IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成26年(行ケ)10263号「ビタミンD誘導体等の製造方法」事件
名称:「ビタミンD誘導体等の製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成26年(行ケ)10263号 判決日:平成27年12月24日
判決:請求棄却
特許法29条2項、特許法36条4項、特許法36条6項1号
キーワード:進歩性、実施可能要件、サポート要件
[概要]
公知の化学物質の製造方法を机上で設計することができ、その化学物質に導く化学反応が周知であったとしても、その化学物質の前駆物質の特性等が考慮されて、その化学反応に適する材料を選択することまでは容易ではないとされた事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第3310301号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~30に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2013-800080号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項13(訂正後):下線部は訂正事項】
下記構造を有する化合物の製造方法であって:
(式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又はメチルであり;YはOであり;そしてZは,式
のステロイド環構造,又は式
のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及び/又は1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)
(a)下記構造:
(式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである)を有する化合物を塩基の存在下で下記構造:
又は
(式中,n,R1及びR2は上記定義のとおりであり,そしてEは脱離基である)を有する化合物と反応させて,下記構造:
を有するエポキシド化合物を製造すること;
(b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること;及び
(c)かくして製造された化合物を回収すること;
を含む方法。
[取消事由]
1.取消事由1(甲2を主引例とする進歩性判断の誤り)
【相違点】
(2-i)「R1及びR2」が,本件発明1では,ともに「メチル」であるのに対して,甲2発明1では,「メチルとヒドロキシメチレン」である点。
(2-ⅱ)「E-B」の「B」に対応する部分構造が,本件発明1では,「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」又は,「2-脱離基-3-メチル-3-ヒドロキシ-ブチル基」であるのに対して,甲2発明1では,
(式中,THPはテトラヒドロピラニルである。)」(以下「3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」という。)である点。
(2-ⅲ)工程(a)が,本件発明1では,「E-B」と反応させて化合物を得ているのに対して,甲2発明1では,「E-B」と反応させた後,「得られたエーテル化合物(16)(化学式は省略)をピリジニウムパラトルエンスルホン酸により開裂して,アリールアルコール化合物(17)(化学式は省略)を形成し,引き続き,t-ブチルヒドロキシペルオキシドにより化合物(17)をエポキシ化して」化合物を得ている点。
2.取消事由2(実施可能要件違反に関する判断の誤り)
3.取消事由3(サポート要件違反に関する判断の誤り)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
2 取消事由1(甲2を主引例とする進歩性判断の誤り)について
『 イ 逆合成解析の手法について
・・・(略)・・・
その一方,どのような分子でも,いくつか異なった経路で合成できる可能性があり,上記のように逆合成解析により机上で想定した合成経路を用いれば最終生成物が合成できる可能性があるとしても,実際には,一つ一つ実験で試してみて,それに基づいて全体の合成経路を修正していく必要があることも,通常想定されるところである。
・・・(略)・・・
実際にそのような前駆物質を合成できるか,その合成のための試薬を生成可能か否かはともかくとして,マキサカルシトール側鎖を有する目的化合物の前駆物質の候補の一つとして,甲2発明2と同様に,例えば,下記のようなエポキシド化合物を机上において想定することは,当業者にとって可能であったと認められる。
・・・(略)・・・
甲3に接した当業者は,エポキシ環を有する化合物(VIII)(IV)を合成するためには上記2つの経路があることが理解できる。
しかし,上記の反応は,・・・(略)・・・甲3の開示と甲2発明2とは,目的とする化合物の構造が大きく異なり,かつ,形成される結合も異なる。
しかも,甲3には,化合物の具体的な構造や反応により形成される結合が甲2発明2と異なる,他のエポキシド化合物を合成する方法においても,①エポキシ環を有する化合物から遡り,その前駆物質として二重結合を有する化合物に至る方法(上記反応式2の青色矢印;2工程)と,②エポキシ環を有する化合物から遡り,二重結合を有する化合物の前駆物質を経ることなく,直接,エポキシ環を有する試薬を付加する方法(上記反応式1の橙色矢印;1工程)とが,容易に置換して用いることができるという一般的な手法が開示されているものではない。また,①の方法と②の方法とは,単に併記されているにすぎず,それぞれの利点等についての記載もない。
そうすると,甲2発明2に基づいて「想定したエポキシド化合物(中間体)」を合成するに当たり,甲3の上記二つの反応に関する知見を利用して,甲2発明2に開示された二重結合を経てエポキシ環を形成する方法(甲3の①)に代えて,甲3の②のような1工程の方法を適用することを,当業者が格別な創意工夫を要することなくなし得たとすることはできない。
・・・(略)・・・
(3) 以上によれば,本件発明13と甲2発明2との相違点である(2-ⅱ’)に至る動機付けに関し,原告の主張するように,逆合成解析の手法を用いることにより,甲2発明2に基づいて,エポキシド化合物を目的化合物の前駆物質とすることを机上において想定できたとしても,甲3記載の反応式からエポキシ環を有する試薬とそれと反応する出発化合物との組合せを容易に想起できたとはいえず,また,上記前駆物質であるエポキシド化合物を20位-アルコール化合物と側鎖との間のエーテル結合部分で切断して,現実の試薬に対応させるに当たり,本件側鎖導入試薬を選択することは,甲4等に記載の周知技術を考慮したとしても,当業者にとって容易であったとはいえない。』
3 取消事由2(実施可能要件違反に関する判断の誤り)について
『エ 上記の本件明細書の記載及び本件出願日当時の当業者の技術的知見を考慮すると,「Z」が「ビタミンD構造」である出発化合物を用いた場合にも,当業者であれば,「ステロイド環構造」である実施例の条件を参考にしつつ,本件明細書に記載された範囲内で反応条件を適宜設定することにより,過度な試行錯誤を要することなく,エポキシド化合物(中間体)及び目的化合物を製造することができる。』
4 取消事由3(サポート要件違反に関する判断の誤り)について
『本件発明は,ステロイド環構造又はビタミンD構造にマキサカルシトール側鎖を有する化合物の製造方法として,従来技術にない新規な製造方法を提供することを課題とするものであり,前記3に述べたとおり,当業者は,本件発明について,発明の詳細な説明には,当業者が,本件発明1のエポキシド化合物(中間体)を経由して本件発明13の目的化合物を製造する方法を実施できるように記載されていることから,従来技術にない新規な製造方法であり,上記発明の課題を解決できることを理解することができる。』
[コメント]
本判決が示すように、公知の化学物質は、逆合成解析の手法等によれば種々の合成ルートを机上で考えつくことは可能であると思われる。しかし、机上の合成ルートは、実証されているわけではない。特に、主引例の甲2と本件発明との相違点は、合成ルートとしては全く異なる。材料等の選択に困難性を認めた本判決は妥当と思われる。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)
平成26年(行ケ)10263号「ビタミンD誘導体等の製造方法」事件
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