IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)10150号「炭酸飲料」事件

名称:「炭酸飲料」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)10150号 判決日:平成28年12月6日
判決:請求棄却
特許法29条2項、特許法36条4項1号、特許法36条6項1号・2号
キーワード:相違点の判断、数値範囲
[概要]
搾汁(果汁)10重量%以上に特定された本件訂正発明について、相違点の一つに係る構成が可溶性固形分含量4~8度である場合に、果汁10%未満かつ可溶性固形分含量4~8度の果汁入り炭酸飲料を開示する証拠はあるものの、果汁10%以上かつ可溶性固形分含量4~8度の炭酸飲料を開示する証拠がないと認定し、容易想到ではないとした事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第4324761号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~9に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2013-800191号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件訂正発明1]
【請求項1】
下記の処方を有することを特徴とする炭酸飲料:
(1)果物又は野菜の搾汁を10~80重量%の割合で含む、
(2)炭酸ガスを2ガスボリュームより多く含む、
(3)可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である、
(4)全甘味量が砂糖甘味換算で8~14重量%である
(5)スクラロースを含む高甘味度甘味料を含む
(6)スクラロースを含む高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量が、全甘味量100重量%あたり、砂糖甘味換算で25重量%以上を占める、
(7)全ての高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量100重量%のうち、スクラロースによって付与される甘味量が、砂糖甘味換算量で50重量%以上である。
[本件訂正発明1と甲1発明との相違点]
(相違点1) 前者が「炭酸ガスを2ガスボリュームより多く含む」のに対して、後者の炭酸ガスの含有量が不明である点。
(相違点2) 前者が「可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である」のに対して、後者の可溶性固形分含量が「2.53度」である点。
[取消事由]
(1)甲1発明及び周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるとはいえないとした点の誤り(取消事由1)
(2)甲1発明及び甲2発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるとはいえないとした点の誤り(取消事由2)
(3)サポート要件に関する判断の誤り(取消事由3)
(4)実施可能要件に関する判断の誤り(取消事由4)
(5)明確性要件に関する判断の誤り(取消事由5)
※以下、取消事由1についてのみ記載する。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『 ア 本体訂正発明1は、「植物成分の豊かな味わいと炭酸ガスの爽やかな刺激感(爽快感)をバランス良く備えた植物成分含有炭酸飲料を提供する」ことを課題としているものの、植物成分を含む炭酸飲料において、植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)をバランス良く備えた炭酸飲料を提供すること自体は周知の課題であるといえる(このことは、甲1に、・・・(略)・・・からも明らかである。)。
したがって、果汁入り炭酸飲料に係る甲1発明において、植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)とのバランスを改善しようと試みること自体は、当業者であれば容易に想到し得ることであるといえる。
イ そこで、甲1発明において、前記の周知の課題(植物成分の豊かな味わいと炭酸ガスの爽やかな刺激感〔爽快感〕をバランス良く備えた植物成分含有炭酸飲料を提供する)を達成するために、本件訂正発明1における相違点1(炭酸ガスを2ガスボリュームより多く含む)及び相違点2(可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である)に係る課題解決手段を採用することが、本件優先日前、当業者にとって容易に想到し得ることであるか否かを検討する。
(ア) 相違点1(炭酸ガスのガスボリューム)について
