IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)第10001号、第10018号、第10082号「新規な葉酸代謝拮抗薬の組み合わせ療法」事件

名称:「新規な葉酸代謝拮抗薬の組み合わせ療法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10001号、第10018号、第10082号
判決日:平成29年2月2日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:動機付け、容易想到性
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/487/086487_hanrei.pdf
[概要]
引用文献には、葉酸の単独投与にかかる問題点を指摘する記載はない等を理由として、葉酸代謝拮抗薬であるMTA毒性の低下と抗腫瘍活性維持のために葉酸を組み合わせて投与することが開示されている引用文献に基づいて、MTA毒性の低下および抗腫瘍活性の維持のためにビタミンB12を組み合わせて用いることについて進歩性を肯定した審決を維持した事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5469706号の特許権者である。
原告が、本件特許の請求項1ないし17に係る発明についての特許を無効とする特許無効審判請求し(無効2014-800063号)、特許庁が審判請求は成り立たないとの審決をしたため、原告は審決の取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
葉酸及びビタミンB12と用いられる、ペメトレキセート二ナトリウム塩を含有するヒトにおける腫瘍増殖を抑制するための医薬であって、下記レジメで投与される医薬:
a.有効量の該医薬を投与し;
b.葉酸の0.3mg~5mgを、該医薬の投与前に投与し;そして、
c.ビタミンB12の500μg~1500μgを、該医薬の第1の投与の1~3週間前に投与し、
該レジメは、該医薬の毒性の低下および抗腫瘍活性の維持を特徴とする、上記医薬。
[審決]
審決は、引用発明を、MTA(LY231514)の毒性作用を軽減して用量漸増を可能とする、MTAと葉酸を組み合わせて投与する方法であって、1日5mgの葉酸をMTA投与の2日前から5日間投与する方法であると認定し、下記の通り一致点及び相違点を認定した。
一致点
葉酸との組み合わせを含有するペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持するための剤又は剤の投与方法であって、ペメトレキセート二ナトリウム塩の有効量と葉酸とを組み合わせて投与する医薬又は医薬の投与方法の発明である点
相違点1
本件発明1では、葉酸の他に、さらにビタミンB12も組み合わせて用いているのに対し、引用発明ではビタミンB12が用いられていない点
相違点2
本件発明1の医薬は、「a.有効量の該医薬を投与し;b.葉酸の0.3mg~5mgを、該医薬の投与前に投与し;そして、c.ビタミンB12の500μg~1500μgを、該医薬の第1の投与の1~3週間前に投与」するというレジメで投与されるものであるのに対し、引用発明ではこのようなレジメが記載されていない点
相違点3
本件発明1では、上記(イ)のレジメは、本件発明の医薬の毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持を特徴とするものであるのに対し、引用発明ではこのような特徴が記載されていない点
[取消事由]
取消事由1:進歩性に係る判断の誤り(相違点1に係る判断の誤り)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(2) 相違点1に係る容易想到性について
ア 相違点1について
相違点1は、本件発明1では、葉酸の他に、さらにビタミンB12も組み合わせて用いているのに対し、引用発明ではビタミンB12が用いられていないというものである。本件発明1は、「a.有効量の該医薬(MTAを含有するヒトにおける腫瘍増殖を抑制するための医薬)を投与し;/b.葉酸の0.3mg~5mgを、該医薬の投与前に投与し;そして、/c.ビタミンB12の500μg~1500μgを、該医薬の第1の投与の1~3週間前に投与し、」という、「該医薬の毒性の低下および抗腫瘍活性の維持を特徴とする」「レジメで投与される医薬」であり、前記1⑶のとおり、MTA投与の前に、MTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のために葉酸とビタミンB12を組み合わせて投与することを特徴とする医薬であるから、相違点1に係る容易想到性の判断に当たっては、本件優先日当時の当業者においてMTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のために引用発明にビタミンB12を組み合わせて投与する動機付けの存否が問題となる。
・・・(略)・・・
ウ・・・(略)・・・
(ア)・・・(略)・・・当業者は、患者にMTAを投与するに当たり、ベースラインのホモシステインレベルがおおむね10μM以上の場合、当該患者は葉酸の機能的状態が不良であり、MTA毒性のリスクが高いものと判断し、MTAの抗腫瘍活性を維持しながらMTA毒性を低下させて用量漸増を可能とするために、葉酸と組み合わせて投与する引用発明の採用を考えるものということができる。
しかし、当業者において、さらに、引用発明に基づいて、MTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のためにビタミンB12を組み合わせて用いることまで容易に想到し得るとは、認めるに足りない。理由は、以下のとおりである。
(イ)・・・(略)・・・
