IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成27年(行ケ)第10212号「鋳型の製造方法」事件
名称:「鋳型の製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)第10212号 判決日:平成28年10月12日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定、一致点の認定
[概要]
文献中に、発明の各構成要素が複数の候補から選択できるものとして記載されているような場合であっても、その選択肢の組合せの全ての類型が、当然に、当該文献に発明の構成として開示されているものと解することはできないことが示されて、原告が主張する本件発明と引用発明との一致点が認められず、進歩性を肯定する審決が維持されたた事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5213318号の特許権者である。
原告が、本件特許を無効とする無効審判(無効2013-800170号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明](訂正発明1)
予め加熱された鋳物砂にアルカリレゾール樹脂水溶液を混練乃至は混合して、該鋳物砂の表面を該アルカリレゾール樹脂水溶液にて被覆すると共に、かかるアルカリレゾール樹脂水溶液の水分を該鋳物砂の熱にて蒸散せしめることにより、水分率が0.5%以下の、常温流動性を有する乾態の粉末状樹脂被覆砂を製造し、次いで該粉末状樹脂被覆砂を、加熱された、目的とする鋳型を与える成形型内に充填した後、水蒸気を通気させて、かかる成形型内で該粉末状樹脂被覆砂を硬化せしめ、更に乾燥空気又は加熱乾燥空気を該成形型内に通気せしめることにより、目的とする鋳型を得ることを特徴とする鋳型の製造方法、
[審決]
本件訂正発明1と甲1発明とを対比すると、両者は、次の点で一致する。
「鋳物砂にレゾール樹脂を混練乃至は混合して、該鋳物砂の表面を該レゾール樹脂にて被覆した粉末状樹脂被覆砂を製造し、次いで該粉末状樹脂被覆砂を、加熱された、目的とする鋳型を与える成形型内に充填した後、水蒸気を通気させて、かかる成形型内で該粉末状樹脂被覆砂を硬化せしめ、更に鋳型を乾燥せしめることにより、目的とする鋳型を得る、鋳型の製造方法。」 本件訂正発明1と甲1発明とを対比すると、両者は、次の点で相違する。
【相違点1】 本件訂正発明1では、「予め加熱された鋳物砂にアルカリレゾール樹脂水溶液を混練乃至は混合して、鋳物砂の表面をアルカリレゾール樹脂水溶液にて被覆すると共に、かかるアルカリレゾール樹脂水溶液の水分を鋳物砂の熱と送風にて蒸散せしめることにより、水分率が0.5%以下の、常温流動性を有する乾態の粉末状樹脂被覆砂を製造」するのに対して、甲1発明では、「フラッタリーけい砂に、50トールの減圧下で70℃まで脱液を行った25℃における粘度が30ポアズであるレゾール型フェノール樹脂粘結剤を混練して、樹脂量が重量比で2%の湿状態のレジンコーテッドサンドを製造」する点。
【相違点2】 本件訂正発明1では、「乾燥空気又は加熱乾燥空気を成形型内に通気せしめる」のに対して、甲1発明では、「鋳型を乾燥機に入れて乾燥せしめる」点。
相違点1について
①甲1発明の「レゾール樹脂」は、水溶性であるが、「25℃における粘度が30ポアズ」であるから、技術常識より、独立した運動性を失って固化した状態であるゲルとして存在しており、「水溶液」の状態ではない。②甲2発明の水溶性有機粘結剤(アルカリレゾール樹脂)は、水溶液の状態である。③アルカリレゾール樹脂が水溶液の状態であるかないかは、甲1発明及び甲2発明の前提技術になっているから、前提技術が異なる甲1発明と甲2発明とを組み合わせることは、当業者であっても想起し難い。④甲2発明の「予め加熱された珪砂(耐火骨剤)」に「水溶性有機粘結剤(アルカリレゾール樹脂)水溶液」を混合するなどして、「常温において乾体自由流動性を保持する有機粘結剤被覆砂」を製造し、その後、「高い温度によって水蒸気や硬化剤となる分解ガスを発生させ」ることは、従前の自明の技術であるとはいえない。⑤以上から、相違点1に係る本件訂正発明1の発明特定事項を構成することは、甲1発明と甲2発明に基づいて容易に想起し得るとはいえない。
相違点2について
相違点2に係る本件訂正発明1の発明特定事項を構成することは、甲1発明と甲2発明及び従前の手段に基いて、当業者であれば容易に想起し得る。
[取消事由]
1 取消事由1(進歩性の判断の誤りその1)
審決の甲2発明の認定及び審決の認定する甲1発明(レジンコーテッドサンドが湿態であるもの)と甲2発明とを組み合わせることが容易でないとの審決の判断は、争わない。しかしながら、審決は、甲1の記載から下記甲1A発明(レジンコーテッドサンドが乾態)が認められることを看過したものであり、上記甲1発明を前提とする審決の進歩性判断には、誤りがある。 (1)甲1発明の認定の誤り
甲1の記載からは、次の甲1A発明が認められる。 「予め加熱した耐火骨材にアルカリレゾール樹脂溶液を混合して、耐火骨材の表面をアルカリレゾール樹脂溶液にて被覆すると共に、アルカリレゾール樹脂溶液の溶剤を耐火骨材の熱で蒸散せしめることにより、常温流動性を有する乾態のレジンコーテッドサンドを製造し、次いでレジンコーテッドサンドを、加熱された、目的とする鋳型を与える型内に充填した後、水蒸気を通気させて、型内でレジンコーテッドサンドを硬化せしめ、更に鋳型を乾燥機に入れて乾燥することにより、目的とする鋳型を得る、鋳型の製造方法。」
