定事項は、第1訂正請求後の請求項1の「スクラロースを、該飲料の0.0012~0.003重量%の範囲であって、甘味を呈さない量用いる」との特定事項と実質的に同じ内容を意味している。そして、前件判決における「人の感覚による官能検査であるから、測定方法等により閾値が異なる蓋然性が高いことを考慮するならば、特許請求の範囲に記載されたスクラロース量の範囲である0.0012~0.003重量%は、上下限値が2.5倍であって、甘味閾値の変動範囲(ばらつき)は無視できないほど大きく、「甘味の閾値以下の量」すなわち「甘味を呈さない量」とは、0.0012~0.003重量%との関係でどの範囲の量を意味するのか不明確であると認められるから、結局、「甘味を呈さない量」とは、特許法36条6項2号の明確性の要件を満たさないものといえる。」との判断は、行政事件訴訟法33条1項により、本件特許無効審判事件について、当合議体を拘束する。
よって、本件訂正後の「スクラロースを、甘味を呈さない範囲の量であって、且つ該飲料の0.0012~0.003重量%用いる」との特定事項において、「甘味を呈さない範囲の量」とは、0.0012~0.003重量%との関係でどの範囲の量を意味するのか不明確であると認められるから、「甘味を呈さない範囲の量」は、特許法36条6項2号の明確性の要件を満たさないものといえる。
したがって、本件特許は、特許法36条6項2号に違反してなされたものであるから、同法123条1項4号に該当し、他の無効理由を検討するまでもなく無効とすべきものである。』
[原告の主張]
『 1 審決は、前件判決当時の第1訂正後の本件発明と本件訂正後の本件発明が実質的に同じ内容を意味することから、前件判決の拘束力が及ぶと判断をしたが、両者は実質的に同一ではない。
第1訂正後の本件発明は、スクラロースを、該飲料の0.0012~0.003重量%の範囲内に用いることを前提に、その範囲の中から、甘味を呈さない量という限定を加えているが、本件訂正後の本件発明は、甘味を呈さない範囲の量の範囲内から更に客観的数値である該飲料の0.0012~0.003重量%のスクラロースを用いるという数値限定を加えたものである。
2 ・・・(略)・・・0.0012~0.003重量%という数値は甘味を呈さないことを前提とした上での数値限定である・・・(略)・・・したがって、本件訂正後の本件発明は、甘味の閾値が0.0012~0.003重量%の範囲内に存在する場合がなく、『「甘味を呈さない量」とは、0.0012~0.003重量%との関係でどの範囲の量を意味するのか不明確である』と判示された前件判決の拘束力が及ばない。』
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.本件発明について
『 したがって、本件発明は、本件訂正前後を問わず、一貫して、スクラロースを、ヒトの官能評価によって判明する「甘味の閾値以下の量」、かつ、飲料の全体の量から算定可能な「該飲料の0.0012~0.003重量%」という2つの独立した条件を満たす範囲内で使用することによって、渋みをマスキングできる効果を有する発明であるといえる。』
2.原告の主張に対する判断について
『 (2) しかしながら、第1訂正後の本件発明と本件訂正後の本件発明では、いずれも「であって」という用語によって、前後の発明特定事項が接続されているが、「であって」における「て」は、対句的に語句を並べ、対等、並列の関係で前後を結びつける作用を有する接続助詞であるから、両発明は、いずれも「該飲料の0.0012~0.003重量%の範囲」であること(条件A)、及び「甘味を呈さない量」であること(条件B)という2つの条件を共に満たしていることを要求していると解される。したがって、両発明では、ただ条件の記載順序が異なるにすぎない。そして、記載順序の違いは、2つの条件を共に満たす範囲に影響を与えるものではない。
原告の主張は、発明特定事項が「AかつB」と記載された場合には、条件Aを満たす集合の中に条件Bを満たす集合が包含されていることが前提となるが、逆に「BかつA」と記載された場合には、条件Bを満たす集合の中に条件Aを満たす集合が包含されていることが前提となるというものである。しかしながら、各集合に属するための条件が相互に独立した項目であれば、ある特定の条件を満たす集合は、他の条件を満たす集合から何ら影響を受けずに、当該特定条件を満たす集合の大きさや帰属する要素を規律するはずである。そして、複数の条件を満たす集合体の大きさや帰属する要素は、いずれの条件を先に検討しても、それぞれの重なり合う範囲となるのであり、同じ結果になるはずである。したがって、「AかつB」と「BかつA」は同じものを指すのであって、仮に条件Aを満たす集合の中に条件Bを満たす集合全体が包含される関係にあるのであれば、「AかつB」も「BかつA」も条件Bを満たす集合を指すことになり、条件Bを満たす集合の中に条件Aを満たす集合が包含される関係にはならない。前記1のとおり、本件発明において、「該飲料の0.0012~0.003重量%の範囲」であることは、当該飲料の重量によって計算上算定される値であり、かつ、「甘味を呈さない量」であることは、ヒトの味覚によって検査される値であり、それぞれ独立した条件であり、一方の条件が論理的に当然に他方の条件に影響するものではない。
したがって、原告の主張は、前提において誤りであり、採用できない。』
[コメント]
発明特定事項の関係を記載順序だけで表現できない場合がある―ということを改めて感じる。発明特定事項の関係は、記載順序だけに頼らずに用語を用いて表現すべきである。
以上
(担当弁理士:森本 宜延)
平成27年(行ケ)10119号「渋味のマスキング方法」事件
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