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平成28年(行ケ)第10158号「建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材」事件

名称:「建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10158号 判決日:平成29年3月14日
判決:請求棄却
特許法29条の2、同法36条6項2号
キーワード:拡大先願、明確性
[概要]
相違点に係る構成が先願明細書に記載も示唆もないので法第29条の2に該当せず、さらに、上限値が規定されていなくとも、作業性を損なわない大きさをもって上限とすることは、当業者に自明であるとして不明確であるといえないと判断された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5177826号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1に係る発明についての特許無効審判(無効第2014‐800021号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、平成27年6月30日に第1次審決を取り消す判決をし、同判決は確定した。
被告は、平成28年2月26日に訂正請求をし、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取消を求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[訂正後本件発明]「/」は原文の改行箇所を示す。
【請求項1】
建物の構造躯体室外側に敷設される連続敷設用の建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材であって、/前記連続敷設用のモルタル塗り外壁通気層形成部材は、/水平方向に延びる、断面形状が略凹溝条に形成された溝条リブが間隔をあけて複数設けられ、前記溝条リブ間には網目部が形成されたラス材と、該ラス材の一面側に貼着された防水シートとを有し、/前記溝条リブの長手方向に向かっては、該溝条リブの長手方向と略直交し、前記貼着された防水シート側に向けて略台形山状に突出させて形成された、前記断面形状が略凹溝条に形成された溝条リブ底面が、ステープルを打ち付けられる平面とされ、上方に向かって斜めに拡開し、逆台形型の凹溝条をなし、該凹溝条の各隅部には、前記溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべくプレスストレスを分散出来る様プレス成形時にRをつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散して形成されてなる通気胴縁部が、間隔をあけて複数設けられ、隣り合う前記通気胴縁部間の谷部は、通気層用空間とされ、/前記モルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設時には、前記通気胴縁部同士及び前記溝条リブ同士が重ね合わせられ、前記逆台形型凹溝条をなす通気胴縁部の形状及び断面形状が略凹溝条をなす溝条リブの形状が重ね合わせ敷設の目印形状となり、前記通気胴縁部の上面の幅が、該通気胴縁部の底面の幅よりおよそ1.3倍以上を有する逆台形とされて、重ね合わせ時に作業性を損なわないよう形成された、/ことを特徴とする建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材。
[審決での本件発明と先願明細書との相違点]
(相違点1)
水平方向に延びるリブ及びそのリブの長手方向と略直交する凹溝条をなす通気胴縁部に関し、本件発明においては、①リブは、断面形状が略凹溝条に形成された溝条リブであり、その底面が通気胴縁部においてステープルを打ち付けられる平面とされ、②通気胴縁部は、略台形山状であって、上方に向かって斜めに拡開した逆台形型の凹溝条をなし、該凹溝条の各隅部には、溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべくプレスストレスを分散出来る様プレス成形時にR(丸み)をつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散して形成されてなり、③上面の幅が底面の幅よりおよそ1.3倍以上である逆台形とされて、重ね合わせ時に作業性を損なわないよう形成されたのに対し、先願発明においては、リブ(横力骨32)は、溝条リブと特定されておらず、通気胴縁部(突条部10a)は、凹溝条であること以外は具体的に特定されていない点
(相違点2)
建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材の敷設に関し、本件発明においては、連続敷設時には、通気胴縁部同士及び溝条リブ同士が重ね合わせられ、逆台形型凹溝条をなす通気胴縁部の形状及び断面形状が略凹溝条をなす溝条リブの形状が重ね合わせ敷設の目印形状となるよう形成されるのに対し、先願発明においては、複合ラスの張設作業は、隙間を生じさせないように隣接する複合ラス相互間の継ぎ足し処理を順次に繰り返して行うものの、通気胴縁部(突条部10a)及びリブ(横力骨32)の形状が重ね合わせ敷設の目印形状となるよう形成されているか否か不明である点
[取消事由]
取消事由1(拡大先願に係る認定・判断の誤り)
取消事由2(明確性の要件に判断の誤り)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
取消事由1(拡大先願に係る認定・判断の誤り)について
『⑶ 相違点1について
ア 本件発明における通気胴縁部について
前記1のとおり、本件発明における通気胴縁部は、①略台形山状であって、上方に向かって斜めに拡開した逆台形型の凹溝条をなし、②該凹溝条の各隅部には、溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべくプレスストレスを分散できるようプレス成形時にRをつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散して形成されてなり、③上面の幅が底面の幅よりおよそ1.3倍以上である逆台形とされて、重ね合わせ時に作業性を損なわないように形成されており、これらの事項が発明特定事項となっている。
本件発明は、従来のモルタル塗り外壁通気工法が壁内の通気層の形成に別部材としての通気胴縁を要したために作業コストの上昇等の問題が生じていたことから、建物壁内に通気層を確実に形成するとともに、通気胴縁の役割を果たす通気胴縁部とリブラスを一体に形成することにより、別部材としての通気胴縁を不要とする建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材の提供を課題とし(【0007】【0008】)、溝条リブ及びラス材(リブラス)を防水シート側に向けて略台形山状に突出させて通気胴縁部を形成し、溝条リブの底面をステープルで打ち付けて構造躯体に固定することによって、建物壁内に通気層を確実に形成するとともに、通気胴縁の役割を果たす通気胴縁部とリブラスを一体に形成することにより、別部材としての通気胴縁を不要とし、上記課題を解決するというものである(【0009】【0010】
