IP case studies判例研究
審決取消訴訟等
平成28年(行ケ)第10186号「摩擦熱変色性筆記具及びそれを用いた摩擦熱変色セット」事件
名称:「摩擦熱変色性筆記具及びそれを用いた摩擦熱変色セット」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10186号 判決日:平成29年3月21日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:容易想到性、動機付け
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/616/086616_hanrei.pdf
[概要]
主引例に係る発明と副引例に係る発明は、技術分野において共通しているが、その構成及び機能において大きく異なるため、当業者がこれらを組み合わせて相違点に係る構成に想到することは容易ではないとして進歩性が肯定された事例。
[事件の経緯]
原告らは、特許第4312987号の特許権者である。
被告は、当該特許の請求項1ないし9に係る発明について特許無効審判(無効2014-800128号)を請求し、原告らは、請求項2ないし4及び8を削除することなどを内容とする訂正請求をした。特許庁は、本件訂正を認めた上で、請求項2ないし4及び8に係る発明についての無効審判請求を却下するとともに、請求項1、5ないし7及び9に係る発明についての特許を無効とする審決をしたため、原告らは、本件審決の請求項1、5ないし7及び9に係る部分の取消しを求めた。
知財高裁は、原告らの請求を認容し、審決を取消した。
[本件発明1]
【請求項1】
低温側変色点を-30℃~+10℃の範囲に、高温側変色点を36℃~65℃の範囲に有し、平均粒子径が0.5~5μmの範囲にある可逆熱変色性マイクロカプセル顔料を水性媒体中に分散させた可逆熱変色性インキを充填し、前記高温側変色点以下の任意の温度における第1の状態から、摩擦体による摩擦熱により第2の状態に変位し、前記第2の状態からの温度降下により、第1の状態に互変的に変位する熱変色性筆跡を形成する特性を備えてなり、第1の状態が有色で第2の状態が無色の互変性を有し、前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料は発色状態又は消色状態を互変的に特定温度域で記憶保持する色彩記憶保持型であり、筆記時の前記インキの筆跡は室温(25℃)で第1の状態にあり、エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ、摩擦熱により前記インキの筆跡を消色させる摩擦体が筆記具の後部又は、キャップの頂部に装着されてなる摩擦熱変色性筆記具。
[本件発明1と引用発明1との相違点]
(ア) 相違点1
本件発明1が、可逆熱変色性マイクロカプセル顔料(可逆熱変色性微小カプセル顔料)において、低温側変色点を-30℃~+10℃の範囲に、高温側変色点を36℃~65℃の範囲に有するものであるのに対し、引用発明1は、低温側変色点を5℃~25℃の範囲に、高温側変色点を27℃~45℃の範囲に有するものである点
(イ) 相違点2
本件発明1が、可逆熱変色性マイクロカプセル顔料(可逆熱変色性微小カプセル顔料)において、平均粒子径が0.5~5μmの範囲にあるのに対し、引用発明1は、平均粒子径が1~3μmの範囲にある点
(ウ) 相違点3
本件発明1が、熱変色性筆記具における「熱」について、摩擦熱と特定しているのに対し、引用発明1は、特定していない点
(エ) 相違点4
本件発明1が、筆記時のインキの筆跡は、室温(25℃)で第1の状態にあり、と特定しているのに対し、引用発明1は、特定していない点
(オ) 相違点5
本件発明1が、エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ、摩擦熱により前記インキの筆跡を消色させる摩擦体が、筆記具の後部又はキャップの頂部に装着されてなるのに対し、引用発明1は、特定していない点
[取消事由]
(1)相違点4の認定及び容易想到性の判断の誤り
(2)相違点1に係る容易想到性の判断の誤り
(3)相違点3に係る容易想到性の判断の誤り
(4)相違点5に係る容易想到性の判断の誤り
※以下、取消事由(4)についてのみ記載する。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
6 相違点5に係る容易想到性の判断の誤りについて
『(2)相違点5に係る容易想到性について
ア 本件審決は、当業者において、引用発明1に、筆記具という技術分野及び熱変色性筆跡を摩擦体の摩擦熱による加熱によって消色させる点において共通する引用発明2を組み合わせることは、容易に想到し得るものであり、摩擦体の材質としては、引用例2に記載されたエラストマー又はプラスチック発泡体を必要に応じて適宜選択することができ、その際、摩擦体を筆記具の後部又はキャップの頂部に装着することは、引用例3、4、7及び8に記載された周知慣用の構造であるから、相違点5に係る本件発明1の構成は当業者が容易に想到し得たものである旨判断した。
・・・(略)・・・
エ 引用発明1に引用発明2を組み合わせることについて
・・・(略)・・・
このように、引用発明1と引用発明2は、いずれも色彩記憶保持型の可逆熱変色性微小カプセル顔料を使用してはいるが、①引用発明1は、可逆熱変色性インキ組成物を充填したペン等の筆記具であり、それ自体によって熱変色像の筆跡を紙など適宜の対象に形成できるのに対し、②引用発明2は、筆記具と熱変色層が形成された支持体等から成る筆記材セットであり、筆記具である冷熱ペンが、氷片や冷水等を充填して低温側変色点以下の温度にした特殊なもので、インキや顔料を含んでおらず、通常の筆記具とは異なり、冷熱ペンのみでは熱変色像の筆跡を形成することができず、セットとされる支持体上面の熱変色層上を筆記することによって熱変色像の筆跡を形成するものであるから、筆跡を形成する対象も支持体上面の熱変色層に限られ、両発明は、その構成及び筆跡の形成に関する機能において大きく異なるものといえる。したがって、当業者において引用発明1に引用発明2を組み合わせることを発想するとはおよそ考え難い。