当業者は、本件優先日当時、引用例の上記記載に接し、葉酸をMTA投与開始前に投与することにより、MTA毒性が低下し、それによってMTAの用量を漸増させることができることを認識したものということができる。・・・(略)・・・他に、葉酸の単独投与に係る問題点を指摘する記載はなく、示唆もされていない。また、葉酸以外のものを組み合わせれば、より一層MTA毒性の低下ないし抗腫瘍活性の維持が促進されるなど、さらに別のものを組み合わせる動機付けとなる記載も示唆もない。
(ウ)・・・(略)・・・ビタミンB12不足によりテトラヒドロ葉酸(THFA)が減少して葉酸の機能的状態が不良となった場合においても、葉酸の補充によって上記のビタミンB12が直接関与しない反応におけるテトラヒドロ葉酸(THFA)の生成を増加させ、葉酸の機能的状態を改善し得るものということができる。・・・(略)・・・他方、葉酸の補充のみによっては葉酸の機能的状態を改善し得ず、同改善にはビタミンB12が不可欠とされる場合があることは、証拠上、認めるに足りない。
(エ)・・・(略)・・・本件優先日当時、ビタミンB12がヒトなどの高等動物におけるDNAの代謝に直接関与することを示す証拠は、発見されていなかった(前記イ(ア))。
(オ) ビタミンB12を投与するとホモシステインレベルが低下し、葉酸と併用投与すると、葉酸の単独投与に比してより一層ホモシステインレベルが低下することは、本件優先日当時の技術常識であった(前記イ(ア))。
しかし、ベースラインのホモシステインレベルは、・・・(略)・・・上記毒性のリスクを予測させるものにすぎない。・・・(略)・・・そうすると、ホモシステインレベルを低下させること自体によって、葉酸の機能的状態が良好となり、その結果として葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性ないしそのリスクが低下するということはできず、証拠上、本件優先日当時においてそのような事実が公知であったことを認めるに足りない。
(カ) ビタミンB12の単独投与が葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性を低下させるという事実、ビタミンB12を葉酸と組み合わせた投与が、葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性の低下ないし抗腫瘍活性の維持において、葉酸の単独投与よりも優れているという事実、ビタミンB12欠乏の指標となるメチルマロン酸レベル(前記イ(ア))と葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性との間に何らかの相関関係が存在するという事実のいずれについても、証拠上、本件優先日当時において公知であったことを認めるに足りない。・・・(略)・・・
(キ) 葉酸補充の際にはビタミンB12の併用が推奨されるものの、これは、ビタミンB12が欠乏している巨赤芽球性貧血の患者に葉酸のみを補充するとビタミンB12の欠乏が看過されて同欠乏に特徴的な神経症状を引き起こすおそれがあることなどによるものであり(前記イ(イ))、葉酸代謝拮抗薬の毒性の低下ないし抗腫瘍活性の維持を目的とするものではない。なお、本件優先日後の平成14年に刊行された甲第87号証には、平成11年11月以降、MTA試験の全ての患者は、経口葉酸とビタミンB12の筋注補充を継続的に受けているとの記載があるが、①MTAと共に投与された葉酸は、抗腫瘍活性を維持し、毒性を減少させるとの記載及び②ビタミンB12は、ビタミンB12欠乏である15%の患者のために必要であるとの記載に鑑みれば、上記のビタミンB12の補充も、その欠乏自体に対処するためのものであり、抗腫瘍活性の維持ないしMTA毒性の低下のためのものではないと解される。
さらに、栄養障害を来すことが多いがん患者に対しては、通常、治療の一環として、葉酸、ビタミンB12等のビタミンやその他の栄養素を含む栄養補給が行われ、その効果の1つとして抗がん剤による副作用の軽減も挙げられているが(前記イ(ウ))、上記栄養補給の効果に関する本件優先日当時の公知文献(甲67、71、170、171、173、175、180、186等)の記載(前記イ(ウ))によれば、上記副作用の軽減は、葉酸、ビタミンB12のみならず、他の栄養素をも含む栄養補給によって患者の栄養状態を主とする全身状態が改善することによるものであると解され、葉酸とビタミンB12を組み合わせて投与したことによるものではない。よって、上記栄養補給は、葉酸、ビタミンB12に限らず必要な栄養素の補給により患者の栄養状態を主とする全身状態が改善することによる抗がん剤の副作用の軽減という効果を目的の1つとするものである。
したがって、上記のとおり葉酸補充の際にビタミンB12の併用が推奨されること及び上記栄養補給のいずれも、葉酸代謝拮抗薬の毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のために葉酸とビタミンB12を併用投与するという本件発明1の構成とは用途を異にし、上記構成に係る動機付けないし示唆となるものということはできない。』
[コメント]
MTAと葉酸との組み合わせをMTA毒性低下と抗腫瘍活性の維持のために投与する方法を開示する引用文献に基づいて、葉酸の単独投与にかかる問題点は記載されていないことなどから、MTA毒性低下と抗腫瘍活性の維持のためにさらに別のもの(ビタミンB12)を組み合わせる動機付けはなく、容易想到ではない、とされた。
また、本件優先日当時に、MTA、葉酸、ビタミンB12という3つの組み合わせが、既に併用することが多かったものと推認できる状況下で、ビタミンB12を、「医薬の毒性の低下および抗腫瘍活性の維持」という目的のために投与することは知られておらず、ビタミンB12を組み合わせる動機付けはない、とされている点は、参考になる。但し、このように既に組合せが存在する状況の下で、用途や機能には関係のない構成要件についての相違点1の判断として、ビタミンB12の使用が用途や機能の違いの点から動機づけられるか否かの判断がされた点は違和感があるという意見も所内検討会では出された。
以上
(担当弁理士:高山 周子)

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