【0016】~【0018】【0022】【0027】【0028】【図2】)。
したがって、リブとラス材(リブラス)を防水シート側に突出させて成る通気胴縁部を、略台形山状であって、上方に向かって斜めに拡開した逆台形型の凹溝条とすること(前記①)は、建物壁内に通気層を確実に形成するとともに、通気胴縁の役割を果たす通気胴縁部とリブラスを一体に形成することにより別部材としての通気胴縁を不要とする建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材の提供という課題を解決するための手段ということができる。
そして、本件発明においては、上記リブが溝条リブであることから、溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止するために、逆台形型の凹溝条の各隅部にはプレス成形時にRをつけられ、プレスストレスベクトルを多数の角度に分散させてプレスストレスを分散できるように形成されている(前記②)。これによって、通気胴縁部の開口側隅角部分がプレスストレスにより破断するのを防止し得る(【0009】【0019】【0023】【0030】【図2】)。
さらに、本件発明においては、モルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設において重ね合わせ時に作業性を損なわないよう、逆台形型の上面の幅は、底面の幅のおよそ1.3倍以上とされている(前記③)(【0009】【0029】)。
イ 先願発明における通気胴縁部について
先願明細書等(甲5の2)中、「凹溝条」をなす「通気胴縁部」、すなわち、「突条部10a」の具体的形状については、【図1】から【図3】及び【図9】において各隅部(2つ)にRが設けられた半円形状の「突条部10a」が描かれているのみであり、他に上記具体的形状を示す記載も図面もない。半円形状とすることやRを設けることに関する技術的意義についての記載もない。』
『エ 原告らの主張について
原告らは、溝条リブの亀裂や引きちぎれの工学的概念及びその対処法は、先願明細書等に係る出願当時、当業者に周知されており(甲40、41)、溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止するためにプレスストレスベクトルを多数の角度に分散するというRの技術的意義は、周知事実であったことから、先願明細書等には、溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべく、プレス成形時にRをつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散することが実質的に記載されている旨主張する。
しかし、原告らが上記周知事実の根拠として掲げる文献には、プレス加工ないしプレス成形一般の説明が記載されているにすぎず、特に溝条リブに言及する記載はなく、亀裂や引きちぎれを防止するためにプレスストレスベクトルを多数の角度に分散することも記載されていない。よって、証拠上、原告ら主張の周知事実を認めるに足りない。』
『⑷ 相違点2について
ア 本件発明について
本件明細書において、モルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設時には、通気胴縁部同士及び溝条リブ同士が重ね合わせられ、逆台形型の凹溝条をなす通気胴縁部の形状及び断面形状が略凹溝条をなす溝条リブの形状が重ね合わせ敷設の目印となる旨が記載されており(【0009】)、その効果につき、本件発明の構成を採用したモルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設は、通気胴縁部同士及び溝条リブ同士を重ね合わせるので、通気胴縁部及び溝条リブが敷設の目印となることから、高度な技術を要することなく、容易に敷設し得るとの効果も期待できる旨が記載されている(【0049】)。これらの記載は、本件発明に係るモルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設時において、通気胴縁部の逆台形型の凹溝条の形状及び溝条リブの略凹溝条の断面形状が、そのまま目印となり得ることを意味するものと解される。
イ 先願発明について
先願明細書等においては、複合ラスの張設作業につき、後のモルタル塗着作業に必要な全範囲にわたり、特にラス網3の断点(隙間)を生じさせないように、隣接する複合ラス10の相互間の継ぎ足し処理を順次に繰り返して行う旨の記載はあるものの(【0026】)、継ぎ足し処理の具体的方法については記載がなく、通気胴縁部に相当する突条部10aないしリブラスを構成する溝条リブを重ね合わせることは、記載も示唆もされていない。』
取消事由2(明確性の要件に判断の誤り)について
『原告らは、本件特許請求の範囲請求項1の「前記通気胴縁部の上面の幅が、該通気胴縁部の底面の幅よりおよそ1.3倍以上を有する逆台形」につき、「およそ1.3倍以上」の記載が上限値を特定していないとしても、必ずしも不明確とはいえないとの本件審決の判断は、誤りである旨主張する。
しかし、本件発明は、建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材に関するものであるところ、逆台形とされる通気胴縁部の上面の幅が大きすぎると、十分な外壁通気層を形成することが困難になることは明らかである(【図1】【図2】参照)。
また、本件発明において、通気胴縁部の形状は、上記形成部材の重ね合わせ敷設の目印形状となるものであり、上面の幅を底面の幅のおよそ1.3倍以上とするのは、重ね合わせ時に作業性を損なわないようにするためであるところ(【0009】【0029】)、上面の幅が大きすぎると、重ね合わせ時に位置が定まりにくく、作業性が損なわれる。
よって、通気胴縁部の上面の幅については、十分な外壁通気層を形成することができ、かつ、モルタル塗り外壁通気層形成部材の重ね合わせ敷設時の作業性を損なわない大きさをもって上限とすることは、当業者にとって自明の事項というべきである。』
[コメント]
拡大先願では、本件発明と先願明細書に記載の発明との同一性が判断される。本判決では、先願明細書に本件発明の発明特定事項に対応する構造が記載も示唆もされていないとして、審査基準に沿った判断をしているので、妥当だと思われる。
明確性について、本件のような構造分野では、上限または下限値がないことをもってただちに不明確となるわけではないことが改めて確認できた事例である。
以上
(担当弁理士:坪内 哲也)

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