オ 相違点5に係る本件発明1の構成の容易想到性について
(ア) 前記エのとおり、当業者が引用発明1にこれと構成及び筆跡の形成に関する機能において大きく異なる引用発明2を組み合わせることを容易に想到し得たとは考え難く、よって、相違点5に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たとはいえない。
(イ) 仮に、当業者が引用発明1に引用発明2を組み合わせたとしても、前記ウのとおり、引用例2には、熱変色像を形成する熱変色体2及び冷熱ペン8とは別体のものとしての摩擦具9のみが開示されていることから、引用発明2の摩擦具9は、筆記具とは別体のものである。よって、当業者において両者を組み合わせても、引用発明1の筆記具と、これとは別体の、エラストマー又はプラスチック発泡体を用いた摩擦部を備えた摩擦具9(摩擦体)を共に提供する構成を想到するにとどまり、摩擦体を筆記具の後部又はキャップの頂部に装着して筆記具と一体のものとして提供する相違点5に係る本件発明1の構成には至らない。
(ウ) そして、前記イのとおり、引用例1には、そもそも摩擦熱を生じさせる具体的手段について記載も示唆もされていない。
また、前記ウのとおり、引用例2には、熱変色像を形成する熱変色体2及び冷熱ペン8とは別体のものとしての摩擦具9のみが開示されており、そのように別体のものとすることについての課題ないし摩擦具9を熱変色体2又は冷熱ペン8と一体のものとすることは、記載も示唆もされていない。
引用例3(甲9)、甲第10、11号証、引用例4(甲12)、甲第13、14、及び52号証には、筆記具の多機能性や携帯性等の観点から筆記具の後部又はキャップに消しゴムないし消し具を取り付けることが、引用例7(甲80)には、筆記具の後部又はキャップに装着された消しゴムに、幼児等が誤飲した場合の安全策を施すことが、引用例8(甲81)には、消しゴムや修正液等の消し具を筆記具のキャップに圧入固定するに当たって確実に固定する方法が、それぞれ記載されている。しかし、これらのいずれも、消しゴムなど単に筆跡を消去するものを筆記具の後部ないしキャップに装着することを記載したものにすぎない。
他方、引用発明2の摩擦具9は、低温側変色点以下の低温域での発色状態又は高温側変色点以上の高温域における消色状態を特定温度域において記憶保持することができる色彩記憶保持型の可逆熱変色性微小カプセル顔料からなる可逆熱変色性インキ組成物によって形成された有色の筆跡を、摩擦熱により加熱して消色させるものであり、単に筆跡を消去するものとは性質が異なる。そして、引用例3、4、7、8、甲第10、11、13、14及び52号証のいずれにもそのような摩擦具に関する記載も示唆もない。よって、このような摩擦具につき、筆記具の後部ないしキャップに装着することが当業者に周知の構成であったということはできない。また、当業者において、摩擦具9の提供の手段として、引用例3、4、7、8、甲第10、11、13、14及び52号証に記載された、摩擦具9とは性質を異にする、単に筆跡を消去するものを筆記具の後部ないしキャップに装着する構成の適用を動機付けられることも考え難い。
(エ) 仮に、当業者において、摩擦具9を筆記具の後部ないしキャップに装着することを想到し得たとしても、前記エのとおり引用発明1に引用発明2を組み合わせて「エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ、摩擦熱により筆記時の有色のインキの筆跡を消色させる摩擦体」を筆記具と共に提供することを想到した上で、これを基準に摩擦体(摩擦具9)の提供の手段として摩擦体を筆記具自体又はキャップに装着することを想到し、相違点5に係る本件発明1の構成に至ることとなる。このように、引用発明1に基づき、2つの段階を経て相違点5に係る本件発明1の構成に至ることは、格別な努力を要するものといえ、当業者にとって容易であったということはできない。
(オ) したがって、相違点5に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たとはいえない。』
8 結論
『以上によれば、本件審決の容易想到性に関する判断には誤りがあり、原告ら主張の取消事由は理由があるから、本件審決は取消しを免れない。
よって、原告らの請求をいずれも認容することとし、主文のとおり判決する。』
[コメント]
被告が主張するように、引用発明1と引用発明2は、筆記具という技術分野において共通しており、また広く解せば「熱変色性筆跡を摩擦熱により加熱して消色させる」という共通する機能を有しているため、引用発明1における摩擦熱を生じさせる具体的手段として、引用発明2の摩擦熱により熱変色性筆跡を消色させるための摩擦具を適用する動機付けがあるとも考えられる。しかし、裁判所は、引用発明1に係る筆記具と引用発明2に係る筆記材セットの構成の違い及び筆跡の形成に関する機能の違いを詳細に検討した上で、引用発明2に係る筆記材セットの特殊性に鑑み、引用発明1に係る筆記具と引用発明2に係る筆記材セットは、その構成及び筆跡の形成に関する機能が大きく異なると判断して、引用発明1に引用発明2を組み合わせることの容易性を否定した。特許庁は、主引例に係る発明に副引例に係る発明を組み合わせるための示唆ないし動機付けの根拠を広く解釈しすぎる場合があり、これは裁判において進歩性を否定する判断が覆る要因の一つとなっている。
以上
(担当弁理士:福井 賢一)
平成28年(行ケ)第10186号「摩擦熱変色性筆記具及びそれを用いた摩擦熱変色セット」事件
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