IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成28年(行ケ)第10058号「ドライブスプロケット支持構造」事件
名称:「ドライブスプロケット支持構造」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10058号 判決日:平成28年10月12日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定
[概要]
明細書と図面の記載を総合的に勘案して引用発明を認定した結果、審決における引用発明の認定が誤りだとして審決が取り消された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第4933764号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2015-800071号)を請求し、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件発明]
【請求項1】
ドライブスプロケットが軸方向に移動自在かつ回転方向に規制された状態でトルクコンバータからの回転が伝達された回転軸に係合したドライブスプロケット支持構造であって、
前記ドライブスプロケットは、前記回転軸と嵌め合うことで前記回転軸のみによって回転中心を定められ、
前記回転軸との嵌め合い前の前記ドライブスプロケットと嵌め合うことで前記ドライブスプロケットの回転中心を保持するドライブスプロケット保持部が設けられ、
前記スプロケット保持部と前記ドライブスプロケットとの間の嵌め合い間隙が前記回転軸と前記ドライブスプロケットとの間の嵌め合い間隙よりも大きく設定されていることを特徴とするドライブスプロケット支持構造。
[審決]
1.甲2発明の認定
ドライブスプロケット21が左側張出部の内周面でポンプハブ11の外周面に結合し、中央部の内周面及び右側張出部の内周面でポンプハブ11にスプライン結合した状態でトルクコンバータ1からの回転が伝達されたポンプハブ11に係合したドライブスプロケット21の取付構造であって、
前記ポンプハブ11との組み付け前の前記ドライブスプロケット21の左側張出部の外周面又は右側張出部の外周面の端部と嵌め合うことで前記ドライブスプロケット21を保持するカバー52の内周面又は変速機ハウジング張出部の内周面が設けられるドライブスプロケット21の取付構造。
2.相違点の認定
相違点1
本件発明1は、「ドライブスプロケットが軸方向に移動自在かつ回転方向に規制された状態でトルクコンバータからの回転が伝達された回転軸に係合」するのに対し、甲2発明は、「ドライブスプロケット21が左側張出部の内周面でポンプハブ11の外周面に結合し、中央部の内周面及び右側張出部の内周面でポンプハブ11にスプライン結合した状態でトルクコンバータ1からの回転が伝達されたポンプハブ11に係合」する点。
[取消事由]
1.明確性要件違反に関する認定・判断の誤り
2.新規性・進歩性の判断の前提となる本件発明及び甲2発明の認定の誤り
3.本件発明1の効果についての認定の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1 取消事由2について
『(1) 原告の主張等
原告は、取消事由2として、甲2発明において、ドライズスプロケット21とポンプハブ11とは軸方向移動自在の状態でなければならない(このことは本件発明1の構成要件Aの解釈により左右されない。)から、審決の相違点1の判断における甲2発明の認定は誤りであると主張する。
これに対し、被告も、審決における上記甲2発明の認定の誤りを認める。
そこで、以下検討する。
(2) 甲2発明について
甲2には、次の記載がある。
・・・(略)・・・
(3) 検討
ア 前記(2)のとおり、甲2には、甲2発明に係るポンプハブの支持構造について、ドライブスプロケットがポンプハブの外周上に結合していること(【請求項1】、【0006】)、ドライブスプロケットは、ある実施形態では、ポンプハブの外周に、スプライン結合して取り付けられていること(【0008】)が記載されているところ、スプライン結合された2つの部材は、相互に軸方向に移動自在であると解される。
この点、前記(2)の図2のとおり、甲2発明の実施例において、ドライブスプロケット21は、その内周面において、ポンプハブ11と、2か所(前記図2のドライブスプロケットの左側張出部分の左端から中央部手前までと、中央部から右側張出部分の右端まで)において接しており、そのうち、右側の部分は、接する面に該当する部分に斜線等が付されていない細長い長方形が記載されているが、左側の部分にはそのような記載はないことが認められる。
イ 前記認定事実((2)【0008】)及び弁論の全趣旨によれば、甲2発明において、ドライブスプロケット21がポンプハブ11と接している部分のうち、前記の右側の長方形の部分がスプライン結合の構造を表していると解されるのであって、この部分においては、相互に軸方向に移動自在な状態で組み付けられていると認められる。
一方、前記の左側の部分については、前記の長方形に相当する部分が記載されておらず、前記図2からは、この部分がスプライン結合であるとはいえない。
さらに、前記(2)のとおり、甲2には、ドライブスプロケット21とポンプハブ11が接している部分が左右2か所に分かれていることを区別せず、ドライブスプロケット21がポンプハブ11にスプライン結合により取り付けられている旨の記載しかない。そして、前記の右側の部分のみをポンプハブに対して軸方向に移動自在にしても、前記の左側の部分が固定されていては、ドライブスプロケット21がポンプハブ11に対して相対的に軸方向に移動することができなくなり、前記の右側の部分をポンプハブ11に対して軸方向移動自在にする意味がなくなる。
以上を考え合わせると、前記の左側の部分が、ドライブスプロケット21とポンプハブ11が軸方向に相互に移動自在ではない状態で固定されていると認定することはできない。
ウ ところが、審決は、甲2発明は、「ドライブスプロケット21が左側張出部の内周面でポンプハブ11の外周面に結合し、中央部の内周面及び右側張出部の内周面でポンプハブ11にスプライン結合した状態」であるとして、「左側張出部の内周面」の「ポンプハブ11の外周面」との「結合」が、軸方向移動自在ではない状態で固定されており、そのため、ドライブスプロケット21が回転中のポンプハブ11に対して軸方向に移動自在ではないことを前提に、相違点1を認定していると認められる。
したがって、審決の上記認定は、誤りといわなければならない。』
2 小括
『本件発明1は、その請求項1の文言からして、少なくとも、ドライブスプロケットと回転軸が相互に軸方向に移動自在であるドライブスプロケット支持構造であると認められる。これに対し、審決は、上記1(3)のとおり、甲2発明において、ドライブスプロケット21がポンプハブ11に対して軸方向に移動自在でないとし、この点を両発明の実質的な相違点とする。この審決の判断は、甲2発明の認定を誤った結果、相違点の認定を誤ったものである。』
[コメント]
甲2発明において、ドライブスプロケット21は、ポンプハブ11と2か所(右側の部分と左側の部分)において接しており、右側の部分がスプライン結合であることは記載されているものの、左側の部分もスプライン結合であることは明細書にも図面にも記載されていなかった。そのため、審決では、左側の部分は、軸方向移動自在ではない状態で固定されており、ドライブスプロケット21が回転中のポンプハブ11に対して軸方向に移動自在ではないと判断された。
一方、判決では、右側の部分のみをポンプハブに対して軸方向に移動自在にしても、左側の部分が固定されていては、ドライブスプロケット21がポンプハブ11に対して相対的に軸方向に移動することができなくなり、右側の部分をポンプハブ11に対して軸方向移動自在にする意味がなくなるとして、左側の部分が、ドライブスプロケット21とポンプハブ11が軸方向に相互に移動自在ではない状態で固定されていると認定することはできない、と判断された。判決では、明細書と図面の記載を総合的に勘案して甲2発明を認定している点が参考になる。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)
平成28年(行ケ)第10058号「ドライブスプロケット支持構造」事件
Contactお問合せ
メールでのお問合せ
お電話でのお問合せ