・・・(略)・・・
(イ) 相違点2(可溶性固形分含量)について
甲16(被告従業員作成の説明書)によれば、甲2、3及び5には、可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度の果汁入り炭酸飲料が記載又は示唆されていると認められる。しかし、甲2及び甲5において実施例に記載されているのは、レモン果汁2重量%又は1.6重量%の炭酸飲料であって、果汁の含有割合は10%をはるかに下回っており、甲3には、「…例えば果汁…等を水に含有させ、これに炭酸ガスを加えたものである。これらの原料については日本農林規格に適合するものであればよく、用途などを考慮して種類や量などを適宜選択して用いればよい。…」(前記(3)イ(イ))と記載されているのみで、果汁の添加量が具体的に記載されていない。
また、甲6及び甲7に記載された果汁入り炭酸飲料は、・・・(略)・・・本件訂正発明1の「可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度」の数値範囲を満たさない。
甲10~13には、同数値範囲を形式上包含する果汁入り炭酸飲料が記載又は示唆されている(前記(3)カ(イ)、同キ(イ)、同ク(ア)、同ケ)。しかし、甲10において、本件訂正発明1の可溶性固形分含量の数値範囲を満たす実施例1(前記(3)カ(ウ))には、レモン果汁0.5重量%のものしか記載されておらず、甲11には、「本発明のベースとなる飲料のブリックスは、…好ましくは10~18、より好ましくは12~16とするのが適当である。」(前記(3)キ(イ))と記載され、むしろ8度より大きい可溶性固形分含量が推奨されており、甲12には、「…更に必要に応じて、嗜好性の向上及び商品価値の付与の目的で、…果汁を添加することができる。」(前記(3)ク(イ))と記載されているのみで、果汁の添加量は具体的に記載されておらず、実施例(前記(3)ク(ウ)(エ))においても、8度より大きい可溶性固形分含量のものしか記載されていない。甲13においては、紫蘇の搾汁ではなく紫蘇抽出液が用いられており、また、紫蘇抽出液を得るために使用する紫蘇葉の使用量として25~45g/1000ml、つまり、2.5~4.5重量%の紫蘇葉の使用量が、嗜好性の良好な範囲として示されている(前記(3)ケ)。
以上からみて、果汁が10%以上含まれた炭酸飲料の可溶性固形分含量を屈折糖度計示度で4~8度の数値範囲とすることは、甲2、3、5~7及び10~13の何れにも具体的に記載されてはおらず、本件優先日前から周知のものであったとまではいえない。また、甲1~3、5~7及び10~13の何れにも、可溶性固形分含量を操作することで、植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)のバランスを調整することが可能であると記載又は示唆されているわけではない。
したがって、19.8~22.0重量%の果汁入り炭酸飲料である甲1発明において、植物成分の風味と炭酸の刺激感(爽快感)をバランス良く備えた炭酸飲料を提供するために、可溶性固形分含量を「4~8度」に調整することは、当業者が容易に想到し得ることとまではいえない。』
[コメント]
裁判所は、「果汁10%以上かつ可溶性固形分含量4~8度の炭酸飲料」が証拠に記載されているか否かに重みを置いて、相違点2の進歩性を肯定したといえる。可溶性固形分含量が4~8度に収まる果汁入り炭酸飲料を開示する文献(甲2、3、5、10)を原告が提出したものの、裁判所が、「果汁が10%以上含まれた炭酸飲料の可溶性固形分含量を屈折糖度計示度で4~8度の数値範囲とすることは、・・・(略)・・・何れにも具体的に記載されてはおらず、本件優先日前から周知のものであったとまではいえない。」と判断しているためである。
証拠に記載されているか否かになぜ重みを置いたのかは、判決文には明示されていない。おそらく、本件訂正発明における主成分または基本的成分の構成(果汁10~80%含有)を考慮し、果汁10%以上かつ可溶性固形分含量4~8度の炭酸飲料を開示する証拠が必要だと考え、この証拠の有無に重みを置いたのであろう。本件訂正発明の特徴について裁判所が「10~80重量%の植物成分と2ガスボリュームより多い炭酸ガスを含む処方において、・・・(略)・・・可溶性固形分含量を特定量以下に抑えることにより、口当たりが重くなり過ぎず、また刺激が強くなり過ぎずに、所期の目的が達成できることを見出したことに基づいて完成した」(上記の[裁判所の判断]では抜粋していない。)と認定しているためである。
本事例は、発明における主成分または基本的成分の構成が何であるかを示すことで、副引例を絞ることが可能な場合があることを示しているといえる。
以上
(担当弁理士:森本 宜延)

平成28年(行ケ)10150号「炭酸飲料」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