(2)一致点の認定の誤り
(3)相違点の認定の誤り
(4)相違点の判断の誤り
2 取消事由2(進歩性の判断の誤りその2)
甲1発明を前提とした審決の進歩性判断の過程には、次のとおりの誤りがあり、改めて、甲1A発明を前提とした進歩性判断がされるべきである。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(2) 甲1発明の認定について
上記(1)の記載によれば、審決の認定と同様に、次の甲1発明を認めることができ、審決の甲1発明の認定には誤りはない。
「フラッタリーけい砂に、50トールの減圧下で70℃まで脱液を行った25℃における粘度が30ポアズであるレゾール型フェノール樹脂粘結剤を混練して、樹脂量が重量比で2%の湿状態のレジンコーテッドサンドを製造し、次いでレジンコーテッドサンドを、加熱された、目的とする鋳型を与える成形型内に充填した後、水蒸気を通気させて、かかる成形型内でレジンコーテッドサンドを硬化せしめ、更に鋳型を乾燥機に入れて乾燥せしめることにより、目的とする鋳型を得る、鋳型の製造方法。」
また、この甲1発明は、実施例3、4に基づくものであるところ、甲1の記載から認められる発明中、本件訂正発明1に最も構成が近接するものであって、本件訂正発明1と対比する引用発明として、甲1発明を選択した審決の認定にも誤りはない。すなわち、実施例1、2は、ベンジリックエーテル型フェノール樹脂を、実施例5~8は、ノボラック型フェノール樹脂を、実施例9、10は、アンモニアレゾール樹脂を、実施例11、12は、ノボラック型フェノール樹脂とアンモニアレゾール樹脂を混合したものを、それぞれ、用いたものであり、フェノールとホルムアルデヒドとをアルカリ(土類)金属の水酸化物を触媒として反応させて得られたレゾール型フェノール樹脂を用いているのは、実施例3、4のみである。
(3) 原告の主張について
原告は、甲1の記載から次の甲1A発明が認められると主張する。
「・・・(略)・・・」
ところで、発明とは、自然法則を利用した技術思想の創作であり、自然法則上の制約からも、また、発明者の創作意図としても、一まとまりの技術事項として構成されるものであるから、明細書などの同一の文献の中に、発明の各構成要素が複数の候補から選択できるものとして記載されているような場合であっても、その選択肢の組合せの全ての類型が、当然に、当該文献に発明の構成として開示されているものと解することはできない。そして、引用文献である甲1には、上記(1)のとおり、あらかじめ加熱したフラッタリーけい砂を用い、また、さらさらしたレジンコーテッドサンドを得たとする実施例7~12が記載されているが、いずれも、アルカリレゾール樹脂を用いたものではない。したがって、甲1には、あらかじめ加熱したフラッタリーけい砂にアルカリレゾール樹脂のフェノール樹脂粘結剤を加えて常温流動性を有する乾態のレジンコーテッドサンドを得た発明は、記載されていないというべきである。
原告は、【0024】~【0029】には、粒状でさらさらしたレジンコーテッドサンドを得ることができることや、そのようなレジンコーテッドサンドが好ましいとの記載があることから、アルカリレゾール樹脂を用いた乾態のレジンコーテッドサンドが開示されていると主張する。
しかしながら、【0024】~【0029】の記載は、耐火骨材にフェノール系樹脂粘結剤を被覆する方法として一般的に可能なものを列記しただけであって、この部分から、直ちに、甲1に記載のいかなるフェノール系樹脂粘結剤にどのような被覆方法を選択すべきかが判明するわけではなく、また、当然に、甲1に記載のどのフェノール系樹脂粘結剤にも全ての被覆方法が選択できるとの趣旨と理解できるものでもない。上記のとおり、具体的に乾態のレジンコーテッドサンドが得られたとする実施例中には、アルカリレゾール樹脂を用いたものが含まれていないのであるから、これを用いた乾態のレジンコーテッドサンドを得る具体的な手段が記載されていない以上、甲1から、当業者が、アルカリレゾール樹脂を用いて乾態のレジンコーテッドサンドを得る技術を読み取れるものではない(すなわち、当業者は、常温流動性を有する乾態のレジンコーテッドサンドを開示する甲1の請求項2係る発明には、アルカリレゾール樹脂を用いてレジンコーテッドサンドを得る技術は包含されていないと理解する。)。
そうすると、原告の上記主張は、採用することができない。』
[コメント]
引用文献に記載の発明が複数の構成要素からなり、かつ各構成要素として複数の選択肢が記載されている場合に、選択肢の組合せの全ての類型を引用発明として認定することができないことが示されている。上記組み合わせの認定に関する理由として技術思想の創作、自然法則上の制約、発明者の創作意図が記載されているところが興味深い。本件では、具体的には、異なる実施例において使用されている各構成要素の組み合わせが否定されている。
本願発明と引用発明との一致点が、引用文献の広範な開示から認定されている場合には、上記理由の観点から一致点の妥当性を判断するうえで参考になる。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)
平成27年(行ケ)第10212号「鋳型の製造方法」事件
Contactお問合せ
メールでのお問合せ
お電話でのお問合せ